米軍も注目した「空飛ぶ円盤」騒動とは?

1950年代のハリウッドで沸いたSF映画ブーム。その背景には、東西冷戦下で加熱する米ソの宇宙開発競争によって、アメリカ国民の宇宙に対する関心が高まったことが挙げられるだろう。さらに、当時のアメリカで吹き荒れた反共産主義運動、いわゆるマッカーシズムの嵐も少なからず影響を及ぼしていた。アメリカがソ連や中国のスパイに侵略されて「赤化」するのではないか? その過剰な恐怖心や警戒心に基づくパラノイアが、遠い宇宙から地球を侵略しにやって来るエイリアンとして映画に投影されたのである。そしてもうひとつ忘れてならないのが、当時のアメリカで巻き起こった「空飛ぶ円盤」騒動である。

事件が起きたのは’47年6月24日のこと。アメリカの実業家ケネス・アーノルドが、ワシントン州の上空で高速編成飛行を行う9つの発光体を発見し、これにアメリカ空軍が興味を示したことから、全米のメディアを騒然とさせる大騒動へと発展したのだ。この際、マスコミの取材に対して、飛行物体のことを「コーヒーカップの受け皿を重ねたみたいだった」とアーノルドが語ったことから、「空飛ぶ円盤(Flying Saucer=空飛ぶ皿)」という単語が初めて生まれたのである。

ただし米軍部は当初、アーノルドの目撃証言を幻覚、もしくは蜃気楼ではないかとコメントしていた。ところが、その翌’48年1月7日、空飛ぶ円盤と思しき飛行物体を追跡していたマンテル空軍大尉が謎の死を遂げたことから、ほどなくして米空軍は未確認飛行物体の調査機関「プロジェクト・サイン」(後のプロジェクト・ブルーブック)を発足。これほど軍部が「空飛ぶ円盤」に強い関心を示したのは、なにも彼らが宇宙人の存在を本気で信じていたからではなく、やはり共産圏のスパイ活動に対する国家安全保障上の懸念が高まっていたためではないかと思われる。

そして’49年12月、元米海軍中尉でパルプ小説家のドナルド・キーホーが、雑誌トゥルーに「空飛ぶ円盤は実在する」という論文を発表。これは翌年にペーパーバック化されて50万部以上を売り上げ、たちまちキーホーはUFO研究の第一人者として有名になる。このキーホーのUFO関連本第2弾「外宇宙からの空飛ぶ円盤」を原作に、特撮映画の神様レイ・ハリーハウゼンと盟友チャールズ・シュニーアが手掛けたSF映画が、この『世紀の謎・空飛ぶ円盤地球を襲撃す』(’56)だったのである。

実はブームに当て込んだ便乗企画だった!?

大ヒットした特撮怪獣映画『水爆と深海の怪物』(’55)で初めてコンビを組み、それ以降数々の名作を生み出したハリーハウゼンと製作者シュニーア。当時、アーウィン・アレン監督のドキュメンタリー映画『動物の世界』(’56)に、恐竜シークエンスのアニメーターとして参加したハリーハウゼンは、そちらの撮影を終えてすぐにシュニーアと合流。折からの「空飛ぶ円盤」ブームに便乗して一儲け出来ないかと考えていたシュニーアと、以前から「空飛ぶ円盤」を題材にしたアドベンチャー映画の構想を温めていたハリーハウゼンの意見が一致し、異星人が空飛ぶ円盤で地球を襲撃するという侵略型SF映画を作ることになる。

脚本は『透明人間の逆襲』(’40)や『狼男』(’41)、『ドノヴァンの脳髄』(’53)などのジャンル系映画で高い評価を得ていたカート・シオドマクに依頼。特撮を担当することになったハリーハウゼンと共同でストーリーのアウトラインを考えていたが、その途中でシュニーアがキーホーの著作の権利を取得したことから、そこに記された様々な「空飛ぶ円盤」の調査結果を脚本に取り入れることとなった。さらに、ジョージ・ワーシング・イェーツが第2稿を、バーナード・ゴードン(レイモンド・T・マーカスの変名を使用)が最終稿を手掛けて脚本は完成。コロムビア映画のB級専門監督フレッド・F・シアーズが演出を手掛けることとなった。

ストーリーは至ってシンプル。世界各地で「空飛ぶ円盤」の目撃情報が相次ぐ中、宇宙線観測所の責任者マーヴィン博士(ヒュー・マーロウ)と妻で秘書のキャロル(ジョーン・テイラー)もドライブ中に円盤と遭遇。観測所ではこれまでに打ち上げた人工衛星が通信不能となっていたが、実は「空飛ぶ円盤」によって全て破壊されていたのだ。そうとは知らぬマーヴィン博士は、新たな衛星ロケットの打ち上げを敢行。するとそこへ「空飛ぶ円盤」が飛来し、その中から異様な姿をした異星人が姿を現す。警備に当たっていた軍隊は先制攻撃を開始。すると、異星人も殺人光線を使って反撃し、軍隊ばかりか衛星ロケットも研究所も焼き尽くしてしまう。

辛うじて難を逃れたマーヴィン博士とキャロルは、観測所が「空飛ぶ円盤」によって破壊されたことを報告。たまたま録音されていた異星人のメッセージから、彼らが地球人との対話を望んでいることを知った2人だが、しかし他に生存者がいないこともあって、軍幹部はマーヴィン博士とキャロルの証言に懐疑的だった。そこで、博士たちは異星人とコンタクトを取って彼らと直接面会する。異星人は滅亡した惑星の生き残りで、地球への移住を希望していた。衛星ロケットを墜落させたのは、それが自分たちを攻撃する武器ではないかと疑ったからだ。ワシントンD.C.で各国首脳と面談することを要求する異星人。しかし、彼らの目的が地球侵略ではないかと疑ったマーヴィン博士は、軍と協力して新兵器「高周波砲」を開発し、万が一の事態に備えるのだったが…!?

低予算をものともしないハリーハウゼンの創意工夫とは?

平和的な使者かと思われた異星人が実は侵略者だった…というのは、SF映画ブームの火付け役になった名作『地球の静止する日』(’51)の逆バージョン。当時すでに大量生産されていた侵略型SF映画のひとつに過ぎず、そういう点で特筆すべきものはあまりないだろう。やはり本作の最大の見どころは、レイ・ハリーハウゼンによるストップモーションを用いた特撮である。もともと「空飛ぶ円盤」に関心を持っていたハリーハウゼンは、実際の目撃者や研究グループに会って話を聞いたうえで、劇中に登場する円盤モデルをデザイン。表面にスリットを幾つか入れることで、ツルンとした印象の円盤が回転していることも一目瞭然となり、なおかつアニメート作業がしやすくなったという。この「空飛ぶ円盤」の洗練された造形とリアルな浮遊感が秀逸。ストップモーション撮影ではワイヤーを使って吊るしているが、実は現像されたフィルムを1コマずつチェックし、モノクロの背景に合わせてワイヤーを丁寧に塗りつぶしている。この実に面倒な細かい作業のおかげで、低予算映画らしからぬハイクオリティな特撮に仕上がったのだ。

円盤が実際のロケーションに登場するシーンは、予め35mmフィルムで風景映像を撮影し、それを背景に投影しながらコマ撮りで「空飛ぶ円盤」をアニメートするリアプロジェクション方式を採用。ホワイトハウスの敷地に円盤が着地する場面では、撮影許可の手続きを省略するため、フェンスの隙間にカメラのレンズを押し込んで撮影したという。要するに、無許可のゲリラ撮影だったのだ。今だったら大問題になっていただろう。

恐らく最大の見せ場は、「空飛ぶ円盤」の大編隊がワシントンD.C.を襲撃するクライマックス。基本的に予算が少ないため、大掛かりなミニチュアセットを組むことが難しかった本作だが、このパニック・シーンだけはそうはいかなかった。全部で7つのミニチュアを作成。連邦議会議事堂のドームに円盤が突っ込むシーンでは、予め壊しておいたドームの破片をひとつひとつワイヤーで繋ぎ合わせて形を整えたうえで、円盤が突っ込んでドームが粉々になる様子を4日がかりでアニメートしている。ただしこのシーン、実はドームより下の議事堂本体はスチール写真。なので、特定のアングルからしか撮影することが出来なかった。とはいえ、仕上がりの完成度が非常に高いため、言われなければ分からないだろう。低予算をものともしないハリーハウゼンの技術力に舌を巻く。

その一方で、低予算が裏目に出てしまったのが異星人のデザインである。本来ならばクリーチャーモデルをアニメートするところだが、しかし予算の都合で不可能だったため、俳優にスーツを着せることとなった。このスーツもハリーハウゼン自身がデザインしたのだが、しかし急いで考えたために満足のいくものではなかった。ラテックスゴム製の質感も、正直なところちょっと安っぽい。予算も時間もないという悪条件ゆえ仕方ないとはいえ、大いに惜しまれる弱点と言えよう。

個人的に印象深い特撮は、異星人の監視カメラである球体「聖エルモの火」。これは電気ドリルの先に長い棒を繋げ、その棒の先に小さな電球を付けた円形のプラスチック板を装着。スタジオの明かりを消して暗くしたうえで、電気ドリルのスイッチを入れて電球を回して撮影している。そうすることによって、回転する電球の光だけがフィルムに映し出されるという。これを俳優が演技をしている実写フィルムに重ね焼きしたのである。現代のCG技術などとは比べるべくもない、極めてアナログな特撮ではあるものの、しかし出来上がった映像を見ると驚くほどリアル。本当に光る球体が宙を浮いているようにしか見えない。

ちなみに、宇宙線研究所の地下コントロール・センター内部は、スタジオのセットではなくロサンゼルスのヘルモサ・ビーチにあるプレヤ・デル・レイ下水処理施設でロケされている。地下パイプが幾つも通った複雑な造りが科学研究所にピッタリで、ダミーのコントロールパネルを幾つか加えるだけでそれらしく見えるようになったという。その際、ハリーハウゼンとシュニーアは分解タンクが排水を処理する不気味な音に着目し、これを音響スタッフに録音させて「空飛ぶ円盤」の音として使用したのだそうだ。

‘56年の夏休みにホラー映画『The Werewolf』(日本未公開)との2本立てで全米公開された本作は、中でもハリーハウゼンによる特撮が各方面から大絶賛され、彼の名声をなお一層のこと高めることとなった。余計な人間ドラマや恋愛要素を最小限に抑え、特撮の見せ場をふんだんに盛り込みながらサクサクと展開していくスピード感も魅力的だ。出し惜しみをしないところがいい。ただ、ハリーハウゼン自身はシリアスなSF物よりも夢と冒険溢れるファンタジーが好みだったらしく、純然たるSF映画は本作と『月世界探検』(’64)の2本しか残していない。■

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