『プロムナイト』を生んだカヌクスプロイテーションとは?

『ハロウィン』(’78)および『13日の金曜日』(’80)の爆発的な大ヒットによってもたらされた、’80年代のスラッシャー映画ブーム。『バーニング』(’81)や『ローズマリー』(’81)、『ヘルナイト』(’81)などなど、当時は柳の下の泥鰌的なスラッシャー映画が雨後の筍のごとく作られたものだが、その中でもブームの先陣を切る形で公開され、カナダ映画としては異例の全米興行収入1470万ドルという大ヒットを記録したのが、この『プロムナイト』だった。

そう、本作は一見したところアメリカ映画のようなふりをしているが、しかし実は純然たるカナダ映画である。もともとカナダは、すぐお隣に世界最大の映画大国アメリカが存在するという地理的な理由もあってか、有能な映像作家や俳優はすぐにハリウッドへ行ってしまい、なかなか映画業界が発展できないでいた。そこで、’74年にカナダ政府は映画産業の活性化を図るために新たな税制優遇政策を施行。その結果、かつては真面目な芸術映画やドキュメンタリー映画が主流だったカナダ映画に、新たな目玉ジャンルが誕生する。それがカナダ産B級エクスプロイテーション映画、通称「カヌクスプロイテーション(カナダ×エクスプロイテーション)」だったのである。

この新たなムーブメントから誕生したのが、ボブ・クラーク監督の『暗闇にベルが鳴る』(’74)やデヴィッド・クローネンバーグ監督の『ラビッド』(’77)に『スキャナーズ』(’81)、アルヴィン・ラコフ監督の『ゴースト/血のシャワー』(’80)といった一連のB級ホラー映画群。中でも、『暗闇にベルが鳴る』はスラッシャー映画の原点とも呼ばれる名作であり、同ジャンルとカナダ映画というのは、もとから切っても切れない関係にあったとも言えるだろう。

本作のリチャード・リンチ監督もまた、折からのカヌクスプロイテーション映画ブームの波に乗ろうと考えていたカナダ映画人のひとり。前作のプロレス映画『Blood and Guts』(’78・日本未公開)が全くの不入りだったことから、リンチ監督は低予算でも集客の見込めるホラー映画の制作を企画。当時ロサンゼルスに滞在していた彼は、ドクターが患者を次々と殺していく『Don’t Go See the Doctor』というタイトルの脚本を書き上げ、ちょうど『ハロウィン』を大ヒットさせたばかりだったアメリカ人プロデューサー、アーウィン・ヤブランスのもとへ持ち込む。その際に彼はヤブランスから、『ハロウィン』のように“記念日”をテーマにしたらどうかとアドバイスされ、ハイスクールのプロムを題材にした『プロムナイト』のアイディアを思いついたのだそうだ。


6年前の悲劇がハイスクールのプロム・パーティを血に染める

物語は1974年から始まる。4人の少年少女がとある廃墟でかくれんぼをしていたところ、たまたま通りがかった年下の少女ロビンが一緒に遊ぼうと加わるのだが、しかしみんなにからかわれて建物の2階から転落死してしまう。思いがけない出来事にビックリして立ちすくむ4人。リーダー格のウェンディは、このことを絶対に口外してはいけない、さもないと全員警察に逮捕されてしまうと言い出し、ジュード、ケリー、ニックの3人もそれに黙って従い逃げ出す。その一部始終を目撃していた人影があることにも気付かず…。

それから6年後。ロビンの事件は変質者による犯行と見なされ、性犯罪歴のある男レオナード・マーチが犯人として逮捕されたのだが、そのマーチがクリーヴランドの精神病院から脱走したとの報告が入り、警察のマクブライド警部(ジョージ・トゥーリアトス)はマーチの足取りを追跡しつつ、彼が再び町へ戻って来るのではないかと警戒していた。

一方、今もなお毎年、ロビンの命日に墓参りを欠かさないハモンド家の人々。高校3年生になったロビンの姉キム(ジェイミー・リー・カーティス)は、学校で一番の人気者ニック(ケイシー・スティーヴンス)と付き合っており、ケリー(メアリー・ベス・ルーベンス)やジュード(ジョイ・シンプソン)とも仲の良い友達だ。もちろん、彼らがロビンを死に至らしめたことなど知る由もない。それは弟アレックス(マイケル・タフ)とて同じこと。姉弟は最も親しい幼馴染たちに騙され続けてきたのである。ただし、ウェンディ(エディー・ベントン)だけはちょっと事情が違う。学園の女王様を気取る彼女は元恋人のニックに未練たっぷりで、誰からも好かれるキムに対してライバル心をむき出しにしていた。

いよいよ迎えたプロムの当日。ウェンディ、ジュード、ケリー、ニックのもとへ正体不明の脅迫電話が届く。6年前の真相を知る何者かが、彼らへの復讐を企てているようだ。学校では、プロム・クイーン&キングに選ばれたキムとニック、さらにDJを担当するアレックスがセレモニーの準備をしている。そんな彼らを憎々しげに見つめるウェンディは、嫌われ者の問題児ルー(デヴィッド・ムッチ)と組んでセレモニーを邪魔するつもりだった。その一方で、学園内では女子トイレの鏡が何者かに破壊されるなど奇妙な出来事が相次ぎ、マクブライド警部はプロム会場にマーチが現れるのではと心配して警備に当たる。

かくして、キムとアレックスの両親でもあるハモンド校長(レスリー・ニールセン)とハモンド夫人(アントワネット・バウワー)が見守る中、大勢の学生たちが集まって始まったプロム・パーティ。その裏で、一人また一人と若者たちが正体不明の殺人鬼によって殺されていく…。


大ヒットの秘密はキャスティングの勝利?

ということで、かつて忌まわしい事件のあったアメリカの平凡な住宅地で、正体不明の殺人鬼が10代の若者を次々と血祭りにあげていくというプロットは『ハロウィン』から、終盤でハイスクールのプロム・パーティが惨劇の場となるシチュエーションは『キャリー』から拝借していることが明白な本作。正直なところ、オリジナリティはないに等しい。また、ポール・リンチ監督自身、はじめから血みどろのスプラッターを売りにしたホラー映画ではなく、ティーン向けのライトなサスペンス・スリラーを目指したと語っている通り、当時のスラッシャー映画にしてはかなり刺激の薄い作品であることも賛否の分かれるポイントであろう。

そんな本作の最大の勝因は、物語のベースとなる青春ドラマがしっかりとしていること。まあ、そこはホラー映画として本末転倒では?と思われるかもしれないが、しかしその後『こちらブル―ムーン探偵社』や『ジェシカおばさんの事件簿』、『美女と野獣』など、数々の良質なテレビ・シリーズを手掛けるポール・リンチ監督の丁寧な人間描写は手堅い。加えて、観客がすんなりと感情移入できるような若手俳優を揃えたキャスティングも良かった。中でも、主人公のキム役にジェイミー・リー・カーティスを得ることが出来たのは幸いだったと言えるだろう。


なにしろ、『ハロウィン』の大ヒットで一躍スクリーム・クィーンとなった旬のスターである。もともとキム役には別の女優が決まっていたのだが、そこでジェイミーのマネージャーからリンチ監督のもとへ電話がかかっている。『プロムナイト』の脚本を読んだジェイミーが是非出たいと言っていると。これぞまさしく渡りに船である。すぐさまジェイミーの出演が決定し、集客力のあるスターが加わったことで予算を確保することも出来た。実際、一介の低予算ホラー映画に過ぎない本作が全米規模の大ヒットを記録したのは、主演女優ジェイミー・リー・カーティスのネームバリューに依るところが大きかったと言えよう。もちろん、『13日の金曜日』が社会現象となった直後に封切られたというタイミングの良さもある。いろいろな意味で運に恵まれた映画だったのである。

ところで、キムにライバル心を燃やしてプロムを台無しにしようと画策する、悪女ウェンディ役を演じている女優エディー・ベントンに見覚えのある人も少なくないかもしれない。当時、エディー・ベントン名義で数々のB級ホラーに出演していた彼女は、その後アン=マリー・マーティンと名前を変え、主にテレビで活躍するようになる。そう、日本でも話題になった犯罪コメディ『俺がハマーだ!』(’86~’88)で、問題刑事スレッジ・ハマーの相棒となる美人刑事ドリー・ドローを演じた女優アン=マリー・マーティンこそ、本作のエディー・ベントンその人なのである。彼女は本作の直後、ジェイミーが主演した『ハロウィン』の続編『ブギーマン』(’81)にも通行人役でカメオ出演している。

なお、予想を遥かに上回る本作の大ヒット受け、同じくジェイミー・リー・カーティス主演作の『テラー・トレイン』(’80)や『血のバレンタイン』(’81)、『誕生日はもう来ない』(’81)、『面会時間』(’82)などなど、カナダ産のスラッシャー映画が次々と作られヒットを飛ばし、’80年代前半のカヌクスプロイテーション映画黄金期を盛り上げることとなる。そう考えると、本作がカナダ映画界に及ぼした影響は決して少なくないと言えるだろう。■

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