クリント・イーストウッドとマイケル・チミノの出会い

先ごろ90歳の誕生日を迎えたハリウッドの生ける伝説クリント・イーストウッド。テレビ西部劇『ローハイド』(’59~’65)で注目され、イタリアへ出稼ぎ出演した『荒野の用心棒』(’64)で国際的な映画スターとなり、『ダーティハリー』(’71)のハリー・キャラハン刑事役で泣く子も黙るトップスターへと上りつめたイーストウッドだが、さらに俳優のみならず映画監督としても2度のオスカーに輝く巨匠として活躍しているのはご存じの通り。しかし、そんな彼がこれまで、少なくない数の映画監督にデビューのチャンスを与えてきたことは意外に忘れられているかもしれない。

『荒野のストレンジャー』(‘73)や『アイガーサンクション』(’75)などでイーストウッドの助監督を務めたジェームズ・ファーゴは『ダーティハリー3』(’76)で、『マンハッタン無宿』(’68)以来イーストウッドのスタントダブルを務めたバディ・ヴァン・ホーンは『ダーティファイター 燃えよ鉄拳』(’80)で、イーストウッド主演作『アルカトラズからの脱出』(’79)の脚本を書いたリチャード・タグルは『タイトロープ』(’84)で、それぞれ監督へと進出している。そんなイーストウッド門下生の中でも最大の出世頭となったのが、『サンダーボルト』(’74)で監督デビューを飾ったマイケル・チミノである。

ジョン・ミリアスと共同で書いた『ダーティハリー2』(’73)の脚本がイーストウッドに認められ、本作の監督を任されたと言われているミリアスだが、本人のインタビューによると実は順番が逆だったという。もともとニューヨークの人気CMディレクターとして鳴らし、その実績が買われて大手タレント・エージェント、ウィリアム・モリスと代理人契約を結んだチミノ。そのウィリアム・モリスが当時抱えていたトップ・クライアントの1人がクリント・イーストウッドで、チミノは担当エージェントだったスタン・ケイメンからイーストウッド主演を念頭に置いて脚本を書くよう依頼される。それが、この『サンダーボルト』だったのだ。

チミノの脚本を読んでいたく気に入ったイーストウッドは、自身の制作会社マルパソ・カンパニー(現マルパソ・プロダクションズ)で映画化すべく『サンダーボルト』の権利を購入。さらに、ちょうど当時ジョン・ミリアスが『ディリンジャ―』(’73)で監督デビューすることになり、未完成のままとなっていた『ダーティハリー2』の脚本を、イーストウッドはチミノに仕上げさせる。そして、その出来栄えに満足した彼は、当初は自身で監督するつもりだった『サンダーボルト』の演出をチミノに任せることにした…というのが実際のところだったらしい。


中年にさしかかった元銀行強盗と天衣無縫な風来坊の若者

主人公はかつて新聞を賑わせた銀行強盗サンダーボルト(クリント・イーストウッド)。モンタナ金庫から500万ドルを強奪した彼は、ほとぼりがさめるまで現金を寝かせておくため、田舎町ワルソーの小学校の黒板の裏に500万ドルを隠したものの、仲間たちから持ち逃げしたと誤解され命を狙われていた。とある教会の牧師として身を隠していたサンダーボルトだったが、そこへかつての仲間がやって来る。命からがら逃げだした彼は、たまたま盗んだ車で通りがかった風来坊の若者ライトフット(ジェフ・ブリッジス)と知り合う。
お互いに年が離れていながら、なぜか意気投合したサンダーボルトとライトフット。ハイジャックや窃盗を重ねながら、あてどのない旅を続けることになった2人だが、そこへ今度はまた別の追手が現れる。やはりサンダーボルトの強盗仲間だったレッド(ジョージ・ケネディ)とグッディ(ジェフリー・ルイス)だ。いきなり命を狙われて戸惑うライトフットに事情を説明するサンダーボルト。レッドたちの追跡を振り切った2人は、500万ドルを回収すべくワルソーへと向かうが、なんと小学校は新校舎に建て替えられていた。

いったい現金はどこへ消えてしまったのか?と途方に暮れる2人。ひとまず、追いついてきたレッドとグッディの誤解を解いたサンダーボルトに、若くて無鉄砲なライトフットが軽い気持ちで提案する。以前に強盗をやって成功したのなら、また同じ方法で強盗をすればいいんじゃね?と。かくして、武器や道具を揃えるためにアルバイトを始め、過去に襲撃したモンタナ金庫を再び襲う計画を立てるサンダーボルト、ライトフット、レッド、そしてグッディの4人だったが…!?

ということで、さながら『俺たちに明日はない』(’67)×『突破口!』(’73)といった感じのニューシネマ風ロードムービー。アメリカ北西部の美しくも雄大な自然を背景に、自由気ままなアウトローたちの友情と冒険、そして因果応報のほろ苦い結末を、大らかなユーモアと人情をたっぷり盛り込みながら軽快に描いていく。決してハッピーエンドとは言えないものの、しかしシリアスで悲壮感の漂う『ディア・ハンター』(’78)や『天国の門』(’81)とは一線を画するチミノの爽やかな演出が印象的だ。



果たして2人の絆は友情なのか恋愛なのか?

そんな本作について、たびたび話題に上るのがサンダーボルトとライトフットの同性愛的な関係性だ。まあ、この手の「ブロマンス」映画には常について回るトピックではあるのだが、確かに本作の2人の間柄には単なる男同士の友情を超えたような、まるで恋愛にも似たような繋がりがあると言えるだろう。だいたい、出会ってすぐに「俺の友達になってくれ!」とサンダーボルトに猛アタックするライトフットなんて、ドストライクの女子に一目ぼれして舞い上がる思春期の男子そのもの(笑)。そんな若者のプロポーズ(?)に対して「俺たち10歳も年が離れてるんだぜ!?」と切り返すサンダーボルトも、まるで年下の若い女の子に愛を告白されて戸惑う中年のオジサンみたいだ。ちなみに撮影当時のイーストウッドは43歳、ブリッジスは23歳。実際は親子ほど年が離れている。

で、そんな2人の間に割って入ろうとして、なにかにつけライトフットを目の敵にするのがレッド。朝鮮戦争時代からの仲間であるサンダーボルトをなぜ殺そうとしたのか?と尋ねるライトフットに、「友達だからだ」と興奮しながら答えるレッドだが、これぞまさしく可愛さ余って憎さ百倍、もはや若い女になびいたダンナへの嫉妬に狂う古女房にしか見えない。実はこれ、イーストウッドを巡るジェフ・ブリッジスVSジョージ・ケネディという三角関係を描いた愛憎ドラマでもあるのだ。

また、意外と女性キャラが多く登場する本作だが、しかしそのいずれもが単なる「性処理用のオブジェクト」か「男性を嫌悪するフェミニスト」のどちらかであり、物語の上で重要な役割を果たす女性は1人もいない。もちろん、だからといって本作がミソジニスティックな映画だと言うつもりは毛頭ない。ただ単純に、サンダーボルトもライトフットも常にお互いへの友情が最優先事項というだけ。基本的に女性に対して無関心なのだ。そういえば、若い女を抱いたサンダーボルトなんか、実につまらなそうな顔していたっけ。ライトフットだって口先では女好きのような発言を繰り返すが、しかしその行動を見る限りでは本当に女性に興味があるのかも疑わしい。なるほど、これをクローゼット・ゲイと解釈することも可能ではあるだろう。

ただ、ここで個人的な見解を述べさせてもらうと、確かにサンダーボルトとライトフットの絆は友達以上恋人未満とも呼ぶべきプラトニックな愛情の様相を呈しているが、しかしそれは恋愛感情というよりも第二次性徴以前の少年たちによく見られる無邪気な友情のように思える。女子の介在する余地がないのはそのためだし、結婚した夫婦やアツアツな男女カップルを滑稽に描いているのも、恐らくチミノ自身がそうした男同士のピュアな友情にある種のロマンを抱いているからなのではないだろうか。

いずれにせよ、本作におけるサンダーボルトとライトフットは大人になりきれない大人、いつまでも自由と冒険を追い求めるトム・ソーヤ―とハックルベリー・フィンであり、これは社会に適合できない孤独な彼らがお互いの存在に救いを見出し、一獲千金の大博打に夢を求める物語なのだと思う。イーストウッドもジェフ・ブリッジスも好演だが、中でも本作で2度目のアカデミー助演男優賞候補になったブリッジスの屈託のない笑顔はとても魅力的だ。

最後に、脇を彩る多彩なキャストについて。ライトフットが車で引っ掛ける女性メロディ役のキャサリン・バックは、その後『爆走!デューク』(’79~’85)で人気爆発するテレビ・スター。その友達のグロリア役を演じるジューン・フェアチャイルドは、麻薬中毒で身を持ち崩して一時はホームレスとなり、68歳で亡くなった時は障害者年金でスラム地区の安ホテルに住んでいたという。ライトフットがナンパしようとするバイクの女性カレン・ラムは、ロックバンド、シカゴの中心人物ロバート・ラムの元奥さんで、後にビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンと結婚・離婚を繰り返した人。サンダーボルトがバイトする工場のセクシーな経理係クローディア・リニアは、アイク&ティナ・ターナーのバックコーラス・グループ、アイケットのメンバーだった有名なセション・ボーカリストで、ミック・ジャガーやデヴィッド・ボウイの恋人だった。ローリング・ストーンズのヒット曲「ブラウン・シュガー」は彼女が元ネタだったとも言われている。■

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