「この映画には石から引き抜いた剣も、火を吐くドラゴンも、ケルトの黄昏も存在しない。『レジェンド/光と闇の伝説』は「指輪物語」のような壮大なスケールのファンタジーではない。ニール・ジョーダンの『狼の血族』(84)のように、性欲を掻き立てるような作品だ」 ――リドリー・スコット


■ジャン・コクトーを目指す——リドリー・スコット版『美女と野獣』

 人類が遭遇したことのない残酷異星生物の恐怖を描いたSFホラー『エイリアン』(79)や、退廃的な未来都市像でSF映画のイメージを一新させた『ブレードランナー』(82)など、今や古典として後世に影響を与えつづけている名編を、キャリア初期に手がけた監督リドリー・スコット。そんな彼が上記に次ぐ新作として臨んだのは、作り物ではない写実的なファンタジーへの着手だった。

「すべてのクエストファンタジーは、武器や超大国を手に入れるために、物語の主目的から逸脱するサイドクエストを持っており、それが複雑になりすぎる傾向がある」

 こう監督が言及するように、長編映画4作目となる『レジェンド/光と闇の伝説』(以下:『レジェンド』)のストーリーは極めてシンプルなものだ。主人公の青年ジャック・オー・ザ・グリーンが、世界を闇で覆い尽くそうとしている帝王ダークネスのもとから、囚われの身となっている姫君リリーを救い出す冒険に出る。ドワーフやエルフ、そして妖精ら森の仲間たちと一緒に。

 同作を創造するにあたり、スコットはこのベーシックな神話ロマンスを外殻としながら、当時主流だった『バンデットQ』(81)や『ダーク・クリスタル』(83)のようなポップクエストではない、バロック様式の装飾やゴシック的イメージを持つ重厚なものを目指した。これに適合するのは、監督自身が心酔していたジャン・コクトーの『美女と野獣』(46)で、スコットはコクトーのように、自ら美術や物語を総コントロールできる立場に置こうとしたのだ。そしてジャンルの代表作を目指すのではなく、おとぎ話に内在される寓話のように、ファンタジーに秘められた寓意を拡張させ、“その先にあるもの”の視覚化を標榜したのである。

 そこで70年代に寓意に満ちた幻想小説を発表していたウィリアム・ヒョーツバーグに、監督は白羽の矢を立てた。二人は1973年に発表されたヒョーツバーグの小説“Symbiography”が、『ブレードランナー』のイメージソースのひとつとなっていることから接点を得ている。同小説は富裕層が他人の夢を見ながら人生を楽しむというディストピアをシニカルに描いたもので、ヒョーツバーグは誘惑に駆られて暗黒世界に堕ちるティーンの「純真さと汚れ」を性的アレゴリー(比喩)として転義させ、しっとりとエロティシズムを滲ませるなど、スコットの希求するオリジナル脚本を手がけた。


■トム・クルーズを発見したコンセプト重視の配役

 スコットは撮影に先立ち、脚本に忠実なキャスティングを考慮。加えて作品に現代的な動きを与えたいという理由から、フレッシュな人選を望んだ。主役のジャックには当時『卒業白書』(83)などのティーンムービーで頭角をあらわし、映画俳優としてスタート台に立ったばかりのトム・クルーズを起用。リリーには16歳のニューヨーカーである新人のミア・サラが選ばれた。監督はクルーズにフランソワ・トリュフォー監督の『野性の少年』(70)を鑑賞させ、野性的な身のこなしを会得するよう求め、彼は演技においてスコットの要望に精いっぱい応えている。
 いっぽう本作の真の顔ともいえるダークネスには、イギリス人俳優のティム・カリーを起用。1975年の初公開以降、観客参加型のミュージカルとしてカルトな支持を得ている『ロッキー・ホラー・ショー』での、幻惑的かつ世界を見下すような瞳がオファーのポイントとなった。

 また監督は『ブレードランナー』の特殊効果ショットに65mmフィルムを採用し、多重合成による画質の劣化を防いだように、本作では同様に大型フィルム規格のビスタビジョン(35mmフィルムを横に駆動させ、二倍の撮像を得る方式)を用い、俳優たちを任意のサイズに縮小して合成し、幻想をより現実的にする方法を考え出した。そのためダグラス・トランブル(『ブレードランナー』視覚効果監修)の嫡流でもあり、当時ビスタビジョン合成の追求者であったリチャード・エドランドにテスト撮影を依頼。残念ながら予算の都合で採用は叶わず、代わりにビリー・バーティやキーラン・シャー、アナベル・ランヨン、そして『ブリキの太鼓』(79)の印象的なドイツ人子役デビッド・ベネントといった小柄な俳優たちをアンサンブルキャストとして使う手段をとった(『レジェンド』の撮影フォーマットは35mm、上映プリントはアナモルフィックワイド)。

『レジェンド』の製作にあたって、ディズニーアニメのスタイルに影響を受けたスコットは、ディズニースタジオにプロジェクトを提出していた。撮影に巨額の予算を計上していたことと、加えてダークネスのイメージソースが『ファンタジア』(40)にあったことも要因のひとつである。だが物語のトーンが暗いという理由によってディズニーからは見送られ、プロデューサーであるアーノン・ミルチャンの尽力によって20世紀フォックスとユニバーサル・ピクチャーズの共同製作へと落ち着く。『ブレードランナー』に匹敵する製作費2450万ドルのリスクヘッジも兼ねた措置で、スコットの途方もない想像力を具現化するための頑強な下支えとなった。

 この視覚アプローチへの徹底は、基本的なストーリーを伝えるために必要不可欠なものと第一義に考えられ、スコットとストーリーボード・アーティストのマーティン・アズベリーは411ページに及ぶ絵コンテを作成し、映像化可能な範囲をはるかに超える手の込んだタブローを量産した。またイギリスの挿絵画家アーサー・ラッカムの妖精絵画を参考にしたり、ファンタジー文学の古典「指輪物語」の挿絵で知られるアラン・リーをコンセプチュアル・デザイナーの要職に置いた(ノンクレジットだが、リーはいくつかのキャラクターの初期スケッチを残している)。

 撮影は米カリフォルニア州のレッドウッド国立州立公園のような森林帯でのロケを検討したが、重度のコントロールフリークでもある監督は『エイリアン』のノストロモ号船内や『ブレードランナー』のロサンゼルス市街セットなどにならい、ロンドンにあるパインウッドスタジオの巨大な007ステージを撮影のメインにした。スコットは言う、

「私は観客の誰一人として、偽物を見ていると思わせたくなかったんだ」

 そのためにプロダクション・デザイナーのアシェトン・ゴートン(『欲望』(53)『フランス軍中尉の女』(82))を招き入れたことは成果として大きかった。ゴートンはサウンドステージにおける撮影の落とし穴を熟知しており、スコットは彼を『エイリアン』で起用したがっていたが、満を持してそれがかなったのだ。ゴートン以下クルーはスタジオ内に実際に流れる川や10フィートの池を備えた森を生成し、生きている木や花を備えて独自の生態系を顕現。撮影の人工感を払拭するため自然光を生み出すための緻密なライティング設計をほどこした(それが後にスタジオセットの火災を招いてしまう)。独特だったのが羽毛や綿毛の飛散する空間表現で、スコット監督は後年『キングダム・オブ・ヘブン』(05)で雪を同じように舞わせて雰囲気のある景観を作り上げているが、この意匠は本作におけるゴートンの発案がベースとなっている。


■究極の特殊メイク映画
 
 そしてリドリー・スコットはリアイティの観点から、マペットやメカニカル・ギミックを避け、人物に特殊メイクをほどこして様々なクリーチャーを生み出した。それを担ったのが、特殊メイクの名手ロブ・ボッティンである。

 ボッティンは特殊メイクを大々的に活用した人狼ホラー『ハウリング』(81)を終えた直後、スコットが『ブレードランナー』での作業について彼に連絡し接触をはかったが、そのときすでにキャリアの代表作となる『遊星からの物体X』(82)に没頭していたボッティンは参加を断念。スコットから別のプロジェクトとして『レジェンド』の脚本を受け取ったのだ。そして特殊メイク映画のマスターピースといえる『オズの魔法使』(39)のようなメイクのキャラクターを作成するチャンスに、クリエイターとして抗うことができなかったのである(余談だが、『レジェンド』の沼地に棲む緑色の老怪物メグ(ロバート・ピカード)は、西の悪い魔女のリミックスとして『オズの魔法使』のオマージュを含んでいる)。

 そしてこのテリトリーにおいてもスコットのコントロールフリークぶりは発揮され、キャラクター創造に対して非常に貪欲だったとボッティンは証言している。

「例えばダークネスの部下であるブリックス(アリス・プレイテン)は、ザ・ローリング・ストーンズのキース・リチャーズのようなイメージを想定した。するとリドリーはキースをゴブリンとしてスケッチし、それをイメージの起点として使用したんだ」
 
 そんな彼らの精魂込めたファンタジークリーチャーの開発を抜かりないものにするよう、『スター・ウォーズ ジェダイの復讐』(83)で銀河皇帝のメイクを担当したニック・ダッドマンが、キャラクターを作成するためにイギリスに研究所を設立。本作において特殊メイクは大きな位置を占めていく。

 クルーズとサラを除くすべての主要な登場人物は、毎朝ボッティンが率いる専門チームのもと、メイク室で何時間も過ごした。俳優一人に最低3人のメイクアップアーティストを要し、細かなアプライエンス(肉付け用のピース)を俳優の皮膚に何十も重ねて貼り付け、筋肉の動きに連動して細かな表情などが出るよう作り上げた。そのためメイク工程には3時間もかかり、なかでもダークネス役のティム・カリーは5時間も装着と格闘せねばならず、そのため彼はサウンドステージに到達する段階で疲労をあらわにしていた。しかし自分のメイク姿にアドレナリンを刺激され、苦痛なプロセスを忘れて演技に没頭したという。とはいえ撮影後のメイクはがしで、カリーは可溶性スピリッツガム(特殊メイク用接着剤)を溶かすために1時間以上も風呂につからされ、閉所恐怖症になってしまったという。
 そんな苦労が報われ、ダークネスは同作のキービジュアルを担うキャラクターとなり、延いてはファンタジーデザインのアイコンとして引用されるほど象徴的な存在となっている。


■『レジェンド』の遺したもの

 1985年12月のイギリスを皮切りに、翌年4月にアメリカで公開された『レジェンド』は、2450万ドルの製作費に対して1500万ドルの総収益しか得ることができず、興行は惨敗に終わった。ターゲットを見誤ったテスト試写の不評を懸念し、125分から大幅な上映時間の短縮を余儀なくされたことや、米国市場に向けたバージョンは映像のルックに適合するよう、タンジェリン・ドリームによるまろやかなシンセサイザー音楽への差し替えが図られたりと、製作側の悪手が不振に拍車をかけたことは否めない(「ザ・シネマ」における放送はジェリー・ゴールドスミスが作曲を担当したヨーロッパ(オリジナル)バージョン)。
 なにより最大の損失は監督の方向転換で、本作に全力を注いで成果を得られなかったスコットの落胆は大きく、以後、大がかりな視覚効果ジャンルから彼を離れさせてしまう。スコットが再びSFやファンタジーの世界に活路を見いだすのは、2012年製作のエイリアン前史『プロメテウス』まで27年もの時間を要することになる。

『レジェンド』の製作から36年。映画におけるデジタルの介入と発達は、自由なイメージの視覚化を大きく拡げ、「指輪物語」を原作とする『ロード・オブ・ザ・リング』トリロジー(01〜03)の実写映画化や、テレビドラマとして壮大なドラゴンストーリーを成立させた『ゲーム・オブ・スローンズ』(11〜19)など、ファンタジー映画興隆の一翼を担った。こうした路が開拓されるための轍を作り、またそれら以前に、アナログの製作状況下でファンタジーに挑んだ、リドリー・スコットの先進性と野心にあふれた挑戦に拍手を送りたい。

 ちなみにジャックを演じたトム・クルーズは本作の撮影中、スコット監督から「弟に会ってやって欲しい。いま戦闘機の映画を準備している」と進言し、彼はその言葉にしたがい、リドリーの実弟である監督のトニー・スコットに会い、戦闘機パイロットを主人公とする青春映画への出演を快諾した。その作品こそが『トップガン』(86)であり、同作は彼を一躍トップ俳優へと押し上げた。クルーズにスター性を感じていたスコットの慧眼を示すエピソードであり、『レジェンド』の意義ある副産物としてここに付記しておきたい。■

『レジェンド/光と闇の伝説』© 1985 Universal City Studios, Inc. All rights reserved.