数えきれないほどの荒くれ者たちが、アメリカの大西部ならぬスペインはアルメリア地方の荒野を駆け抜けていったイタリア産西部劇=マカロニ・ウエスタン。クリント・イーストウッドが演じた「Man with No Name」(名無しの男)を筆頭に、数多くのマカロニ・ヒーローも誕生したが、その中でもジャンゴやリンゴと並んで高い人気を誇る名物キャラクターが、本作『サルタナがやって来る~虐殺の一匹狼~』の主人公サルタナである。

まずは基本的な情報から整理しておこう。ジャンゴ・シリーズやリンゴ・シリーズと同様、数多のパチもの映画を生んだサルタナ・シリーズだが、正式なシリーズ作品は下記の5本とされている。

1作目 Se incontri Sartana prega per la tua morte(サルタナに会ったら己の死に祈れ)
1968年制作 本邦未公開
監督:フランク・クレイマー(ジャンフランコ・パロリーニ)
主演:ジョン・ガルコ(ジャンニ・ガルコ)

2作目 Sono Sartana, il vostro becchino(俺はサルタナ、お前の死の天使)
1969年制作 本邦未公開
監督:アンソニー・アスコット(ジュリアーノ・カルニメオ)
主演:ジョン・ガルコ(ジャンニ・ガルコ)

3作目 C'è Sartana... vendi la pistola e comprati la bara(サルタナが来た…お前の拳銃を棺桶と交換しろ)
1970年制作 邦題『俺はサルタナ/銃と棺桶の交換』 本邦劇場未公開・DVD発売
監督:アンソニー・アスコット(ジュリアーノ・カルニメオ)
主演:ジョージ・ヒルトン

4作目 Buon funerale amigos!... paga Sartana(良い葬儀を、友よ…サルタナが支払う)
1970年制作 本邦未公開
監督:アンソニー・アスコット(ジュリアーノ・カルニメオ)
主演:ジャンニ・ガルコ

5作目 Una nuvola di polvere... un grido di morte... arriva Sartana(埃の雲…死の叫び…サルタナが来る)
1970年制作 邦題『サルタナがやって来る~虐殺の一匹狼~』 本邦劇場未公開・DVD発売
監督:アンソニー・アスコット(ジュリアーノ・カルニメオ)
主演:ジャンニ・ガルコ

 

 シリーズ中で唯一、ジョージ・ヒルトンがサルタナを演じた『俺はサルタナ/銃と棺桶の交換』を5作目とする説もあるが、少なくともイタリア本国での劇場公開日を基準にすると、上記のような順番になる。いずれにせよ、残念ながら今のところ日本で見ることが出来るのは全5本中2本だけ。しかも、どちらもリアルタイムでは日本へ輸入されなかった。それゆえ、日本のマカロニ・ファンにとってサルタナは、長いこと幻のヒーローだったのである。

 サルタナ・シリーズの特徴を一言で表すならば、ずばり「西部劇版ジェームズ・ボンド」であろう。お洒落でエレガント、荒唐無稽にして軽妙洒脱。全身黒づくめのギャンブラー風に決めたニヒルな謎のガンマン、サルタナが、愛用の小型リボルバーと数々の秘密兵器を駆使して悪党たちを一網打尽にする。レオーネやコルブッチなどのシリアス路線や、リアリズム志向のガンプレイを愛するマカロニ・ファンには賛否あろうと思うが、しかし猫も杓子もレオーネのエピゴーネンを競っていた当時のマカロニ業界にあって、あえて差別化を図るという意味で正解だったと言えよう。しかも文句なしに面白い。所詮、マカロニなんてハリウッド西部劇のパクリなんだからさ、楽しけりゃそれでいいじゃん!というB級エンターテインメント的開き直りが功を奏した結果だろう。

 そもそもの始まりは’67年に公開されたマカロニ・ウエスタン『砂塵に血を吐け』。この作品でアンソニー・ステファン演じる主人公ジョニーよりも目立ってしまったのが、強烈な存在感を放つサイコパスな弟サルタナ(ジャンニ・ガルコ)だった。そう、もともとサルタナは悪人キャラだったのである。しかし、この映画が当時の西ドイツを中心に大受けし、ことにガルコ演じるサルタナの評判が高かったことから、ならばこいつをメインに映画を作れば当たるに違いない!ということで誕生したのがサルタナ・シリーズだったわけだ。

 ただし、今回はれっきとした主人公なので、さすがにサルタナが悪党のままでは困る。ゆえにキャラ設定は初めから仕切り直し。ジャンゴみたいな悲壮感漂う復讐ドラマは御免こうむりたい、もっとシニカルでユーモラスなヒーローがいい、衣装も小汚いカウボーイじゃなくて粋でお洒落なイメージで!というジャンニ・ガルコ自身の意向を汲みながら、新たなサルタナ像が形作られていったという。各作品の劇中で使用される秘密兵器なども、主に彼がアイディアを出していたらしい。会計帳簿にピストルを隠した帳簿GUN(4作目)、車輪の穴にダイナマイトを仕込んだ車輪BOMB(2作目)、時にはトランプカードやダーツの矢、懐中時計まで起用に武器として使うサルタナの華麗なアクションは、ジャンニ・ガルコが演じてこその賜物だったのである。

 そのジャンニ・ガルコは旧ユーゴスラビアの出身。もともと『太陽の下の18歳』(’62)や『狂ったバカンス』(’62)でカトリーヌ・スパークの相手役を演じて注目された二枚目スターだったが、結果的に一連のサルタナ役が最大の代表作となった。ジャンフランコ・パロリーニ監督と再びタッグを組んだ、痛快軽快な戦争アクション『戦場のガンマン』(’68)もなかなかの佳作。また、パチものジャンゴ映画『二匹の流れ星』(68)では、ゲイリー・ハドソンの偽名でジャンゴ役を演じている。

 シリーズ全体のトーンを設定したのは1作目のパロリーニ監督。マカロニにありがちな情念やペシミズムは一切なし。毒を持って毒を制するかのごとく、狡猾で抜け目のないサルタナは常に敵の一歩先を行き、腹黒い悪党どもをてんてこ舞いにして、最後はまんまと金塊の山をかすめ取っていく。ストーリー展開は極めてアップテンポ。アクションも一切出し惜しみせず。続く2作目でバトンタッチした、アンソニー・アスコットことジュリア―ノ・カルニメオ監督は、基本的にパロリーニ監督のライトな路線を継承しつつ、よりコミカルでナンセンスなユーモアを盛り込んだ。’70年代初頭に流行するコメディ・ウェスタンの先駆けである。ただ、E・B・クラッチャーことエンツォ・バルボーニ監督の『風来坊』シリーズなどと違って、粋で洗練されたユーモアセンスこそがカルニメオ監督の醍醐味。ベタな大衆喜劇的コメディに走らないサジ加減が絶妙だ。そういう意味で、このシリーズ最終作『サルタナがやって来る~虐殺の一匹狼~』などは真骨頂と言えるだろう。

 何と言っても最大の見どころは、シリーズ中屈指とも呼ぶべき奇想天外なガジェットの数々だ。ミサイル砲を仕込んだインディアン人形型ロボット、アルフィーもなかなかのインパクトだが、パイプオルガンのパイプが倒れてカチューシャ型のロケット砲マシンガンに変身する通称「皆殺しオルGUN」にはぶったまげた(笑)。んなもん西部開拓時代にあるわけねえだろ!という突っ込みは野暮というもの。さすがにここまで大胆不敵な秘密兵器は前作までなかった。カルニメオ監督はこれに味を占めたのか、続くニューヒーロー、アレルヤを登場させた『荒野の無頼漢』(’71)では、ミシンとマシンガンを合体させたミシンGUNとか、バラライカに拳銃を仕込んだバラライGUNとか、もはや何でもアリのやりたい放題状態に。こういう悪ノリは大歓迎である。

 消えた大金を巡って、三つ巴・四つ巴・五つ巴の裏切りと騙し合いが繰り広げられるストーリーも悪くない。まあ、厳密に言うと1作目の焼き直し的な印象は否めないのだけれど、恐らく視聴者のみなさんの多くが未見だと思うので問題ないでしょう(笑)。悪党どもをお互いに対立させて、漁夫の利を得ようとするサルタナのずる賢さ(?)も相変わらず。ある種のピカレスクロマン的な魅力すら感じられる。脚本はティト・カルピとエルネスト・ガスタルディ。どちらもイタリア産B級娯楽映画の黄金時代を代表する名脚本家だ。

 ヒロインの悪女ジョンソン夫人を演じるのは、ジャッロ映画ファンにもお馴染みのスペイン女優スーザン・スコットことニエヴェス・ナヴァロ。ジュリアーノ・ジェンマと共演したスパイ・コメディ『キス・キス・バン・バン』(’66)や、ジャッロ映画の隠れた傑作『ストリッパー殺人事件』(’71)も忘れ難い美女だが、決定的な代表作に恵まれなかったのが惜しまれる。『猟奇変態地獄』(’77)のぞんざいな扱われ方とか、ちょっと気の毒だったもんなあ。悪徳保安官ジム役はファシスト時代のロマンティックな二枚目スター、マッシモ・セラート。また、サルタナと親しくなる詐欺師の好々爺プロン役の老優フランコ・ペスチェは、3作目以外のシリーズ全作に出演している。

 なお、1作目限りで降板したジャンフランコ・パロリーニ監督は、サルタナのキャラをそのままパクった新ヒーロー、サバタ(リー・ヴァン・クリーフ)を主人公にした『西部悪人伝』(’69)をヒットさせ、その後『大西部無頼列伝』(’70・これのみユル・ブリンナーがサバタ役)、『西部決闘史』(’71)とシリーズ化。そのサバタは、サルタナ・シリーズ3作目『俺はサルタナ/銃と棺桶の交換』でサルタナと共演している。ただし、こちらは先述したようにサルタナ役がジョージ・ヒルトン、サバタ役は『荒野の無頼漢』のチャールズ・サウスウッド。そうそう、『荒野の無頼漢』の主人公アレルヤ役はヒルトンだったっけ。なんか、マカロニ界隈は世間が狭いのでややこしい(笑)。

 で、その『荒野の無頼漢』でコメディ・ウェスタンの真髄を極めたジュリア―ノ・カルニメオ監督は、マカロニ衰退後も様々なジャンルの娯楽映画で活躍。イタリア版マッドマックスとして一部で有名な世紀末アクション『マッドライダー』(’83)や、悪名高いキワモノ映画としてカルトな人気を誇るホラー『ラットマン』(’88)は彼の仕事だ。■