伝説のTVスパイ・アクション『0011ナポレオン・ソロ』とは?

日本のお茶の間でも空前の大ブームを巻き起こした、’60年代の人気TVスパイ・アクション『0011ナポレオン・ソロ』(‘64~’68)の映画版リメイクである。ご存じの通り、ジェームズ・ボンド映画第1号『007は殺しの番号(007 ドクター・ノオ)』(’62)の大ヒットを皮切りに、世界中で吹き荒れたスパイ映画ブーム。東西冷戦の時代を背景に、スリルとサスペンスとアクションを盛り込んだ諜報合戦は、まさしくタイムリーな題材だったと言えよう。当然ながら、世界中の映画プロデューサーが『007』シリーズをパクるように。その結果、ジェームズ・ボンドに続けとばかり、マット・ヘルムやハリー・パーマー、デレク・フリントにブルドッグ・ドラモンド、さらにはフランスのユベール・オスニール(OSS 117)にイタリアのディック・マロイ(077)、西ドイツのジェリー・コットン、日本のアンドリュー星野などなど、ハンサムでダンディな洒落たスパイたちが各国のスクリーンを賑わせることとなった。

そして、このスパイ映画ブームの流れはテレビ界へも押し寄せることに。ロジャー・ムーアの出世作『セイント天国野郎』(‘62~’69)を筆頭に、スパイ・コンビが世界的テニス選手とコーチを隠れ蓑にした『アイ・スパイ』(‘65~’68)、スパイ×西部劇というアイディアが斬新だった『0088/ワイルド・ウエスト』(‘65~’69)、元祖『裸の銃を持つ男』と呼ぶべきコメディ『それゆけスマート』(‘65~’70)、不可能なミッションにチームで挑む『スパイ大作戦』(‘66~’73)などなど、数多くのスパイ・シリーズが人気を集めるようになったのだが、その中でも最も成功したドラマが『0011ナポレオン・ソロ』だったのである。

主人公は女好きでチャラチャラしたアメリカ人スパイのナポレオン・ソロ(ロバート・ヴォーン)と、生真面目で物静かな頑固者のロシア人スパイのイリヤ・クリヤキン(デヴィッド・マッカラム)。国際諜報機関UNCLE(United Network Command for Law and Enforcementの略)に所属するまるで正反対な2人がコンビを組み、ボスである指揮官アレキサンダー・ウェイバリー(レオ・G・キャロル)の指示のもと、世界征服を企む謎の巨大犯罪組織THRUSH(スラッシュ)に立ち向かっていく。ジェームズ・ボンドの生みの親であるイアン・フレミングも企画に携わった本作は、もともとは「Ian Fleming’s Solo」というタイトルで企画が進行していたものの、同時期に製作中だった映画『007 ゴールドフィンガー』(’64)にソロというキャラクターが登場することから、著作権の兼ね合いで『The Man from U.N.C.L.E.』へとタイトル変更を余儀なくされた。

実は、主人公も当初はナポレオン・ソロひとりで、相棒のイリヤ・クリヤキンは単なるサブキャラに過ぎなかったのだが、エピソードを重ねるごとにナポレオン・ソロを上回るほどのイリヤ・クリヤキン人気が高まったことから、制作陣はダブル主人公のバディ物へと設定を変更。番組自体もノベライズ本やボードゲーム、ランチボックス、アクション・フィギュアなどの関連グッズが発売されるほどの大ヒットとなり、さらに製作元のMGMは複数エピソードに追加撮影を施して再編集した劇場版まで製作。こちらの劇場版シリーズも合計8本が公開されている。日本では1965年から’70年まで放送。年間視聴率ランキングのトップ20に食い込むほど大評判となった。

華やかな‘60年代をお洒落に甦らせたオリジン・ストーリー

そんな’60年代を象徴する人気ドラマを21世紀に蘇らせた映画リメイク版『コードネームU.N.C.L.E.』。舞台はテレビ版の放送がスタートする1年前の’63年。ソロとクリヤキンのファースト・ミッションを描いた、いわば『0011ナポレオン・ソロ』のオリジン・ストーリーである。行方不明になった世界的な科学者テラー博士(クリスチャン・ベルケル)を探すため、博士の娘ギャビー(アリシア・ヴィキャンデル)を東ベルリンから脱出させたCIAスパイのナポレオン・ソロ(ヘンリー・カヴィル)。しかし、テラー博士失踪の背景にイタリアを拠点とする大企業ヴィンチグエラの存在が浮上する。彼らの正体は国際的な犯罪組織で、誘拐したテラー博士に核兵器を開発させているらしい。このままでは世界のパワーバランスが崩れてしまう。そこで、本来なら宿敵同士であるアメリカのCIAとソ連のKGBがタッグを組み、「共通の敵」であるヴィンチグエラからテラー博士と研究データを奪回することを計画。ソロが上司サンダース(ジャレッド・ハリス)から紹介されたミッション遂行の相棒は、彼とギャビーの東ベルリン脱出を邪魔しようとしたKGBスパイ、イリヤ・クリヤキン(アーミー・ハマー)だった。

クリヤキンとギャビーがソ連の建築家とその妻、ソロがアメリカの古美術品ディーラーに扮してローマへ向かうことに。ヴィンチグエラの創立50周年記念パーティへ潜入した彼らは、そこで社長夫妻アレクサンダー(ルカ・カルヴァーニ)とヴィクトリア(エリザベス・デビッキ)、同社の幹部であるギャビーの伯父ルディ(シルヴェスター・グロート)と接触する。クリヤキンとギャビーはルカを通して、ソロは組織の実権を握る美しき悪女ヴィクトリアを通して、テラー博士と核兵器開発の情報を得ようとするのだが、ある人物の裏切りによって正体がバレてしまう。そこへ助けに現れた自称石油会社役員アレキサンダー・ウェイバリー(ヒュー・グラント)の正体とは?果たして、ソロとクリヤキンはヴィンチグエラの野望を打ち砕くことが出来るのか…!?

軟派なナポレオン・ソロに硬派なイリヤ・クリヤキンというテレビ版の基本設定はそのままに、それぞれ映画版独自のバックストーリーを付け加えることでキャラクターを膨らませた本作。実はお金持ちのボンボンだったソロは、第二次大戦時に米陸軍の軍曹としてヨーロッパ戦線へ加わり、そこで培った知識と人脈を活かして美術品泥棒を繰り返していたが逮捕され、無罪放免と引き換えにCIAスパイとして当局に協力することとなった。さながらテレビ『ホワイトカラー』(‘09~’14)の天才詐欺師ニール・キャフリーである。そういえば、演じるヘンリー・カヴィルもマット・ボマーとなんとなく似ている。一方のクリヤキンはスターリンの腹心だった最愛の父親が汚職で粛清されたという暗い過去を持ち、そのトラウマのせいで暴力衝動を抱えているという設定。テレビ版のクリヤキンはクールで真面目な人物だったが、映画版ではマッチョな男臭さが加味され、ソロとの差別化が明確に図られている。それは2人の見た目の印象も同様。ブランド物の高級スーツで全身を固めたお洒落なソロに対し、クリヤキンの服装はシンプルかつカジュアルで無骨。それすなわち、米ソのステレオタイプ的な男性像のカリカチュアとも言えよう。

やはり本作で最も目を引くのは、’60年代のヨーロッパの街並みや風俗・ファッションを細部まで丹念に再現した華やかなビジュアルであろう。過去の時代の忠実な再現はハリウッド映画の最も得意とするところだが、本作はその中でも別格の仕上がり。イタリアのロケ・シーンではフェリーニの『甘い生活』(’60)を参考にしたそうだが、第二次世界大戦終結から20年近くを経て高度経済成長を達成したヨーロッパの豊かさと活気がスクリーンの隅々に漲っている。女優陣のゴージャスでモダンなファッションやメイクも鮮やかだ。ナポリの倉庫で発見したものを修繕したというヴァルトブルクをはじめ、’60年代当時のクラシックカーも大挙して登場。厳密に言うと時代考証的なツッコミどころは少なくないものの、あくまでも「我々がイメージする’60年代の再現」としては申し分のない完成度である。

興味深いのは、全体的な印象として『0011ナポレオン・ソロ』というよりも、ジェームズ・ボンド映画に影響された『サイレンサー』シリーズや『ディック・マロイ』シリーズなどの亜流スパイ映画のノリに近いという点であろう。大のスパイ映画マニアだというガイ・リッチー監督だけあって、当時のお洒落で荒唐無稽で楽しい大人向けB級スパイ映画の魅力を知り尽くしているように見受けられる。ジャズからR&B、カンツォーネに至るまで懐メロ満載のBGMも最高。ペッピーノ・ガリアルディの『ガラスの部屋』なんか、’67年のヒット曲なので時代設定は間違っているものの、使い方が実に巧いので許せてしまう。エンニオ・モリコーネやステルヴィオ・チプリアーニのマカロニサウンドの使用はタランティーノっぽいセンスだし、そうした古典的なサウンドと混在しても全く違和感のない、ダニエル・ペンバートンによるグルーヴィでスウィンギンなオリジナル・スコアもカッコいい。60’sカルチャーのマニアとしては大満足の一本である。■

『コードネーム U.N.C.L.E.』© Warner Bros. Entertainment Inc.