“アクション”“SF”“恋愛”“コメディ”“ホラー”…云々。映画のジャンルを大別すると、例えばこのような区分けが為されるのが、一般的だ。
一方で、そんな真っ当なジャンル分けを、無効化してしまうようなジャンルもある。“ジョーズもの”“マッドマックスもの”“エイリアンもの”“ランボーもの”“ターミネーターもの”“ジュラシック・パークもの”…。メガヒット作など大きな話題になった映画の後を追って作られた、バッタもん、パチもん度が強い作品群だ。
“ホラー映画”に於いては、例えば“エクソシストもの”や“悪魔のいけにえもの”等々が存在する。今や真っ当な映画ジャンルに育ってしまった“ゾンビもの”は、元々はジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)や『ゾンビ』(78)のパチもの群がスタートだったのは、誰も否定できまい。
サム・ライミ監督の記念すべき長編デビュー作『死霊のはらわた』(81)は、ロメロの影響を受けた“ゾンビもの”の一端を担いながらも、新たに“死霊のはらわたもの”というジャンルを生んだ、記念すべきオリジンと言える。この作品以降、森の奥深い山小屋を舞台に、そこを訪れた者たちが死霊に憑依され、スプラッタ描写満載の惨劇が繰り広げられるホラーが、どれほどの数この世に送り出されたことか。
元々は「ホラーは苦手」だったというサム・ライミ。大学時代からの映画仲間ロバート・タパートに、「世に出るなら、低予算のホラーだ」と説き伏せられたことから、様々なホラー作品に触れて研究を重ね、『死霊のはらわた』を生み出すこととなった。
製作費は35万㌦という超低予算のこの作品は、国内外で話題となり、多くのシンパが誕生した。「ホラーの帝王」スティーヴン・キングは応援団長となって、大物プロデューサーであるディノ・デ・ラウレンティスを、ライミたちに紹介。その結果生まれたのが、前作の10倍=350万㌦の製作費を掛けた続編、『死霊のはらわたⅡ』(87)だった。
「僕は8ミリ映画時代から、観客にウケさえすれば続編を作って来たからね」というライミだが、同じことをやるのは嫌だった。そこで『Ⅱ』では、ライミの高校時代からの親友であるブルース・キャンベルが前作で演じたアッシュというキャラが、中世ヨーロッパにタイムスリップし、そこで死霊憑きの軍団と戦うという内容を考えた。
しかし、この構想に乗る者はなかった。ラウレンティスからは、「前作と同じテイスト」をと、事実上の「リメイク」を求められ、「中世編」のアイディアは、お蔵入りとなった。
結果的に生まれた『死霊のはらわたⅡ』は、第1作の粗筋をなぞりつつ、ライミがこよなく愛するスラップスティック・コメディ「三ばか大将」風のギャグが満載された内容となった。観客層を広げるために、残酷描写は前作より抑えたが、その分レイ・ハリーハウゼン風のモデルアニメーションを導入したり、片腕を失ったアッシュが、“チェンソー”を装着して死霊と戦うなど、サービス精神も旺盛な、エンタメ作品に仕上がっている。
『Ⅱ』のラストでは、アッシュが中世へとタイムスリップ。その時代の民に、“死霊ハンター”の英雄として迎えられる。このように、棚上げされた「中世編」のネタまで盛り込んだのは、映画作家としてのライミの意地と言うべきか?
この『死霊のはらわたⅡ』が興行的な成功を収めたことによって、更にその続編に、ラウレンティスが製作資金を提供することになった。今度は好きな内容をやっても良いということだったので、ライミは『Ⅱ』のエンディングの続き、1度は棚上げになった、「中世編」のプロットを本格的に復活させることにした。
そして製作されたのが本作、『死霊のはらわた』シリーズ第3作となる、『キャプテン・スーパーマーケット』(93)である。
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スーパーの店員だったアッシュは、死霊との戦いの末に、中世イングランドへとタイムスリップ。その地を治めるアーサー王に、敵のヘンリー王一味と間違われて、死霊の巣喰う穴へと放り込まれる。
あわやの瞬間に彼を救ったのは、“片腕チェンソー”とライフル銃。民衆は掌を返したように、アッシュを“英雄”として迎える。
街の娘シーラと恋に落ちたアッシュ。民衆を死霊たちから守り、自らは元の時代に戻るためには、「死者の書」が必要なことを知る。
「死者の書」を求めて、死霊の巣食う墓地へ向けて旅立つアッシュ。死霊に襲われ、逃げ込んだ風車小屋の中で、自分にそっくりの姿をした小人の悪霊の一団と戦うが、その1人に体内へと入り込まれた挙げ句、分身として“悪霊のアッシュ”が誕生してしまう。
アッシュはその分身を、ライフルで倒しチェンソーでバラバラにして埋葬する。そして遂に、「死者の書」の元へと辿り着く。
しかしアッシュは、「死者の書」を手に取る際に必要な呪文を忘れてしまっており、適当に誤魔化しながら持ち出したため、死霊軍団が復活。そのリーダーの座には、一旦は葬った筈の分身、“悪霊のアッシュ”が就く。
死霊軍団がアーサー王の城へと迫るも、アッシュは、自らが元の時代に戻ることしか頭にない。しかしシーラが死霊にさらわれると、一転。戦いの先頭に立つ決意をするが…。
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開巻間もなく、前作の内容をダイジェスト風に紹介。その際に死霊に身体を乗っ取られる、アッシュの恋人リンダを、当時若手俳優として人気が高かった、ブリジット・フォンダが演じている。
実はブリジットは、『死霊のはらわたⅡ』の大ファン。僅かな出番ではあるが、シリーズを通じて最もネームバリューの高いスターの出演は、本人が熱望して決まったものだったという。
本作の原題は、「Army of Darkness」。『死霊のはらわた』の原題である、「Evil of Dead」が入っていない。これは、配給を担当したユニヴァーサルが公開タイトルを、「Evil of Dead Ⅲ」とすることに反対したためである。ライミは「Evil of Dead 中世編」とすることも考えたようだが、結局はユニヴァーサルの意向によって、シリーズの第3弾だとは、まったくわからないようなタイトルになってしまった。
因みに日本での公開タイトルが、アッシュがスーパーの店員という設定ぐらいしか由来がない、『キャプテン・スーパーマーケット』になってしまったのも、極めて不可解。実際に当時多くの映画ファンが、『死霊のはらわた』シリーズだとは気付かないままに、公開されている。
因みに後にサム・ライミのプロデュースで、ハリウッド映画を撮った清水崇監督によると、ライミにもこの邦題が伝わっていたという。その上で、「日本人はクレイジーだ」と面白がっていたそうな。
それにしても「Evil of Dead=死霊のはらわた」を外したタイトルになったのは、本作が前2作と違って、“ホラー”要素が極めて薄かったからなのか?
実際に本作では、「臆病で自惚れ屋でほら吹き」というアッシュのキャラの方向性が定まり、前作以上に、「三ばか大将」に影響を受けた笑いの要素が強くなっている。アッシュは1人でバカ騒ぎをして、酷い目に遭うギャグが繰り返される。
演じるブルース・キャンベルは、先にも記した通り、サム・ライミの高校時代からの親友。8㎜フィルムでインディーズ映画を撮ってきた仲間である。
演技を学ぶために大学に進学するも、『死霊のはらわた』を作るために退学し、アッシュを演じることとなった。そして彼は、最後まで生き残るファイナルガールならぬ“ファイナルボーイ”として、シリーズ全般で主役を演じることとなった。
『死霊のはらわた』第1作の後には、ライミが「エンバシー・ピクチャーズ」という、名の通った映画会社と初めて組んだ作品『XYZマーダーズ』(85)で主演する筈だった。しかし、無名の俳優は主役には据えられないという、「エンバシー」からの“口出し”によって、脇役に回る憂き目に遭う。
『死霊のはらわたⅡ』の後には、ライミ初のハリウッドメジャー作品『ダークマン』(90)の蹉跌が待ち受けていた。こちらも主演にキャンベルを当てる構想が、ユニヴァーサルの意向によって、リーアム・ニーソンへと差し替えられたのだ。この作品のラストでは、ニーソンが変装したキャラの顔がキャンベルその人で、そのままストップしてエンドロールが流れる。これはライミとキャンベルによる、ユニヴァーサルへの意趣返しとしては、痛快ではあったが…。
インディーズ出身の監督が、出世していくプロセスで、その頃からの主演俳優をそのまま使っていくのが、いかに難しいことであるか。そうした意味で本作『キャプテン・スーパーマーケット』は、それまでに散々踏みにじられてきたライミとキャンベルの親友コンビにとって、メジャー作品でありながらその組合せが守られた、待望の作品だったわけである
しかし本作でも、『ダークマン』に続いて、アメリカ国内配給を担当したユニヴァーサルによる、ポスト・プロダクションでの介入が行われた。ユニヴァーサルの意見は、「長すぎるし、最後が暗い」。そこで本作は15分カットされた上、アッシュが元の時代に戻る、事の顛末が大きく改変された。
ユニヴァーサルの命によって追加撮影されたヴァージョンでは、アッシュはスーパーの店員として平凡な日常に戻るも、その際にまたも呪文を唱え間違えたせいか、その場に死霊が出現。対決したアッシュは、見事に勝利を収め、拍手喝采を浴びる。
ご丁寧にもこの追加撮影分には、ブリジット・フォンダが再び出演しているが、今回放送されるヴァージョンは、ライミによるディレクターズ・カット版。ユニヴァーサルに「暗い」と断じられたラストが、どのようなものかは、その目で確かめて欲しい。
ラウレンティスとユニヴァーサル間のトラブルもあって、公開時期が遅くもなった本作。そうしたドタバタが続いたものの、「目指すのはエンターテイメント」「皆が笑ったりビックリするような映画を撮りたい」という、ライミの本領が見られる作品となっている。
因みに『死霊のはらわた』シリーズ以降のブルース・キャンベルは、ライミ作品に関しては、本編のどこかにちょこっと特別出演するような形が多い。例えば『スパイダーマン』3部作(2002~07)などは、全作違う役で出演している。
そしてドラマシリーズとしてライミがプロデュース、第1話を監督した、「死霊のはらわた リターンズ」(2015~18)には、30年後のアッシュ役で主演。再び、「臆病で自惚れ屋でほら吹き」ぶりを、たっぷりと見せてくれたのである。■
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