英国ホラーの名門アミカス・プロの末期を飾った「エドガー・ライス・バローズ三部作」

イギリスの独立系スタジオ、アミカス・プロダクションが製作したファンタジー・アドベンチャーである。アミカスと言えば、一時期は英国ホラーの殿堂ハマー・フィルムの最大のライバルと呼ばれた会社。アメリカ人プロデューサー、ミルトン・サボツキーとマックス・ローゼンバーグによって設立された同社は、『テラー博士の恐怖』(’65)や『残酷の沼』(’67)、『アサイラム・狂人病棟』(’72)などのオムニバス・ホラー映画に定評があったものの、しかしロマン・ポランスキー監督『ローズマリーの赤ちゃん』(’68)が大ヒットした辺りからモダン・ホラーの人気が興隆すると、伝統的な英国ホラーは徐々に時代遅れとなってしまう。当時のハマー・フィルムと同様、ホラー映画以外のジャンルにも力を入れるなど打開策を模索したアミカス。その中で最も成功したのが、この『地底王国』(’76)を含む「エドガー・ライス・バローズ三部作」である。

きっかけとなったのは、バローズの名作SF小説「時に忘れられた世界」を映画化した『恐竜の島』(’75)。恐竜などの古代生物が生息する謎の島を舞台にしたこの作品は、ちょうど当時レイ・ハリーハウゼン製作の特撮アドベンチャー『シンドバッド黄金の航海』(’73)が大ヒットしたばかりだったこともあり、イギリス映画の年間興行成績ランキングでトップ20に入るという、アミカス作品としては異例の大成功を収める。そこで同社は、同じケヴィン・コナー監督、ダグ・マクルーア主演の『地底王国』、さらに『恐竜の島』の続編にあたる『続・恐竜の島』(’77)を発表。結局、この三部作を最後にアミカス・プロは倒産してしまうのだが、古式ゆかしい特撮技術を駆使したこれらの作品は世界中のファンタジー映画ファンに愛され、昭和の日本でもしょっちゅう地上波テレビで放送されていたものだ。

原作はバローズの小説「地底の世界ペルシダー」。19世紀末のイギリス、天才科学者ペリー博士(ピーター・カッシング)はアメリカ人の大富豪デヴィッド・イネス(ダグ・マクルーア)から資金提供を受け、巨大ドリルを装備した地底探検用ロケット、アイアン・モールを完成させる。大勢の観衆に見送られてアイアン・モールへ乗り込み、地底探検の冒険旅行へと出かけることになったデヴィッドとペリー博士。そこで彼らが目にしたのは、独自の進化を遂げた伝説の地底王国ペルシダーだった。

奇妙な形をした植物が生い茂り、見たこともない種類の巨大生物が闊歩する地底空間。そこには原始的な文明を持つ地底人が暮らしていたが、しかし彼らは爬虫類と鳥類のハイブリッドのような種族メーハーに支配され、そのメーハー族にテレパシーで操られた半人半獣のサゴス族によって奴隷のような扱いを受けていた。しかも、最終的にはメーハー族の餌になってしまう。サゴス族に捕らえられてしまったデヴィッドとペリー博士。地底人の王様ガーク(ゴッドフリー・ジェームズ)やお姫様ディア(キャロライン・マンロー)、勇敢な若者ラー(サイ・グラント)たちと知り合った2人は、やがて地底人を解放するためメーハー族やサゴス族に立ち向かっていくこととなる。


『007』シリーズや『サンダーバード』のスタッフが集まった手作り感満載の特撮

アミカス社長の片割れミルトン・サボツキーの手掛けた脚本は、バローズの原作をほぼ忠実に脚色しているものの、しかしいきなり地底探検へ出発するシーンから始まるなど、余計な説明や前置きの一切を排したコンパクトなスピード感が出色。とにかくサクサクとストーリーが進行し、メーハー族やサゴス族、そしてバラエティ豊かな巨大モンスターたちとの戦いをたっぷりと楽しませてくれる。また、全編に渡って屋外ロケをせず、スタジオに建設された巨大セットおよびミニチュアセットでの撮影で完結させることによって、統一感をもって地底王国の摩訶不思議な世界を再現することが出来たのも良かった。おかげで、屋外ロケとセットの雰囲気の違いが露骨だった『恐竜の島』に比べて、アナログな特撮シーンとの合成が違和感なく馴染んでいる。それにそもそも、この箱庭やジオラマのような作り物感は大変魅力的だ。

『恐竜の島』との大きな違いと言えば、巨大モンスターをパペットではなく着ぐるみスーツで描いているのも面白い。これはケヴィン・コナー監督のこだわりだったそうで、『ウルトラマン』をはじめとする日本の特撮テレビ番組に影響されたらしい。二足歩行のサイみたいな巨大モンスター同士が血みどろのバトルを繰り広げるシーンなどはなかなかの迫力。しかも、口にくわえた人間はまるでスーパーマリオネーションである。実は本作の特撮監修とメカデザインを手掛けたイアン・ウィングローヴは、あの『サンダーバード』の特撮助手だった。地底探検用ロケット、アイアン・モールが『サンダーバード』の地底戦車ジェットモグラと酷似しているのはそのためかもしれない。

美術デザインおよびクリーチャー・デザインを担当したのは、歴史ドラマ大作『ベケット』(’64)や『1000日のアン』(’69)でオスカー候補になったモーリス・カーター。ロンドンのパインウッド・スタジオに建設された地底王国のセットデザインがとにかく素晴らしい。また、『007』シリーズや『2001年宇宙の旅』(’68)で知られる特撮合成の第一人者チャールズ・スタッフェルによるスクリーン・プロセスも、驚くほどナチュラルな仕上がりでクオリティが高い。まあ、若い世代の映画ファンからすればチープに感じられるかもしれないが、こういう古き良き時代の素朴な特撮も、現代のデジタル技術とはまた違った味わいがある。

ちなみに、劇中で滝のように流れる溶岩は工作用の糊に着色したものだそうだ。


カルト映画の女王キャロライン・マンローのお色気も必見!

主演のダグ・マクルーアはテレビ西部劇『バージニアン』(’62~’71)でブレイクしたハリウッド・スター。ケヴィン・コナー監督とは「エドガー・ライス・バローズ三部作」を含む通算5本の映画で組んだ名コンビだが、実は当時既婚者だったマクルーアはコナー監督の秘書と不倫関係にあり、ロンドンに住む彼女と会うためにコナー監督との仕事を引き受けていたらしい。2人はマクルーアの離婚が成立した’79年に再婚している。なるほど、そういう裏事情があったのですな。

ちょっとトボけたペリー博士役を飄々と演じているのは、ご存じクリストファー・リーと並ぶ英国ホラー界のスーパースター、ピーター・カッシング。彼はコナー監督がアミカス・プロで撮った処女作『呪われた墓』(’74)にも出演している。シリアスな怪奇俳優であるカッシングのコミカルな芝居は珍しく感じるかもしれないが、しかし彼はもともとコメディアンを目指して演劇界に入り、若い頃はボードヴィルの舞台にも立ったことがある人物。それゆえであろうか、本作の彼は実に楽しそうだ。

そして、ビキニスタイルのセクシーなコスチュームも眩しいヒロイン、地底王国のお姫様ディアを演じているのは、『怪人ドクター・ファイブス』(’71)や『ドラキュラ’72』(’72)、『吸血鬼ハンター』(’73)に『シンドバッド黄金の航海』(’73)と、当時ジャンル系映画のスターとして引く手あまただったカルト映画女優キャロライン・マンロー。実際、本作ではアメリカの出資者が彼女の出演を強く希望していたため、オーディションなど一切なしでオファーされたという。当時の宣材資料を見ても彼女はマクルーアやカッシングよりも大きくフューチャーされており、少なくともジャンル系映画の世界では興行価値の高い女優だったことがよく分かる。確かに、この頃のキャロライン・マンローは抜群に美しい。

なお、アミカスで「エドガー・ライス・バローズ三部作」を撮り終えたコナー監督は、次回作としてあの「ジョン・カーター」シリーズの映画化に着手したらしいのだが、しかし莫大な予算がかかることがネックになって断念。その代わりとして作られたのが、海底に沈んだアトランティスが実は火星人の都市だったというSFファンタジー『アトランティス7つの海底都市』(’78)。さらに、クリストファー・リー主演でアラビアンナイトの世界を描いた『Arabian Adventure』(’79・日本未公開)を撮ったコナー監督は、ホラー・コメディ『地獄のモーテル』(’80)を機にアメリカへ拠点を移し、日本の東映と合作した怪作『ゴースト・イン・京都』(’82)を発表。それ以降はテレビ映画やミニシリーズで活躍することとなる。■

『地底王国』(C) 1976 STUDIOCANAL FILMS Ltd