2014年のサッカー界で最もインパクトを放った出来事のひとつは、何と言ってもブラジル・ワールドカップにおけるドイツ代表の優勝である。とりわけ準決勝で開催国を容赦ないほど圧倒し、7-1というありえないスコアで撃破した試合は、ブラジルのサポーターからすれば救いのないディザスター・ムービーのようだっただろう。同時にそれは世界中のサッカー・ファンが、ドイツの時代の到来を思い知らされた試合でもあった。

 そんな誰もが知るヨーロッパの伝統的な強豪国であり、21世紀の先端をゆくドイツという国のサッカーの“起源”を描いたのが『コッホ先生と僕らの革命』だ。1846年にブラウンシュヴァイクに生まれ、父親の後を追うように教育者となったコンラート・コッホ。故郷の名門カタリネウム校の主任教師となった彼は、ドイツのスポーツ教育に初めてサッカーを導入し、のちにサッカーのルールブックを最初に出版した人物とされている。おそらく「そんな人の名前、聞いたことがない」という人がほとんどだろうが、それも当然。大のサッカー好きでバルセロナの熱烈なサポーターでもある主演俳優ダニエル・ブリュールも「まったく知らなかった」とインタビューで告白しているように、ドイツ国内でもあまり知られていない偉人らしい。

 映画は1874年、イギリス留学から帰国したコッホがカタリネウム校に英語教師として赴任してくるところから始まる。当時のドイツ帝国の体育の授業では器械体操が重んじられ、生徒たちは頭の固い権威主義的な教師たちに抑圧されていた。リベラルな考え方を持つコッホは、生徒たちがイギリスを“野蛮な国”と誤解し、英語の授業にさっぱり身が入らないのを察して、彼らを体育館へと連れ出す。そこで自分が持ち込んだサッカーボールを蹴ってみるように指示したコッホは、シュート、パス、ディフェンス、アタックといった英語のサッカー用語を教えるという奇策に出る。かくして生徒たちは初めて触れたサッカーの面白さの虜になっていくが、コッホの指導方針を快く思わない守旧派が妨害工作を仕掛けてきて…。

 実際のコッホは英語教師ではなく古典が専門だったらしく、いろいろ映画向けの“脚色”が施されているようだが、彼がチームプレーやフェアプレーをリスペクトするサッカーの精神を教育に応用したエピソードは事実に基づいているようだ。さらに本作は、いじめっ子、いじめられっ子という相容れない関係だった特権階級と労働者階級の生徒ふたりが、格差の壁を軽やかに乗り越えてサッカーの平等性を体現していく姿を描出。またコッホの指導によって自我に目覚めた生徒たちが、服従を強いる大人たちへのささやかな抵抗を見せるくだりは、このジャンルの傑作『いまを生きる』の名場面を思い起こさせたりもする。教育映画としても青春映画としても、そして師弟の絆を謳い上げた学園ドラマとしても、実にウェルメイドな仕上がりである。

 それに何よりサッカーにまつわる描写がいちいちすばらしい。だだっ広い公園に即席のゴールポストを立てた生徒たちが、初めて屋外のピッチでサッカーに興じるシーンの素朴さ! そしてクライマックスでは、何とサッカーの母国イギリス・オックスフォードから遠征してきた少年チームとの初の“対外試合”が繰り広げられるのだ。この試合には通常のスポーツ映画とは異なり名誉もプライドも懸かっておらず、勝敗さえも問題にならない。戦術や駆け引きの類も一切ない。あるのはオフサイドという反則の説明だけで、ひたすらサッカーをプレーする喜びが牧歌的な風景の中にいきいきと紡がれていく。

 ベルリンから視察にやってきた教育界のお偉いさんたちは、初めて目の当たりにするサッカーなるものをどう受けとめていいのかわからない。少年たちはそんなことお構いなしに無心でプレーを続け、ゴールを決めたり決められたりと一喜一憂。チビだがボールの扱いが抜群にうまいいじめられっ子が敵陣の右サイドをドリブル突破し、そこから送られたクロスを長身のいじめっ子がダイビングヘッドでシュートするシーンには、観ているこちらまで思わず身を乗り出しそうになってしまう。セバスチャン・グロブラー監督を始めとするスタッフは、よほどのサッカー好きなのだろう。非公式記録ながら名もなき少年たちが経験する“ドイツ史上初の失点”や“初のゴール”を、このうえなく丹念に映像化している。コッホ役のダニエル・ブリュールがちらりと垣間見せる、リフティングやドリブルのテクニックも見逃せない。

 とかく筆者も含めたサッカー・ファンはやたら細かいシステム論などに気をとられがちだが、この映画はそこにサッカーというスポーツが存在することの幸福感をみずみずしく伝えてくれる。まさしく“心洗われる感動”に浸れる珠玉のサッカー映画なのであった。■

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