住む世界も価値観も正反対な男女の結婚の行方とは…?

女優・歌手・ダンサーと三つの顔を併せ持ち、今や映画界でも音楽界でも不動の地位を築いたハリウッドの女王ジェニファー・ロペス(aka J. Lo)が、自身を彷彿とさせる世界的な歌姫を演じたロマンティック・コメディである。

主人公は長いキャリアと世界的な人気を誇る音楽界のスーパースター、キャット・ヴァルデス(ジェニファー・ロペス)。年下の若いグラミー賞歌手バスティアン(マルーマ)とのデュエット曲「マリー・ミー」が目下大ヒット中の彼女は、プライベートでもバスティアンと交際して世間の注目を集めており、いよいよニューヨーク公演のステージで彼との結婚を発表することとなる。もちろん、この現代の御伽噺のようなビッグネーム同士の結婚に世間は話題騒然。コンサートはウェブでもライブ中継され、会場はもとより世界中の2000万人以上のファンが固唾を飲んで結婚発表を見守る。

ところが、コンサートの最中にバスティアンがキャットのアシスタントと浮気していたことが発覚。ウェブのゴシップサイトで大々的に報道され、会場に詰めかけたファンもスマホでニュースを知って困惑する。あまりのショックと屈辱にステージ上で茫然とするキャット。そこで彼女の目に入って来たのは、客席で「マリー・ミー」のプラカードを持つ中年男性チャーリー・ギルバート(オーウェン・ウィルソン)の姿だった。何事もなかったようにバスティアンとの結婚を発表なんて出来ないが、しかしかといってこのまま黙って引き下がるわけにもいかない。何らかの行動を起こさねばと焦った彼女は、思い余って見ず知らずのチャーリーとの結婚を発表してしまう。

チャーリーはニューヨーク市内の小学校に勤める平凡な数学教師。善良で心優しい男性だが生真面目で堅苦しいところがあり、それゆえ元妻と離婚する羽目となってしまい、近ごろは同居する年頃の娘ルー(クロエ・コールマン)からも敬遠されがちだ。アナログレコードと古いポップスを愛する彼は、最近の音楽トレンドや芸能ゴシップなどさっぱり。キャットのコンサートに足を運んだのも、小学校の同僚教師パーカー(サラ・シルヴァーマン)に誘われたからで、娘との親子関係を改善するきっかけになればと考えたのだ。なので、いきなりステージ上のキャットからプロポーズされてドン引きするチャーリーだったが、しかし彼女の切羽詰まったような表情からのっぴきならないものを感じ、その場の流れに任せてキャットとの結婚を世界中のファンの前で誓う。

かくして、当人たちにとっても想定外の展開で夫婦になったキャットとチャーリー。どうせスターの気まぐれ、すぐに守秘義務契約を交わして離婚すればいいと考えていたマネージャーのコリン(ジョン・ブラッドリー)だが、しかしキャットは当面のところ離婚するつもりなどないという。これまで幾度となく普通に恋愛をして結婚したが、そのたびに裏切られてきたキャット。そんな人生を変えるには、なにか違ったことをせねばと考えたのだ。それに、浮ついた業界人と違って地に足のついた、真面目で謙虚なチャーリーに少なからず好感を抱いていたのである。

一方のチャーリーもまた、マスコミが面白おかしく作り上げたイメージと違って実際は長所も短所もある普通の女性であるキャットに親近感を覚え、なおかつプロのエンターテイナーとして一切の妥協を許さず仕事へ臨む彼女に尊敬の念を抱いていく。確かに住む世界も価値観も全く違う2人だが、しかし相手を理解していくうちにキャットは忘れかけていた「普通」の感覚を思い出し、チャーリーは自分の殻を破って新しいことに挑戦しようとする。こうしてお互いの交流によって人間として成長し、やがてなくてはならない存在となっていくキャットとチャーリーだったが…?

ジェニファー・ロペスの実体験が投影されたヒロイン像

原作は’12年に出版されたボビー・クロスビー原作のグラフィック・ノベル。コロナ禍の影響で全米公開が’22年2月へ大幅にずれ込んでしまったが、実際は完成する8年前にジェニファー・ロペスの製作会社ヌーヨリカン・プロダクションが原作の映画化権を取得し、コロナ前の’19年11月には撮影を終えていたらしい。パンデミックという不測の事態があったことを差し引いても、たっぷりと時間をかけて大切に温められた企画であったろうことは想像に難くない。

J. Loのチームが恐らく最もこだわったのは、ヒロインのキャットにジェニファー自身を重ね合わせることであろう。劇中のキャットと同じくジェニファーもまた、マスコミによってあることないこと面白おかしくゴシップ記事を書きまくられ、「気が強くて我がままな女王様気質のセレブ」というイメージを一方的に作り上げられてきた経緯がある。残念ながら男運があまりないのもキャットと一緒。恋多き女性として知られるジェニファーだが、しかし有名人ゆえ金に目のくらんだ最初の夫(一般人)からは暴露本やプライベートビデオをネタに食い物にされかけ、本人が「本物の愛で結ばれていた」という俳優ベン・アフレックとは彼がマスコミの注目を嫌うため上手くいかず、後に復縁・結婚しても長続きしなかった。いわば有名税みたいなもの。たとえば、結婚を機に芸能界を引退して家庭に入りますとなれば、もしかすると結婚生活も上手くいったのかもしれないが、しかしキャットと同じく天性のエンターテイナーであるジェニファーにそれは到底無理な話であろう。

そのうえで、本作は良くも悪くも世間の注目に晒される側の視点から「スーパースター」と呼ばれる女性セレブの人間的な実像に迫り、さらにはキャリア志向の強い「働く女性」にとって理想の恋愛と結婚、そして男性像とはどういうものかを考察していく。だいたい、主人公キャットだって別に多くを求めているわけじゃない。金持ちじゃなくてもイケメンじゃなくても構いません。とりあえずちゃんと仕事をしていて誠実で良識があればオッケー。大事なのは女性を対等の人間として扱ってくれて、その能力や仕事を正当に評価して尊重してくれること。そういう意味で、地味で真面目な数学教師チャーリーはまさに理想の男性なのだ。

そうしたフェミニスト的な視点は、ブレインとなる主要スタッフの大半が女性で固められていることと無関係ではなかろう。監督はインディーズ出身で本作が初のメジャー進出となったカット・コイロ。脚本家チームも3人のうち2人が女性だ。中でも特に重要な役割を果たしたのが、ジェニファー・ロペスと並んでプロデューサーに名を連ねているエレイン・ゴールドスミス=トーマスである。

もともとハリウッドのタレント・エージェントとしてジュリア・ロバーツやスーザン・サランドン、ジェニファー・コネリーなどの大物女優を顧客に持ってたゴールドスミス=トーマスは、ジュリア・ロバーツの製作会社レッド・オム・フィルムズに加わってプロデューサーへと転向。そこでの初プロデュース作品が、ジェニファー・ロペス主演の大ヒット・ロマンティック・コメディ『メイド・イン・マンハッタン』(’02)だった。その後、J. Loのヌーヨリカン・プロダクションへ移籍して社長(ジェニファーはCEO)に収まった彼女は、『ジェニファー・ロペス 戦慄の誘惑』(’15)以降のヌーヨリカン製作作品の殆んどでプロデュースを担当。本作のグラフィック・ノベルを読んで、脚本家たちに女性視点で脚色するよう指示したのはゴールドスミス=トーマスだったという。

観客5万人が詰めかけた本物のコンサート会場で撮影!?

さらに、本作は主人公キャットの恋人である若手トップスター歌手バスティアン役として、コロンビア出身で南米はもとより北米でも絶大な人気を誇るラテンポップ・アーティスト、マルーマを起用したことでも話題に。これが演技初挑戦かつ映画デビューだったマルーマは、ジェニファーとデュエットするテーマ曲「マリー・ミー」などの楽曲も提供している。サントラで使用された楽曲の大半は本作のために書き下ろされたオリジナル曲だが、キャットが自らのコンサートで尼僧や僧侶に扮したダンサーをバックに歌い踊るダンスナンバー「Church」は、ジェニファーが以前よりストックしていた未発表曲を掘り起こしたものだという。J. Loが最も影響を受けたスターのひとり、マドンナの「Like A Prayer」を彷彿とさせる楽曲だ。

ちなみに、終盤でキャットがバスティアンのコンサートにゲスト出演し、デュエット曲「マリー・ミー」を披露するシーンは、バスティアンを演じるマルーマのマディソン・スクエア・ガーデン公演に便乗して撮影している。会場に詰めかけた5万人の聴衆は、映画のエキストラではなくコンサートの来場客だ。ただし、テーマ曲「マリー・ミー」がリリース前に流出しては困るため、同曲のパフォーマンス・シーンは事前に無観客で撮影を完了。そのうえで、観客の前ではテンポの良く似たジェニファーの楽曲「No Me Ames」(ファースト・アルバムに収録されたマーク・アンソニーとのデュエット曲)をマルーマとデュエットしてもらい、そのステージを見守る観客の映像を「マリー・ミー」のパフォーマンス映像と編集で混ぜ合わせたのである。

ロマンティック・コメディの大ヒットが減少している昨今、『ノッティング・ヒルの恋人』や『ローマの休日』を彷彿とさせる正統派ロムコムの本作も、予算2300万ドルに対して興行収入5000万ドル強と、必ずしも大成功とは言えない結果となってしまったが、しかし公開翌週の2月14日には全米興行成績ランキングで1位をマーク。バレンタイン・デーにロマンティック・コメディがトップに輝くのは史上初めてのことだったそうだ。むしろ本作は映画館よりも配信サービスやテレビ放送で好成績を記録しているらしい。そのホッコリとする温かな後味の良さも含め、自宅でのんびり寛ぎながら楽しむにうってつけの作品なのかもしれない。■

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