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「シネマ解放区」ラインナップのうち、ザ・シネマが独自の視点で特に推薦する“お宝作品”について、他では見れないプロによる解説や評論をつけたスペシャルコラムを毎月連載中!

古典主義者か、革新派か? コッポラとの一問一答から見えてくる『ドラキュラ』の立ち位置

尾崎一男

■原作に忠実なドラキュラ  フランシス・フォード・コッポラは「映画作家の時代」と呼ばれた70年代アメリカ映画を牽引し、マーティン・スコセッシやジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグといった名だたる監督の兄貴分として、業界に轍を築いた偉大なフィルムメーカーだ。とまぁ、ここでかしこまった紹介はせずとも、その功績は『ゴッドファーザー』サーガ(72〜90)や『地獄の黙示録』(79)など、堂々たるフィルモグラフィがおのずと語っている。  そんなコッポラがキャリアの円熟期に手がけた『ドラキュラ』は「原作に忠実に描く」という明確なコンセプトを持った作品だ。それまでの映画におけるドラキュラは、作り手の解釈によって創意が加えられ、デフォルメされた吸血鬼(ヴァンパイア)像だけが一人歩きしてきた。もちろん、ベラ・ルゴシやクリストファー・リーといった怪優たちが演じ、築き上げてきたモンスターキャラクターとしての吸血鬼神話も捨てがたいが、コッポラはそれを起源にまでさかのぼり、ブラム・ストーカーが描いた耽美と恐怖のゴシック世界を映像化したのである。  また同作は、コッポラにとって『ディメンシャ13』(63)以来となるホラージャンルへの挑戦として注目に値する。もっともB級映画の帝王ロジャー・コーマンに師事していた駆け出しの頃とは違い、ドラクル公(ドラキュラ伯爵)にゲイリー・オールドマン、ヴァン・ヘルシング教授をアンソニー・ホプキンス、そしてウィノナ・ライダーにキアヌ・リーブスといった豪華キャストを配し、確立された演出スタイルをもって作劇にあたっている。最終的に本作は4000万ドルという予算に対して全米トータル2億1500万ドルを稼ぎ出し、また1993年の第65回アカデミー賞では特殊メイクアップ賞、音響効果編集賞、そして本作でコスチュームデザインを担った石岡瑛子が衣裳デザイン賞に輝くなど、興行的にも評価的にも成功を得た企画となったのだ。  この追い風に乗ってコッポラは、クラシックモンスターを再定義する第二弾として『フランケンシュタイン』(94)を製作(監督はケネス・ブラナー)。この映画も原作者であるメアリー・シェリーの精神を汲み、望まずして生まれた怪物の悲劇に迫った原作尊重の作品となっている。 ■作品の時代設定に合わせたローテク撮影  そんな『ドラキュラ』の大きな特徴として、コッポラは本作を設定時代と一致させるような、レトロな撮影技法で手がけたことが挙げられる。デジタルなど最新の特殊効果を控え、映画史の最初期に使われたトリック撮影を用いたのである。  例えば合成を必要とする場面では、俳優のバックスクリーンに背景画面を投影するリアプロジェクションを用いたり、あるいは前景と背景を多重露光によって合わせることを徹底。またミニチュアの館をフルサイズの敷地内に置き、あたかもそこに館が存在するかのような強制遠近法や、カメラを逆回転させて俳優の動きを不自然にしたり、奇妙な角度にして物理法則に反するオブジェクトを作成するなど、カメラ内だけで効果を作る「インカメラ」方式を駆使している。  こうした取り組みと、原作尊重の姿勢を例に挙げると、コッポラに「古典主義者」としての側面をうかがうことができる。もともと彼が映画監督を志したきっかけは、編集を理論によって言語生成させたセルゲイ・エイゼンシュテインの革命映画『十月』(28)を観たことが起因となっているし、なにより代表作『ゴッドファーザー』のクライマックスを飾るクロスカットの手法は、編集という概念を確立させた映画の父、D・W・グリフィスが『イントレランス』(1916)で嚆矢を放ったものだ。嫡流であるジョージ・ルーカスも『スター・ウォーズ』シリーズでクロスカットを多用していることからも明らかなように、流派的に古典主義の体質を受け継いでいるといえる。  しかしいっぽう、コッポラは1982年製作のミュージカル恋愛劇『ワン・フロム・ザ・ハート』において、大型トレーラーに音響と映像の編集機器を搭載し、それをスタジオと連動させることで撮影から編集までを一括のもとに創造する「エレクトロニック・シネマ」を実践するなど、先鋭的な「革新派」としての顔ものぞかせている。Avidデジタル編集システムの開発者をして「このコンセプトこそデジタル・ノンリニア編集の先駆け」と言わしめたそれは、原始的な技法を用いた『ドラキュラ』とは対極をなすものだ。 ■映画はインスピレーションを与え合う相互手段  原作を尊重し、古式にのっとった形で『ドラキュラ』を構築したコッポラ。筆者は現状、最後の監督作品である『Virginia/ヴァージニア』(12)の日本公開時、彼に電話インタビューをする機会を得た。同作はひとりの小説家の創作にまつわる怪奇と幻想を物語とし、コッポラが初のデジタル3Dに着手した作品だ。そこで先述した『ドラキュラ』との対極性を例に挙げ「あなたは古典主義者なのか革新者なのか?」という核心に迫ってみた。すると、 「それはどちらともいえない。デジタルによる映画製作は時代の趨勢だし、なによりわたしの作品が自主制作体制になったことも起因している。デジタルシネマはフィルムロスがなく、ケミカルな行程を経ることなく画面の色調をコントロールできるし、編集の利便性も高い。こうしたワークフローへのスムーズな移行が、製作コストの節制を可能にするからね」  と、にべもない答えを返されてしまった。同時に監督はデジタル3Dに対しても懐疑的なところがあると述べ、『Virginia/ヴァージニア』では最後に登場する時計塔のシーンだけ3Dで撮影したものの、これは効果として必要だったからにすぎないと言葉を加えている。  いやいや、ちょっと待って、こうしたデジタルシネマによるワークフローの簡略化とテクノロジー体制は『ワン・フロム・ザ・ハート』であなたが既に確立させようとしていたのでは? と執拗に食い下がると、 「『ワン・フロム・ザ・ハート』の製作スタイルは結果として、今のデジタルシネマのメイキングシステムを先取りしていたといえるかもしれない。だが実際のところ、あれは『サタデー・ナイト・ライブ』のようなライブTVの感覚を映画に持ち込みたかったことが最大の理由だ。スタジオセットで6台のカメラを回し、それをオンタイムで編集ルームに送り込み、撮りながら生で編集するような方式だ。残念なことに撮影監督のヴィットリオ・ストラーロが、カメラの重量や複雑なハードウェアの構成に対して異を唱えたりもしたんだけど、製作のあり方としてひとつの方法論を示したと思う」  と、当方の追及をさらりと交わすような返答でもって、革新派としての自身を照れ隠しにしている。『ドラキュラ』の原始的なトリック撮影への取り組みも、要は作品ごとによるアプローチであって、自身の一貫したスタイルではないと主張したのだ。  ただコッポラは『ドラキュラ』に話題が及んだことをさいわいに、同作ではロケをおこなわず、スタジオだけで撮影したことに触れ、同作の意義を自ら綺麗にまとめてくれた。 「『ドラキュラ』も『Virginia/ヴァージニア』も、映画作りを志す若い作家に有益な環境だと思うので、それを自ら実践しているといっていい。映画はインスピレーションを与え合う相互手段だ。みんなが自分の作品を観てくれることで、何か創作上のヒントになるだろうし、それによってわたしの映画も生きながらえていくことが可能になる」  まるで血を吸って生きながらえるドラキュラを地でいくような答えだが、そこにコッポラの映画製作の真意がある。『Virginia/ヴァージニア』の話題から逸脱し、プロモーションに貢献したとは言いがたいインタビューだったが、監督との『ドラキュラ』にまつわる忘れ難い思い出だ。■ インタビュー出典:ワールドフォトプレス「フィギュア王」2012年vol.174号 © 1992 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

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『バレット』とウォルター・ヒルが語る“男気”映画術

尾崎一男

■スタローンと監督ウォルター・ヒル、初のコラボ  2013年製作の映画『バレット』は、シルベスター・スタローンが殺し屋を演じることで話題を呼んだノワールスリラーだ。40年間ヒットマンとして生きてきた、ニューオーリンズの殺し屋ジミー・ボノモ。彼はその日、汚職警官のグリーリーを始末し、相棒のルイスと仲介人に会うはずだった。だが待ち合わせ場所に現れた謎の人物による襲撃を受け、ルイスを殺害されてしまう。復讐に燃えるジミーは、グリーリーの元相棒である刑事テイラー(サン・カン)とともに事件の真相を追う……。  当時のスタローンは『ロッキー・ザ・ファイナル』(05)や『ランボー/最後の戦場』(08)など、かつての当たり役にオンタイムの自分を反映させることでシリーズ再生を果たし、また彼と同期のアクションスターが一堂に会する『エクスペンダブル』シリーズ(10〜)でシニア・アクションを先導するなど、マーケットを絞った活動で俳優としての最盛期を再び迎えていた。  そしてこの『バレット』も、こうしたスタローンのマーケティング戦略が顕著に出た映画となっている。というのも本作、作り手が現代アクションの流儀に適応させようとせず、80年代後半から90年代初頭のアクション映画への回帰を示しているからだ。  もともと『バレット』は、フランスの漫画原作者マッズ(本名アレックス・ノラン)がストーリーを手がけ、コリン・ウィルソンが絵を担当したグラフィックノヴェルシリーズをベースとしている。同作は2004年にベルギーの栄誉あるコミックアワード「サン=ミッシェル漫画賞」でベストシナリオ賞を獲得し、その後、英語による翻訳版が出版され、映画化の運びとなっている(映画の原題である”Bullet to the Head”は、そのときの英語タイトルを受け継いだものだ)。  しかし原作と異なり、警察と殺し屋組織を交えた群像劇をバディムービーにしたのは、他でもない監督ウォルター・ヒルの提案によるものだという。  スティーブ・マックイーンが主演した『ゲッタウェイ』(72)の脚本で注目を浴び、75年に『ストリートファイター』で監督デビューした、アクション映画の巨匠ウォルター・ヒル。以降『ウォリアーズ』(79)や『48時間』(82)『ストリート・オブ・ファイヤー』(84)といったヒット作を数多く手がけ、また『エイリアン』(79~)シリーズのプロデューサーとしても知られた存在だ。特に『48時間』はバディムービー(相棒映画)の礎を築いた名編として、アクション映画史にそのタイトルを深く刻んでいる。 『バレット』は、こうしたヒルの過去作のあらゆる要素が盛り込まれ、氏を象徴する旧来のスタイルを劇中にて呼び覚ましている。殺し屋が刑事とチームを組むという設定は、脱獄囚に同僚を殺された刑事が服役中のワルと組み、犯人逮捕に挑む『48時間』を彷彿とさせるものだし、スタローンと、今や『アクアマン』(18)で旬の俳優となったジェイソン・モモアとの斧によるタイマン勝負は、チャールズ・ブロンソンが喧嘩ファイトで日銭を稼ぐアウトローに扮した『ストリートファイター』(75)にその原型を見ることができる。  ■80年代アクション回帰の意図とは? 『バレット』の日本公開時、筆者は光栄にもプロモーション来日したウォルター・ヒルにインタビューをさせてもらった。電波媒体向けのビデオ映像、ならびに紙媒体数誌に掲載する記事のための取材だったが、なにより自分が監督の大ファンということで、興奮の面持ちで取材にあたったのを昨日のことのように覚えている。まずはさておき企画との関わりと、先述したような80年代アクションへの回帰への起因を訊くと、彼はこう答えてくれた。 「『バレット』は監督選びに難航していたらしく、スタローン自身が私に声をかけてきてくれたんだ。そこで条件をふたつ先方に投げかけたんだよ。ひとつは本作をバディムービーにすること。“きみ(スタローン)が主役の作品なんだから、私が80年代に手がけたバディムービーを再生させるような作品がいんじゃないか?”って。それをスライ(スタローンの愛称)に言ったら“じゃあ、それを監督するのはもう決まっているじゃないか”って即座に返されてね(笑)」  二人のキャリアから考えると意外に思われるが、ウォルター・ヒルとスタローンは、これまでに一度も監督・主演として組んだことがなかった。ただ親交は以前からあったようで、それが『バレット』へと結実していったのである。ちなみにヒルが製作側に要求したもうひとつの条件は、本作をデジタルで撮影することだったそう。しかし先の流れから、プロデューサーはフィルムによる撮影を依頼している。  ところが異色のコンビを作るのに手慣れたヒルも、スタローンが演じたボノモのキャラクターを膨らませていくのに苦労したという。 「前科者と刑事とをどう絡ませるのかがネックだったし、ボノモと彼の娘との関係を設定づけるのには、とても時間を要した。私の映画は、どれもストーリー以上にキャラクターありきの作品だと思う。ただ、キャラクターに求めるものが普通の作家とは違う。多くの場合、映画のキャラクターは心理プロファイリングで作られていくが、私の場合はそのキャラクターがどういう道徳観を持ち、どういうルールで生きているかを最大に重んじるんだ」  これなどはまさに『バレット』のボノモを含め、監督の作品それぞれに通底する人物像だ。でもそんなキャラクターたちが単に強いだけでなく、正義をなすことの難しさをそれぞれに体現している。 「それが私の好むところのテーマでもある。正義を遂行するのは難しい。だがそれを志として生きてゆき、切り開いていくキャラクターにひたすらこだわってきた。ただ演出するだけの監督を請け負うことには興味がないんだ」   ■リアリティの滲んでいるものこそが、自分にとっての映画なんだ(ウォルター・ヒル)  ところでこのインタビュー、筆者が依頼を受けるにあたり、以前よりウォルター・ヒルに疑問を抱いていたことを「本人に直接確認させてくれ」という要求つきで承諾した。  ひとつはヒルが企画していた『ストリート・オブ・ファイヤー』の続編について。彼は同作のヒーロー、トム・コーディ(マイケル・パレ)を主役にした三部作の企画を抱えていたが、 「あれは残念なことに、スタジオ側とうまく企画を進められなかったんだよ。私のキャリアの中で唯一、パート2や3があると示唆した作品だし、頭の中でアイデアをかなり練っていたんだ。だから今でもチャンスがあるなら、ぜひトライしたい」  とのこと。続編ものをやらないというのは彼の美学としてあり、唯一『48時間PART2/帰って来たふたり』(90)は、主演であるエディ・マーフィーの熱意にほだされ、例外的に請け負ったものだ。  そしてもうひとつは、ヒルが極度のSFアレルギーだという噂の真相について。『エイリアン』を「SFは嫌いだ」という理由から監督する要請を断り、また演出をめぐり、スタジオとの意見の相違からクレジット権を剥奪された『スーパーノヴァ』(00)の実例がある。  しかし、この個人的な興味に対する答えこそ、『バレット』を含め彼の作品すべてに通底しているものであり、この発言をもって本稿の結びとしたい。 「SF嫌いは単なる噂にすぎない。若い頃には(アーサー・C・)クラークや(ロバート・A・)ハインラインをよく読んだし、このジャンルに愛情もあった。ただSF映画は複雑化したVFXやCGIの制作プロセスが必要不可欠で、俳優のテンションを上げにくいグリーンバックで撮影する手段には、個人的に違和感を覚えているんだ。私にとって映画というのは、ジョークは腹の底から笑えて、弾は当たると痛い。そこに血と肉でできている人間が登場し、彼らは命を賭けて戦っている。そういうリアリティの滲んでいるものこそが、自分にとっての映画なんだ」■ © 2012 HEADSHOT FILM INVESTMENTS, LLC

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ロバート・レッドフォードの“キャッチボール”『ナチュラル』

松崎まこと

 その昔、「お箸の国の人だもの」というCMのフレーズがあったが、その言い方を借りれば、サッカーのJリーグなどが発足するより以前、私の青少年期である1970~80年代頃までの日本の男どもは、「野球の国の人だもの」という感じであった。  様々なスポーツの中でも野球人気は圧倒的で、ゴールデンタイムの巨人戦中継は、連日高視聴率を叩き出していた。そしてこの頃に野球少年だった者の多くが、父親とキャッチボールに興じた思い出を持つであろう。  私の父は仕事の都合で、連日のように帰宅は深夜になり、息子たちが通学する頃にはまだ布団の中というのが、普通であった。しかし私が小学校の高学年になって、野球に熱中し始めると、わざわざ早起きしては、キャッチボールの相手をしてくれるようになった。  息子の投げる球をしっかりと受け止めては、胸元めがけて投げ返す…。その時は何も意識してなかったが、いま振り返ればあのキャッチボールは、普段忙しい父の“想い”が伝わってくる、大切な瞬間であった。孫の顔を見せることもなく、父が早逝してから20年近く。最近になってしみじみと、そんなことを思ったりする。 「野球の国」の元祖であるアメリカにも、そんな父と子の構図が存在するのであろう。名作『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)の終幕、ケヴィン・コスナー扮する主人公が、かつて不仲だった亡父の若き日と出会い、キャッチボールに興じるシーンは、実に感動的である。  そして、『フィールド・オブ・ドリームス』に先駆けること5年。1984年公開の本作『ナチュラル』でも、父と子のキャッチボールが、重要なポイントとなる。  時代は1939年。開巻間もなく汽車に乗る主人公、ロバート・レッドフォード扮するロイ・ハブスの脳裏には、ネブラスカの農場で過ごした少年時代がよぎる。  彼は農夫である父によって、野球に対しては“ナチュラル=天性の才能の持ち主”であることを見出され、毎日コーチを受ける。ノックやピッチング練習以上に、父子にとって至福の時であったのが、キャッチボール。父が野球に臨む心構えを説きながら投げたボールを、息子は嬉しそうに受け止めては、投げ返す。そんなロイの姿を、幼馴染みの女の子アイリスが、ニコニコしながら眺めていた。  ずっと続くかと思われた父子の時間だったが、ある日父は突然倒れ、帰らぬ人となってしまう。その夜にハブス家の農場は、激しい嵐に襲われ、樫の木が雷鳴と共に引き裂かれる。ロイは亡父の遺志を感じたかのように、その木で手製のバットを作り上げ、“ワンダー・ボーイ=神童”という字と、稲妻のマークを刻印する。 それから6年後、青年になったロイは、スカウトに発掘され、大リーグのシカゴ・カブスのテストを受けることとなる。故郷を旅立つ前夜には、アイリスと結婚を誓い合い、2人は初めて結ばれる。  シカゴに向かう道中では、汽車で出会った現役大リーガーの強打者と、ひょんなことから対戦。ロイは三球三振に斬って捨てる。 「あらゆる記録を破るプレイヤーになる」そんな自信に満ち溢れた彼の前途は洋々たるものと思われたが、結局大リーグのマウンドに立つことはなかった。それどころか、カブスのテストを受けることさえ出来なかったのである。  ロイはシカゴに到着して間もなく、汽車で出会って心惹かれた黒服の美女から、ホテルの部屋と導かれる。そこで彼を待っていたのは、銀の銃弾。腹へと撃ち込まれたロイは、そのまま意識を失った…。  それから、16年の歳月が流れた。長く流浪の日々を送ってきたロイだったが、弱小球団のニューヨーク・ナイツの本拠地に、35歳の“オールド・ルーキー”として現れる。ようやく辿り着いた、大リーグ。当初は監督に疎まれたロイだが、いざ出場のチャンスを与えられるや、少年時代に作った、あの“ワンダー・ボーイ”のバットでホームランを打ちまくり、チームの大躍進に貢献する…。  1952年に出版された小説を原作とする本作は、レッドフォードが出演を熱望した作品だという。その理由は、彼のそれまでの歩みが、ロイと重なる部分があることと無関係ではないだろう。 少年時代から、スポーツ万能だったというレッドフォード。中でも野球は得意中の得意で、高校を卒業してコロラド大学に進む際には、野球選手用の奨学金で入学したほどのプレイヤーだった。  しかし、ほどなくして大学をドロップアウトした彼は、絵を習うためにヨーロッパへ。パリやフィレンツェの美術学校に通うが、画家になろうという夢は1年余りで挫折し、アメリカへと戻る。そして21歳の時に、17歳の女性と結婚する。  レッドフォードはその後、ニューヨークの演劇学校へ通って、俳優を志す。ブロードウェイの端役でデビューした後、舞台やTVドラマに出演するが、まったく売れず、2人の生活は、妻が働いて支えた。  やがてニール・サイモン作の舞台「裸足で散歩」の主演で、ブロードウェイで成功を収めるものの、その後に出演した何本かの映画は不発に終わり、結局は30過ぎまで試練の日々が続く。 レッドフォードをスターダムにのし上げたのは、1969年に公開された、“アメリカン・ニューシネマ”の代表的な1本、既に大スターだったポール・ニューマンと共演した、ジョージ・ロイ・ヒル監督の西部劇『明日に向って撃て!』のサンダンス・キッド役。1936年生まれのレッドフォードは、その時33歳。『ナチュラル』の“オールド・ルーキー”ロイ・ハブスと同じく、檜舞台に上がるまでには、短くない時間を要したのである。  さて本作では、ロイは脚光を浴びた後、再び“悪い女”にハマり、成績は下降線に。チームも優勝戦線から、離脱しそうになる。そんな時に救いの女神のように現れるのが、かつての恋人アイリスだった。  ロイの復調と共に、チームの勢いも戻り、遂にはリーグ優勝~ワールドシリーズ進出を目前にする。しかしロイは、銀の弾による古傷の悪化と球団オーナーらの八百長の陰謀によって、現役生活及び生命のピンチへと追い込まれる。  そしてその時彼が取った選択が、新たなる“父子のキャッチボール”へと繋がる。アイリスの笑顔に再び見守られながらの、“至福の時”…。  ロイ・ハブスの最高に誇れる、しかしあまりにも短かった、栄光の瞬間。それに比べれば『明日に向って撃て!』以降、1970年代から長く、ハリウッド屈指の二枚目スターとして活躍し、80年代以降は、監督としても評価が高い作品を発表していくレッドフォードの、栄光の時間は長く続いた。そしてその間に彼は、映画人として数多くの“息子たち”と“キャッチボール”を行い、大切なものを与え続けたのである。  監督デビュー作だった『普通の人々』(1980)で、自身はアカデミー賞監督賞を獲得。と同時に、二十歳の新人だったティモシー・ハットンに、助演男優賞のオスカーをもたらした。  レッドフォ―ドの監督第3作にして、「最高傑作」と推す声も多い『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992)では、“ブラピ”ことブラッド・ピットのキャリアを、“レッドフォード2世”と呼ばれるまでに磨き上げ、輝かせた。その後大スターへの道を邁進し、プロデューサーとしても成功を収めるブラピは、レッドフォードのことを、「師匠であり、もう一人の父親のような存在」とまで語っている。  更には、レッドフォードが1978年にスタートさせた、「サンダンス映画祭」。彼の最初の当たり役の名に因むこの映画祭は、新人監督の登竜門として、ちょうど『ナチュラル』が公開となった辺りから、勢いが加速。コーエン兄弟やジム・ジャームッシュ、タランティーノなどから、近年ではデミアン・チャゼルまで、後のアメリカ映画を支える面々が、次々と育っていった。  多分これからの日本映画界をリードしていく1人となる、長久允監督。2017年1月、彼のデビュー短編『そうして私たちはプールに金魚を、』(2016)にグランプリを与え、世界に先駆けて認めたのも、「サンダンス」である。さすれば長久監督も、間接的ではあるが、映画人レッドフォードと“キャッチボール”をした、“息子”の1人と言えるであろう。  2018年8月、80歳を超えたレッドフォードは、俳優業の引退宣言をした。しかしプロデューサーや監督としての活動は、まだまだ続ける意向と聞く。彼との“キャッチボール”で育まれる者が、これからも増えていくことを期待する。■

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哀れなる者、汝の名は…シャーロット・ランプリング『さざなみ』

松崎まこと

 私のような50代半ばより年長の映画ファンが、“シャーロット・ランプリング”の名を聞いて思い浮かべるのは、どんなヴィジュアルだろうか?  それはもう、「ナチス帽に裸サスペンダー」の一択に違いない。正確に書けば、リリアナ・カヴァー二監督のイタリア映画『愛の嵐』(1974)に於ける、上半身裸にサスペンダーでズボンを吊り、ナチス親衛隊員の帽子を被ったランプリングが、ナチの将校たちに艶然と笑みを振りまきながら、歌い踊るシーンである。  そうは言っても1975年の日本公開当時、私はまだ小学5年生。そんな映画を観に行けるわけもなく、新聞や雑誌の広告、街場のポスターなどで、スレンダーながら実に刺激的な出で立ちをしたランプリングを拝んでは、「一体どんな映画なんだろう!?」と、想像を逞しくしたものだ。  実際はかなり後年になってから観た、『愛の嵐』の内容に触れれば、強制収容所で爛れた関係になった、親衛隊の将校とランプリング扮するユダヤ人の少女が、戦後12年経ってから再会。『ベニスに死す』(1971)などで著名なダーク・ボガートが演じる将校は、ホテルのポーターの夜番となり、身を潜めるように生きていた。一方少女は、オペラの有名指揮者の妻として、華やかな世界に暮らす身に。しかし、かつての激情を忘れられない2人は、再び関係を結び、共に破滅の道を辿っていく。  内容が内容なので、公開当時は様々な物議を醸したが、人々の記憶に強烈に残ったのはやはり、「ナチス帽に裸サスペンダー」。背徳のエロティシズムが溢れる、シャーロット・ランプリングの姿態であったというわけだ。 『愛の嵐』に続いて公開された、ランプリングの出演作は、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説をディック・リチャーズ監督が映画化したアメリカ映画で、探偵フィリップ・マーロウものの『さらば愛しき女よ』(1975)。マーロウものと言えば、その前にロバート・アルトマン監督が、エリオット・グールド主演で映画化した『ロング・グッドバイ』(1973)が、「原作を破壊した」とファンの怒りを買った一件もあってか(後年になって『ロング…』はカルト化したが…)、『さらば…』はロバート・ミッチャムが、雰囲気たっぷりにマーロウを演じて、彼の当たり役となった。  同時に評判となったのが、ランプリング。関わった男たちの命を次々と奪い、マーロウをも翻弄する“悪女”役が、見事にハマっている。 『愛の嵐』『さらば愛しき女よ』、ランプリングが20代後半に出演したこの2作で、彼女のパブリック・イメージは決定的になった。それは1987年に発行された、彼女を特集した「シネアルバム」(芳賀書店刊)のタイトルからも、明らかである。題して、「シャーロット・ランプリング 子鹿の肢体をもつ運命の女(ファム・ファタル)」。 “ファム・ファタル”~運命の女、宿命の女、そして、男を破滅させる魔性の女である。因みに私がスクリーンで初めてランプリングを見たのは、動物パニック映画のブームに乗って製作された『オルカ』(1977)だったが、この作品でも、彼女に愛されたリチャード・ハリスは、シャチの尾っぽに跳ね飛ばされて、命を失ってしまう。  強烈な役どころでスターとなった俳優にはありがちなことだが、その後そうした印象を超える作品には、なかなかめぐり逢えない。イギリス人ながら、多言語を使いこなせるという素養もあって、欧米各国の映画に出演し続けたランプリングだが、常に「『愛の嵐』の…」「『さらば愛しき女よ』の…」といった枕詞付きで語られた。やがて1990年代に入って、彼女が40代半ばを迎えた辺りには、その活動は低調な印象を免れないようになる。  西暦2000年を迎え、ランプリングの新たな魅力を引き出したのは、フランソワ・オゾン監督のフランス映画『まぼろし』。ここで彼女が演じたのは、主婦で大学講師のマリー。パリで25年もの幸せな結婚生活を送っていたが、ヴァカンスに出掛けた先の海岸で、夫のジャン(演;ブリュノ・クレメール)が何の痕跡を残さずに、姿を消してしまう。  マリーにとってジャンは、「すべて」とも言える存在であり、彼を失ったことを認められない。そして彼女は日々の暮らしの中で、ジャンの“まぼろし”を作り出し、まるで彼との生活が続いているかのように振る舞い、友人たちから心配される…。  50代半ばにして彼女が得た新たな役どころは、“ファム・ファタル”とは真逆。パートナーへの愛が深すぎたが故に、半端のない“喪失感”と対峙できないヒロインである。また『愛の嵐』や『さらば…』が、主人公である“男”の前に、彼女が現れることによって運命の歯車が狂っていく構図であったのに対し、『まぼろし』は、ランプリングの“一人称”の視点で、物語が展開する。 そしてランプリングが70代を目前にして主演したのが、イギリス映画の本作『さざなみ』(2015)である。かつて“Sous le sable=砂の下”という原題の作品に、『まぼろし』という邦題を付けて公開した際にも、そのセンスの良さには舌を巻いたが、それに倣って付けたであろう、平仮名4文字の邦題『さざなみ』も、なかなかのスグレモノだ。 『さざなみ』の原題は、“45years=45年間”。これは本作でランプリングが演じる、元教師の主人公ケイトが、イギリスの田舎町で夫のジェフ(演;トム・コートネイ)と暮した歳月を表す。  ある月曜日、その週末=土曜に結婚45周年のパーティを控えたこの熟年夫婦の生活に、“さざなみ”が立つ。その原因は、スイスの警察から夫の元へと届いた、1通の手紙だった。  そこに書かれていたのは、ジェフがケイトと出会う前に交際していた女性の遺体が、在りし日の姿のまま見付かったという報告。その女性は半世紀前、若き日のジェフと登ったアルプスの山でクレバスへと呑まれ、行方不明になっていたのである。  気にしない素振りをするケイトだったが、その時からジェフは、“過去”の恋愛の記憶を鮮明に蘇らせていく。次第に苛立ちを深めていく、ケイト。  屋根裏に、夫がかつての恋人との“思い出”を隠していたことに怒りを覚え、更には事故発生時に彼女が妊娠していたことを知り、大きなショックを受ける。ジェフとケイトの間には、遂に子どもは授からなかったのである。 『さざなみ』は『まぼろし』と同じく、長い夫婦生活で、夫を信じて疑わなかった妻が主人公。そして彼女の、“一人称”の物語が展開する。 『まぼろし』では物語の後半になって、妻は失踪した夫が、実は“鬱病”を抱えていたことを知る。このように、円満に暮らしてきた夫婦の間でも、重大な隠し事があるという設定。更に、『まぼろし』の主人公が大学講師であったのに対し、『さざなみ』では元教師であることや、両作とも、夫婦の間に子どもがいないこと等々、原作があるとはいえ、『さざなみ』の監督・脚本を手掛けたアンドリュー・ヘイの念頭に、『まぼろし』のランプリングがあったことは、間違いないであろう。 「幸せ」だと思っていた、いや思い込んできた“45年間”が虚ろなものに映るようになっていく、ケイト。何とか開催にこぎつけた結婚45年を祝うパーティで、夫は涙ながらにスピーチを行う。「様々な選択をしてきた中で、自分にとって“最高の選択”は、ケイトと結婚したことである」と。 ジェフのその言葉に、きっと嘘はない。この6日間、過去の“恋愛”にうつつを抜かしながらも、ケイトと生きた歳月に、改めて感謝の念が湧いたのであろう。  しかし、もはやケイトの心には響かない。パーティのラストダンスで彼女は、自分でも思いもよらなかった行動を取ってしまう…。 『さざなみ』によってランプリングは、「ベルリン国際映画祭」で夫役のトム・コートネイと共に銀熊賞(演技賞)を獲得したのをはじめ、様々な映画賞に輝いた。更には半世紀を超える俳優生活で、初めて「アカデミー賞」にノミネートされた。  そして間もなく、『さざなみ』の2年後に彼女が主演して、「ヴェネチア国際映画祭」で主演女優賞を得た作品が、日本公開となる。夫婦そして家族の関係に、ランプリングが苦悩する、“一人称”の物語。  ベルギーを舞台にしたその作品の原題は、主人公の名前である“HANNAH=アンナ”。その邦題は平仮名4文字の、『ともしび』(2017)である。■ ©The Bureau Film Company Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2014

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フロイト的解釈で、良心とセックスを描く『昼顔』。ブニュエル監督曰く、その難解なオチの意味とは!?

なかざわひでゆき

 スペインを代表する巨匠ルイス・ブニュエル。盟友サルヴァドール・ダリと組んだシュールリアリズム映画の傑作『アンダルシアの犬』(’29)で監督デビューし、社会リアリズム的な『忘れられた人々』(’50)から文芸ドラマ『嵐が丘』(’53)、冒険活劇『ロビンソン漂流記』(’54)、そして『皆殺しの天使』(’62)や『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』(’72)のような不条理劇に至るまで、幅広いジャンルの映画を世に送り出したが、その中でも最も興行的な成功を収めたのが、第28回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得した『昼顔』(’67)である。  原作はフランスの作家ジョゼフ・ケッセルが1928年に発表した同名小説。当時、長年住み慣れたメキシコを離れ、『小間使いの日記』(’63)を機にフランスへ拠点を移していたブニュエルは、『太陽がいっぱい』(’60)や『エヴァの匂い』(’62)で知られる製作者コンビ、アキム兄弟から本作の映画化を打診される。既に何人もの監督に断られた企画だったらしく、ブニュエル自身も全く気に入らなかったらしいのだが、むしろそれゆえ「自分の苦手な作品を好みの作品に仕上げる」ことに興味を惹かれて引き受けることにしたのだそうだ。  そこで、ブニュエルは『小間使いの日記』で既に組んでいた新進気鋭の脚本家ジャン=クロード・カリエールに共同脚本を依頼する。当時、ルイ・マル監督作『パリの大泥棒』(’66)の撮影でサントロペに滞在していたカリエールは、ブニュエルから「『昼顔』の映画化に興味はないか」との電話連絡を受けて、「あんな下らない凡作を映画にするんですか?」と違う意味で驚いたらしい(笑)。しかし、「原作にフロイト的な解釈を加えて、良心とセックスの関係性を描く」というブニュエルのコンセプトに関心を持ち、協力することを承諾したという。  主人公はパリに住むブルジョワ階級の人妻セヴリーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)。医者である夫ピエール(ジャン・ソレル)を心から愛している彼女だが、この仲睦まじい夫婦は重大な問題を抱えていた。セヴリーヌがいわゆる不感症で、夜の性生活が皆無に等しかったのである。そんなある日、女友達ルネ(マーシャ・メリル)から共通の知人が陰で売春をしているとの噂を耳にして関心を持ったセヴリーヌは、夫の親友ユッソン(ミシェル・ピッコリ)に場所を教えてもらった売春宿を訪れる。そして、マダムのアナイス(ジュヌヴィエーヴ・パージェ)から「昼顔」という源氏名を与えられ、午後の2時から5時までという条件で働くことになるのだった。  舞台を制作当時の現代へ移しているものの、基本的なプロットは原作とほぼ同じ。しかし、ブニュエルはそこへフロイト的な精神分析学の要素を加える。どういうことかというと、主人公セヴリーヌの深層心理を表すドリーム・シークエンスを随所に挿入しているのだ。それはいきなりストーリーの冒頭から描かれる。馬車に乗ったセヴリーヌとピエール。妻の不感症を責めるピエールは、2人の御者に命じてセヴリーヌを馬車から引きずり降ろし、激しく鞭で打ったうえにレイプさせる。夫の許しを請い抵抗しつつも、しまいには恍惚の表情を浮かべるセヴリーヌ。次の瞬間、シーンは寝室で語らう夫婦の様子へと切り替わり、以上がセヴリーヌの妄想であったことに観客は気付く。ここでハッキリと示されるのは、夫の性的な期待に応えられないことに対するセヴリーヌの罪悪感と、本当は強引に組み伏せられて凌辱されたいというマゾヒスティックな彼女の性的願望だ。  これはある意味、セックスの不条理を描いた作品といえるだろう。心では紳士的で優しい夫ピエールを愛するセヴリーヌだが、しかし彼女の体は暴力的で屈辱的な快楽を求めており、それゆえに温厚なピエールが相手では決して満たされることがない。しかも、彼女は自分のそうした淫らな欲望(ひいてはセックスそのもの)を「汚らわしい」ものと恥じており、こんな私はピエールの妻として失格だと考えているふしがある。彼を受け入れたら私の本性がバレてしまうかもしれない。だからこそ、夜の営みを拒絶してしまうのだ。  でも他の女性はどうなのだろう?みんなはどんなセックスをしているのか?そんな折、自分と身近なブルジョワ女性が売春をしているとの噂を耳にして、彼女はいてもたってもいられなくなる。しばしば、セヴリーヌがアナイスの売春宿で働き始めたのは、不感症を克服して夫の期待に応えるためと解釈されるが、それはちょっと違うのではないだろうか。まあ、結果的にそうなることは確かなのだが、むしろ己の不条理な性的欲望の正体を確かめるための探求心が原動力だったのではないかと思うのだ。  と同時に、本作は「女性の性」にまつわる「神話」を破壊するものでもある。ピエールはセヴリーヌに決してセックスを強要しない。拒絶されるたびに我慢して受け入れる。それはそれで良識的な行動であることは間違いないのだが、恐らくその根底には自分の愛する女性は純粋であって欲しい、貞淑な良妻賢母であって欲しいという願望があることは間違いないだろう。彼女に秘めたる欲望があるとは想像もしていない。つまり、セヴリーヌを勝手に美化しているのである。これは多かれ少なかれ男性が陥る罠みたいなものだ。彼が本来すべきは、何が問題なのかを彼女と話し合って解決していく姿勢なのだが、「男性と同じく女性にも性的欲求がある」という認識が欠如しているため、なかなかそこまで至らない。そういう意味では、セヴリーヌ自身も道徳的な「女性神話」に縛られている。だから自分の願望を口にすることが出来ず、愛しあいながらも夫婦の溝が深まってしまうのだ。  かくして、昼間は不特定多数の男を相手にする売春婦、夜は貞淑なブルジョワ妻という二重生活を送ることになるセヴリーヌ。最初のうちこそ強い抵抗感を覚えていたものの、様々な変わった性癖を持つ男性客や自由奔放な同僚女性たちと接するうち、次第に淫らな性の快楽を受け入れていく。女性に凌辱されて悶える中年男を見て「おぞましい」と言っていたくせに、大柄な東洋人男性から乱暴に扱われて恍惚の表情を浮かべるセヴリーヌ。それはさながら「女性神話」の呪縛からの解放であり、「私は決しておかしいわけじゃない」と彼女が己のマゾヒスティックな性欲を肯定した瞬間だ。そうやって徐々に自信を強めるに従って、それまでどこか他者に対して冷たかった彼女の態度は明らかに柔和となり、ピエールとの夫婦関係も格段に改善していく。ある意味、ようやく自分の人生を取り戻したのだ。  面白いのは、セヴリーヌがそうやって自信を付けていく過程で、現実と妄想の境界線もどんどんと曖昧になっていく点だ。例えば、カフェでお茶をしていたセヴリーヌが謎めいた貴族男性(ジョルジュ・マルシャル)に誘われ、彼の豪邸で喪服(といっても全裸にシースルー)に着替えて死んだ娘を演じるというシーンなどは、現実に起きたことともセヴリーヌの白日夢とも受け取れる。これはブニュエル自身があえて狙った演出だ。そもそも、セヴリーヌにとって貞淑な妻でいなくてはならない現実は悪夢みたいなもの。むしろ、己の性的願望を投影した妄想の世界こそが彼女にとってのリアルだ。なので、自己肯定を強めていくに従い、その境界線が曖昧になっていくのは必然とも言えるだろう。  ところが、やがてセヴリーヌにとって想定外の事態が起きる。横柄で乱暴なチンピラ、マルセル(ピエール・クレマンティ)との出会いだ。兄貴分のイポリート(フランシスコ・ラバル)に誘われ売春宿を訪れたマルセルは一目でセヴリーヌを気に入り、彼女もまた激しく暴力的に抱いてくれるマルセルの肉体に溺れる。といっても、もちろん愛しているわけじゃない。セックスの相性が抜群なのだ。しかし、単細胞なマルセルは勘違いしてしまう。次第にストーカーと化し、足を洗ったセヴリーヌの自宅を突き止めて押し入るマルセル。その結果、夫ピエールはマルセルに銃撃され、その後遺症で全身が麻痺してしまう。  この終盤のベタベタにメロドラマチックな展開も原作とほぼ同様。恐らく、原作を読んだブニュエルが「まるでソープオペラだ」と揶揄していた部分と思われる。だからなのだろう、最後の最後に彼は冗談なのか真面目なのか分からないオチを用意し、観客を大いに戸惑わせる。これもまたセヴリーヌの妄想なのか?それとも、ここへたどり着くまでの全てが彼女の思い描いた夢物語だったのか?見る人によって様々な解釈の出来るラストだが、ある種の爽快感すら覚えるシュールな幕引きは、本作が女性の魂の解放をテーマにした不条理劇であることを伺わせる。シュールリアリストたるブニュエルの面目躍如といったところだろう。  ちなみに、劇中で東洋人男性(日本人とも受け取れる描写があるものの、脚本家カリエールは中国人だと言っている)が、売春婦たちに見せて回るブンブンと音が鳴る箱。あの中身が何なのか?と疑問に思う観客も多いことだろう。中身を見たマチルダ(マリア・ラトゥール)は嫌な顔をして目を背けるが、しかしセヴリーヌは興味深げにのぞき込む。観客には一切見せてくれない。実はブニュエルもカリエールも、あの中身については全く考えていなかったらしく、見る者の想像に任せるとのこと。そういえば、ブニュエルは本作のラストについても「自分でもよく意味が分からない」と言っていたそうだ。なんとも人を食っている(笑)。  また、本作は主演のカトリーヌ・ドヌーヴとブニュエルの折り合いが悪かったとも伝えられているが、カリエールによると実際に険悪なムードになったことはあったそうだ。そもそもの発端は、撮影が始まって2~3日目に、ドヌーヴと夫役ジャン・ソレルが脚本のセリフに異議を唱えたこと。ちょっとセリフが陳腐じゃないか?と感じた2人は、自分たちで書き直したセリフを現場に持ち込んでブニュエルに変更を申し出たのだ。それを読んだブニュエルは、その場でにべもなく提案を却下。ドヌーヴとソレルは納得がいかない様子だったらしい。だからなのか、ドヌーヴは全裸でベッドに座って振り返るシーンの撮影で脱ぐことを断固として拒否。これにはブニュエルも激しく怒り、ドヌーヴがショックで気を失うほど怒鳴り散らしたという。結局、その日の撮影はそのまま中止に。しかし、翌日ドヌーヴはちゃんとセットに現れ、言い過ぎたことを反省したブニュエルがさりげなく声をかけると、それ以降は監督の指示に素直に従うようになり、撮影が終わる頃には強い信頼関係で結ばれていたそうだ。  なお、本作はドヌーヴをはじめとする女優陣がとにかく魅力的だ。セヴリーヌの女友達ルネには、『サスペリアPART2』(’75)の霊媒師ヘルガ・ウルマン役でもお馴染みのマーシャ・メリル、売春宿の女将アナイスには『エル・シド』(’61)などハリウッド映画でも活躍した名女優ジュヌヴィエーヴ・パージェ、気の強い売春婦シャルロット役には『マダム・クロード』(’77)で高級売春組織の元締マダム・クロードを演じたフランソワーズ・ファビアン。豪華な美女たちを眺めているだけでも楽しい。■ © Investing Establishment/Plaza Production International/Comstock Group

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