PROGRAM

放送作品情報

華麗なるギャツビー(1974)

THE GREAT GATSBY 1974年 アメリカ / 144分 ドラマ

愛のためにすべてを捧げた男が紡ぐ、華麗なる世界。アメリカ文学の名作を豪華絢爛に映像化
解説

ディカプリオ主演でも映画化された、米文学史に残る名作の、74年ロバート・レッドフォード主演版。アカデミー賞衣装デザイン賞を獲得した華麗なるラルフ・ローレンのコスチュームが見事!

ストーリー

時は1920年代。若き大富豪ギャツビーは、邸宅で夜ごと派手な夜会を催していた。移住してきた隣人ニックも招待され、やがて彼はギャツビー氏の過去を知るようになる。貧しかったギャツビーはかつて愛した女性デイジーが金持ちと結婚したと知り、彼女を取り戻すため汚い手も使い上流社会でのし上がっていったのだ。億万長者になったのも毎晩の夜会も全ては愛のためだった。そしてついにギャツビーとデイジーに再会の時が訪れる。

出演

※(声優)は吹き替え版作品が放送される場合の情報です。
字幕版、吹き替え版については、放送日時横のアイコンでご確認ください。

ロバート・レッドフォード (森川智之)
ミア・ファロー (石塚理恵)
ブルース・ダーン (家中宏)
ほか

字幕/吹替
字幕 吹替
掲載制限
なし
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド画面
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日 2019/10/20

    F・スコット・フィッツジェラルドの代表作である恋愛悲劇の映画化作品。脚本はフランシス・フォード・コッポラ。 主演のレッドフォード以下、ブルース・ダーンやサム・ウォーターストン等、俳優として一番充実した時期らしく演技が輝いている。 欠点といえば、ヒロインのディジー役、ミア・ファローがどうもパッとしない。富豪でイケメン、頭も切れるキャラのギャツビーがメロメロになるような魅力を演出できていない。むしろジョーダン役のロイス・チャイルズの方がイイ女に見える。 そして女優陣の中ではカレン・ブラックが上手い!短い出演時間に汚れ役ではあるが、印象に残る芝居を見せてくれる。 物語の結末は強引な展開が不満。いくら何でも偶然が重なりすぎでしょ。 ネルソン・リドルによる音楽、アーヴィング・バーリン作の主題歌『What'll I Do』が美しかった。

  • 鑑賞日

    ダンディなレッドフォード

    衣装やメイクや家具調度など、見事に再現された20世紀初頭米国の風俗描写や、いつもながらにダンディなR・レッドフォードの役にはまった好演に魅せられる。ただ、平板なドラマ展開の141分はかなり辛いものがある上に、ヒロインのM・ファーローが個人的趣味嗜好に合わずのこの点数。

  • 鑑賞日 2018/12/15

    ロバート・レッドフォードって嫌みの無いイケメンですね

    ギャツビーは哀れな男だ。 好いた女が貧乏人とは結婚できないと言ったら、一生懸命になって金持ちになる。だが、好いた女の轢き逃げの濡れ衣を着せられた上に殺される。しかも好いた女はそれをギャツビーに負わせたままに、浮気をしている今の亭主と何食わぬ顔でいる。 こんなことになっては、苦労して金持ちになった意味がまるで無駄だったということになってしまう。 結局、金持ちの身勝手さに潰される非情さを感じさせる。 ロバート・レッドフォードのいかにもアメリカンな二枚目よりも、アラン・ドロンやジェラール・フィリップのような陰りのある俳優が良かったかもと思う。 しかし、元が貧乏人で純粋に好いた女のために苦労するというのは、邪心が無い。そうなるとレッドフォードのような健康的なイケメンがしっくりいくのだと思う。 夏の季節を強調するように額の汗をしっかり見せる。この暑さのなかで、その熱気の中で頭がのぼせたのだろう。恋に振り回され人生を終わらせてしまった。ご同情申し上げます。 それにしてもセレブは暑い季節もスーツをピシッと着ているから大変だねえ。

  • 鑑賞日 2013/7/15

    リメイクを映画館で先に鑑賞していたんですが、レッドフォード版をようやく鑑賞しました。ミア・ファローは小悪魔っぽくて素敵でしたが、レッドフォード苦手だし、他の登場人物はリメイクの方が良かったかな。3Dで観たからかもしれないけれど、ディカプリオ版は劇的な感じがしたしなぁ。ニック役がトビー・マグワイアだったことも魅力のひとつかも。オリジナルもパーティーシーンや衣装は素敵でしたよ♪

  • 鑑賞日 2018/8/2

    「華麗なるギャツビー」を観た。くだらない相手との恋に燃えて下らなく死んでいく。この人生はいったい何なのか。途中で下らないオンナだと気付けよ、と思うのだがそれでも突っ走っていくのは若さゆえか。しかしRレッドフォードはちょっと見た目が健康そうすぎないか。もう少し陰のある人はいなかったんだろうか。なりあがりな感じがしないんだよな~。

  • 鑑賞日

    儚い純愛物語

    同じ時期に公開された「追憶」という映画にもロバートレッドフォードは主演していて、どちらのロバートレッドフォードがよいかとよく比較されていた。多くの女性は「追憶」の主人公の軍服姿のほうが凛々しく、華麗なるギャツビーのような、当時の高級そうな最新ファッションに身を包んだ主人公より、断然かっこいいという評価だった。ただ、個人的にはこちらのほうが、一途に一人の女性を想う主人公に大いに感情移入してしまい、はかない純愛物語のほうが好きだった。

  • 鑑賞日 2017/8/22

    不倫にひき逃げに…まともな人間はいないのか!働き者のウィルソンさんが気の毒。レッドフォードっぽくないヤな金持ちやなーなんて思ったけど最後の最後にわかる、ただの成金じゃなくて一途な努力家なのだと。 70年代の水着がツボ。

  • 鑑賞日 2017/1/16

    かわいそうなギャツビー

    ギャツビー(ロバートレッドフォード)とは何者か。開始30分頃まで姿を見せない謎の男。 実はニック(サム・ウォーターストン)のいとこデイジー(ミア・ファロー)と大いに関わり合いのある男だったが、ニックはそのことを知らない。 ギャツビーとデイジーは愛し合っていたが、デイジーは金持ちと貧乏人とは結婚できないと金持ちと結婚してしまった。しかしその夫も浮気をしていて夫婦仲はうまくいっていない。 ニックの仲立ちでギャツビーと再会したデイジーは次第にギャツビーにのめり込んでしまう。 人間関係は単純で、ニック、デイジーとギャツビーそれにデイジーの夫トム。そしてトムとガソリンスタンドの女房マートルの浮気関係。マートルの夫ウィルソンが主要な登場人物だろう。 最後はいろいろな因果関係が巡ってギャツビーは殺されてしまう。悲恋の物語であると共に金持ちの身勝手さも描いている。

  • 鑑賞日

    小説の方が

    悲しくて人物描写が深かったような気がする。 映画版はずいぶん娯楽面で配慮されているように思うけど、 それでよいのかもしれない。

  • 鑑賞日 2016/11/23

    哀れ

    哀れな映画だ。

  • 鑑賞日 2016/5/4

    村上春樹翻訳の原作を

    読んでも、正直そのよさが全くわからなかった。今回、改めて映画を観たが、感想は同じです。第一次世界大戦前の米国の社交界の退廃を描いたとかされてますが、ウ~ン、分からん!成金が上流階級を目指すという点では「太陽がいっぱい」を彷彿させます。

  • 鑑賞日 2016/4/24

    一途な愛が身を滅ぼす

    若い頃の恋人を忘れられず、彼女に見合う人物になろうと退役後成り上がった男・ギャツビー。物語では過去のことはあまり描かれておらず、二人のラブロマンスに共感はできない代わりに、彼女の身勝手な夫の振る舞いを描くことでまた、ギャツビーの一途さゆえの身勝手さも次第に明らかになっていく。語り手である主人公の例のように、男性からみたフィクションとしての恋愛と捉えれば、評価される作品になるのか。

  • 鑑賞日 2016/4/4

    最後まで全てが曖昧に

    ギャツビーを中心とした様々なラブストーリーであるが、 最後まで全てが曖昧に感じてしまった。

  • 鑑賞日

    面白かった記憶あり

    もう忘れちゃったのだが。 ロバート・レッドフォードもミア・ファーローもいかにもで映画の雰囲気にあっていた。 《華麗なるギャッツビー》はこの頃のアメリカ小説では一番最後に読んだと思う。多分40代で。短いのに強烈に面白い小説で、10代20代で読んだヘミングウェイやスタインベックよりずっといいと思った。 再見したい。

  • 鑑賞日 2016/3/20

    華麗とは真逆の汗、汗、汗・・・

     隣に越してきた謎の大富豪の一途な愛を隣家に住む男ニックの目を通して描く密度の濃い人間ドラマ。それをジャック・クレイトン監督が個性的な役者たちを使ってその魅力を充分に引き出してみせている。少なからぬ登場人物のいずれもが過不足なく描き込まれていることに感心してしまう。これはもちろん原作がもつ力なのだろうけど脚本のコッポラの筆力も預かってのことだろうと思われる。  語り部たるニックを除いたトム(ブルース・ダーン)とデイジー(ミア・ファーロー)の裕福な夫婦と対照的に自動車修理をささやかに営むジョージ(スコット・ウィルソン)と妻マートル(カレン・ブラック)夫婦。この四人に加えデイジーの親友ジョーダンらを加えた男女のもつれた愛情の行方がサスペンスフルに展開していく。映画が醸し出す重厚な重みはこれが文芸作品の傑作であることを証明してもいる。  部屋に集まる登場人物の表情には異常なほどの汗が吹き出ている。いくら夏だからとはいえこの演出は明らかに意図的なものだろう。この手に汗握るような人間ドラマにはその吹き出た汗こそ似つかわしい。中でも人間の醜さが吹き出る瞬間がラストに登場するデイジーのシレっとした態度だろう。その歪んでしまった内心を物語るミア・ファーローの演技が見ものである。

  • 鑑賞日

    構成が巧い

    上流階級の暮らしぶりには興味がなく、いわゆるお金持ちは興味が無いので映画はひどく退屈でした。所が後半近くがぜん面白くなります。もしかしてコッポラの脚本が巧いのか、わざと前半は面白くないように構成されてるのか、原作が素晴らしいのか、いろいろ考えさせられました。

  • 鑑賞日 2016/3/12

    「可愛いおバカさん」

    ◎ 封切の時に『かもめのジョナサン』との2本立てで観た。その時はまだ原作を読んでいなかったと思う。その後、野崎孝や村上春樹の翻訳で3回は原作を読んでいる。誰でもいいとは言わないが、ギャツビー役はどんな男優がやってもそれなりのギャツビー像が出来上がりそうだ。しかし、デイジーがミア・ファローではまずい。ミア・ファローは好きな女優だ。ロンドンの街をほっつき歩いたり、ウディ・アレンと丁々発止でやり合ったりするのはいいが、映画の中のセリフにあるような「可愛いおバカさん」からは程遠い。なにしろ、悪魔の赤ちゃんまで産んでしまう女なのだ。ディカプリオ版は観ていないが、キャリー・マリガンの方がずっとイメージに近いのは確かだ。 ◎ 映画は原作にかなり忠実である。「お金持ちのお嬢さんは貧乏な男とは結婚しないものなのよ」というデイジーの言葉に象徴される社会が生み出した悲劇を分かりやすく見せてくれている。最後の空港の待合室のシーンは原作にはないと思ったが、コッポラが挿入したこのシーンは切ない。

  • 鑑賞日 2016/3/1

    音楽がとても良い

    コッポラの脚本だったんですね。カレン・ブラックは自分で暴走して死んだものと思っていましたが、そういう事だったんですね。それぞれの役者がとてもいいです。ミア・ファローは最高です。

  • 鑑賞日 2016/3/1

    比較して見てみた

    1974年版、ロバート・レッドフォードとミア・ファローのほうです。このあいだデカプリオとキャリー・マリガンの2013年版を見たので、対比でますます面白い。あっちは美術映画といえるほど、きらびやかで華やかでうるさくてゴージャスだったけど、こっちは「ドラマ」。豪華さを引き立たせることなく、静かな独白で語られていきます。人間をそのまま描こうとする態度は普通に正しいんだけど、主役の二人が、2013年版ほどズンとこないし、ギャツビーという男の狂気は伝わってこない。 オープニングではとんでもない豪邸の無人のプールが映されていて、原作を読んでいなくても「サンセット大通り」を思い出して不吉な気持ちになります。 辻にそびえる看板の眼鏡の中の目と、その向かい側の整備工場は、セットを使いまわしたんじゃないかというくらいソックリですね。 キャリー・マリガンの暖かく小柄でキュートなデイジーと違って、ミア・ファローが演じるデイジーの「キャハハ~!」はデリケートでちょっと神経症的。ニック・キャラウェイは、こちらは真面目で律儀で汗っかき。トビー・マグワイアの「積極的によき傍観者たる」態度と比べて、ずいぶん消極的です。 そしてロバート・レッドフォード。モデルばりの美形すぎて、汚いビジネスをやっている感じがしません。デカプリオの、どこかシチリアマフィアふうの恰幅、感情の振れ幅の大きさのほうが、つかみどころのないギャツビーという役柄に合ってる気がします。先にそっちを見たからかもしれないけど。 人間の歯をカフスボタンにした怪しいビジネスを営むウルフシャインは、1974年版ではアメリカ人俳優が演じていて、2013年版でインドの大俳優を使ったのと比べると、怪しさ半減。 後半のストーリー(辻の看板と整備工場の事件以降)は、旧版も新版も舞台しつらえはよく似てます。 デカプリオとトビー・マグワイアのおかげで、やっぱり2013年版のほうが切なかったなぁ。。。

  • 鑑賞日 2016/2/28

    最初から裕福な家柄とのし上がってきた人物では価値観がこうも違うのかと感じさせる.ロバート・レッドフォード演ずるギャッツビーは一途で立派な男性だけどラストはあまりにも悲しい.デイジーが身勝手な印象しかない.

  • 鑑賞日 2016/2/29

    フィッツジェラルド

    原作は悲劇なのだが、伝わってこない。ギャツビーが惹かれているデイジーがそれほど魅力的に描かれていない。「フォローミー」であれほど魅力的な女性を演じていたミア・ファローが残念だ。

  • 鑑賞日 2016/2/28

    ロストジェネレーション世代作家の代表であるスコット・フィッツジェラルドの原作としてあまりにも有名だが、最近(2013年)ではレオナルド・ディカプリオ、キャリー・マリガン主演で再映画化(しかも3Dで)されている。オリジナルとも言える本作はロバート・レッドフォードとミア・ファローが主演。全盛期のレッドフォードのハンサムでダンディなスタイルはある意味で“ギャッツビー”のイメージを確立したかもしれない。リメイクされるまで40年も空いたのは“ギャッツビー”役をやりたがる男優がいなかったせいもあるのかもしれない。(その点ではディカプリオのチャレンジ精神は大したもの。) 他人の男と結婚してしまった昔の恋人を思い続け、その気持ちを取り戻す為に他人から成金趣味と言われようが何しようが関係なく破滅的な努力をする男心のせつなさ。しかも、最後は愛する女の身代わりとなって撃ち殺されてしまう。それに引き換え女心の何と現実的なこと。“金持ちの娘は貧乏人の男とは結婚出来ないのよ”、愛と結婚とは別物というのはいつの世でも変わらぬ真実ということか。

  • 鑑賞日

    原題はThe Great Gatsby、

    偉大なるギャツビーです。華麗なる、って誰が付けたんだろう。誤解を招く邦題だなあ。 ほとんどバカじゃないかというほどの超ロマンチック男がギャツビーです。しかも、惚れ込んだデイジーは詰まらぬ俗物に過ぎない。そんなギャツビーを敢えて偉大と称するところに、この作品の真意が隠れているわけです。 まあ、文学の映画化は難しいものではあります。

  • 鑑賞日 2012/1/31

    ラルフ・ローレンのピンクのスーツ。

    いわゆるローリング・トゥエンティの青春群像を描いたフィッツジェラルドの名作を映画化。 第一次大戦後のアメリカ、大恐慌に突入する前の好景気に沸いた時代が背景。 ギャツビーは(R・レッドフォード)、貧困で泣いた悲恋を胸に秘めつつ、大富豪として社交界に登場した。 その悲恋の相手のデイジー(M・ファロー)は、夫トムの浮気に悩まされるセレブの夫人だった。 焼けぼっくいに火がついたのが本作の骨子。間に入ったのが、ニックで本作の語り部ともなる。 さらにはトムと浮気相手のマートル、その実直な自動車修理工の夫もドラマの重要なピースとなる。 良く出来たメロドラマであると同時に、時代の上っ面を泳ぎ渡るセレブの身勝手な生活を強烈に皮肉る。 道路脇の朽ち果てたメガネの広告看板が象徴的に使われる。 エアコンのない時代、この一夏の出来事に、じっとり汗の浮かぶ顔が、実相を示しているようにも思える。 音楽はネルソン・リドル、いわゆる懐メロ風で作品にピッタリと寄り添う。

  • 鑑賞日 2014/2/14

    女に惚れた男は一途でバカ

    第一次世界大戦後の米国東海岸。 上流階級が暮らすその地に、若き富豪ジェイ・ギャツビーはひとりで大邸宅に暮らし、週末ごとに盛大な夜会を開いておりました。 それというのも、ギャツビーがかつて惚れた上流家庭の娘・デイジーを待ち焦がれていたからでありました。 一方、デイジーは同じく上流階級のトム・ブキャナンと結婚して一女をもうけておりましたが、結婚生活はあまり幸せではありません。 というのも、夫トムはデイジーへの愛が薄く、下流庶民の女房を浮気をしているからでありました。 そして、ある日、ギャツビーはデイジーと再会し、それが悲劇の幕開けとなるのでありました・・・ と、まぁそんなハナシです。 メロドラマであります。 女に惚れた男は一途でバカであります。 滑稽といえば滑稽であります。 上流階級のスタイルで、格好いい恰好をしていれば、それなりに格好いいのでありましょうが、やはりバカであります。 デイジーは、どうみても、情緒不安定な金持ち娘に見えません。 初めて登場するシーンでは、あまりの白塗り化粧のため、鼻の下の薄青い影が恰も髭剃り痕にみえてしまい、げげげげ、であります。 これに惚れてしまっては・・・むむむむ、です。 デイジーの夫も品がなく、さらに彼の浮気相手もエキセントリックすぎて、こりゃ堪らん、我慢ができません。 とはいえ、フランシス・フォード・コッポラの脚本は、女に惚れた男の滑稽さとメロドラマを巧みに紡いでおり、なんだかなぁと思いつつも、140分の尺を飽きさせません。

  • 鑑賞日 2014/4/29

    テレビ放映、VHS、そしてハイビジョンの三回目の鑑賞。

     レッドフォードの億万長者ぶりが、よく解らず。    リメイクの勝ち。     ミア・ファローにはわるいが、キャリー・マリガンが相手じゃ勝負にならない。     スコット・ウィルソンは良かった。

  • 鑑賞日 2014/9/11

    2013年のやつ見て、すごい好きだったから本も読んだし、今回1974年のも見てみた。 やっぱり2013の方が豪華だし楽しめたかな。 でも1974のは昔のわりに古くさくなくて見やすかった。 ギャツビーもデイジーもどうしようもない。 ニックはいいやつだ

  • 鑑賞日 2014/7/21

    “お昼のメロドラマ”を見ているような気分

    1920年代のアメリカ上流社会を舞台に、富裕層への野心と愛する女性への想いでのし上がった孤独な男、ジェイ・ギャツビーの姿を描いたドラマです。 日本で言う、“お昼のメロドラマ”を見ているような気分にさせられ、正直あまり魅力ある作品とは思えませんでした。一代で財を成した野心溢れる男を演じるには、ロバート・レッドフォードではちょっとスマート過ぎる気がしました。 純粋すぎるギャツビーと打算的なデイジーは決して結ばれることが無い運命だったんでしょう。最初の別れをそう捉えていれば・・・。彼女との出会いはキャツビーの人生を狂わせたのか、それとも素晴らしく輝いたものにしたのか、その答えは彼自身にかわからないのかもしれませんね。

  • 鑑賞日

    授業で本を読んでいたのでそのときに見たんですが、えっそんな話だったっけ?ていうところがたくさんあって、じぶんの理解力のなさに絶望した覚えがあります。

  • 鑑賞日 1977/11/30

    テレビで。

     映画館で見なかった。     脇のスコット・ウィルソンが光る。     水野さんの枠で。

  • 鑑賞日 2013/7/29

    うーむ、比べてみるとバズラーマン、ディカプリオ版はかなり良くできてるんだわ。 ドラマチックな展開になると映像の中にきらめきが出てきてまあダサい。 あと、とにかく説明不足で話の展開に唐突感が多い。

  • 鑑賞日 2013/8/4

    夏の終わり

    誰もいない大邸宅の中の風景が映し出されるタイトルバック。黄色い車、デイジー(ミア・ファロー)の写真。机の上の食べかけのサンドイッチに蝿が止まっている。誰からも忘れ去られたような屋敷は、それが大きいだけに漂う寂寞感も否応なく増幅されて感じられる。 この物語をじっと見守っているかのように、メガネをかけた冷たい目が印象的な看板が何度も登場する。ギャツビー(ロバート・レッドフォード)邸で繰り広げられる大人数のバカ騒ぎパーティの理由を、見抜いているかのようにオーバーラップする。この物語の語り部は、ギャツビー邸の隣に住むニック・キャラウェイ(サム・ウォーターストン)なのだが、この看板はもの言わぬ、もう一人の目撃者である。 このメガネの看板は全編を通じて度々登場する。ニックを乗せたジョーダンが乱暴な運転をして他の車と接触しそうになった時も、冷徹な眼差しで見つめていた。場所が場所だけに、伏線とも言えそうなシーンである。 トムとの出会いを語るマートル役のカレン・ブラックの瞳が光る。これは照明の当て方なのか合成なのか、とにかく本当に瞳が光るのだ。後にギャツビーとデイジーの会話シーンでも、レッドフォードやファローの瞳が光る。愛を語る時、その瞳は文字通り輝いて映るのだろう。 ギャツビー邸に集まるご婦人たちは、みんな小型犬を膝に抱えている。1920年代の上流階級の人々の証しだろうか。流れる音楽はチャールストン。特徴のあるダンスを踊っている。大恐慌前の、狂騒と言われた浮かれた時代を象徴しているかのような、今観ると夢のような空虚な喧騒である。 ギャツビーがニックの前にようやくその姿を現す。振り返るロバート・レッドフォードはやはりカッコイイ。歯を見せて笑う笑顔は、まるで練習したかのようなぎこちなさ、わざとらしさが感じられる。後にトムと喧嘩をしそうになる時も、この白い歯を見せるのだが、これはギャツビーがいざ行動を起こそうとする時の、気合いを入れるためのアクションなのかも知れない。 デイジーとの再会シークエンスでは、ディカプリオ版は雨でずぶ濡れになってその動揺を表現していたが、レッドフォードは前日の芝刈りをさせようというシーンで濡れていた。当日のロケの日はピーカンだったようで、雨ふらしをやったのかも知れないが、画面からは雨は感じられなかった。ただ、家の軒下から水の滴が垂れていたことと、「雨がやんだ」というセリフで、ようやく雨だったと分かった。 ギャツビーはずっと彼女のことを思い続けていた。いざ再会したのはいいが、なかなか彼女の傍に近寄れない距離感がもどかしい。確かに彼女は今人妻である。デイジーの本心を見極めたかったこともあるだろう。おそらく危ない橋も渡って来た男だと思うが、愛する女性に対しての、これほどまでのうぶさはどうだ。ギャツビーはあの夏を取り戻したかった。物語も終盤は夏の終わりである。身も心も開放的だった夏。その季節の終わりは、やはり淋しい。 事件の後、ギャツビーはプールで待っていた。この時カーテンの後ろに一瞬…。これはギャツビーの妄想なのか明確には示されないが、未練を象徴するような、効果的なショットであった。 オープニングタイトルと対になるようなエンドタイトル。同じ画なのかも知れないが、終わりの方が画面が暗く感じられる。サンドイッチを誰が食べていたのか、ようやく分かった。

  • 鑑賞日 1974/11/21

    ジャック・クレイトン

    1974年11月21日に鑑賞。高知・土電ホールにて。当時、地方では2本立てで封切られていた。同時上映は同じくパラマウント映画=CIC配給の「かもめのジョナサン」。 映画のルックはすばらしい。ダグラス・スローカムの撮影がすばらしい。

  • 鑑賞日 2013/6/24

    ギャツビーが

    長年の恋を取り戻すために デイジーに近づこうとするギャツビー。 感動作でした。 最後は悲しい流れになってしまった・・・本当に愛した男が犠牲になった 女は愛する男が自分のせいで死んでも強く生きて行く。 女っていつの時代もそんな生き物なのかもしれない。

  • 鑑賞日 2013/6/22

    思い出は取り戻せるか

    美しい映画ですね。 2013年版と比較しても、当時のことを思うとその豪華さに圧倒されます。 デイジーという富豪の女性を中心に彼女の揺れ動く心情を描く作品です。 冒頭のシーンが意味深です。 テロップとともにギャツビー邸の化粧台に豪華な調度品が並んでいて、鏡台の片隅に食べかけのパンがあって、そこにハエが止まっているんですね。 そしてパーティのシーン。このシーンがまた見事なんですね。 そしてこのパーティに群がるハエ。 これがバブルなんでしょうか? デイジーを愛し続けたギャツビーの心象風景が飾られます。 印象的なシーンに、家中の洋服を放り投げて騒いで、デイジーがそこで泣くんですね。泣く。 この感情が貧しい私どもにはわからない。 思い出を取り戻すことができるかどうかがこの物語の中心にあるんです。 しかしデイジーは両方の男性のそれぞれに思い出を残してゆく。 ギャツビーの人生の乱気流を最後の最後に充実した表現でうまく示しますね。 2013年版が加工された豪華さと美しさだとすると、こちらは本当にお金をかけた美しさ、そして豪華さですね。 ギャツビーが自動車工場の男に殺された後、その妻をひき殺したのが誰なのかはこの映画でははっきりしません。 藪の中。 こういう終わり方もいいですね。 まあとにかく豪華さと豪華さの連続。 その映像に圧倒されます。 久しぶりに見た映画は2013年版とは違う味わいがありました。

  • 鑑賞日

    ミア・ファロー

    旧ABCホールの最前列で見、首が痛かったことを今でも昨日のように覚えています。ローズマリーの赤ちゃん、フォロー・ミー、この映画、ミア・ファローはウッディ・アレンと結婚したその頃までは輝いていましたね。音楽がまた良かったですね。最近は口ずさみたくなるような良い曲が無いですね。記憶力の衰えもあるのでしょうけど…。

  • 鑑賞日 2013/6/15

    華麗なシーンは美しいが…

    ロバート・レッドフォード、ミア・ファロー主演のこの映画、綺麗な衣装を着た人たちのパーティ場面や調度品など、その華麗なるシーンが美しい。 しかし、物語のテンポがゆったりしているので、眠くなりそうである。(2時間23分間、寝なかったが…)この映画は、睡眠十分とった時に観る方がベター。 しかし、ロバート・レッドフォードは愛を貫く立派な男であり続けた一方で、ミア・ファローは自分勝手過ぎる。「オイオイ、ひき逃げで人殺しまでしていて、それは無いだろう!」という感じ。そんな女の旦那の叫び声に起因して、ロバート・レッドフォードがプールで射殺されるラストは悲劇。

  • 鑑賞日

    なんだよ、これじゃただのメロドラマじゃん、と当時思いました。

    この映画で失敗した所を”敢えて”言いましょう。 「華麗なる」の部分を頑張りすぎました。 以上です。 所詮アメリカの’70年代にこのような映画が作られても、全く真実味に欠けますよ。 そもそもアメリカが’30年代に体験した世界恐慌前の社会がこういう雰囲気であったかも疑わしい。 全然面白くなかったなあ。嘘臭くて。 それは自分が貧乏だったかもしれないけどな。

  • 鑑賞日 2007/12/2

    私には理解できない世界

    F・スコット・フィッツジェラルド原作、フランシス・フォード・コッポラ脚本による アメリカ上流階級が舞台のお話。 しかし、私にはいまいち感情移入できなかった。庶民の私にはわからない世界だから!? 主人公はニックなのですが、とっても寡黙な人物でほっとんど何も言わない。 (ニックは夫妻ほどお金持ちではないので言えないのかも。) ギャツビー氏の立ち回りもなんだかよくわからなかった。 優しいんだか、なんだか・・・・。 デイジーの態度が一番煮えきらなくって 最初は夫に不倫されてて同情的に観ていたのだけど 最終的に彼女のいう事なす事ほとんど全てにどないやねん!とつっこみたくなってしまった。 ギャツビー氏が1人でからまわってしまった感じになり結末も哀しかった。 ニックにはちゃんと本当のことを言ってほしかったなぁ。 まあ、トム夫妻に真実を告げたところで何か変わったとは思えないけど。

  • 鑑賞日

    せつないなあ〜

    戦争へ行っている間に恋人が別の人と結婚。 総てをかけて恋人を取り戻そうとするギャツビー。 その努力がもの凄く、そしてせつない物語です。

  • 鑑賞日 1991/11/14

    ギャツビ―は化粧品ではない

    日本人の私から見てこのデイジー(=ミアファロー)のキャステイングは理解できない。レッドフォードのギャツビ―も美しすぎてその内面が伝わらない。再映画化が望まれる。

  • 鑑賞日 2010/5/29

    ミステリアスな人物ギャッツビーとは?

    自分のBLOGより> F・スコット・フィッツジェラルドの不朽の 名作であると同時に最近分かりやすくした漫画版 (日本の漫画家が描いた)が発行された作品の映画化。 あまりの詩的で抽象的すぎる描写の数々に圧倒されて、 理解不能に陥ってしまった作品。 ほんと全然分かりませんでした。 この映画のストーリーは以下の通りだそうです。 ギャッツビーの過去をしらない参加者ばかりのパーティ に行ったニック・キャラウェイは彼の過去を知る。 ・ギャッピーはダコタの農家に生まれ、 17歳のとき鉱山成金に拾われた。 ・元陸軍少尉 ・デイジーと熱愛になるが、フランス戦線に派遣される。 ・5年後、この大豪邸でデイジーとの再開を待っていた。 ニックはギャッツビーとデイジーの再開の仲介人と なるのだが、事件が起きてしまう...。 このストーリー展開を見て、 「文芸的難解さを誇る」と思った。 忍耐力があるひとは是非とも挑んでもらいたい作品である。