原題の“THE CALLER”には、呼び出す者や訪問者の意味がある。でも邦題では、ストレートに電話機が恐怖の題材だと明確化している。電話をかけてくる者と電話を受ける者は物理的な距離は離れているのに、相手が恐ろしい人物だと分かった途端、一気にその距離が縮まるという衝撃性を併せもつ……それが電話機だ。怪しい人物であれば、もしや身近にいて身を潜めているのでは?なんて不安感に苛まれてしまう。電話をかけてきた相手の姿が見えない分、恐怖感や切迫感が増幅され、真綿でジワリジワリと首が絞められてゆくような感覚に苛まれる。

 過去のホラー映画にも、電話を用いて恐怖表現に秀でた作品が多数あった。精神的に孤立してゆくヒロインに、猟奇殺人鬼から電話がかかってきてショックを受け、やがて電話機そのものが恐ろしいモノに見えてくる。

 例えば、『暗闇にベルが鳴る』(74年)、『夕暮れにベルが鳴る』(79年)、『スクリーム』(96年)等の代表作がある。かと思えば、電話線を通じて高電圧を流して感電死させるという『ベル』(82年)だとか、怨念が電話機を通じて不気味な電子音を放ったり、公衆電話からコインを飛ばして殺害するというキッカイな見せ場を盛り込んだ『ダイヤル・ヘルプ』(88年、監督は『食人族』のルッジェロ・デオダートだ!)など、異色作やカルトな珍品まである。日本では、円谷プロの特撮TVシリーズ『怪奇大作戦』(68年)の第4話「恐怖の電話」(監督は実相寺昭雄)があって、これは前述の『ベル』の先駆けともいえるようなアイデアが用いられていたし、携帯電話を通じて呪いが連鎖・拡散していく三池崇史監督のJホラー『着信アリ』(04年)が有名だ。

 でも『恐怖ノ黒電話』は、それらの作品と比しても恐怖度はもちろん、一筋縄ではいかない展開に思わず唸ってしまう秀作である。本来なら、まっさらな状態で作品に触れて欲しいところだが、スター俳優が出演していないためか、認知度があまり高くない。そこで斬新性の一端を記しておきたい。

 DV夫スティーヴンと離婚訴訟中のメアリー・キーが、年代物の古びたアパートに引っ越してくる。メアリー役には、スティーヴン・キング原作のTVシリーズ『アンダー・ザ・ドーム』のヒロイン、レイチェル・レフィブレ(※ラシェル・ルフェーブルの日本語表記もあり)が演じた。『~ザ・ドーム』のジュリア役のように、果敢に行動する気丈な女性像を作りあげている。

 DV夫はメアリーに対し、150m以内接近禁止令が出ているほどの暴力魔。そのため一刻も早く、密かに新たな住居を決める必要があったため、物件をあれこれ吟味する余裕がなかった。そのアパートの部屋には、黒い電話機が設置されていて、引っ越してまもなく、激しくベルが鳴り出した。

 メアリーは、最初は夫からの嫌がらせ電話か?と思ったが、電話に出てみると中年女性の声だった。その女は、「夕べ、部屋の前を通ったら、窓際にボビーの姿を見たわ」と言った。彼女はボビーをとても愛しているらしいが、メアリーには何のことかサッパリ分からない。ボビーが住むアパート名を聞くと、エル・フランステリオL2号室だという。それは、メアリーが住みはじめたアパートの部屋だった。

 その日以来、メアリーは時々、フラッシュバックのような幻覚に悩まされ、毎日かかってくる黒電話のベルにうんざり。メアリーは、間違い電話につきあう暇はないと中年女性に激しく言うと、「ボビーはベトナム戦争から帰還し、告白してくれたのよ」と言う。

 “ベトナム戦争”の言葉に引っかかったメアリーに対し、中年女性は、「こっちは、1979年9月4日よ」と言う。部屋の窓から見ると、通りの向こう側に黒い人影が見える……。

 中年女性からの電話は、DV夫スティーヴンによる嫌がらせかも?と思うが、どうも違うらしい。DV夫の怪しげな行動(どこで調べたのか、彼女のアパートにいきなり押しかけてくる)と中年女性の謎の電話攻撃によって、メアリーに不安が押し寄せる。ここで、原題の“THE CALLER”の2つの意味(訪問者と呼び出す者)の真意が理解できるはずだ。そして心配と不安がいっぱいの新天地で生活するメアリーに対し、観る者は、一気に共感し感情移入することになる。

 頻繁に電話をかけてくる中年女性は41歳で、名はローズ・ラザー。孤独で誰かと話したがっているローズは、「台所に収納庫があるでしょ? 入って右手の壁に絵を描くわ。その絵が、私が過去にいる証拠になるはず。確認してみて」と言い、電話を切った。メアリーは収納庫の内側の壁を見るが、絵はなかった。だがヘラで壁紙を剥がしてみると、そこにバラの絵が描いてあった。

 メアリーは、前の部屋に住む古株のジョージに、昔の住人のことを尋ねた。「1979年にメアリーの部屋に住んでいたのは、暗い感じのローズ婦人だった。軍人と交際していてね、時々ケンカしていた。でもある日から男の姿を見かけなくなり、ローズがその部屋に越してきたんだよ。そして電話線を天井にかけ、首を吊ったんだ」と言う……。

 79年に生きるローズからの電話が、なぜ現代のメアリーが住む部屋の黒電話にかかってきたのか? なんらかの理由で電話が繋がってしまったと説明があるぐらいで、それ以上の詳細な理由は語られていないものの、意外な展開と緻密に練られた幾つもの恐怖に魅せられ、観る者も理不尽な設定にのまれてゆく。しかもDV夫スティーヴンが、メアリーの周囲にたびたび現れて混乱させるから、たまったものじゃない(観ている方は、実に愉しいんだけど!)。

 さらにローズが、メアリーの新たな恋人の79年に生きる両親に接近してたことが判明したり、79年に生きる少女期のメアリーに近づく等、タイムパラドックス物としての醍醐味(メアリーからしてみれば、それは恐怖!)もプラス。言うなれば、過去が変われば、現代も変化してしまう。生きている時代が違っていても、実に身近な恐怖として迫ってくるわけだ。

 ここで映画ファンなら、電話機は用いていないが、『恐怖ノ黒電話』と似たようなアイデアを用いた作品が過去にあったことを思い出すだろう。父子が30年の時空を超えて無線機で語り合い、連続殺人事件の犯人を追いつめてゆくSFアクション・スリラー『オーロラの彼方へ』(00年)だ。太陽フレアの活発化により、NY上空にオーロラが出現した1999年、ある警察官が亡き父の無線機の電源を入れてみると、かつてNY上空にオーロラが出現した1969年の父と交信することに! それにより、消防士の父は死ぬはずだった火災から命拾いをし、しかも父親は容疑をかけられたナイチンゲール(看護婦)連続殺人事件の真犯人を追いつめることに……。

 初公開時、アイデアは秀逸だがあまりに都合のいい展開と綺麗なまとめ方に少々落胆した覚えがあった。ちなみに同じ時期、別の時代を生きる若い男女が、無線機を通じて時空を超えて語り合う、韓国のラヴロマンス物の秀作『リメンバー・ミー』(00年)もあったと思いだした。

 『恐怖ノ黒電話』の最大の面白さは、DV夫の恐怖に脅えながら、過去からの電話ストーカーの数々の行為により、現代に浸食してくるタイムパラドックスの恐怖にさらされるところにある。W(二重)の恐怖……いや、様々な恐怖が織りなす四面楚歌状態から逃れることができないメアリーの姿は、心に深い痛手を負いながらも難関に対峙しなければならない現代女性の代表かもしれない。■

©The Caller Productions, LLC 2010