PROGRAM

放送作品情報

イージー・ライダー

EASY RIDER 1969年 アメリカ / 96分 青春 ドラマ

自由を求めるヒッピー2人組の放浪のバイク旅、その衝撃の結末は…アメリカン・ニューシネマの代表作
解説

ヒッピー2人組のオートバイ放浪旅に、ドラッグ・カルチャーや反体制など当時ならではのテーマを込めたニューシネマ代表作。ステッペンウルフの「BORN TO BE WILD」など楽曲も世界観にハマっている。

ストーリー

マリファナの密輸で大金を稼いだキャプテン・アメリカとビリーは、大型オートバイを買い南部を目指す。途中で同乗させたヒッピーのジーザスに案内されてヒッピー集落に入っていく。ラスベガスで警察に拘束されてしまう2人だが、そこで知り合った弁護士ジョージと意気投合し、3人でマリファナを吸い野宿をしながらの旅を再開する…。だが、どこに行っても、気ままな彼らの行動を、保守的な住人たちは苦々しく見守っており…。

出演

※(声優)は吹き替え版作品が放送される場合の情報です。
字幕版、吹き替え版については、放送日時横のアイコンでご確認ください。

ピーター・フォンダ (山田康雄)
デニス・ホッパー (山谷初男)
ジャック・ニコルソン (北村総一朗)
ほか

字幕/吹替
字幕 吹替
掲載制限
なし
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日 2019/9/23

    まぁ面白かった

    噂の映画 前から観たかった。 まぁ、想像していた通りの作品。 か

  • 鑑賞日 2019/8/26

    「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」公開記念連動企画でのタランティーノによる同映画に関係する映画セレクション。 主人公達が不条理に死を迎えるラストシーンに尽きる。「どうせ勝てない」という虚無感は当時の若者たちの心情を代弁していたんだろう。 オープニングでの腕時計を捨ててオートバイで旅に出るシーンはカッコイイと最初観た時に思ったのを思い出した。時間の束縛なんて受けないぞみたいな。

  • 鑑賞日 2019/8/22

    時代に合った作品

    P.フォンダが亡くなった報道があり、古いDVDを見直した。ラストシーンが強烈に印象に残っていたが、ファーストシーンは見直して思い出した。農夫の家でのランチ、途中で加わった弁護士・ハンセンが殺された時に、そのまま旅をつづけた、ヒッピーの部落で何を得たのか等、理解できない部分は残った。リアルタイムで見た時には、ヒッピー文化が当たり前で、理解したつもりであったが、ラストシーンで殺される理由はあったのかと思う。結局、保守的な南部の人には、ライダーの自由な生き方は理解できず、異物を感じたのだろう。ハンセンを演じたJ.ニコルソンはその後の活躍を示す演技を見せていた。

  • 鑑賞日 2019/8/4

    幻想の中にいる

     ドラッグというとヒッピーやフラワームーヴメントを連想するのだが、当時この映画を見てそうした背景を理解してなかったため、この映画を単純にバイクを突っ走らせる映画としてとらえていた。それで十分だった。類似した映画に『バニシング・ポイント』などがあるが、アメリカのハイウェイを突っ走って最後自滅する、という展開に共感を得た。  オートバイに乗って突っ走る、というのは今や死後である。しかし当時はバイクの免許を取って疾走することや、大勢の仲間とつるんで走ることにあこがれたものだ。暴走族がこの映画に影響されてチョッパータイプに改造し、まだ免許を持たぬ我々は自転車を改造して競ったものだ。  これはひとえにアメリカという国への憧れが前提としてあった。この映画にも出てくる広大なアメリカの風景と、その画面の中心や片隅で疾走することへの憧れ。浜田省吾の初期作品にも疾走という言葉が出てくるとおり、自由の国アメリカを疾走する、というイメージへの憧れが間違いなくあった。  しかし当のアメリカが実は崩壊に向かって進んでいることを知るのはずっと後だ。冷戦構造の中でアメリカが自ら崩壊の道へと進むことの現実は、一例でいうと『地獄の黙示録』などで示されてゆく。しかし今この映画を見ると、もっと前にアメリカとハリウッドの変化をこの映画自らが示していたことをあらためて認識する。  この映画にストーリーはほとんどない。しかし、彼らが行くところの人々が常に神の存在を前提としている。パンクしたタイヤを修理するのに寄った家やヒッチハイカーをひろった先の集団など、いずれも敬虔なカトリックであることが示される。最後の娼館で夢のような幻想的シーン(なんとこのうちの一人がカレン・ブラックだった!)にも神を暗示するシーンなどがあり、アメリカがキリスト教を中心とする神の存在を生活の前提としていることが示される。  ジャック・ニコルスン演じる弁護士と焚火を囲むシーンでこのことへの批判めいたことが語られる。それは宇宙人は人間の諍いを見ていて、諍いが続く限り自分たちの存在がばれない、などと言っているのだが、この意味は深い。神と宇宙人を対比することで、人間社会の愚かな争いを批判しているのである。  聞くところによるとこのあたりのセリフは天才脚本家テリー・サザーンが親交のあるスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』の撮影現場に居合わせて思いついたという説がある。確かにこのセリフはどこかこの映画にミスマッチでありながら説得力を持っている。  最後は二人がドラッグで娼婦と幻想的なシーンに陥ってゆくのだが、このシーンも現実と理想とが混在していることを暗示している。  ラストシーンで二人が自爆するシーンでさえ幻想的である。そこには二人の死体はない。二人は神に召された、という幻想を見事に映像化したと捉えることができる。  こうしたことをのちに理解するのは必然と言えるかもしれないが、当時アメリカがこのような保守的な国であることを理解できなかった。モーテルで宿泊を断られ、カフェでほかの客ににらまれ、最後にたまたま出くわしたトラックに射殺されるなど、こうした現実がアメリカの主流であって、疾走する二人はむしろつまはじき者だったとは知る由もなかった。  おそらく現代のアメリカもこの時代から大きく変わってはいまい。こうした未来を幻想的に示してる点においても見事な映画だった。

  • 鑑賞日 2019/6/2

    イージュー☆ライダー

    「個人の自由についてはいくらでも喋るが、自由な奴を見るのは怖い。」 最初はいい感じのロードムービー。 コミューンの人の自由に疑問を感じ、自由の国アメリカの表側の自由にも裏切られる。 探してた自由がどこにも無いことを思い知るのみ ニューシネマの傑作ではあるが、ニューシネマならではの後味の悪さが好きになれない。 いい映画。観るべき映画だけど。

  • 鑑賞日 2019/5/21

    若者よ、映画を観よう。

    映画を観て、腰を抜かすような思いをしたことが何回かある。まあ、言葉の綾であるが、 経験が少なく、感性の敏感な十代の頃は、たびたび映画館の中で身もだえるような経験した。 その頃の衝撃が、今でも映画レビューを書いている原点になっている。 その一群の作品の中でも「イージー・ライダー」は特筆すべきものがあった。 ステッペンウルフの「Born to Be Wild」が強烈な印象となって耳にこびりついたのだ。 当時は映画音楽は独立したもので、既成のポップ・ミュージックが使われることはなかったが、 1967年の「卒業」でサイモン&ガーファンクルの曲が使用されたのが嚆矢として、状況が変わった。 しかしハードロックは依然論外の扱いで、この作品で独特の形状のチョッパーを呼ばれたオートバイに またがりP・フォンダとD・ホッパーが疾走する画に、初めてかぶさったのだ。 日本の映画好きの高校生がビックリ仰天したわけだ。 この高校生は、ラストシーンにも同様に驚愕した。 アバンタイトルで麻薬の取引が描かれている。スペイン語だからメキシコか。上空にはジェット旅客機が 着陸してくる。圧倒的な体制下での違法麻薬取引のメタファーとなっている。麻薬は即転売、キャプテン ・アメリカ(P・フォンダ)とビリー(D・ホッパー)は大金を得て、腕時計を捨て、自由の旅に出る。 この映画は物語で見せるタイプではない。ロードムービーで数々のメタファーを仕掛け、悲劇的な 不条理を見せる。ロードムービーは映画としての最強のスタイルで、カメラの優位性で凝った物語を 仕込まなくても成立する。登場する南部人はカトリックの妻を持った実直な農夫、ヒッピーに露骨な 敵意を示すレストランの客たち、ラストは問答無用の暴力農夫で、内面を描くことなく、敵意と憎悪の メタファーとして尻上がりに凶暴になる。 対するヒッピーの実態は頼りなく薬づけの逃避的な暮らしだった。コミューンは意外に宗教的で、 反戦のカケラもない。海を隔てた日本の学生運動の方が反帝反米とはるかに観念的でラジカル。 途中で拾った弁護士ジョージ(ジャック・ニコルソン)が作品のテーマを担う。自由と民主主義を広める ために世界で戦っているが、本当に自由な姿を見せると憎悪する。 南部の憎悪はレストランの客たちが三人に示した暴力だった。ジョージはあえなく命を落とす。 残った二人はニューオリンズのマルディグラでひとときの救済を夢見るが、神は何も語らない。 2018年の「グリーンブック」は1962年の設定になっている。本作の公開は69年、現代からは遠い アメリカ南部のロードムービーだった。ラストはあまりに唐突で残虐なものだった。 「イージー・ライダー」が描いたアメリカの宿痾は、いまだに大きな身体蝕んでいる、ステージ4か。

  • 鑑賞日

    音楽がいい♫

    ワイルドで行こうか?カッコイイ曲よねー笑 でもホントアメリカの片田舎って怖えー。知らんけど。ドラックやってんだろうけど、普通に旅してるだけなのに得体の知れない余所者とか容赦しないんだよねー。アメリカマジ怖いけど笑そんなリアルさが出てるよね。

  • 鑑賞日 2019/5/6

    自由の国アメリカ

    自由に向けて旅立ち、そこで出会う様々な人々を描くロードムービー。いきなり野宿を余儀なくされた彼らは、その自由を象徴する見た目から、閉鎖的な南部の人々から疎外され、ついには悲劇的な結末を迎えました。その短い旅の間に、自由の国アメリカの実態を克明に描いていきます。キャプテンアメリカの扮装は、いかにもアメリカ人が理想とする自由の国アメリカを体現しています。 ジョージ・ハンセンの持論によって、この映画の主張は明確に表現されました。「アメリカ人は自由を証明するためなら殺人も平気だ。個人に自由についてはいくらでも喋るが、自由な奴を見るのは怖い。怖がらせたら非常に危険だ。」極めて明快でした。そして、キャプテンアメリカは、ジョージの死を契機に、どこに行こうとも、金がいくらあろうとも、彼らが考えていた自由はどこにもないことを悟ったと思います。 自由なものへの恐怖は「その髪を切れ」の一言での狙撃に繋がります。長髪の高校生が生徒指導の先生に無理やり髪の毛を切らるのとイメージがダブりましたが、やっていることのレベルが違いますね。子供の頃、長髪の若者は「不良」と呼ばれ、母親たちは、ああいう人と話しをしたら駄目よ、と諭していたことを思い出しましたよ。この時代に起こったヒッピーやこういった映画が、世界的なムーブメントとなり、後の文化に姿を変えながら受け継がれてきていると感じました。そういった意味でも、ノスタルジアを感じてしまいました。

  • 鑑賞日 1982/5/9

    虚無と諦念

    この映画のテーマ曲の"Born To Be Wild"を何かの拍子にふと耳にすると、ハーレーにまたがり疾走するP・フォンダ、D・ホッパー、J・ニコルソンのラフな旅姿が今も脳裏をよぎる。 茫漠とした荒野をただただ漂うばかりの主人公たちの生き様が奔放なものであればあるほどに、その根底にある無自覚な虚無と諦念がより色濃いものに感じられる。 製作当時、ベトナム戦争への厭戦気分もチラホラ漂い始め、体制への疑念が渦巻いていたであろう米国の、そんな閉塞的でアンニュイな時代気分が全編に横溢した、これぞアメリカンニューシネマたる異色にして出色のロードムービーだった。

  • 鑑賞日 2019/3/18

    時代反映、の巻

    酒、煙草の一線を超え、 マリファナ、コカインほか薬物が 蔓延する、若者がストレスを抱えた、 時代の転換期、アメリカの精神状況 そのままの映像化か。 ストーリーも、行き当たりばったりで、 映画自体が薬物中毒のような。 ライフルで、ズドンと吹き飛ばし、 吹き飛ばされて、おしまい。 2019年の世界の状況も似たような ストレスを抱えているかもしれない。 ズドン!

  • 鑑賞日 2018/11/16

    途中バグったのかと思うけど超キマってる。荒涼とした景色と乾いた音楽が良い。知りたいようで知りたくない自由、

  • 鑑賞日 2018/5/21

    不自由な自由

    バイクでひた走る映像と音楽は爽快。そんな映像の爽快さと反するように、物語は彼らの自由に嫉妬した人々の悪意が見え隠れする。都会では孤独すぎ、コミューンでは煩わしく、田舎では殺意でもって迎えられる。自由を貫こうとする程、閉塞感が増すよう。キャプテンアメリカが、はっきりと「ダメなんだよ」というしかなかった心情、そしてラストがやるせない。

  • 鑑賞日

    大画面、大音量で

    今から20~30年前池袋の映画館で「日本最後の上映」と銘打った上映会で観た。そのとき、中学生の団体が観に来ていて、なんて羨ましい子たちなんだ、彼らはこれを観てどんな影響を受けるんだろう、と思ったのを覚えている。それはさておき、この映画の主題は、登場人物の弁護士(ジャック・ニコルソン)のせりふに集約されている。それは「アメリカは自由な国を標榜しているが自由な人間が怖いのだ」というものだ。自由な出で立ちでアメリカを自由に旅する彼らに対する保守的なアメリカ人の眼を見よ。この映画こそ映画館で観るべき映画だ。ビデオで観てもちっとも面白くなかった。

  • 鑑賞日 2017/10/10

    映画館で見たのは、封切りから2年半の凱旋興行の新宿文化だった。

     自分の中では、当時は遅まきながらという気分で見た。  出だしは「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」。     全篇ハードロックばかりかと思ったら、他はフォークやカントリーっぽい曲が多かったのは意外。   序盤で「荒野の決闘」のラストのメサが2カット映る。     これは嬉しかった。     ラズロ・コバックスがアメリカの風景を美しく撮っている。   ラストシーンの予兆は描かれていた。レストランに入った時に、地元の連中が「あいつら、この街を無事に出られるかな。」と2度うそぶく。    娼館にピーター・フォンダが行った時、キリストの絵を見上げた時に、ラストのショットが一瞬入る。(これは初めて見る人には、意味は判らない。)         絵に添えられた文は「人は、棺が覆いかぶさった時に価値が決まる。」       バイク映画は、60年代後半から、けっこう作られたらしい。(ロジャー・コーマン=ピーター・フォンダの「ワイルド・エンジェル」とか。そのへんも見たい。)    この映画はコロンビア映画であった。     1953年のマーロン・ブランドの暴走族映画の元祖「乱暴者」もコロンビア映画であった。        終盤、カレン・ブラックが顔をみせている。       

  • 鑑賞日 2017/9/15

    ロードムービー以上にドラッグムービー

    感情が欠落したまま、ひたすら移動し、風景が動いてていくプロセスの中で、出会いが用意され、機微がうまれてくる。その増幅装置がハーレーでありドラッグだ。旅の終焉には、行き場のない未来とピュアな敵意が待っている。

  • 鑑賞日 2017/5/7

    歴史的な作品

     早稲田松竹で本作を観た。併映はベトナム戦争ものの「地獄の黙示録」。本作にもベトナム戦争の影を感じる。  本作を最初に観たのは閉館した自由が丘武蔵野館で1980年代だったように思う。併映は「俺たちに明日はない」だったか「明日に向かって撃て」だったか記憶の彼方だ。  覚えていたのはピーター・フォンダが演じるキャプテン・アメリカの悲し気な様子、デニス・ホッパーが演じるビリーの軽薄な雰囲気、当時好きだったジャック・ニコルソンのくせのある演技そして衝撃的なラストシーンである。  キャプテン・アメリカが悲し気な様子だったのは悲劇的結末を予感していたからだろうか。「自由」を求めるあまりその概念に囚われかえって「不自由」になった人物たちの悲劇にも思えた。  ただ、バイクましてやクスリに興味がなかった自分には刺さらない映画だったのは事実だ。アメリカン・ニューシネマの作品らしくラリってる状態の主観映像がある意味クライマックスであるが全く記憶していなかった。  マリファナ等クスリの部分を除けばさして反体制的な人物たちに見えないが、こうした人物たちが排除される作品が成立するほど当時の米国は狭量だったということだろう。  本作は、個人的には刺さらない映画だったが、「自由」を求め「不自由」になった人物たちの悲劇的結末を描き当時の「良識」を批判的に告発したアメリカン・ニューシネマの代表作である。

  • 鑑賞日 2017/5/7

    一周まわって今に通じてるかも

    腕時計をポイっと捨てて、雄大なアメリカの大地をバイクで気ままに疾走する旅へ。斬新なカットの切り替えによるシーンの転換や、ドラッグをキメたラリラリ~の映像などが当時の若者には眩しくカッコよく映ったんだろうなあというのはよく想像できます。 でも逆に今、そういう斬新さが薄れたところからこの映画を観るときに最も強く残るのは、ちょっと変わった格好をしているとはいえ、基本的に罪のない無邪気な若者たちを徹底的に排除し、遊び半分で殺害さえする醜いアメリカの顔の方。マイノリティーに対するヘイトクライムが頻発する現在に、時代が一回りまわって戻ってしまったのかもしれないとさえ感じます。 そのアメリカへの痛烈な批判を語るジャック・ニコルソンの台詞があまりに忘れがたいのでメモしておきます。 「自由を語ることと自由であることは違う。アメリカ人は自分が自由であることを証明するためなら殺人だってやるが、本当に自由な人間を見ることを恐れるんだ」。

  • 鑑賞日 2017/4/29

    圧巻

     フィルムの濃厚な色彩は、家庭用デジタル媒体からの再生でも充分に伝わってくる。  左右の定位を意識させる音楽もまた、家庭用の機器で楽しく聴くことができる。  しかし、やはりこれは劇場のスクリーンで観たい。雄大な西部の平原を二台のバイクが走るスケールの対比は、やはりスクリーンで味わいたい。  現代のアメリカを象徴するIT や金融工学とは、恐らくその頃から無縁であることが決まっていたかのような、田舎の白人たち。彼らには受け入れられることもなく、むしろ迫害すら受けなければならない主人公たち。  この若者たちは、またヒッピイズムにも受け入れられなかった。彼らの居場所がこのアメリカにはないのだろうか?  

  • 鑑賞日 1974/1/13

    日曜洋画劇場 ノーカット放映

    淀川さん曰く「同じ人間同士でどうして理解 せ ないんでしょう?!」 映画館で見た三年前はまだまだ愚か者だった。これの良さがわからなかったとは! と書いている。 「まったくどうしようもない大人たち。私の父と同じ。」と。 その父の年齢をはるかに超えてしまった今、この映画の大人のようにならないよう心がけねば。

  • 鑑賞日 2017/4/13

    バイクに乗りたくなる

    曲は最高よね。 内容はなんでそこまで、2人は周りから嫌われたんやろ? 当時のアメリカの文化がそうやったんやろうね。 周りの人間の感じに凄いイライラしながらみた。 場面の切り替えの感じがわざとながやろうけど、変な感じやった。テレビの故障かと思った。 あとはなんか内容は、よく分からんかったけど、めいきんぐみたら、ほとんどラリった状態で撮影をしよったってことにビックリ。 ジャックニコンソンが若い(笑) 存在感すごいけど(笑)

  • 鑑賞日 2016/10/18

    時代と寐た映画だと思う。今、観て面白いかなあ。

    レンタルビデオで観た。 ハレーションを起こしたカット割り、コカイン密輸の時に飛行機の爆音を轟かせたり、ストーリーが途中でぷつんと切れたような展開で、妙な演出をするなあと思った。腕時計を捨てて、これから時間に縛られない、自由な生き方をするという暗示は観た当時には随分と陳腐な描写だと思った。 でも田舎の排他的な不寛容さが恐ろしく、主人公たちが銃撃されてバイクが吹っ飛んでいくクールな描写に、アメリカの暗部と怖さを思わせた。

  • 鑑賞日

    世の中が変革期

    ロサンゼルスからニューオリンズまで、わりと自由な都会から南部の閉鎖的な田舎への自由を求めての旅。世の中が変革期だった頃の作品。

  • 鑑賞日 2016/9/25

    60年代ニューシネマの衝撃作と言われるが、改めて観ると衝撃なのはラストの銃殺シーン位で、他はひたすらバイクで走るノンビリしたロード・ムービーである。まだフサフサだったニコルソンや、網タイツが色っぽいカレン・ブラックなどサブ・キャストが充実。終盤のあの曲はやはりディランのオリジナルで聴きたかった。

  • 鑑賞日 2016/8/10

    ただ走る、それだけのシーンがいい。

    久しぶりに観たけど、ほとんど忘れていたな…。特にジャック・ニコルソンが出てること。ええ?!と思ってしまった。 自由を求めて旅をするキャプテン・アメリカとビリー。どこまでも続く道に向かって小さくなっていく2台のマシンのシルエットが好き。

  • 鑑賞日 1971/10/24

    ・・・you・・・ 併映

    《いちご白書》や《真夜中のカーボーイ》ほど感動しなかったようだ。かっこ良すぎるって。

  • 鑑賞日 2016/6/10

    反精神

    色んな所で褒めちぎられている。いつか見なければと勝手に義務感に襲われていた作品。 ステッペン・ウルフの「BORN TO BE WILD」の旋律とは全く異なる残酷で不条理な現実が描かれた作品。普通に旅をしているだけの人間が、いきなり惨い殺され方をする理不尽にもほどがある展開。殺す理由は、何もない。 アメリカという国は、闇が多い国だと思う。あれだけの人種がおり、世界一の経済と軍備を誇る強大な国だ。その闇は、想像を絶するほどに大きいと思う。 この映画はそうした闇と向き合って作られている。 昨今も黒人差別のような理不尽な偏見や差別意識は色濃く残っている。この映画が作られて、もう50年近く経つにも関わらず、人々の中に差別や偏見は消えない。 これは人間の醜悪さと逃げることなく向き合ったから傑作になったのだと思う。 きっとこれからも語られる作品。

  • 鑑賞日

    学生時代に

    どこかの名画座でみた。一緒に観た友人は異常なほど傑作だ、いい映画だとほめちぎっていたが、ワシには何がいいのかちっとも分からなかった。 その後、テレビで再見する機会もあったが、全編通して観る気が起きない。高評価の理由が未だに理解できないままである。

  • 鑑賞日 2016/2/23

    不寛容の国アメリカ

    ジャック・ニコルソン演じる弁護士ジョージの言葉。 「(人々は)君らを怖がっているんじゃないよ。」「君らが象徴しているものを怖がっているんだよ。」「君たちが象徴しているものは「自由」だよ。」「違う自由がそこに現れると怖くてしょうがないんだ。」 そう、彼らは自分たちの価値観を共有できないものを受け入れることができない。分かり易いのは外見での判断だが、もちろん思想についてもその対象であろう。 自由の国アメリカが、実は不寛容の国アメリカであったとは。 この映画の公開は1969年であったが、この考え方が未だに受け継がれてきたことは現在の大統領予備選でのトランプの発言やそれに呼応する大衆の反応でも明らかであろう。 現在の日本国内における、これは企業においても学校においてもであるが”いじめ”の問題。これも自分たちとは異なる存在への不寛容さということについては根は一緒であると思えてならない。 久々にこの映画を観て、1969年当時、この問題に着目して世に問うた見識にあらためて驚かされた。

  • 鑑賞日 1979/8/18

    十代の頃に観た感想

    どことなく都合よくできているような感じがする。自由の中に「本当の自由」を求めていたが、自分の気持ちを満たそうとしているだけ。ラスト、キャプテン・アメリカが殺されるのも、とってつけたような感じ。 -十代の頃に観た感想-

  • 鑑賞日 2016/1/5

    これがニューシネマか!

    当時ハリウッドが行っていた自主規制(ヘイズコード)が取り払われた直後に作られた映画。それまでの映画とは大きく異なり、それ以降の映画に大きな影響を与えたニューシネマの1本ですね。鼻から吸うのってよく映画で見るけど、あれコカインだったのね!って知りました。

  • 鑑賞日

    2本立てで観た

    当時渋谷の平日の映画館はホモの溜まり場で。 うるさく付きまとうのから逃げ回るのが大変だった。 それでもがっちり観終えた作品のひとつ。 先にレコードを聴いていてどうしても観たかった。 初印象は小じんまりしているなあと。 カッコイイんだけど物足りなかったのは画面の大きさにも因るのかも。 オープニングとかに比べれば最後だってまあ。

  • 鑑賞日

    ""Born To Be Wild""

    バイクに乗って放浪の旅に出るが、見つけたのは自由ではなく、崩壊したドラッグ漬けのコミュニティー、徹底的なよそ者・見慣れぬ者への排他意識だった。その国が外でやっていることと言えばベトナム戦争。

  • 鑑賞日 2013/10/16

    DVDは優れモノ

    シネピピアで見るか迷ったけど、自宅のDVDにしました。制作陣が背景を語ったおまけがとても良かった。アメリカの歴史を知るには「イージー・ライダー」を見よ、とまで言われたとか。DVDは優れモノです。

  • 鑑賞日 1974/5/29

    アメリカン・ニューシネマ

    1974年5月29日に鑑賞。高知名画座にて。3本立て。同時上映は「マジック・クリスチャン」と「ラスト・ショー」。 デニス・ホッパー、ピーター・フォンダ、ジャック・ニコルスンの佳作である。

  • 鑑賞日

    アメリカンニューシネマのベストワン

    アメリカンニューシネマの定義はよくわからないが、それまでのアメリカ映画とは異なったテイスト、反体制的な物語を内容とした映画であると定義すれば、間違いなくこれがベストワンであり、個人的にも1番気にいっている。 ヒッピームーブメントに揺れる当時のアメリカ。だが、彼らには無縁であった。結局、どこにも居場所がなく、因習によって抹殺されてしまった。脇役ででていたジャック・ニコルソンが、のちに大スターになるとは夢にも思わなかった。同様に、娼婦役のカレン・ブラックも、後に彼と「ファイブ・イージー・ピーセス」で共演するまでになるとは、想像だにできなかった。 「卒業」あたりから、既製のポップミュージックをうまく映画音楽として使われるようになったが、この映画も映像とうまくマッチングしている。

  • 鑑賞日 2015/5/10

    正直ぜんぜんよくわからなかったです。 なんか環境映画?みたいな。見ながらどんどん目蓋が落ちてくる。。。ストーリーもあるんだかないんだか。 当時のアメリカ社会を鋭く描写、みたいな寸評よく聞くんですが、だから面白い映画ってわけじゃないですね。 あ、音楽は良かったです。

  • 鑑賞日 2015/3/18

    君らを恐れているんじゃない、君らが象徴しているものさ。君に自由をみるのさ!

    ワイアットとビリーはロサンゼルスからルイジアナへ向かう。かつて西部開拓時代に先祖たちが向かった方向と逆を行くことで古き良きアメリカへ叛逆する。本作の撮影ではレンズフレアが写った映像も使ったり、型破りな編集(先行フラッシュバックというインサートカットを試みたり)と今までのハリウッド映画へ叛逆する。ホッパー、フォンダ、ニコルソンなどの若者たちが、高齢化でコネ人事のハリウッドへ叛逆する。ピーター。フォンダは母を自殺に追いやった父ヘンリー・フォンダへ叛逆する。これはアメリカへの新編、叛逆の物語である。

  • 鑑賞日

    混乱の時代を描写

    アメリカン・ニュー・シネマを語るなら、観ないといけない作品です。現在でも熱狂的な支持をするファンが多く、あの淀川長治さんが生前に大絶賛されてたのが記憶に残ってます。 本作で使われたバイクはオーションで一億円でセリ落とされたりしたエピソードもあり、確かに伝説的な映画でしょう。映画の中でもマリファナでラリってるシーンがありましたが、本物のマリファナを使用してたらしいです。正に当時のアメリカをそのまんまに描写してたんですね。 ベトナム戦争の頃に、アメリカでは様々なマイノリティが台頭してきたと聞きます。従来の慣習に反旗を翻して、抵抗を始めたのは正に過渡期と言えるでしょう。 その一つのマイノリティがヒッピーであったわけで、それを拒絶する従来型の人々は本当にヒッピーを手厳しい目で見てたことが伝わります。 それでも反社会に徹する、ピーター・フォンダとデニス・ホッパーが演じた主人公二人は「自由」を満喫してたのでしょうか…。 そして、二人の気持ちとは裏腹にバイクでモニュメントバレーを疾走する姿は、大自然の中ではあまりにもちっぽけに見えます。 ジャック・ニコルソンの存在も良いアクセントになってました。主演二人と知り合い、どれマリファナでも吸ってみようかというノリは、同世代にしか共有できない気持ちではなかったでしょうか? ラストはバッドエンドで良かった気がします。これらのムーブメントは終焉を迎えるわけで、それを象徴するシーンだったと私は思います。

  • 鑑賞日

    なんじゃこれ?!?!

    どんなもんかと観てみたけれど、なんともなぁ。。。ただただバイクで走ってるだけ。結構評価高いのが謎。自由の国、アメリカには自由はなかったということか…。観始めてすぐに気が付いたけど、私は砂埃が舞っている映画は嫌いだった。

  • 鑑賞日 2014/7/30

    怪優

    ジャックニコルソンが登場後すぐ死んでしまったのが残念。彼の演技をもっと観ていたかった

  • 鑑賞日 2014/4/29

    良い。LSDのシーンは圧巻。

     

  • 鑑賞日 2014/2/22

    時代を感じる

    反骨精神溢れる傑作

  • 鑑賞日

    私らの世代にとってはステッペンウルフの主題歌とともに忘れられない映画のひとつ。アメリカン・ニューシネマの代表作と今は言われているが、当時はこの映画に登場するヒッピーたちにそれまでアメリカ映画が描いてきたところの男のヒロイズムが皆無であったことが新鮮に映った。それがつまりはアンチ権威を標榜するニューシネマということだった。

  • 鑑賞日 2013/3/15

    これがアメリカか

    不条理すぎる若者の突然の死 古い因習、価値観で新しいものに拒否感を示す老人の醜悪さ その間の対話は全くない あまりにも空しすぎないか バイクのエンジン音が耳に残る

  • 鑑賞日 1972/10/12

    これはホッパー監督作品なんですね。

     インディーズっぽくもありますが・・。     ラストは、まさにニューシネマという感じですねぇ。      衝撃的でした。

  • 鑑賞日 2009/11/19

    大自然の中で悠々と生き、都会の生活に疲弊してコミューンを築き、町娘は男を誘惑し、自由に憧れ、自由に恐怖し…。 「自由の国アメリカ」を淡々と描いた、半ばドキュメンタリーのような名作。

  • 鑑賞日 2013/9/24

    儚い自由への夢

    ピーター・フォンダとデニス・ホッパーが脚本を書き、製作・監督を務めた、アメリカン・ニューシネマの代表作。麻薬密売で金を得たワイアット(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)は、”本当のアメリカ”を探すため、バイクに乗って旅に出る、南部アメリカの”常識的”な人々はそれを許さない。 ワイアットとビリーが見つけたかった”本当のアメリカ”ってなんだったんだろう。腕時計を投げ捨てて、バイクで旅に出た。具体的にどこかにたどり着きたかったのか、それとも、時間にも場所にも縛られない、それ自体が彼らの求める”本当のアメリカ”だったのか。 途中で立ち寄る農家でのやり取りでは、田舎で大地に根を下ろして家族を養うということの偉大さをよく認識している様子。だが、彼らにそれはできそうもないし、する気もない。 また、山中のヒッピー集団には合流しても良さそうに思えるが、どうもそれも違うらしい。ヒッピー集団側の都合もあるようだったけど、彼らの側も定住・農耕・集団生活には馴染めそうもない。 どうも、彼らの様子を見ていると、なにかに大きな不満があったり反抗しているというよりも、ただ、めんどうな日常や人間関係から無縁で自由に生きていきたいという、”現実逃避”のように見える。 面白いのは、途中で合流する、ハンソン(ジャック・ニコルソン)で、実力者の父がいて本人も弁護士という社会的地位と安定性のある人間であっても、ワイアット&ビリーと同様に現実逃避を求めている。「ニックニックニック!」ってハンソンの奇声が問答無用で現実逃避を肯定しているようにも聞こえる。(このシーン、全員ラリってたらしいので、あの奇声の真意は不明) そういう彼らを殺すのは、南部アメリカの閉鎖的な社会に生きる人たちだが、田舎の人は保守的だねぇと部分的に捉えるより、地縁や血縁という人間関係と、家族を養っていくための単調な労働による日々の生活を生きている人たち全体として捉えたい。当時の社会においては、当然こちらの方が正統派であり多数派。 ダイナーで町の住人が露骨に主人公たちを排斥しようとするのは、単に”よそ者”だからということではなく、彼らが日々縛られている生きるための地味な戦いを放棄するものへの本能的な嫌悪だろう。その嫌悪は、保安官という立場であってもなんら変わらない。 また、そういう責任にしばられていない少女たちの目から見ると、主人公たちがいかにも魅力的に見えるらしいが、これも、毎日を必死に生きる住民たちの逆鱗に触れたことは間違いない。 結局、生きるための日常を営まなければならない人々からすると、主人公たちの存在自体が許しがたいらしい。ダイナーの人々がハンソンを殺すのも、トラックの男たちが主人公二人を射殺するのも、しごく当然のことらしい。道徳的な抵抗感も罪悪感も見られず、冗談のように行われるのは、それが当たり前のことだからだ。 住民たちとは逆に、二人の主人公が全くの無抵抗に描かれていることで、確かに主人公たちを殺す側の理不尽さを際立てもしているが、主人公たちが求めた”本当のアメリカ”というものの弱々しさも象徴しているような気がする。ラストシーンの、なんの感傷もなく、かき消すような終わり方も、主人公たちの存在の儚さゆえか。 しかし、この映画から50年ほどが経って、米国はもとより日本ですら、できればややこしい日常から逃れて生きたいという個人主義的な考え方は増えてきている。かくいう僕も、できることならバイクにまたがって、目的地も定かでない旅に出たい気持ちをいつもどこかに抱えている。

  • 鑑賞日 2013/10/28

    5.0

    自由とは、自由とは、自由って、、? 「アメリカ人は自由を証明するためなら殺人も平気だ。個人の自由についてはいくらでもしゃべるが、自由な奴を見るのは怖いんだ。」 自由とは、あの保安官でありテキサス・レンジャーでありヒッピー村に住む者であり当時のアメリカだった。 リバティー リバティー リバティー・オブ・アメリカ キャプテン・アメリカスタイルよすぎ腰ぬけた、、、

  • 鑑賞日 2013/10/30

    栄耀栄華の生涯も帰すれば死出の旅路のみ

    THE・ニューシネマ

  • 鑑賞日 2013/7/6

    The Weightが流れる中、走るバイク

    音楽映画として当時は観ていた。 The BAND「The Weight」が静かに流れる中、 バイクの走るシーンがだいすきだ。 「Born To be Wild」のほうがバイクのシーンには合うのだろうが、 わたしは、曲の好みもあるのだが、 「The Weight」がだんぜん好みだ。 アメリカン・ニューシネマ、わたしの青春まっただ中のこと。 ジャック・ニコルソンの語る自由についての話が、 当時も今も変わらず心に残る。

  • 鑑賞日 2013/6/26

    衝撃的ラストは”不条理”なのか・・・

    当時のアメリカ社会の影・世相を鋭くえぐった傑作です。 物語前半、主人公ワイアットとビリーが広大な大地を颯爽とバイクにまたがって疾走する姿は その名の由来(ワイアット・アープとビリー・ザ・キッド)や”キャプテン・アメリカ”という ワイアットの通称、ヘルメットやタンクに描かれた”星条旗”からわかるように、 正に”自由の国アメリカ”を体現しているように見えました。 当時のアメリカは人権運動・反戦運動等、政府に反抗する活動は当たり前のように制裁が加えられ、 社会の中の”違和感”を暴力や死でもって排除する時代。 実はアメリカを体現していたのは彼らではなく、彼らを拒絶した南部の住民や警察だったんだと 感じさせられました。一見”不条理”に思える衝撃的なラストですが、 起こるべくして起こったのだと・・・。 ジャック・ニコルソン演じるハンソンの「アメリカ人は自由を証明するためなら殺人も平気だ。 個人の自由についてはいくらでもしゃべるが、自由な奴を見るのは怖いんだ」というセリフは 現代のアメリカにも当てはまる部分があるような気がしますね。 アメリカの大地を疾走するバイクと音楽のマッチングは秀逸です。

  • 鑑賞日 2013/5/12

    35mmフィルム上映。冒頭、フィルムのキズキズがひどかったけど、それもまた味。  ちゃんと観たのは実は初めて。最後、びっくりした。

  • 鑑賞日 1983/4/23

    アメリカン・ニューシネマ

    1983年4月23日、ACTミニシアターで鑑賞。 ストーリー的に、二人の男がバイクで走って、自由を求め、最後死ぬ、というものなので、内容があまり無い。そのあたりが、他のアメリカン・ニューシネマに見劣りする感あり。 アメリカン・ニューシネマの代表的存在ということで観たものの、自分としてはあまり面白くは無かった。 これ、大学生の時の自分の感想なので、今見ると印象異なるかもしれないが、再見はしていない。

  • 鑑賞日

    ただただ走るだけの映画と思ったら大間違い。

    この映画が’70年代アメリカを象徴する作品となったことをもっと再考しても良いのではないかと思う。これだけの走りに共感させられる映画はなかった。ただけだるいだけの社会と対峙する疾走感と、どうしようもない人間関係。’70年代固有のファッションが息吹いていると思います。 ピター・フォンダはともかくデニス・ホッパーもジャック・ニコルソンもこの映画に出演していたことを本人達が自覚していない、というところが凄い。

  • 鑑賞日 2013/5/25

    自由とはなんたるか

    話の中盤あたりのビリーとジョージの自由とは何たるかを話てるシーンが好きだなぁ。 そしてその後からキャプテン・アメリカの心情が変化していくのがよく分かりす。 やりたい事をやりたいように出来ても何故か浮かない顔をしているキャプテン・アメリカ を見てると切ないというかやり切れないというか・・・、そんな気分になります。 そしてあの終わり方で尚更そんな気分に拍車をかけられて。。。 でも、不思議と「あ、また見たいな。」と思うんですよね。 作りは荒いけど、製作者が伝えたいことがひしひしと感じる作品です。

  • 鑑賞日 2013/3/15

    スーパーマンみたいな場違いな衣装と改造バイクが気に入らない人たち

    例えば、今、スーパーマンの格好をした改造バイクの男たちが、田舎のBARに入って来たとしよう。ココが日本でも「変な奴来たなあ、かかわらないでおこう」とするのかもしれない。自由ってこういうことなのか?気になるほうもこんなことで「人殺し」ができるのか?もしそれが事実なのならば、アメリカ人はかなり幼稚であると思います。 そんな映画。やはり、好きになれない。この映画の言語が理解できンのです。

  • 鑑賞日 2013/3/11

    キャプテンアメリカ

    ピーターフォンダのでかさ。その全てのはまり具合。洗練された物腰と滅茶苦茶具合の妙

  • 鑑賞日 2008/9/9

    美しいアメリカと美しくないアメリカ

    この映画の主人公たちはLAからニューオリンズまでバイクで旅をする。 一応の目的は謝肉祭(カーニバルの一種、ニューオリンズのは有名らしい)に参加すること。時計を投げ捨てて出発するキャップテン・アメリカとビリー。 だけど本当は、何かを求めた旅立ったのだろう。それが自由なのか、やすらぎなのか、幻想なのかは何とも言えないけど。 このロードムービーで僕が見たものは美しいアメリカと美しくないアメリカ。 美しいアメリカ。 LAからニューオリンズの道中の広大な風景。乾いた空気にむき出しの岩肌、時折見られる息づく緑と水の清らかさ。そして真っ直ぐ一本に伸びる道。 騒がしい大都会をちょっと離れれば、こんな荒々しく美しい自然を感じられる。 そんな景色を疾走するのにステッペンウルフをはじめとするロックロールがよく似合う。 美しくないアメリカ。 世界の警察を自負したベトナムの失敗で臆病になったアメリカ。 自由を証明する為なら殺人も平気だと考える国アメリカ。 個人の自由についてはいくらでも喋るが、自由な奴を見るのを怖がるアメリカ。 怖がらせたら非常に危険なアメリカ。 これらの象徴が南部のレストランのシーンと驚愕のラスト。 これがアメリカン・ニューシネマなんだ・・・ よく聞く言葉ではあるが、詳しい概念までは知らない。 ただ、当時の社会情勢を反映した反体制思想の映画であり、アンチヒーローというかアンチハッピーエンドなストーリーというイメージである。 「明日に向かって撃て!」とか「俺たちに明日はない」、「スケアクロウ」とかね。 そんなアメリカン・ニューシネマの代表作をやっと鑑賞しました。 でも今見て良かったかも。 子供の頃に見たら、こんな風には感じず、かっこいいけどよくわからん映画で終わっていたかも。

  • 鑑賞日 2009/3/14

    旅は道連れ、世は・・・・・

    無口なピーター・フォンダがかっこいい。 アメリカ国旗の入った革ジャン着てチョッパーのバイクにまたがる・・・・・しびれるなぁ! 「BORN TO BE WILD」をBGMにバイクで疾走するシーンはめちゃめちゃかっこいい。 私はバイクはおろか、原付にも乗ったことがないのだけどバイクに乗りたくなっちゃう。 好きな格好をして好きなところへバイクで向かう・・・まさに自由の国、アメリカだけど 自由を貫くためにはさまざまな障害もある。 自分の自由を守るために他人の自由を認めない・・・・・そんな矛盾も感じてしまう。 ラストは私にとっては衝撃的な終わり方だけど、余韻の残る素晴らしいラストだと思う。

  • 鑑賞日 2012/8/12

    自由とUFO談義

    監督・脚本も兼ねるデニス・ホッパーの役名はビリー。製作・脚本のピーター・フォンダはワイアット。これはビリー・ザ・キッドとワイアット・アープからとったもので、馬の代わりにバイクで旅する西部劇なのだとホッパーは語っていた。しかしワイアットはビリーからキャプテン・アメリカと呼ばれ、背中には米国旗を背負い、国旗をデザインしたヘルメットを被っている。革新的なアメリカの象徴を自認する男は、やがて保守的なアメリカの暗部に呑まれていく。 旅の資金はコカインを仕入れて高く売った金。本人達も終始ラリっている。この辺りも僕には感情移入出来ない理由であろう。キャプテン・アメリカは旅立つ前に時計を捨てて行く。時間に束縛されないで生きること、それが自由への第一歩なのだろうか。 バイクでの移動シークエンスはステッペンウルフ、ジミ・ヘンドリックス等の音楽で綴られる。「ワイルドで行こう」は、この時代の音楽に疎い僕でも知っている。何もない、だだっ広いアメリカの風景は素晴らしく目に映る。この作品自体の理解には及ばなくとも、こういう場所でのこういう移動手段はさぞかし解放感があるだろうと思い馳せることは出来る。自由の一端を感じ取れたかも知れない。 しかし、この時代、あの派手なチョッパー・ハンドルのバイクと長髪を見ただけで、ホテルにも泊めてもらえない。自由を求めているのに、何と言う不自由か。 ヒッピーのコミューンから次の場所のパレードへのジャンプ・カットには意表を突かれた。てっきりまた音楽がかかると思っていたのだ。ここで知り合うのは市民自由連盟の弁護士と名乗るジョージ。演じるジャック・ニコルソンの顔つきは、やはり時折狂気が宿るようで怖い。酒を飲んだ時の奇妙な口癖とポーズは忘れられない。 このジョージを含めて野宿する三人の会話が興味深い。UFO談義でジョージは金星人が地球で活動していて、多くの人と既に接触していると言う。そういえば、たま出版の韮澤編集長も以前そんなことを「TVタックル」で言っていたのを思い出した。神のように自分を抑制すれば人間は飛躍し平等に進化できる、と言うがどう解釈したらいいのだろう。 また、「自由を説くことと自由であることは別だ。うっかり相手を自由でないと言ったら、自由を証明する為には○○…」とも言うが、後にこの言葉が証明されてしまうから怖い。 ルイジアナのカフェでは一触即発の雰囲気だ。若い女の子たちは三人を見てカッコいいと思うが、年配者にはその長髪やバイクが気に入らない。あからさまな悪口に、新しいものを認めようとしない狭量さや、偏見の恐ろしさが脅威に感じられる。どうしてそこまで敵意をむき出しにするのか分からない。南部へ行けば行くほど保守的な土地柄だという。ここにも彼らの居場所はなさそうだ。 ニューオリンズの娼館に行き、謝肉祭を見物する。その娼館の豪華な絵画を眺めるシークエンスで、突然関連の無いイメージショットが挿入される。それはラストで気付くことになるが、彼らの運命の暗示だろうか。 エンディングは唐突であった。結局彼らの求める自由など、幻想に過ぎなかったのか。それともこれしか自由になれる方法がなかったのか。これで彼らが自由を手にしたと言うならば、それこそ病んだアメリカの象徴と言えよう。

  • 鑑賞日

    古いアメリカ

    麻薬の密売で稼いだ金を持ってハーレーダビッドソンにのって旅に出る。 当時の若者文化や世相、時代背景を映しているのでしょうか。 昔のアメリカらしい作品ですね。 名作です。

  • 鑑賞日 2010/6/18

    悪たちの長い旅

    自分のBLOGより> この前、あのデニス・ホッパーさんがなくなって しまいました その追悼としてテレビでやっていました。 ものすごい人気のある作品なのだが、 どう考えてもミュージック・ビデオを観ているようにしか 思えなかった。 斬新なカメラワーク、どこか心に響くビート凄く 詩的で良かったです。 しかし、内容はただ悪たちが自由を求めて旅するだけ という薄いもので、背景もどこかB級感があって 違和感を感じた。 しかし、そこがいいのだ。 まるで、デニス・ホッパーの人生の縮図とも思える この作品は後世に語り継がれるだろう...。

  • 鑑賞日 2011/6/2

    アメリカン・ニューシネマの代表作となっている本作。事の発端はパレードの無邪気な映像を8mmで撮影した映像を映画化しようとするところから始まる。このまとまりがない映像を編集し 、素人同然の映像をテリー・サザーンの脚本と撮影監督のラズロ・コバックスの参入で作品としてどうにかまとまった。(たしかに、そこのシーンだけは異質で浮いています。)新旧のそれぞれの世代の受け入れがたい反目がテーマである。主人公二人は、新のほうだが、新という若者側でも、主義・主張の違いがあることを、冒頭のヒッチハイク男のヒッピー村のシーンに集約している。その村自体が浮いているのに、新参者の『自由さ』を拒むという当時の若者の閉塞感も見せつける。しかし、全編を通してアメリカ主義の崩壊、徴兵制逃れを中心とした古い体質への抵抗などアメリカの暗部を撫でるような演出は見るシーンによっては重い。バイクで許可をせずパレードに参加し、警察に留置される姿は、バイクは体の一部だから、それを離す事はできないという、身勝手な若者心理だが、この辺から作り手側のなんとも言えない作為も感じられる。野宿中の襲撃、終盤からラストの惨劇など虫けら扱いも同然で、ベトナム戦争と同様に個人の命や尊厳を、見るも無惨に叩き潰す。 当時のアメリカが偽りの仮面をつけていたかのように。それを踏まえれば、南部の謝肉祭へいくという設定は、ホッパーの8mm映像がそうだったからそうしたのか、南部の古い体質が当時の閉鎖社会にマッチングしていたからなのか、あえて行かせることが審判だったのか?今ではわからない。獄中で知り合った酔いどれ弁護士役をジャック・ニコルソンが怪演している。この演技だけでその後の映画すべてに共通する演技力が見え隠れしています。★★★★世の中に抵抗するというのはわからないではないが、バイクからの彼らの行動が、いまいち腑に落ちない。それがヒッピーなのか?

  • 鑑賞日 2011/8/21

    【 イージー・ライダー 】 を観て

    兎にも角にも、デニス・ホッパーの髭が好きだ。

  • 鑑賞日

    Take it easy, man.

    自由を求め続ける姿は、人々にとってジェラシーの的になってしまう。 それでも自由を求める姿がかっこよかった時代。 感情のキャパシティが今よりももっとずっと広い気がする。 実験的な映像もすごい。 長髪、バイク、ライダー最高。

  • 鑑賞日

    イージー☆ライダー

    この映画はいい映画ではあるが、徹底して許せないことがある。アメリカンニューシネマなのにここ最近のDVDパッケージが「イージー☆ライダー」となっている事だ。ボーントゥビーワイルドのイメージしか持たないままこの映画を見てしまったので本当に大変だった。正直、この映画は自分には合わない。いい映画なのは解る。ジャック・ニコルソンが殴り殺されたあたりで全てを悟った。完璧なまでにアメリカンニューシネマとして自由に対する答えを出している。しかし、こんな悲しい話はみたくなかったのだ。アメリカンニューシネマなんて見たくなかった。なのにイージー☆ライダーなんて表記されたら誰だって陽気にバイク転がす映画だと勘違いしてしまうだろう。許せない。