2018年度のアメリカ映画賞レース。その頂点とも言うべき「アカデミー賞」で、アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』やスパイク・リーの『ブラック・クランズマン』等々、強力なライバルを打ち破って“最優秀作品賞”に輝いたのは、『グリーンブック』だった。
 この作品は、人種差別が激しかった1962年のアメリカを舞台に、実話をベースとした内容。ツアーに出た、黒人ピアニストのドン・シャーリーと、その運転手兼ボディガードに雇われた、粗野な白人トニー・ヴァレロンガの間に生まれる、友情と絆を描いた、感動的な物語である。
 作品のクオリティとしては、賞レースを制したことに、何の不思議もない。トニー役のヴィゴ・モーテンセン、トニー役のマハーシャラ・アリがそれぞれアカデミー賞にノミネートされ、後者が助演男優賞に輝いたのも、納得でしかない。
 しかし少なくない数の映画ファンが、大きな驚きと違和感を禁じ得なかった。この作品の製作・監督・脚本を務め、作品賞と監督賞のオスカーを手にしたのが、ピーター・ファレリーであったことに。
 ピーターは、1990年代中盤から、アメリカン・コメディ・ムービーのTOPランナーとして、数々の“バカ映画”を手掛けてきた、“ファレリー兄弟”の兄の方。そんな彼が、まさか“オスカー監督”になってしまうなんて!
 私の場合、アカデミー賞でのピーター・ファレリーの歓喜の表情を見ながら、彼と弟のフィルモグラフィーの中でも、特に笑い転げた傑作コメディを思い出していた。『グリーンブック』のちょうど20年前に製作・公開された、本作『メリーに首ったけ』(1998)である。

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 高校生のテッド(演:ベン・スティラー)は、同級生のメリー(演:キャメロン・ディアス)に恋している。しかしキュートで人気者の彼女に、冴えない自分が相手にされるなど、想像もつかないことだった
 ところが、知的障害のある男の子をイジメから救ったことで、幸運が訪れる。何と彼は、メリーの弟。テッドに大感謝のメリーは、彼をプロム・パーティーへと誘った。
 しかしプロム当日、メリーを迎えに行ったテッドを悲劇が襲う。トイレでジッパーに、大事なイチモツを挟み、救急車で搬送されるハメに。すべては台無しとなった…。
 それから13年。テッドはメリーのことが、忘れられない。そこで親友のドムから紹介された、ヒーリー(演:マット・ディロン)という胡散臭い男を、調査に雇うことに。
 ヒーリーは、今はマイアミで整形外科医となったメリーを見つけ出す。彼女は眩しいほどに美しく、ヒーリーは一目惚れ。テッドには現在の彼女のことを、「体重120㌔で車椅子生活」「父親の違う4人の子の母親」などと虚偽報告を行う。その上で自らは、マイアミへと引っ越し。メリーに近づこうと、様々な策を講じる。
 報告が嘘であることを知ったテッドも、マイアミへ向かう。そして再会を喜ぶメリーから、首尾良くデートの約束を取り付ける。
 しかしメリーに首ったけなのは、テッドやヒーリーだけではなかった。それも皆、ストーカー行為を辞さない、一癖も二癖もある男ばかり。テッドの13年に渡る片想いの行方は!? ステキなメリーは一体、誰を選ぶのか!?

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 ロードアイランド州出身で、1956年生まれのピーター・ファレリーと、58年生まれのボビー・ファレリーの兄弟。90年代に全米で大人気だったシットコム、「となりのサインフェルド」に、2人の書いた脚本が売れたことから、業界でのキャリアが始まる。
 クレジット上は、ピーターが監督、ボビーが共同製作になっている、『ジム・キャリーはMr.ダマー』(94)が、映画界に於ける2人の共同監督のはじまり。邦題通りにジム・キャリーと、ジェフ・ダニエルズが大バカコンビを演じるこの作品は、全米で製作費の10倍以上、2億5,000万㌦もの興収を上げる大ヒットとなった。
 続いての作品は、ウッディ・ハレルソンとランディ・クエイド主演のボウリング・コメディ『キングピン/ストライクへの道』(96)。今度はちゃんと、ファレリー兄弟共同監督名義の作品となった。
 そして第3作が、本作『メリーに首ったけ』である。元は89年に、TVのベテラン作家だった、エド・デクターとジョン・J・ストラウスが書いたオリジナルストーリー。それを、新作企画を探していたファレリー兄弟が、友人のエドから貰ったのが、はじまりだった。
 本作のストーリーだけを追うと、ある意味「普遍的なラブストーリー」にも見える。それをオリジナルの作者であるエドとジョン、そしてファレリー兄弟の4人で、少しずつ書き変えた。その際に、物語の序盤でテッドを襲う“悲劇”をはじめ、ファレリー兄弟お得意の、「低俗なユーモア」を次々と盛り込んでいったのである。
 因みにこの“悲劇”の元ネタとなったのは、ファレリー家で実際に起こったアクシデント。兄弟の姉がパーティを開いた際、客のひとりが同じようにジッパーにイチモツを挟んでしまい、兄弟の母がそれを助けたのだという。
 そんなリライトを経て、出来上がったのは、ボビー・ファレリー曰く、「『恋人たちの予感』と『ブレージング・サドル』を足して2で割ったような…」内容。『恋人たちの予感』(89)は、“ロマコメの女王”メグ・ライアンとビリー・クリスタルが共演した、恋愛コメディの名作である。それに対して『ブレージング・サドル』(74)は、“アメリカン・コメディの巨匠”メル・ブルックスによる、西部劇をパロディにした、大バカなスラップスティックコメディだ。
 因みにボビーは本作について、『恋人たちの予感』の原題“When Harry Met Sally(ハリーがサリーに出会った時)”をもじって、『ハリーがサリーをストーキングした時』と呼んでもいいとも、語っている。

 配役に関しては、テッド役のベン・スティラーは、ファレリー兄弟の第一希望が通ったもの。しかし当初、製作会社側はベンでは弱いと考えたのか、他にオーウェン・ウィルソンやジム・キャリーの名前も上がったという。
 結果的にベンは適役だったが、本作を成功に導いたのは、何と言っても、メリー役にキャメロン・ディアスを得たことが大きい。
 十代からモデルとして活動していたキャメロンの俳優デビューは、21才の時。『マスク』(94)で、主演のジム・キャリーの相手役を務めたのが、ほぼ初めての演技だった。
 この作品は大ヒット。キャメロンの知名度も上がったが、『マスク』での役どころは、あくまでも、ジム・キャリーの付属物。そこで彼女は、演技の経験を積む意味もあって、暫しの間、低予算のインディペンデント映画への出演を続けた。
 そして97年、ジュリア・ロバーツ主演の『ベスト・フレンズ・ウェディング』、ダニー・ボイル監督の『普通じゃない』と、話題作に立て続けに出演。評価が高まったところでの“主演”が、本作だった。
 しかしキャメロンのエージェントは、本作の脚本を一目見て、これには関わらないように、彼女に忠告したという。下ネタが目白押しで、障害者をネタにしたり、動物虐待ギャグもふんだんに入った作品に出るなど、「正気の沙汰じゃない」「キャリアが終わる」と、考えたからだ。
 一方でファレリー兄弟は、キャメロンの出演を熱望。メリーのキャラには、実在のモデルが居たという。それは、ファレリー兄弟の近くにいた魅力的な女の子。ところがその子は、若くして事故で亡くなってしまった。兄弟は彼女への想いをたっぷりと籠めて、美しくも心優しいメリーのキャラを造型した。そしてキャメロンは、その役にピッタリだったのだ!
 彼女のスケジュールに合わせて、撮影開始を遅らせるなどの配慮も、心に響いたのか?キャメロンは周囲の反対を押し切って、本作のオファーを受けることとなった。
 実は当時のキャメロンは、ヒーリー役のマット・ディロンと交際中で、恋人同士での共演となった。しかし共演は、これが最初で最後となる。本作公開後、2人に別離が訪れたのは、キャメロンのキャリアが本作で急上昇し、ディロンと逆転してしまったことが、無関係とは言えまい。
 そうした以外でも、キャメロンにとって『メリーに首ったけ』は、至極大切な作品となった。本作から10年後、キャメロンの父エミリオが、58歳の若さでこの世を去った際、彼女は本作の場面を使って、父の追悼映像を作ったのである。
『メリーに首ったけ』の撮影現場で娘に同行していたエミリオは、マイアミに向かうテッドが、誤って逮捕された後の警察でのシーンにカメオ出演している。その役どころは、テッドが釈放される際に囃し立てて見送る、赤い服を着た囚人達の内の1人。長髪で髭をはやしたエミリオが、スクリーン上にはっきりと確認できる。

 エキストラに友人・知人を多く起用するなど、ファレリー兄弟の撮影現場は、非常に楽しく和やかな雰囲気だったという。そんな中で、キャメロンが「懐疑的」になったのは、本作で最も有名だと言っても良い、“ヘアジェル”のギャグ。未見の方のために詳細は伏せるが、テッドとのデートに出掛ける前、メリーがある体液を、ヘアジェルと間違えて髪に付けて…というシーンである。
 キャメロン曰く、これはさすがに「…行き過ぎかも」と思ったそうで、ファレリー兄弟に、「女の子がデート時に自分の髪の異変に気付かないはずがない」と異を唱えた。しかしそれに対する兄弟の答は、「…これは誰も見たことがないようなサイコーに笑えるシーンになるんだから、やってくれなくちゃダメだ!」だった。
 他のやり方も試しながら、最終的にはキャメロンも納得して、このシーンを演じた。そして、「映画史に残る」…と言っても過言ではない、観てのお楽しみの、あのヴィジュアルが生まれたのである。
 本作で少なくない者から不興を買ったのは、メリーの弟が知的障害であったり、メリーに惚れている男の1人が、脚が悪いのを装っているシーンなど。「障害者をバカにしている」というわけだ。
 しかしながら、障害はあくまでも個性の一部であり、健常者であろうと障害者であろうと、良い奴もいれば悪い奴もいる…というのが、ファレリー兄弟のスタンス。本当に障害のある者をキャスティングすることも多い彼らによると、こうした描写にクレームを付ける者のほとんどは健常者で、障害者の側からは、むしろ強く支持されることが多いという。

『メリーに首ったけ』は公開されるや大ヒットとなり、3億7,000万㌦もの興収を上げた。自信を深めたファレリー兄弟は本作以降、“解離性同一性障害”の男をジム・キャリーが演じる、『ふたりの男とひとりの女』(2000)、美しい心を持った100㌔超の女性がヒロインである、『愛しのローズマリー』(01)、結合双生児の恋模様を描く『ふたりにクギづけ』(03)等々、“おバカコメディ”の体裁の中で、常に人々の“差別意識”を問い続けていく
 そして2019年2月24日、アカデミー賞の授賞式。『グリーンブック』で作品賞に輝いたピーター・ファレリーは、次のようなスピーチを行った。
「…この映画は愛についての物語です。お互いに違いがありながらも愛すること。そして自分を知り、我々は同じ人間なんだと知ることです…」
『メリーに首ったけ』など、弟のボビーと共に“おバカ映画”の数々で扱ってきたテーマを、ピーターがより普遍的にブラッシュアップさせたのが、『グリーンブック』だったのである。■

◆『メリーに首ったけ』撮影中のキャメロン・ディアス(左)と、ボビー・ファレリー(中央)&ピーター・ファレリー監督(右)

『メリーに首ったけ』© 1998 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.