中国では、労働者が出稼ぎ先で死んだ場合、故郷で埋葬しないと家族が不運に見舞われると言われていた。そこで故郷まで死体を運搬するために、道教の道士が呪術で死体を歩かせたという伝承がある。また、強い恨みや妬みを持ったまま死んだ者は、死んでも死にきれずに生ける屍としてこの世をさまようことになる。中国では、こうした死してなお動き回る者をキョンシーと呼んだ。そしてキョンシーは人の生き血を求めて夜な夜な徘徊して人々に危害を加えるため(キョンシーに噛まれた者もまたキョンシーとなる)、法術を極めた道士たちはキョンシーハンターとして全国を旅していたという。

 1978年、ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』が公開された。死者が甦った世界で繰り広げられる壮絶なサバイバル映画である本作は、低予算ホラー映画でありながら世界を席巻。世界で一大ゾンビブームを巻き起こした。その頃、香港で一人の映画人がアジア版『ゾンビ』の制作に着手している。武術指導家として名を成し、映画製作者としても俳優としても成功したサモ・ハン・キンポーである。

 サモ・ハンは自身の得意とするカンフー映画とホラー映画、さらに当時香港で流行していた『Mr.BOO!』などのコメディ映画の融合を試みた作品『妖術秘伝 鬼打鬼』(80年)を世に送り出し、1980年の香港興行収入第3位となる爆発的な大ヒット作とした。香港映画史上初めて本格的にキョンシーが登場した本作は、香港でホラーアクション映画が大流行する嚆矢となったのだった。

 続く『霊幻師弟/人嚇人』(83年)では、サモ・ハンの盟友で、ブルース・リーのスタントダブルを務めていたラム・チェンインを道士役として起用。前作『鬼打鬼』の倍以上の興行収入を上げる、大ヒット作となっている。さらに次の『霊幻百鬼 人嚇鬼』(84年)もスマッシュヒットを記録しており、後のキョンシー映画大ブームの礎として位置づけられるこの3作品が、後に“サモハン・ホラー3部作”とされている。

 “サモハン・ホラー3部作”の成功を受けて、サモ・ハンはさらにパワーアップした作品の制作に着手。それがキョンシーを全世界に認知させることになる『霊幻道士』(85年)である。

 それまで監督・主演を務めてきたサモ・ハンが、プロデューサーに退いたこの作品。3部作では多く登場する幽鬼の一部でしかなかったキョンシーを本格的にフィーチャーし、これまで以上の激しいアクション、洗練されたコメディ要素、ラブロマンス、ホラーと、映画に必要なあらゆる要素ぶち込んで融合させることに成功した本作は、香港で2,000万ドル以上を稼ぎ出すメガヒットとなり、さらに日本や台湾でも大ヒットを記録した。

 『霊幻道士』のメガヒットによって、黄色い道袍に身を包んだ道士と、暖帽と補褂という清朝の官服を身に付けたキョンシーというセットは映画界に完全に定着。もち米、雌鶏の血を混ぜた墨汁、銭剣や桃の剣、まじない符といった対キョンシー兵器や、息を止めることでキョンシーから身を隠す方法など、キョンシー映画の“お約束”も本作で確立。これによって無数の亜流作品が登場するだけでなく、劇中のコメディリリーフとして多くの作品にキョンシーは頻繁に登場するようになっていく。

 そして亜流キョンシー作品の決定版ともいうべき作品が、台湾で制作された『幽幻道士』シリーズ(86年~)である。『幽幻道士』シリーズは、『霊幻道士』で確立したキョンシー映画に“美少女道士”という萌え要素をプラス。美少女道士テンテンを演じたリュウ・ツーイー(現在はシャドウ・リュウという名で活動)の可憐な魅力も相まって、月曜ロードショーで放映されるや高視聴率を記録し、以降シリーズ化されていくことになる。また映画だけでなく、1988年には日本のTBSが出資してテレビシリーズとして『来来!キョンシーズ』も制作され、月刊コロコロコミックでは『ニイハオ!キョンシーくん』『霊幻キョンべえ』といったコミカライズもされるなど、キョンシーは各国以上に日本で定着していった(街中ではキョンシーのマネをする子供で溢れかえっていた)。

 その頃本家『霊幻道士』では、キョンシー家族が現代社会で大暴れする『霊幻道士2 キョンシーの息子たち!』(86年)、スプラッター映画ブームに乗った『霊幻道士3 キョンシーの七不思議』(88年)、特に何も完結していない『霊幻道士 完結篇 最後の霊戦』(88年)と連続ヒットを記録。しかし『完結篇』をもってサモ・ハンは制作から退き、第5作である『霊幻道士5 ベビーキョンシー対空飛ぶドラキュラ!』(89年)以降はブームの終焉もあって失速。ラム・チェンイン演じる道士がアフリカで『ブッシュマン』(81年)のニカウさんと共にキョンシーと戦う『コイサンマン、キョンシーアフリカへ行く』(91年)といったインパクト抜群なエクスプロイテーション作品が登場するなど、1990年代前半にはキョンシー映画は完全に消費され尽していた。

 キョンシー映画というジャンルの最大の弱点は、あまりにも完璧なオリジナル作品『霊幻道士』があったせいかもしれない。キョンシー映画というジャンルは、日本のバブル時代の終焉とほぼ時を同じくして消滅していったのだった(2012年に突然変異的に登場した川島海荷主演のテレビドラマ『好好!キョンシーガール~東京電視台戦記~』(12年)はあったが)。

 しかし2013年、世のリブートブームに乗って、名作『霊幻道士』もついにリブートされる時がきた。『キョンシー』(13年)である。

 落ち目となってしまった元スター俳優のチン・シュウホウは、幽霊が出現すると噂されるマンションに入居した。シュウホウの部屋には強力な幽魔が住み着いており、シュウホウはここで自殺を試みるが、マンションに住むの引退した道士ヤンによって助けられる。ある日、マンションの住人である老女ムイは、マンションに住む別の道士ガウに階段で事故死した夫を蘇らせるよう依頼し…。

 本作のプロデュースは『呪怨』シリーズ(99年~)の監督・清水崇。本作の監督はミュージシャンのジュノ・マックで、初監督とは思えないスタイリッシュな演出を見せる。オリジナルの『霊幻道士』の大ファンであるマックは、本作制作にあたってあえてオリジナル成功の要因の一つであったコメディ要素を完全に排除。さらに清水の参画によってJホラーテイストが多く含まれ、“本当に怖いキョンシー映画”を実現している。

 また本作には、オリジナルシリーズのメインキャストを多数起用。残念ながら『霊幻道士』でガオ道士役だったラム・チェンインと、二番弟子モン役だったリッキー・ホイは亡くなってしまったために出演は叶わなかったが、それでもなお『霊幻道士』ファンを歓喜させるキャスティングとなっている。

 主人公のチン・シュウホウ役には、『霊幻道士』で道士の一番弟子サンコー役だったチン・シュウホウ。『霊幻道士4』の主人公ゴクウ道士役のアンソニー・チェンは道士ヤン役で、ツル道士役だったチャット・ファンは道士ガウ役で出演。中盤でアンソニー・チェンとチャット・ファンが共闘するシーンは、オールドファンにとっては感涙モノだ。さらに『霊幻道士3』のミン道士役だったリチャード・ンは、今回はアッと驚く役回りを演じているので注視してほしい(他にも旧作の出演者が出ているので要チェック)。

 『キョンシー』は、不穏な空気がひたすら流れる序盤、これまでの作品とはレベルの違う禍々しいキョンシーが誕生する中盤、そしてマック監督のオリジナルへの愛情が炸裂する怒涛のクライマックスまで、一気に見せる新感覚ホラー映画なのである。■

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