男は殺して女はレイプする!残酷でスケベな半魚人軍団が漁村を襲撃!

ハリウッド映画にセックスとバイオレンスが溢れていた時代を象徴するようなモンスター映画である。1934年に映画界の自主規制条項ヘイズ・コードが実施されて以降、キリスト教のモラルに反するような性描写や暴力描写などが半ばご法度となってしまったハリウッド。ヘイズ・コード自体に法的な強制力があったわけではないが、しかし全米の映画館の大半はアメリカ映画製作者配給者協会(現在の映画協会)の承認した映画しか上映せず、その承認を得るためにはヘイズ・コードの条項を遵守したうえで審査を受ける必要があった。そのため、草創期のアメリカ映画には存在したセックスとバイオレンスが、30年以上に渡ってほとんど影をひそめてしまったのである。

もちろん、そうした実質上の「検閲」を意に介さないフィルムメーカーたちも存在はした。ハリウッドの映画業界とは縁もゆかりもなく、従ってヘイズ・コードの審査を通す必要もないインディペンデント映画の製作者たちだ。彼らはメジャーな映画をレンタルする経済的な余裕がない場末の映画館やドライブイン・シアターのため、安上がりで刺激的な内容の性教育映画やヌーディスト映画、スプラッター映画を供給したのである。ただ、それらの作品は上映できる場所が限られていたため、一般的な映画ファンの目に触れる機会はあまりなかった。しかし、社会の意識改革が進んだ’60年代半ばになるとヘイズ・コードの影響力も薄れ、’68年には廃止されて現在のレーティング・システムが導入されることに。’70年代以降はハリウッドのメインストリーム映画でもセックスとバイオレンスが本格的に解禁され、中でも商魂たくましいB級エンターテインメントの世界では我先にと過激さを競うようになる。血みどろの残酷描写とあられもない女体ヌードが満載の本作『モンスター・パニック』(’80)も、そんなハリウッドのエログロ全盛期に誕生した映画のひとつだった。

舞台はカリフォルニア州の小さな漁村ノヨ。豊かな自然に恵まれた平和な場所だが、しかしその水面下では住民同士の対立が深まっていた。というのも、数年前から地元に大きな缶詰工場の建設が計画され、その経済効果に期待する推進派と環境破壊を懸念する反対派が互いにいがみ合っていたのである。中でも推進派の代表格ハンク(ヴィック・モロー)と、反対派のリーダーであるネイティブ・アメリカンの青年ジョニー(アンソニー・ペーニャ)は犬猿の仲。人種差別主義者でもあるハンクはジョニーを目の敵にし、子分どもを率いてたびたび嫌がらせをしていたのだが、村人からの信頼も厚い中立派のジム(ダグ・マクルーア)の仲裁で、なんとか決定的な衝突が避けられているような状態だった。

そんなある日、沖合に出ていた漁船が正体不明の巨大生物に襲われて大破し、さらに地域で放し飼いにされていた犬たちが大量に殺される。これを反対派の仕業だと勝手に思い込んで報復を計画するハンク一味。しかし、真犯人は海から陸へ上がって来た半魚人の群れだった。やがて、海岸でデートをしている若いカップルが次々と半魚人に襲撃されていくのだが、しかし殺されるのは男性だけ。一方の女性は片っ端からレイプされてしまう。ジョニーの自宅でバーベキューを楽しんでいたジムの弟トミーと恋人リンダも被害に遭い、辛うじてトミーは一命を取り留めたものの、助けを呼ぶため車を走らせたリンダは、半魚人に襲われて端から転落死してしまった。ジョニーの証言によって村の危機を知ったジムは、缶詰工場の顧問を務める生物学者スーザン(アン・ターケル)の協力を得て真相究明に乗り出す。

以前から運営会社に環境破壊の危険性を警告していたスーザンは、会社が秘密裏に遺伝子操作で開発した新種のサーモンが工場から流出し、それを食べた海洋生物が突然変異でヒューマノイド化したと推測する。しかも、彼らは種を進化させるために人間の女性との交配を目論み、不要な男性は容赦なく殺していたのである。折しも、村では毎年恒例のサーモン祭が開かれようとしていた。住民や観光客に警戒を呼び掛けようとするジムとスーザン。しかし時すでに遅く、大量の半魚人軍団に襲撃されたサーモン祭は阿鼻叫喚の地獄と化してしまう…!

監督も主演女優も激オコ!知られざる制作秘話とは!?

さながら『大アマゾンの半魚人』(’54)のエログロ版といった感じだが、しかしストーリー自体は放射能汚染で生まれた半魚人の群れがビーチパーティ会場の若者たちを襲うデル・テニー監督のC級カルト・ホラー『The Horror of Party Beach』(’64)に似ている。基本は古典的なモンスター映画だ。とはいえ、ハリウッドで久しく途絶えていた半魚人ものが復活した背景には、’70年代に一世を風靡した動物パニック映画ブームの影響を無視することは出来ないだろう。

スティーブン・スピルバーグ監督の出世作『ジョーズ』(’75)の大ヒットをきっかけに、たちまち世界中で大量生産されるようになった動物パニック映画の数々。ミツバチやらコウモリやらクマやイヌやら様々な動物が人間に襲いかかったわけだが、中でも特に人喰いザメをはじめとする海洋生物が多かったのは、やはり『ジョーズ』のインパクトが大きかったことの証左であろう。のどかな漁村を舞台に、村おこしの利権が絡んだ本作の基本プロットもまた『ジョーズ』をお手本にしていることは明白だ。環境破壊によって海洋生物が突然変異するという設定は、恐らく『ピラニア』(’78)や『プロフェシー/恐怖の予言』(’79)の影響だろう。’70年代は世界中で光化学スモッグなどの公害問題が深刻化したため、ジャンルを問わず環境破壊をテーマに取り上げた映画は少なくなかった。’80年に公開された本作も、その傾向を受け継いでいたのである。

そんな本作を製作したのは、B級映画の帝王ロジャー・コーマンの率いるニュー・ワールド・ピクチャーズ。そういえば、先述した『ピラニア』もニュー・ワールド・ピクチャーズの作品である。『ジョーズ』をほぼ丸パクりした『ジュラシック・ジョーズ』(’79)なるサメ映画も撮っていた。なにしろ、売れた映画は片っ端から安上がりにパクる、当たったジャンルは出がらしになるまで再利用するがモットーだった当時のコーマン。なので、やはり『ピラニア』の大ヒットに味をしめていたのだろう(笑)。半魚人のクリーチャー・デザインが『エイリアン』(’79)に似ているのも御愛嬌。もちろん、偶然などではなく初めから狙っていたはずだ。

意外なのは、明らかに若い男性観客層をターゲットにしたであろうエログロ満載の本作を、女性の映画監督が演出しているということだろう。女性だろうと男性だろうと能力に差はない、素晴らしい才能を持った監督だから起用したんだと後に振り返っているコーマンだが、しかし実際はこれが思わぬ舞台裏トラブルの火種となっていた。

もともと「Beneath The Darkness」というタイトルで企画された本作。監督に指名されたバーバラ・ピータースは、ニュー・ワールド・ピクチャーズ設立当初からの古参スタッフで、ジョナサン・カプラン監督の『いけない女教師』(’75)やチャールズ・B・グリフィス監督の『レーシング・ブル』(’76)などで第二班監督を務めたほか、既に『いけない女教師2/特別夏期講習』(’76)などの監督作もあった。そんな愛弟子に本作の演出を任せることを決めたコーマン御大は、最も重要な見せ場は「半魚人が男を殺して、女をレイプする」ことだと予め念を押していたという。要するに、煮るなり焼くなり好きにして構わないが、このポイントだけは絶対に押さえておけよというわけだ。

ところが…である。男性が殺されるシーンはこれでもかと残酷に描いたピータース監督だが、しかしその一方で、女性がレイプされるシーンは殆どまともに撮っていなかったらしい。それどころか、そもそも女性のヌードが全く出てこない。自他共に認めるフェミニストだったピータース監督は、女性に対する残酷な暴力描写には強い抵抗があったそうだ。なるほど、それはそれで確かに理解できなくもないのだが、しかし本作はあくまでも低予算のB級エンターテインメントである。観客の期待に応えるようなエロとグロが揃わなくては、そもそも売り物にならない。頭を抱えたコーマン御大は、すぐさま追加撮影を指示する。

その追加撮影を任されたのが、後にコーマン製作のB級ヒロイック・ファンタジー『勇者ストーカー』(’83)をヒットさせるジェームズ・スバーデラティ監督。つまり、ビーチでティーンのカップルがエッチなことしたり、水着美女が半魚人にビキニを引き裂かれてレイプされたり、サーモン祭の会場で美人コンテストの女王が半魚人と格闘しておっぱいポロリしたりなど、本作の主だったエロ描写は全てスバーデラティ監督の第二班チームが撮影していたのである。それは、主人公ジムの妻キャロルのシャワー・シーンも同様。演じる女優シンディ・ワイントローブがヌードを拒否したため、やはり第二班チームが代役を使って撮影していたのだ。

ただし、これらの追加撮影はメイン・キャストに断りなく行われた。一応、ピータース監督には伝えられていたそうだが、しかし撮影されたフィルムはあえて見せなかったらしい。なので、編集された完成版を見た監督もメイン・キャストもビックリ仰天。まあ、そりゃそうだろう。シリアスな本格的モンスター映画を作っていたつもりが、蓋を開けてみたらエッチなシーンが盛りだくさんのエログロ映画になっていたのだから。しかも、タイトルまで知らないうちに変わっている。まさしく寝耳に水だ。中でも激怒したのがピータース監督と生物学者スーザン役の女優アン・ターケル。2人揃って本編クレジットから名前を外すよう要求したが、しかしあえなく断られてしまった。ピータース監督はこれを最後にコーマンと袂を分かち、ターケルはテレビのトーク番組で不満をぶちまけていたらしい。とはいえ、本作が興行的に成功したのも、カルト映画として今なお愛されているのも、スバーデラティ監督の追加撮影があったからこそ。こればかりは動かしがたい事実だろう。

ちなみに、半魚人のモンスター・スーツをデザインしたのは、後にジョー・ダンテ監督の『ハウリング』(’81)やジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』(’82)の特殊メイクでホラー映画ファンを熱狂させる鬼才ロブ・ボッティン。ノークレジットでスーツ製作に参加したのは、ジョー・ダンテ監督の『グレムリン』(’83)やデヴィッド・クローネンバーグ監督の『ザ・フライ』(’86)で有名なクリス・ウェイラスだ。劇中では無数の半魚人軍団が漁村を襲撃するように見えるが、しかし実際に作られたモンスター・スーツは3体だけ。同じスーツを繰り返し繰り返し使うことで、さも半魚人が沢山いるかのように錯覚させているのだ。よく見ると、同じ画面に3体以上の半魚人は登場しないことが確認できる。

なお、ニュー・ワールド・ピクチャーズは本作の翌年、イタリア産の半魚人映画『ドクター・モリスの島/フィッシュマン』(’79)の権利を購入し、特殊メイク・シーンを追加撮影したうえで全米公開している。本作が当たったので、その勢いに乗らない手はないと考えたのだろう。さすがはロジャー・コーマン御大、商魂逞しい(笑)。■

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