◆戦闘機版『地獄の黙示録』を起点とした企画

 インパクトと主張の強さを覚えるタイトルは、アメリカ海軍パイロットのエリート養成訓練校を示す俗称だ。この一握の精鋭たちが属するアカデミーが舞台の映画『トップガン』は、海軍飛行兵の精鋭ピート“マーヴェリック”ミッチェル(トム・クルーズ)を主人公に、彼が戦闘機訓練や軍人としての人間関係を経て成長していく姿を描いた、1986年製作のアクションロマンスである。

 ロックとポップソングで構成されたサウンドトラック、そして洗練されたビジュアルスタイルやハイテンポな編集はMTVカルチャーとの並走により築き上げられたもので、このアプローチを牽引力に、本作は視覚的にも音響的にも現代アクションのメルクマールとなった。結果として映画はヤング層を魅了し、世界規模において大ヒットを記録。当時はまだ駆け出しの若手俳優だったトム・クルーズのキャリアを一気にスーパースターへと押し上げた。同時にその口当たりのいい表層的なアプローチが「ポップコーンムービー」などと称され、外観に凝り中身のない作品だと揶揄される言説も過去にはうかがえた。だが映画史において画期的な作品であることは、改めてここで示しておかないといけないだろう。

 なによりも『トップガン』は、ジェット戦闘機をフィーチャーしたミリタリーものとして最大の特徴を有し、同ジャンルを開拓した映画として並々ならぬ価値を放つ。当時、現物のジェット戦闘機を主体とした作品自体が少なく、かろうじて挙げられるのはデヴィッド・リーン(『アラビアのロレンス』(62)『ドクトル・ジバゴ(65))が1952年に発表した『超音ジェット機』か、あるいはロケット機ベルX-1が音速の壁を破るシーンを描いた米宇宙開拓史映画『ライトスタッフ』(83)くらいしかなかった。理由は複合的なもので、大きくは映画に必要な現用機は軍事機密の塊で、商業映画に用いるのに米国防総省=ペンタゴンが難色を示していたこと。そして技術的な点では、飛行ショットをカメラに収めるのが非常に難しいことなどが挙げられた。

 この企画を始動させたのは、当時『フラッシュダンス』(83)『ビバリーヒルズ・コップ』(84)などの慧眼に満ちた諸作で、パラマウント映画のヒットに貢献していたプロデューサーのジェリー・ブラッカイマー。彼は1983年、米カリフォルニア・マガジン5月号に掲載されたエフド・ヨネイのノンフィクションルポ「TOP GUNS」を目にし、海軍戦闘機兵学校の訓練プログラムを受けるF-14パイロットに迫ったその内容に惹かれ、映画化を切望。ペンタゴンを説得し、映画の実現へとこぎつけていったのだ。

 そして本作が視覚性を重視することから、監督はトニー・スコットに白羽の矢を立てた。スコットは当時、テレビコマーシャルの世界を経て優れた映像スタイリストであることを示しており、またデヴィッド・ボウイ主演の吸血鬼映画『ハンガー』(83)で商業長編映画デビューを果たしている。だがその内容は観念的で重苦しく、およそ娯楽的な要素からはかけ離れたものだった。そのため戦闘機アクションというテーマに難色を示していたが、先に商業映画デビューを果たしていた兄リドリー・スコット(『エイリアン』(79)『ブレードランナー』(82))に触発され、自身もメジャーの大きな舞台に立とうとプロジェクトに挑んだのだ。

 しかしやはりというか、プリプロダクションの時点では『ハンガー』に程近い、戦いのためのエリート部隊の苦衷を描く暗いテイストの内容だったようだ。ヨネイの記事がリアリティを重視した迫真的なものだったことから、企画当初はフランシス・コッポラが手がけたベトナム戦争映画『地獄の黙示録』(79)のように混沌とした戦闘スペクタクルが検討されていたともいう。しかしペンタゴンの協力を経るため、幾度かのプロット見直しがはかられ、海軍への入隊を促進させるような、プロパガンダ的な性質を持つストーリーへと加工ががなされていったのである。


◆困難だった機内撮影を可能にしたもの

 そんな『トップガン』が『地獄の黙示録』志向の戦争スペクタクルだったことを示すものとして、作品のフォーマットが挙げられる。加えてそれが前掲の、困難といわれた機内撮影への突破口を開いたのだ。

 契機となったのは、スーパー35mmという規格のフィルムである。ブラッカイマーとスコットは、同作の空戦シーンをダイナミックな幅広のワイドスクリーンで展開しようと企図していた。そのため65mmフィルムでの撮影や、圧縮した撮像をレンズで戻して横長画面を得るアナモルフィックレンズでの全編撮影が検討されたのだ。しかし前者は65m撮影用の大型カメラがコクピット内に収められず、後者は6Gにも達する飛行時の圧力によってカメラレンズが歪み、まったく使い物にならなかったのだ。

 そこで用いられたのがスーパー35mmである。同フィルムは1コマに露光される撮像領域を最大限に活かした撮影が可能で、そこから用途に応じたアスペクト比を切り出すことができる。これによって本作は通常の35mmカメラでのコクピット撮影を可能にし、ワイドスクリーンを実現のものとしたのである。

 ちなみに当時のスーパー35mmは通常の35mmとの混同を避けるため、歪像に対して平面ということから「フラット・ネガ」とも呼称されていた。当時、製作元のパラマウントはビデオ市場への目配りとして、同フィルムでの撮影を推奨しており、まさにうってつけの題材が見つかったというわけだ。

 ちなみにトニーが本作で同フォーマットの有効性を示したことに感化され、兄リドリーが日本を舞台にした刑事アクション『ブラック・レイン』(89)で自らもスーパー35を使用。兄からトム・クルーズを自作に紹介してもらったことに対し、技術供与という形で返礼を果たしている(本作におけるトム・クルーズの起用は、以前に筆者が手がけた『レジェンド/光と闇の伝説』(85)のコラム[リンク]に詳しい)。


 こうして『トップガン』は制作上の大きな問題点を克服したが、リアリティを追求した結果、あまりいい効果を得られなかった部分もある。それは可変翼戦闘機F-14の聴覚を刺激する飛行音など、サウンドエフェクト面でのことだ。

 音響編集のジョン・ファサルと共に、本作の音響の共同監修をつとめたセシリア・ホールは、実際のF−14の飛行音や駆動音を採取したものの、意図にそぐわぬ退屈で味気ないものだったとドキュメンタリー映画『ようこそ映画音響の世界へ』の作中で述懐している。そこで彼女は動物の咆哮を転調させてエンジン音と重ねることにより、迫力と攻撃性の高いサウンド効果を創造したのだ。

 この大胆な試行によって、ホールは女性の音響効果担当として初の米アカデミー賞にノミネートされ、女性がこの分野において貢献的な役割を果たす先駆けとなった。サウンド面でのこうしたこだわりは36年ぶりの続編となった『トップガン:マーヴェリック』でも受け継がれ、同作はオーディオの没入感と臨場感をより高めるために、サウンドデザイナーの大家であるゲイリー・ライドストロームがコンサルタントとなり、ホールの偉業を発展させる形で迫力のあるサウンドデザインに取り組んでいる。


◆その意志は、36年ぶりの続編へと受け継がれる

 他にも『トップガン:マーヴェリック』にこのタイミングで触れるのならば、無視できない要素がある。タイトルキャラクターであるマーヴェリックが教官となり、古巣に戻ってくる同タイトルは、新世代のアカデミー卒業生たちに焦点を定め、無人化する軍事において戦闘パイロットの存在を再定義していく。

 監督のジョセフ・コシンスキーは、今回の主要機となる戦闘機F/A-18のコックピット内に、ソニーと共同開発したVENICE 6K シネマカメラを実装。そして世界で最も規格の大きな視覚フォーマット、IMAXを本作に導入している。これは機内撮影を成功させた『トップガン』のコクピット撮影を発展させたものであり、スーパー35mmで問題解決を得た、前作の技術的挑戦を反復するものと言えるだろう。コシンスキーは続編の撮影にあたり、偉大な前作への賞賛を惜しまない。

「トニーは大作を製作していたが、それをまるでアート映画のように撮ったんだ。照明やグラデーションフィルター、そしてフレーミング。この映画には、彼の映画のスタイルに対するオマージュのような瞬間がいくつかある」

『トップガン:マーヴェリック』は、トニー・スコットに謝意が捧げられている。彼の存在無くしては、この画期的な戦闘機映画は生まれなかったのだ。■

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