PROGRAM

放送作品情報

哀しみのトリスターナ

TRISTANA 1970年 イタリア フランス スペイン / 100分 ドラマ ラブロマンス

カトリーヌ・ドヌーヴの身の凍るような美しさに釘付け…、『昼顔』のコンビで綴る愛憎文芸ドラマ
放送日時
2019年11月12日(火) 10:00 - 12:00
2019年11月23日(土) 06:00 - 08:00
2019年11月27日(水) 08:15 - 10:00
解説

コメディにアドベンチャー、不条理映画にアート系…、幅広いジャンルの映画を撮った鬼才ルイス・ブニュエル監督が『昼顔』に続きカトリーヌ・ドヌーヴを主演に起用、老男性と少女の因果な関係を描いた小説を映画化。

ストーリー

両親を失った16歳のトリスターナは、亡き母の意向で貴族のドン・ロペの養女となる。ドン・ロペは女性が好きで、通りすがりの女性にも声をかける。当然、瑞々しい美しさにあふれるトリスターナを娘として見続けることはできず、とうとう関係を持ちトリスターナを束縛し始める。最初はドン・ロペの言いなりになっていたトリスターナ。しかし次第に彼への嫌悪が募り、偶然出会った画家の青年と恋に落ち2人で街を出たのだが…。

監督・脚本

ルイス・ブニュエル

出演

カトリーヌ・ドヌーヴ
フランコ・ネロ
フェルナンド・レイ

字幕/吹替
字幕
掲載制限
なし
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド画面
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日

    夢の中の生首だけでは脂の抜けたブニュエル作品

     原題"Tristana"で、主人公の女の名。ベニト=ペレス・ガルドスの同名小説が原作。  両親を亡くし初老の没落貴族ドン・ロぺに親代わりとして育てられた美しい娘トリスターナの物語で、女との情事が人生であるドン・ロぺは、友人の妻と無垢な娘にだけは手を出してはならないという戒めを破って、トリスターナを愛人にしてしまう。  トリスターナは従前より、教会の鐘楼の鐘にドン・ロぺの生首がぶら下がっている夢を見ていて、フロイト流にいえばドン・ロぺに対する性的な恐れと欲望ということになるのか、簡単に毒牙に掛かってしまうのだが、ドヌーヴは演技が下手なのか、それとも毒牙にかけたくなる美貌が鉄壁過ぎるのか、ドン・ロぺに対する好悪を含めた内面が全く伝わってこない。  ずるずるとドン・ロぺとの関係が続き、それも周囲の知るところとなるが、若い画家にモデルになることを求められて通ううちに相思相愛となり、ドン・ロぺの要求を拒絶し駆け落ちしてしまう。  2年後、脚に悪性の腫瘍ができたトリスターナが舞い戻り、片足を切断。ドン・ロぺは彼女を引き取り神父の勧めで結婚するが、トリスターナはベッドを共にせず、老いたドン・ロぺが発作の夜、医者を呼ばずに故意に死なせてしまう。  そうしてトリスターナの復讐は成し遂げられるが、やはり問題はドヌーヴの演技にあって、何に対して復讐したのか、そもそも邦題にあるトリスターナの哀しみの正体が見えてこない。  ドン・ロぺの生首も『青髭』のように何度も象徴的に現れるが、夢の中ではシュールというほどでもなく、何となく脂の抜けたブニュエル作品を見させられているような気になる。(キネ旬7位)

  • 鑑賞日 2019/10/10

    『昼顔』に続くルイス・ブニュエル監督のカトリーヌ・ドヌーヴ主演作。 純粋無垢な娘から、どんどんキャラ変していくドヌーヴの熱演が見事で、演技者としての代表作といえるかも。 養女ドヌーヴに手を付ける変態老紳士にハマリ役の、フェルナンド・レイ。ドヌーヴの若い絵描きの恋人役にフランコ・ネロ。 こうした曲者役者が揃った中で、映画全体をシメる存在の女中役ロラ・ガオスが助演としてなかなかの好演である。

  • 鑑賞日 2019/10/8

    無表情のドヌーヴ

    この頃のドヌーヴはスリムで薄幸で冷たい女がよく似合った。

  • 鑑賞日 2019/9/3

    カトリーヌ・ドヌーヴの少女から冷たい女まで

    この映画、幼い16歳の少女から始まって、冷たい女を演じたカトリーヌ・ドヌーヴから目が離せない美しさ。 ルイス・ブニュエル監督、1970年の作品。カラー映画なのでドヌーヴが映える。 幼い時に父を失い、16歳の時に母を失ったトリスターナ(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、母の知人ドン・ロペ(フェルナンド・レイ)の養女となる。ロペは貴族だが金持ちではなく、家財を売って暮らしている没落貴族。そんなロペは「労働ほど醜いものは無い。生活のために働くなど愚かだ」と言っている。だから粗末な食べ物などで暮らすことになるのだ。 ロペは、トリスターナを娘として可愛がるのだが、彼女を「女」として意識しはじめたロペはトリスターナに接吻して……。「娘であり、妻」という歪んだ生活。 そして、画家(フランコ・ネロ)と出会ったトリスターナに嫉妬するロペだったが……。 この作品、インパクトあるシーンがあちこちに出てくる。 「鐘にぶら下がったドン・ロペの生首」、「聾唖の少年に裸をさらすトリスターナ」、「ロペが心臓発作を起こした時のトリスターナの行動」などなど。 しかし、この映画はやはりカトリーヌ・ドヌーヴの自分の置かれた境遇で思ったように生きるトリスターナを演じわけているあたりが、なんといっても素晴らしい! ラストシーンも良い。

  • 鑑賞日 2019/8/25

    黒衣の妻

    カトリーヌ・ドヌーヴは常に美しいなぁ。隙がない。しかし彼女がスペイン語を話すという設定は不自然。口パクの外国語は見ていてどうも疲れます。 フェルナンド・レイが少女を愛するというのは、「ビリディアナ」と同じだ。ビリディアナは修道女になったがトリスターナは俗世間に生き延びている。男と出奔もするし、ぬけぬけと戻って来たりもする。 スペインのカトリックは、結婚式に花嫁も黒衣を着るのか。ちょっと強烈。いや、この映画では彼女は黒を着ていることが多い。片脚を失ってからか、それとも出奔から戻ったあたりからか?初夜には真っ白な寝間着を着てたはず。わかりやすく彼女の心の汚れを示してるのか。 結末は時間をさかのぼるだけで、明確には示されないけど、なかなか後味の悪い映画です。 ところで、年を取った男たちが夜、家でココアを飲みながらおしゃべりしてるのって面白いですね・・・。

  • 鑑賞日

    フェティッシュ

    その昔に一度観ただけなので細部の記憶はあまりない。ただ、冷たい美しさが光るC・ドヌーヴや、鬱々とした存在感を発するF・レイとともに、アンモラルな物語を象徴するグロテスクでシュールなワンシーンや、L・ブニュエルならではのフェティッシュな語り口といったものが印象に残っている。機会があれば再観賞したい映画のひとつでもある。

  • 鑑賞日 2019/4/3

    悪趣味なブニュエル作品

    1920年代のスペイン、トリスターナは老貴族ロペに引き取られ、肉体を蹂躙されてしまうが、外出して知り合った若い画家と駆け落ちをしてしまいます。 それから2年後、病がもとでトリスターナは片脚を切断します。 それに乗じた形でロペはトリスターナと結婚しますが、ベッドインを拒否されるという、老醜の哀れさや積年の恨みをトリスターナが晴らす絶好の機会と捉えられてしまったみたいです。 更にある夜、ロペは発作を起こしますが、トリスターナは医者を呼ばず見殺しにしてしまいます。 復讐心もここに極まれりといった感じですが、彼女の表情には何のためらいも、憐憫も見ることが出来ません。 それでいて悪女然としている訳でもない、不思議な、若しくは悪趣味とも言える人間像をブニュエルはドヌーヴに求め、ドヌーヴもその求めにきっちりと答えていると思いました。

  • 鑑賞日 2018/6/20

    ロイヤルニートの悲劇

     話は確かに面白いのですが、同じくブニュエルの「ビリディアナ」と比べて、話が似ているので、「そもそもこの映画作る意味あったのか?」という印象です。本作で、ドン・ロペを演じるフェルナンド・レイなんか、「ビリディアナ」で演じたドン・ハメイも若い女に欲情する役柄で、変態役ばかり押し付けられてちょっと不憫に思います。  結局のところ高く評価できないのは、象徴的なトリスターナの足の切断が何を表しているのかよくわからなかったからなんですがね。ヒッチコックはブニュエルが訪米した時にこのことについて熱く語ったらしいですが、単にリョナラーで欠損フェチだっただけなのか。  ラストの演出は、ブニュエルが嫌っているブルジョワを葬る映画を作りたくて、ただそれだけのために撮られたのではないかと邪推してしまいます。

  • 鑑賞日 2018/8/14

    カトリーヌ・ドヌーブは凄い

     無邪気な少女から、心の冷たい大人の女性までを演じたカトリーヌ・ドヌーブは何と美しかったのだろう。きれいなだけでなく十分見るに堪える演技だった。ブニュエル監督は自身をロペに投影しているとしたらなんと自虐的な映画なんだろう。まあ、貴族という立場だと働くというのは下々の行うことであり、その上澄みで生きて来たんでしょうから、そういった美学を貫き通すロペもある意味素晴らしい。しかし手籠めにした相手が悪かった。女性のしたたかさと恐ろしさはいつの時代でも現実を見据えていることなんだろうし、男の愚かさは夢を見ることなんだろうなあ。古さを感じさせない映画でした。 あらすじ:幼ない時に父を失い、16歳で母が死んだトリスターナは、母の知人で貴族のドン・ロペに引き取られた。ドン・ロペは職業を持たず、先祖から伝わる土地や財産で食べていた。ロペは人間で一番幸福なのは働かない事だと言うが、生活は苦しく家財道具を売ったりして生計を立てていた。邸にはサトゥルナという女中が居て、トリスターナは、ロペの簡単な身のまわりをすれば良かった。或る夜、トリスターナは無気味な夢を見る。鐘にぶら下がってカッと眼をひらいたドン・ロペの生首だった。彼女は、悲鳴をあげて目を覚ましすと、ロペが来て気を落着かせるが、彼はトリスターナのゆるめた寝間着の下の胸のふくらみが意外と成熟しているのを見逃さなかった。そしてロペは、暮しがいよいよ苦しくなっているのもかまわず、喫茶店に入りびたり、またトリスターナをわが物にと心がけ、或る夜トリスターナを組み敷いた。その後トリスターナは画家のオラーシオと知り合い度々外出しはじめ、夜遅くにまで及んだ。オラーシオを知ってからトリスターナは以前にも増して親切になるドン・ロペを心から憎み始める。彼女の過去を聞いたオラーシオは一度は怒るが、一緒に生活しようと決心する。そして、お前の母から、お前を後見し、名誉を守るよう遺言されているというドン・ロペに、あなたのおかげで私はそれを失くしたとトリスターナは応酬し、翌日トリスターナはオラシオを出立した。仲の悪かった姉が突然死に、ロペに巨額の遺産がころがり込んで来た。ロペは今迄に売った家具などを買い戻したが、トリスターナが忘れらなかった。そんな或る日、トリスターナが町に戻って来た。足にデキモノが出来て、足の切断術が必要だったのだ。オラシオは去りトリスターナはドン・ロペの家に引き取られた。トリスターナはすっかり冷たい女となっていたがロペは溺愛する。老衰が目立つロペだが、毎日彼女の車椅子を押し、散歩を続け、トリスターナの冷たい素振りにも耐え続け、結婚してくれと言った。トリスターナは鼻でせせら笑うが、後日二人は結婚する。かつては無神論を唱えたロペは教会で式をあげ、神父を招いてもてなす好々爺となった。が、トリスターナは彼と別の寝室をとり、口も利かぬ日が続いた。ある夜、ドン・ロペが発作を起こす。隣室から来たトリスターナは医者を呼んでくれと言うロペに従い、居間に行き受話器を取り上げるが、医者に電話をかけたように装うのだけだった。しばらく苦しんでいたロペはもう動かなくなるが、トリスターナは相変らず無表情で窓を閉めるのだった。

  • 鑑賞日 2018/7/8

    羽ばたけない女

     ブニュエル監督の晩年の作品。純粋な乙女だったトリスターナが好色な貴族によって次第に心も荒さみ歪んでいく過程を描いている。ヒロインを演じたカトリーヌ・ドヌーヴは次第に心を閉ざしていく様子を痛々しく演じている。  彼女を見る映画ではあるけど、身寄りのない彼女を引き取った老貴族、ロペを演じたフェルディナンド・レイの醜悪さを漂わせた存在も無視できない。孫娘のようなトリスターナを手籠めにしようと常に隙を伺っている。親子愛から夫婦愛へと平気でスライドさせていく、好色爺。  まだロペを好々爺として受け入れていたトリスターナが彼の生首が吊るされている悪夢を見る。彼女の潜在意識は、すでにロペを忌避していたことがわかる。シュールな演出でいかにもブニュエルらしい。  行き過ぎた溺愛が、やがてその人の心をも歪めていく。片足も失い自分の愛も貫けなくなった女の憎悪は庇護者であるはずのロペに向けられる。やり場のない怒りが冷たいドヌーヴの表情の下で蠢いていた。自立を許されない女の哀しみを描いた映画。

  • 鑑賞日 2018/7/12

    ドヌーブの表情の変化が素晴らしい

    「ドヌーブは名女優なのか?」と時々思うときがある。 あまりに無防備で監督の指示がないので仕方なく立っているだけとさえ思えるほどの自然体のままスクリーンにいるときがある。そんなとき、「ドヌーブは大根?」とさえ考える。 本作では初な女性から誘惑する女性、ヤサグレル女性、逃げる女性、恨む女性とあらゆる女性の表情を次々に見せる。 美しいドヌーブに、醜いドヌーブ。 ラストに、物語を逆回しするようにシーンが繋がる。あれ?虚構の世界だったの?とも思わせるオチ。

  • 鑑賞日 2018/2/25

    三度目の鑑賞

    三度目にして、ようやく劇場で見られた。 好きな映画を聞かれた時、洋画でパッと思い浮かぶのは、 『無防備都市』『暗殺の森』『ショート・カッツ』と『哀しみのトリスターナ』である。 ブニュエルを始めて見たのは、『忘れられた人々』であった。 あの時の衝撃、次に見た『アンダルシアの犬』の目眩、 『昼顔』に心奪われ、ブニュエルに夢中になった。 僕が好きなブニュエル作品は、 『昼顔』『哀しみのトリスターナ』『小間使の日記』『ブルジョアジーの秘かな愉しみ』である。 ブニュエル好きなら何となく、僕の趣味の方向性が分かると思う。 その中でも、とりわけ好きなのが、本作だ。 削ぎ落とされた時間の中で、描かれる膨大な時間。 女の一代記と言ってもいい。 その相反した時間の使い方が大好きだ。 そして、ブニュエル作品では特有である何度見ても見覚えのないショットの点在。 適当に見ていたはずではないのに、毎度毎度初めて見たようなショットに出会う。 今回は劇場で見たから余計に感じた。 見ていたものが幻想に思われるような、奇妙な感覚がある限り、 僕は何度でも見直すんだろうな。

  • 鑑賞日 2017/12/24

     邦題から受ける薄幸な女の哀しい物語というような情緒的な印象とは違って、女の生命力としたたかさを感じる映画でした。私が映画を観始めた70年代には、ドヌーヴに対してはちょっとおばさんぽいという印象(彼女が11歳年上なので20代後半のはず)を持っていましたが、今観るとこの頃のドヌーヴって本当に綺麗だったんですね。

  • 鑑賞日 2017/4/18

    引導を渡すクール・ビューティ。

    スペインの小説家ガルドスの小説をブニュエル監督とジュリオ・アレジァントロが脚色に あたっている。良きパートナーである脚本家のジャン=クロード・カリエールは本作に 参加していない。ブニュエルの生まれ故郷のスペインの文豪の作品を題材に、 「昼顔」でその魅力を余すところなく描いたカトリーヌ・ドヌーヴを再び起用。 スペインで問題になるフランコ時代の解釈だが、本作は影響のない1920年代の没落 貴族ドン・ロペに囲われる若いトリスターナ物語。20年代というと貴族は過去の人種。 ドン・ロペの高慢さはカトリック教会への軽蔑にも表れる。独善的な彼はトリスターナを 溺愛するが、若き画家の出現でもぎ取られるように奪われてしまった。しかし運命は トリスターナに苛酷だった。右足に腫瘍ができ、切断の憂き目にあってしまった。 画家は彼女のもとから去り、ドン・ロペの元に舞い戻るしかなかった。そしてカトリックの 神父の元で正式結婚へ。ドン・ロペはプライドを捨ててトリスターナにすがる。 トリスターナが失ったのは右足だけではなかった…。諦念に収まることはない。 美しさに峻烈さが加わり、ドン・ロペとの最後の日をむかえる…。 ドヌーブの美しさが物語の進行とともに輝きを変える。素晴らしい。

  • 鑑賞日 2016/6/7

    静かなる狂気

    あらすじは以下の通り。 幼ない時に父を失い、十六歳の時、母が死んだトリスターナは、母の知人ドン・ロペに引き取られた。ドン・ロペは貴族であり、職業を持たず、先祖から伝わる土地や財産で食べていた。人間で一番幸福なのは働かない事だと彼は言う。しかし、一九二〇年代終りのこの頃では、そういった生活は苦しいものだった。邸にはサトゥルナという女中が居て、トリスターナは、ロペの簡単な身のまわりをすれば良かった。或る日、サトゥルナの息子達と遊ぶうちに教会の鐘楼に登った彼女は、鐘をつかせて貰った。その夜、トリスターナは無気味な夢を見る。鐘にぶら下がってカッと眼をひらいたドン・ロペの生首だった。彼女は、悲鳴をあげて目を覚ました。ロペが来て、気を落着かせるが、彼はトリスターナのゆるめた寝間着の下の胸のふくらみが意外と成熟しているのを見逃さなかった。そして彼は、暮しがいよいよ苦しくなっているのもいさいかまわず、喫茶店に入りびたり、またトリスターナをわが物にと心がける。或る夜「愛とは自由なものだ。鎖も祝福もいらぬ」と語り、トリスターナを組み敷いた。そのうち、ドン・ロペは風邪をひく。病いに臥せる姿に老醜が浮かんだ。「自由とはいっても限度があるのだ、それお前自身で判断して、儂の名誉とお前の愛情を保つのだ」と彼は訂正した。ロペの風邪が治るとトリスターナは久し振りに外出して、画家のオラーシオと知り合う。彼女は度々外出しはじめ、夜遅くにまで及んだ。嫉妬するロペに対し、彼女は「私は自由よ。そう言ったでしょ」と答える。オラーシオを知ってからトリスターナは以前にも増して親切になるドン・ロペを心から憎み始める。彼女の過去を聞いたオラーシオは一度は怒るが、一緒に生活しようと決心する。そして「お前の母から、お前を後見し、名誉を守るよう遺言されている儂だ!」というドン・ロペに「名誉ですって!あなたのおかげで、私はそれを失くしたのに!」とトリスターナは応酬し、私は出ていくと言う。その夜、オラーシオに掛け合いに行ったロペは、てもなく殴り倒される。翌日、二人は出立した。「また戻る。きっと戻ってくる!」とドン・ロペは呟いた。ロペと仲の悪かった姉が突然死に、巨額の遺産がころがり込んで来た。今迄に売った家具、食器を買い戻したが、ロペはトリスターナが忘れらなかった。そんな或る日、サトゥルナがトリスターナが町に戻ったと告げに来た。足にデキモノが出来て、トリスターナのたっての願いで町へ戻ったとオラーシオは言った。足の切断という手術が必要だったのだ。彼女はドン・ロペの家に引き取られた。トリスターナはすっかり冷たい女となっていたがロペは溺愛する。オラーシオは去った。老衰が目立つロペだが、毎日、彼女の車椅子を押し、散歩を続け、トリスターナの冷たい素振りにも耐え続ける。そして、結婚してくれと言った。トリスターナは鼻でせせら笑うが、後日二人は結婚する。かつては無神論を唱えたロペは教会で式をあげ、神父を招いてもてなす好々爺となった。が、トリスターナは彼と別の寝室をとり、口も利かぬ日が続いた。ある夜、ドン・ロペが発作を起こす。隣室から来たトリスターナに「医者を呼んでくれ」と言うが、居間に行った彼女は受話器を取り上げるがソッと切り、医者に電話をかけたように装う。寝室に戻ったトリスターナは窓を開けた。雪が風に舞っていた。しばらく苦しんでいたロペはもう動かなくなった。トリスターナは相変らず無表情で窓を閉めた。 トリスターナの母親が死に偏屈なドン・ロペの養女となったが、ドン・ロペはトリスターナの事を娘という感情以上に思っていた。 同情から体を許してしまったトリスターナとドン・ロペの関係は父と娘以上の関係になることになり、トリスターナの不満と苦悩はどんどん募っていく。 完全に悲劇のヒロインのトリスターナだが、画家のオラシオと出会い家を出ていくが、病気のため家に戻ってきて、片足を失うことになる。 失意のどん底に陥ったトリスターナはまるでドン・ロペに復讐するかのように結婚して、ドン・ロペが苦しむ中医者に電話をする事もなく夫を見殺しにした。 復讐するためにしか思えなかったんだが、トリスターナはどんな思いで結婚したのだろうか。 それにしてもあの復讐は怖すぎる。 失意のトリスターナが弾くショパンの『革命のエチュード』とキリスト教とブルジョワの否定が印象深い。

  • 鑑賞日 2016/3/12

    憎んでいるのに離れられない

    色情狂の養父に育てられ、歪んだ愛しか知らないカトリーヌ・ドヌーヴ演じる主人公が、その父から離れようと駆け落ちするが、結局は図らずも元の家に戻った末にその父と結婚までしてしまう。 「憎んでいるのに離れられない」という、人間心理の不可思議さ、不合理性を皮肉的な視点で見事に描いている。悲劇のようにも喜劇のようにも見えるルイス・ブニュエル独特の世界観が不思議な魅力を放っている作品だ。人生の不条理を描きながらも、どこかシュールなコントのような雰囲気を醸し出している。 テンポがかなり早く展開の省略も多いので、行間を読む力が必要だが、巧みな技術で一気に畳み掛ける佳作。

  • 鑑賞日 2010/10/30

    鮮明に覚えているのは

    鐘と生首のショットのみ。再見したい。

  • 鑑賞日 1972/1/24

    なぜ結婚したのかは…

    足を切断したトリスターナの冷たさ。結婚したのはなぜか、ラストで判る。 ヴィスコンティ「イノセント」(75)のラストシーンに先立つこと6年、本作の衝撃的なラストシーンの怖さは未だに忘れられない。本作が日比谷みゆき座でロードショー公開されたのは、ドヌーヴ主演作品だからだろうが、おしゃれな女性映画になってしまったのだから驚きだ。

  • 鑑賞日 1972/3/22

    ブニュエル1本目が、これって拙かったな。

     ブニュエルなんか、もう見るか!って気分になった。     今では好きな監督、再見したい。

  • 鑑賞日 1977/4/23

    大傑作

    1977年4月23日(土)にTVにて。 ルイス・ブニュエルの大傑作である。こういう役のドヌーヴは最高にすばらしい。

  • 鑑賞日 1985/7/12

    2本立て

    1985年7月12日に鑑賞。大阪・三越劇場にて。リバイバル上映。フランス映画社配給。2本立て。同時上映は「小間使の日記」。 ルイス・ブニュエルの大傑作である。こういう役のドヌーヴは最高にすばらしい。

  • 鑑賞日 2012/3/27

    哀しみのトリスターナ(1970) 運命に弄ばれる、薄幸の美女の愛と憎しみを描く。監督はルイス・ブニュエル、ベニート・ペレスて・ガルドスの小説をブニュエルとジュリオ・アレジァントロが脚色、音楽はクロード・デュラン。 幼い時に父を失い、十六歳で母が死んだトリスターナ(カトリーヌ・ドヌーブ)は、母の知人ドン・ロペ(フェルナンド・レイ)に引き取られた。ドン・ロペは貴族で、職業を持たず、先祖からの土地や財産で食べていた。人間の一番幸福は働かない事だと彼は言う。或る日、女中のサトゥルナの息子達と教会の鐘楼に登ったトリスターナは、その夜に鐘にぶら下がって眼をひらいたドン・ロペの生首の夢を見る。 ブニュエル風の中流批判も混ぜながら、男のエゴを描く本作は、難解というよりも男に苛まされた女性の数奇な運命を淡々と描く。そのため、いつものフラッシュバック的なブニュエルの思想が、見ているもの思考まで届かず、ただ見た目の映像に落ち着いてしまっている。ラストの過去に遡る巻き戻し手法も、ロペの死により人生を再帰できる事を意味し、生首も心のない(相手に対して労いや憐れみのない無心である)事を物語っている。他の作品ほどきわどい映像や驚くべき趣向が少ない分、わかりやすいかというと、逆に内容に期待しすぎたあとの総スカンにも似ているがっかりの方が先行してしまっているのが残念でもある。共演はフランコ・ネロ、フェルナンド・レイ、ロラ・ガオス、アントニオ・カサス。★★★カトリーヌ・ドヌーブの美しさに影を見せるその演出もブニュエル風である。ますます、彼の作品にのめり込む自分がいる。

  • 鑑賞日 1971/1/28

    『イノセント』を思わせる

    ラストシーンはヴィスコンティ「イノセント」での赤子殺しを思わせる怖さがある。