PROGRAM

放送作品情報

大いなる西部

THE BIG COUNTRY 1958年アメリカ / 168分 / 西部劇

『ベン・ハー』の名匠ウィリアム・ワイラー監督が広大な西部を舞台に描く詩情豊かな大人の大型西部劇!
放送日時
2018年04月26日(木) 06:00 - 09:00
解説

『ベン・ハー』の名匠ウィリアム・ワイラーが監督・製作の西部劇の傑作!主演は『無頼の群』のグレゴリー・ペック、『ベン・ハー』や『十戒』のチャールトン・ヘストン、『野郎どもと女たち』のジーン・シモンズ。

ストーリー

アメリカ東部出身の紳士ジェームズは、大牧場主テリル少佐の娘パットと結婚するために、遠く西部までやってきた。テリル家は水源地の所有をめぐって、大地主ヘネシー家と長い間対立していた。両家とも水源地を買い取り、水を独占しようとしていたが、水源地の地主ジュリーは争いを嫌がり土地をどちらにも売らずにいた。ジェームズは争いを収めようとジュリーを説得し土地を買い取るが、狙いとは反対に争いは激化していった…。

出演

グレゴリー・ペック
チャールトン・ヘストン
ジーン・シモンズ
キャロル・ベイカー
ほか

字幕/吹替
字幕
掲載制限
なし
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日 2017/11/18

    1870年代のテキサスの壮大な風景を彷彿させる映像が何より素晴らしい。 主役であるマッケイ(グレゴリーペック)を中心に牧場に欠かせない水源地問題とロマンスが交差する西部劇。 グレゴリーベックは相も変わらず渋く内に力を秘めた良い役だが、あまりにも簡単にパット(キャロル・ベイカー)との婚約を破棄し水源の女主人ジュリー(ジーン・シモンズ)と恋仲になるのはどうかと思ってしまう。ストーリー上仕方なのないことだが少しばかり男が下がって見えた。

  • 鑑賞日 2017/1/8

    アンチ西部劇

    立派な映画だけど好きではない。

  • 鑑賞日

    音楽を入れない、効果

    水源地を巡って対立する牧場主の間に立つ、東部から来た海の男。決闘あり、恋ありと、西部劇の神髄を集めた傑作。 見どころのあるシーンが二つある。 ひとつはサンダーという荒くれ馬を乗りこなす所。落とされても落とされても、そして遂には馬がおとなしくなってしまう迄の静かな挑戦。 もう一つは、ジムとリーチの壮絶な殴り合い。お互いに倒し倒されながら決着を付けようとする。 どちらも音楽を入れずオーバーラップで処理して、見る者を釘付けにしてしまうワイラー監督の名人芸。

  • 鑑賞日 2015/7/14

    争いを避ける西部劇というのは初めて観た。利権をめぐる大きな争いに見えても、結局は男と男のけじめのつけあい。広大な大地で強く生きる女性たちが印象深かった。音楽が壮大な光景にあってて良い。

  • 鑑賞日 2011/7/16

    準主役の方が

    グレゴリー・ペックが主役なのに、チャールトン・ヘストンに食われているし、ヒロインのジーン・シモンズよりキャロル・ベイカーの方が華がある、妙にバランスの悪いところがある。

  • 鑑賞日

    西部にやってきた東部知識人が

    文化ギャッブを経験する物語。土地争い、恋愛問題、家族関係などのトラブルに巻き込まれても、己を貫きます。娯楽アクションを期待すると肩透かし。 様々なドラマを詰め込みつつ、きちんと作られた大作です。しかし、人物像はステレオタイプで深みがなく、平板なドラマに終始しているのが残念。 それにしても、ドナルド・ハミルトンって、こんな作品まで書いてたのか。今頃知ったが、ちょっと驚き。

  • 鑑賞日 2010/9/27

    1970年代から何度もTVで見てきた

    映画館で見たことはないのだが14とか28インチのブラウン管TVで見た時の方が「大いなる」感が強かった気がする。

  • 鑑賞日 2015/12/13

    面白い

    久し振りにいい映画を観た。面白い。

  • 鑑賞日 2015/9/6

    オープニングでいきなり鷲掴み

    いきなりの疾走感。全速力で回る車輪。利権を巡るやくざな奴ら。対立する構図が沢山出て来て交差する。背景の自然が圧巻。

  • 鑑賞日

    多様な味わい

    理性と協調を象徴する東部的なるものが、本能と闘争を象徴する西部的なるものを凌駕する形而上学的味わいの物語は、建国以来西進することで栄えてきた米国のパイオニア精神の発露をデモクラティックに改変した現代の開拓史でもある。 それはまた、黄色い大地と広がる蒼天が西部の茫洋たる余情を漂わせるクラシカルな西部劇でもあり、主人と使用人、富める者と貧しい者、船乗りとカウボーイ、旧世代と新世代、依存する女性と自立する女性など、様々な位相の軋轢と確執が縦横に交差する趣き深い人間ドラマでもあった。 そんな多様な味わいが楽しめる懐深い物語とともに、名匠W・ワイラーのこなれた語り口に引き込まれ、J・シモンズ、C・ベイカーの対照際立つ美しさに見惚れる一編だった。 ちなみに、個人的にイマイチ苦手なG・ペックとC・ヘストンの両俳優が主演ということでの5点マイナスとした。

  • 鑑賞日 2015/4/25

    隣人同士のケンカを約3時間の長尺で描いた西部劇の凡作。ジェローム・モロスの壮大な素晴らしい音楽と、アカデミー助演男優賞受賞のヘネシー一家の親父さんの名演は見どころだけに残念な作品。

  • 鑑賞日 1962/7/2

    郷に入って郷に従わず

    ジェローム・モロスの壮大なテーマ曲に載せて、ロングショットで馬車が土煙を巻き上げながら町に到着、東部から元船長のマッケイが降り立ち、婚約者パトリックの父親テリル少佐にあいさつに訪れる。 東部と異なる西部の暮らしむき。力がモノをいう西部の男の世界にマッケイは紳士的な解決を探るが、パトリックもテリルも彼を軟弱者と露骨に見るようになる。 テリルと宿敵ヘネシーとの水争い、水源地の所有者の女性教師ジュリーをわが方にと両家の綱引き、などの多様な展開を見せるストーリーであるが、マッケイの揺るがない信念により、話はぶれる事なく理解はしやすい。 広大な西部の大地を背景に、親子の関係、老醜の諍い、信念の吐露、真の勇気、といったキーワードになると思われるものは数多くあるが、気になるのは婚約者と教師以外の女性の出番は殆ど無く、二人にしても男勝りの気の強さを持ち、画一的な性格づけをキャラクターにしているような気がする事である。

  • 鑑賞日 2014/9/15

    「プロミストランド」への影響

    #900 シネマヴェーラ渋谷「大いなる西部」。1958年製作のウィリアム・ワイラー監督作品。地元の有力者の娘との結婚のため東部からテキサスにやって来た男が水を巡って対立する一家との争いに巻き込まれ孤独な戦いを強いられる西部劇で女教師とのくだりは「プロミストランド」に引用されている。

  • 鑑賞日 1970/4/3

    チャック・コナーズのバカ息子役

    初めて観た時は、『ライフルマン』のチャック・コナーズがバカ息子役で、父親のバール・アイヴスにどやされるのに驚かされた。

  • 鑑賞日 1967/5/27

    テーマ曲に…

    本作の音楽が、中学校の時の、昼休みに流れる放送部のテーマ曲だった。当時は「エル・シド」を使う学校もあった。

  • 鑑賞日

     冒頭の音楽でまず引き込まれる。東部と西部の対決。それがG・ペックとC・ヘストンの対決に象徴される。

  • 鑑賞日 2014/2/4

    主人公は平和をもたらしたかったようだが

     「もうメンドクセーから、いっそあの土地全部爆発して登場人物全部吹き飛んじまえばいいんじゃね?」と思わせるほど、どうしようもない奴ばかりが登場する作品。西部の人間は端から大概クズとして描かれているから良いとして、東部から着た主人公も気に食わない点がある。「人がどう思おうと勝手だ、問題は自分さ」と言うのは納得できる。しかし、喧嘩までする必要はないにしても、馬に乗るくらいなら婚約者のためという名目で乗るという選択肢はあってしかるべきである。ジムにその選択肢がなかったのは、その時点でジュリーに惚れていてパットのために何かをするという考えに至らなかったからだろう。ていうか、ジュリーのところに行くときにあの荒れ馬に乗っとけ!何のために乗りこなしたんだよ!ジュリーの話の運び方も悪意が感じられる。ジムが村を出たことを知ったジュリーはパックに話をしに来て、なんだかんだあり最後に「あなたはバカよ!愛されてるのに。ジムは結婚の贈り物にビックマディを買ったのよ!」と捨て台詞を吐いて去っていくが、そういう重要なことは最初に言え!少なくともてめーにパックを罵倒する権利はねーよ!  最終的にヘネシー家の当主が好感を持てるキャラとして描かれるが、彼自身強引な面もあるし、本作における最大のカスキャラ、息子バックがそうなってしまったことに親である彼の責任が無かったとは言えない。実際きつく当たりすぎている感はあった。  複雑な恋愛模様がどう決着するのかも見ものであったが、死んだバックは良いとして、ジムとジュリーがくっついただけでめでたしめでたしと言うのもいかがなものか。リーチとパックが完全に放置されて、やはり脚本の練りこみ不足感は否めない。あと、仕掛け丸見えだったけど何であんな簡単に挟み撃ちにされてんの?  ただ、所々面白い見せ方はあった。リーチ率いるテリル家の牧童たちが水を飲もうとするヘネシー家の牛たちを追い払うシーンで、遠くから近づいてくる馬の足音が少しずつ大きくなっていくところは良かったし、劇場で観たらさらに効果的だろう。テリル少佐とリーチが二人で谷に攻めようというシーンで、画面の奥から牧童たちが二人の後を追って走ってくるシーンも少しグッと来た。劇場で観たらまた異なった印象を受けそうだが、話がどうにも好きになれず、観直す気にはなれない。

  • 鑑賞日 2013/11/5

    保安官事務所まで300キロ、あなたならどうする?

    東部から元船長という肩書で、テリル家の婿としてジム・マッケイがやってくるが、早々に手荒い歓迎を受ける。 開拓地での水利権の争いは深刻だ。テリル家とヘネシー家も因縁の憎しみが続いている。 保安官事務所でさえ300キロ離れている「ビッグ・カントリー」のこと、法は実力者の力と信条しかない。 ヘネシーの親父のキャラクターが出色だった。太っちょのバール・アイヴス、貫禄の名演。 叩き上げの成功者にありがちの唯我独尊にならず、息子を醒めた眼で見て、ろくでもない事実を受け入れている。 ありきたりな西部劇とは一味もふた味も違う。東部の男の視点を入れ、法と秩序が及ばない西部の病巣を見つめている。 主人公とテリル家の娘も破談に至り、水源地の家の娘と結ばれる意外な展開、 ラストシーンの老人同士の対決など、ユダヤ系ドイツ人が出自のウィリアム・ワイラー、客観的な眼を感じる。 西部の雄大な景色を美しく撮りながらも、作家性を強く感じさせる名作。

  • 鑑賞日 1971/3/14

    ジーン・シモンズが・・・

     ジーン・シモンズが一番美しい作品ではないでしょうか。「大いなる遺産」の、ヒロインの少女時代の短い出演も、忘れられません。  見に行く前日は、どんな傑作映画かと、なかなか寝つかれなかった。「ベン・ハー」「ローマの休日」「黒蘭の女」「コレクター」のワイラーのキネ旬ベストワン作品。(でも、ちょっと期待し過ぎました。)    オープニング・タイトルでやたら興奮!      デザイン、ソール・バス!         音楽ジェローム・モロス!    歌舞伎町、新宿地球座にて。「砲艦サンパブロ」との2本立て。合わせて6時間、なが!。

  • 鑑賞日 2013/11/10

    人間として大切なもの、すべてが詰まっている

    真の名誉、忠誠、礼儀、人間愛、人間として大切なものが描かれた素晴らしい作品。 人にどう思われるかではなく、「自分自身が自分をどう見るか」を常に問題にするマッケイは、武士道に通ずる。 ヘネシーが息子を撃ったシーン、少佐と意見を異にする部下たちが忠義のために死地に赴くシーン、ともども、理屈は通じないが心を揺さぶるものがあった。

  • 鑑賞日 2013/11/5

    ロングショットが美しい

    いい映画はいつ見ても感動するなー。ロングショットがいちいち感動する。終盤なんてセリフないからね、ロングショットで物語っちゃう。東部男と西部男、男と男の確執、真の男らしさ、ジーン・シモンズ。吹き替え収録版出てほしーなー。

  • 鑑賞日

    ウィリアム・ワイラー

    1969年~1972年にTVにて。

  • 鑑賞日

    西部劇としてはかなり優れている。静かな展開で、あんまりガチャガチャしていないから良いのではないか? 画面の大きさとか奥行きを感じさせる素晴らしい映画。 西部劇の手本ともいえる映画。

  • 鑑賞日

    大西部に訪れた新しい時代の波

    名匠ウィリアム・ワイラーが撮った数少ない西部劇の一本である。  この他には「西部の男」と「友情ある説得」があるくらいだ。  だが数は少なくともどの作品も優れた作品ばかりである。  そしてなかでもこの「大いなる西部」は西部劇の代表的な名作となっている。    隣接するふたつの大牧場が水源地をめぐって対立をしている。  その大西部に牧場主の娘(キャロス・ベイカー)が東部で知り合った婚約者(グレゴリーペック)を連れて戻ってくるところから物語が始まる。  都会で生まれ育った彼は西部の過酷な生活や掟を知らない優男として初めは荒っぽい牧童たちから軽く見られる。  だが、西部の男たちとは違った能力によって様々なハードルを跳び越えることで次第にその存在が認められるようになっていく。  そして牧場同士の争いのなかでも重要な鍵を握ることになっていく。  自分の能力を必要以上に誇示する牧童たちとは違って表面上は静かだが内には闘志も能力も秘めた近代的な青年をグレゴリー・ペックが魅力的に演じている。  そして力だけでは何も解決しない時代が西部にも忍び寄ってきているのだとということが彼の行動とともに次第に鮮明に見えてくるようになっていく。  ウィリアム・ワイラー監督は雄大な西部の自然のなかにこうした物語を配し、滅び行くものと新しく生まれてくるものを対比させることで大西部への限りない讃歌を歌いあげているのである。

  • 鑑賞日 1986/3/1

    リバイバル上映

    1986年3月1日に鑑賞。大阪・なんば花月シネマにて。 リバイバル上映。日本ヘラルド映画配給。 ウィリアム・ワイラーの佳作である。小さい画面の映画館だったので、印象は少し良くない。この映画は大画面で観る、長編西部劇である。大画面で観た場合の印象はもっと高得点になるのでは。

  • 鑑賞日 2013/5/11

    勇気

    むやみに戦うだけが勇気ではない、そして勇気は人の前で証明するようなものではない、とグレゴリー・ペックが教えてくれる。水の利権でもめるふたつのグループを、ガンをもたずに解決してしまう。大いなる西部の大地より、海のような大きな心をもった東部の紳士が解決するのだ。同じ出演者で全米ライフル協会の元会長に、「チャールストン・ヘストン、銃は必要なんでしょうか?」といまだから問いたい。

  • 鑑賞日 2013/5/9

    この広大な大地の中で!

    海は広いな大きいな。大海原に比べたら、西部なんてまだまだでっせっていう映画。個人の恨みごとに一喜一憂しているところへ、もっとスケールのでかい奴がやって来て、解決していきました。でもね、でもね、嫁さんだけは自分の事良くわかってくれる人にしてしまったんです。これだけは譲れなかったんですねぇ、愛は海よりも深いのです!

  • 鑑賞日

    東部と西部、家と家、男と女、様々な対立、対決を軸に展開する壮大なスケールの西部劇であり群像劇。W・ワイラーの名演出の下、豪華俳優陣の演技合戦も見応え充分。G・ペックとC・ヘストンの殴り合いのシーンの映像は印象的。

  • 鑑賞日 2013/4/30

    闘わない西部劇

    闘わないことの大切さをうたう、異色の西部劇。クライマックスは主人公2人の対決でなく、爺さんどもの対決なんだから驚いてしまう。ウィリアム・ワイラーは、本当にどんなジャンルでもきっちり仕上げるもんだなあ。

  • 鑑賞日 2011/10/25

    素晴らしい

    映画館で見ることができて感激。カメラワークの美しさ、音楽のすばらしさ。ストーリーは、水源地をめぐる争い、西部と東部の生活の対立、男と女の関係、新しい世代と古い世代の対立など、いくつもの、人間関係が描かれているのに、わかりやすく描かれている。何度でも見たい。

  • 鑑賞日 2013/2/23

    日本とアメリカで

     日本とアメリカで大いに評価が異なる作品だ。それは、ウィリアム・ワイラーを支持するかどうかということにもかかってくる。ワイラーは、鏡の使い方など、非常に巧みな映画技法をあやさる作品だ。  本作は、そのワイラーが西部劇を撮ったことで、日本では大いに受け入れられた。但し、いわゆる西部劇の醍醐味はなくなり、ラストも家長どうしが殺し合うというものだ。私は、西部劇が余り好きではないので、この程度の作品ぐらいが丁度良い。思い出深い作品だ。

  • 鑑賞日 2008/1/20

    The Big Country

    確かにガンファイトがあるものの、単なる勧善懲悪のウエスタンものではない作品。むしろ水源をめぐる利権の独占をめぐりつつ、未開の西部に東部の近代性が摩擦を生む時代の過渡期といった現代にも転用しうるテーマを分かりやすく描いている。父が息子の卑怯な振舞いから息子を射殺する場面は、西部人の残された誇り高さを表す重要なエピソードだと思った。

  • 鑑賞日 2012/11/9

    西部劇の枠を超えたドラマ

    何度もテレビで放送され、DVDも出ているのに、初見。こんなに素晴らしいドラマとは思っていなかった。 広い広い西部の大地で対立する二つの牧場主。その対立は、親のみならず、子や牧童たちにも及んでいる。そのうちの一つの家族の娘と結婚するために東部から来た男、グレゴリー・ペック演じるその男が主人公。普通に考えれば、彼が婚約した娘のいる家族が善、対立する家族が悪。しかし、このドラマはそんな単純な対立になっていない。そこが傑出しているところ。対立する牧場主家族の父親は、悪人ヅラはしているし、無礼なところもあるが、西部の男として、人間としてあるべき心根を持っている。それが話が進むうちに分かってくる。婚約者の家族の父親が卑小に見えてくるほどなのだ。どちらも悪人ではない。しかし対立がある。その原因は物語が終わっても分からないままだが、そこに作り手の意図がある。親のかつての対立が、結局は一族郎党全体の対立を生み、世代を超えて続いている。理由はなんであれ、対立は一度出来てしまうと、解かれることはなく、次の世代へ受け継がれてしまう。この対立の解消は暴力しかないのか。G.ペックは言う、「それが何になる」。 この作品に込められているメッセージは現在でも通じる普遍的なものなのだ。それを西部の大平原の中で豊かなドラマとして見せている。西部劇という枠を超えた人間たちのドラマ。素晴らしい。

  • 鑑賞日 2012/4/8

    原題と同じ意味の邦題

     アメリカでの公開当時は不評であったが、現在(2012/03/15)のIMDbでは7.8ポイントと結構高い評価。(アメリカ人の評価は約半数で7.8)  日本では、概ね好評であったが現在では「許されざる者 (1959)」と同じように誤解をしている向きがあるようだ。  鑑賞しなおして、話を追いながら詳細考察を試みた。2012/04/09  感想は、allcinema に登録。 【詳細考察】( Blu-ray にて鑑賞) 鑑賞者限定  この作品は、シネスコではなくテクニラマという35mmフィルムにアモルファスレンズを使っている。 【タイトル部】  タイトルの馬の疾走シーンでは荒さが目立つ、傷が修復されていない事を考えると手間と予算を削ったようだ。  右から左への疾走は現在から過去への暗示かも知れない、ラストとも符合する。  6頭立ての馬車部分的に白黒となる「オズの魔法使(1939)」の様なおとぎ話と言う暗示であろうか。 【提示部】  中継所で東部の服装を笑われる、特に帽子は注目の的。  (マッケイは、西部では全くの異分子で改革をもたらす男:時代の波とも言える)  まずスティーブとの出会い、マッケイとの宿縁、バックも登場。  (スティーブは、若手の実力者で本来は西部を継ぐべき男)  (バックは、悪しき西部の男の象徴、だが多数派でもある)  マッケイは、パット、ジュリーとも会うこれで主要な若者は出揃う)  (パットは、現主流の娘で彼女がその後継者を選ぶと思われている)  (ジュリーは、パットの親友で実はこの西部を切り開いたマラガンの娘、後に彼女こそがこの西部の真の鍵を握ることが分かる)  焼けた倒木にバック、そして西部流挨拶-面子を気にしない男マッケイ、面子を気にする女パット(最初の亀裂)。  バックがジュリーのところへ、ビッグ・マディーの話が出る。バックがジュリーへの思いを語る。(物欲と情欲)  サンダー(馬)に皆が乗ると言われるが乗らないマッケイ。ヘンリー少佐登場。  (サンダーは、東部にはない荒々しい西部の象徴。マッケイの西部での力が試される)  (ヘンリーは、今の西部を担っている男)  名誉(面子)を気にしない理由、スティーブがパットを思っていることが語られる。  テリル家とヘネシー家の確執(屋敷の外の柱そばに一筋フィルムに傷があり、修復されていない)  風で曲がった木の元へパットが行く、マッケイへの思いが揺らぐ(2度目の亀裂)。  荒涼としたブランコ谷でスティーブがバックの行くへを問いただす。  サンダーを眺め乗ることにしたマッケイ、理由は秘密に(不得手でも西部に必要な能力はなければ成らないので自分の能力の確認)。  スティーブが町へ、淫売屋から逃げるバック。  サンダーを乗りこなすマッケイ。 【展開部】  マッケイとパットの披露宴。  ヘネシー登場。  (ヘネシーは、ヘンリー少佐との戦いに敗れた男)  ブランコ谷でバックのジュリーといい仲と言う嘘に親の欲目でだまされるヘネシー。  コンパスを使い、一人でビッグ・マディーに出かけるマッケイ。サンダーと同様に西部での必要な能力のある証明。  (67分ごろ草原を背景にしたマッケイ部分で揺れるような現象発生、デジタル・リマスター処理での不具合か?)  ビッグ・マディーでジュリーに合うマッケイ。  マッケイを探すスティーブだが、見つからない  ビッグ・マディーの水が鍵であることが語られる、将来を左右する鍵を持っているのはジュリーであった。(ジュリーが真の西部を決める存在)  そして牧場を経営することを表明。(マッケイが西部を継ぐことを決意)  パットと町の宿屋で合う。  対面は気にしない、問題は自分だ、勇気を証明する気も無いと語る。そしてパットとの決裂。  パットの重石がなくなったマッケイはスティーブとの決着を付ける(マラソン・フィスト・ファイト)無意味の証明。(しかし西部の男は拳でしか理解できない)  ビッグ・マディでバックが追い返される。  ヘネシーは、バックに実力行使を指示。  パットのところへジュリーが、サンダーとビッグ・マディの件が語られる。  ジュリーは誤解で分かれるのは間違っていると説くが、それは自分が好意を持っていることでもあり、自身でも気が付く苛立つ。  ジュリーの家でマッケイは、パットとの別れと改めて牧場を行うことを表明。  マッケイの泊まる宿でパットの謝罪。  ビッグ・マディの件で本当の決別。(それは真の西部の問題) 【クライマックス】  バックがジュリーをブランコ谷へ。  ビッグ・マディを譲れとジュリーに迫るヘネシー。  罠を仕掛けるヘネシー。  ジュリーの寝込みを襲うバック、助けに入るヘネシー、争いになり”いつかお前を殺してやる”というヘネシー。  ブランコ谷の入り口に居るヘンリー少佐、そこへマッケイも現れる。  先にブランコ谷に入るマッケイ。  ジュリーを連れ帰る交渉をするマッケイ、争いは老人二人の個人的なものと指摘するマッケイ。(西部の因習)  マッケイとジュリーの気持ちを察するヘネシー。  マッケイとバック紳士の決闘の準備へ。  ブランコ谷に入る決意をするヘンリー少佐、止めるスティーブ。(マッケイの正しさに気づいてきスティーブ)  皆も付いて行かない、だが後からスティーブは後を追う、そして皆も付いてきていた。  決闘を行い、掛け声より早くマッケイを撃つバック。  ルールを守らないバックを撃とうとするヘネシー、それを止めるマッケイ、情けをかけるマッケイ。  卑怯にも使用人の銃でマッケイを狙うバック、それを思わず撃ってしまうヘネシー。(自身による浄化)  罠に嵌るヘンリー少佐、撃たれるスティーブ。  マッケイを追いかけ、個人的な争いだと告げるヘネシー。(過去への決別)  ヘンリー少佐とヘネシーの決闘へ。  両者相打ちで古い西部は終わる。  マッケイとジュリーは手前から向こう側へ(未来へ進んでゆく暗示)。  (ファーストとエンドが連結する映画文法)

  • 鑑賞日 2009/3/18

    グレゴリーペック制作なのでヘストンよりも光ってます。東部から来た男が西部での考え方や方針に馴染めず、そこから変化を起こすと言う西部哀愁劇。せわしないという言葉が昨今ぴったりな洋画群に爪の垢を飲ませたい。★★★★

  • 鑑賞日 2012/5/31

    味のある西部劇だぜぇ・・・?

    ウィリアム・ワイラー監督とグレゴリー・ペックの組み合わせ!味があるねえ・・・。 ジョン・フォード+ジョン・ウェインの組み合わせの西部劇ではストレートな面白さが楽しめるけれど、ワイラー+G.ペックの組み合わせには、影があって噛みしめる味がある。 この作品はタイトル・バックから西部のスケールの大きさが強調されている。遠くから小さく馬車が走ってくるシーン。 また大平原の中に小さな人物を配したり、10軒たらずの家しかない小さな町を、その小ささを強調するかのような画面構成が面白い。

  • 鑑賞日 1966/10/1

    ワイラーは屋内演出のほうが

    ワイラーは「必死の逃亡者」「噂の二人」「コレクター」のような屋内シーンでこそ演出の巧さが堪能できる。屋外でも階段を置いたりして構図に工夫は感じられるが、ワイラーの中では中クラスの作品だと思う。

  • 鑑賞日 2011/2/27

    「大いなる西部」は、その雄大なタイトルとは裏腹な内容であった

    「最後の西部劇」という触れ込みの作品は、いつの時期から 登場するようになったのであろうか。 1958年のこの作品は、もしかしたら「最後の西部劇」と評す るに相応しい内容ではなかろうか。 「最後の西部劇」というより「ニューシネマの西部劇のさき がけ的作品」というべきであろうか。それほそまでにこの作 品はそれまでの西部劇と比較すると異色なのである。 まず、登場人物にガンマンは登場せず、主人公はアメリカの 新しい時代を代表する東部の船乗り(船長)である。物語は この東部の人物の視点で語られる。原題の「ビッグ・カント リー」は、開拓される大西部を表現する言葉であるが、この 物語では皮肉まじりに否定的に語られる。ここではむしろ 西部開拓の精神は誇り高いものでも何でもない。 ビッグ・カントリーを体現しえきた二つの集団のリーダーの 対決が狭い峡谷でなされるのも、そうした皮肉を示すもので ある。 アメリカ映画の典型的なジャンルである西部劇では、50年代 末期において既に新しい胎動が生まれつつあったのだ。

  • 鑑賞日 2011/2/27

    現代のアメリカの戦争ビジネスを予言した作品

    テリル家とヘネシー家の激しい対立の中にテリル家の娘の婚約者 として東部からやってきたジムが到着早々に手ひどい嫌がらせを 受けたことの報復として、テリル家の牧童たちがヘネシー家とそ の集落を襲うシーンは、正義の名の下に他国への軍事行動を起こ す現代のアメリカの姿がかぶさってくる。 映画は1958年に作られたものであるが、現代にも通用する批評性 を持った作品と言えるであろう。 テリル家のヘネシー家への行動がテリル少佐の個人的な戦争であ ると断じている点など、まさに現在の戦争ビジネスそのものを言 い当てている。 「大いなる西部」は映画が持つ時代の先取りと予言性を見事に発 揮している。

  • 鑑賞日 2011/2/27

    「大いなる西部」の2大スター

    東部からやってきたマッケイを牧童頭のリーチが迎える。 グレゴリー・ペックとチャールトン・ヘストンが顔を合わせ、 並んで馬車に乗っているシーンは、まさにこれからのアメリ カ映画を背負って立つ二人を見せるという意味で、意気軒昂 なキャスティングである。 この二人にバール・アイヴスとチャールズ・ビックフォード が共演しているところがキャスティングの妙であろう。 グレゴリー・ペックとチャールトン・ヘストン。 二人とも大スターでありながら、片方では大根役者と揶揄さ れることも多いのであるが、彼らの作品を見る限り、それは 「偉大なる大根役者」というべきで、出演しているだけで作 品のスケールアップを感じさせるそんな役者である。 現在のアメリカ映画に、この二人に相当するようなスターは いるのだろうか? ところで、この作品のタイトルで荒野を走る馬車の車輪が見 事なグラフィックとして使われているが、これは、もしかし て宮川一夫のキャメラによる「無法松の一生」を連想させる が、その影響を受けたということは考えられるだろうか?