日本でも世界でも60年代リバイバルがトレンドだった’90年代

‘60年代後半に世界を席巻した英国発祥の若者文化「スウィンギング・ロンドン」。ミニスカートに厚底ブーツにベルボトムといったカーナビー・ストリート・ファッション、ビーハイブにボブカットなどのヘアスタイル、ビートルズやローリング・ストーンズに代表されるポップ・ミュージック(通称「ブリティッシュ・インベージョン」)、ジェームズ・ボンド・シリーズに端を発するお洒落なスパイ映画、カラフルでサイケデリックなポップアートなどが流行し、ドラッグとフリーセックスとウーマンリブのリベラルな気運が社会に広がった。そんな「スウィンギング・ロンドン」時代のトレンドを’90年代に甦らせて大ヒットしたのが、マイク・マイヤーズ主演のスパイ・コメディ映画『オースティン・パワーズ』(’97)だった。

そもそも’90年代を振り返ってみると、世界中で「スウィンギング・ロンドン」的な’60年代カルチャーがリバイバルした時代だったと言えよう。それがいつ頃始まったのかは定かでないが、トム・ジョーンズやダスティ・スプリングフィールドがヒットチャートに復活し、B-52’sのアルバムがバカ売れした’80年代末には、すでにその下地が出来ていたのかもしれない。筆者が’60年代リバイバルをハッキリと意識するようになったのは、恐らくディーライトのデビュー曲「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」が大ヒットした’90~’91年頃だろうか。カラフルでサイケなカーナビー・ストリート・ファッションに身を包み、当時最先端のハウス・ミュージックに’60年代末~’70年代初頭のR&Bやファンクを取り入れた彼らのルックスとサウンドは、まさしく「スウィンギング・ロンドン」の’90年代的アップデートに他ならなかった。その後もレニー・クラヴィッツやジャミロクワイ、カーディガンズなど’60年代カルチャーの影響を受けたアーティストが次々と台頭し、ベルボトムや厚底ブーツを筆頭とする’60年代風ファッションも流行。特に『オースティン・パワーズ』が公開された’90年代後半はそのピークだったかもしれない。

時を同じくして、ここ日本でも独自の60’sリバイバルが巻き起こっていた。その引き金となったのは「渋谷系」ブームだ。ピチカート・ファイヴやフリッパーズ・ギターといったお洒落な渋谷系アーティストの人気は、彼らが影響を受けた海外の’60年代カルチャーにまで広がり、バート・バカラックやクインシー・ジョーンズなどのラウンジ・ミュージック、ロジャー・ニコルズやクロディーヌ・ロンジェなどのサンシャイン・ポップス、セルジュ・ゲンズブールやフランス・ギャルなどのフレンチ・ポップス、エンニオ・モリコーネやアルマンド・トロヴァヨーリなどのイタリア映画音楽が、渋谷を発信源として流行に敏感な当時の若者たちに次々と再発見されたのだ。そのトレンドはファッションや映画などにも波及。『黄金の七人』シリーズやカトリーヌ・スパーク主演作などを、映画館のリバイバル上映で追体験できたのは、それこそ「渋谷系」ブームのもたらした恩恵だったと言えよう。こうした日本ならではの少々マニアックな60’sリバイバルも、海外のムーブメントと呼応するようにして世界へと広がっていったのである。思い返せば、当時の東京はロンドンやニューヨークと並ぶ世界的な若者トレンドの発信地でもあった。なんとも文化的に豊かで幸福な時代だったと思う。

さらに、『オースティン・パワーズ』が大成功した背景には、ジェームズ・ボンド映画の人気復活も影響していたように思われる。’60年代スパイ映画ブームの起爆剤であり、「スウィンギング・ロンドン」時代の象徴のひとつでもあったジェームズ・ボンド映画シリーズ。しかし、3代目ロジャー・ムーアの後期作品『007 オクトパシー』(’83)辺りから人気に陰りが見え始め、続く4代目ティモシー・ダルトンの『007 リビング・デイライツ』(’87)と『007 消されたライセンス』(’89)は、地味なシリアス路線が災いしてか興行的に不発。おかげで、それまで2~3年毎のペースで作られてきたシリーズが、初めて6年という長いブランクを開けることとなる。だが、軽妙洒脱で荒唐無稽でお洒落な往時のボンド映画スタイルを取り戻した、5代目ピアース・ブロスナンのお披露目作『007 ゴールデンアイ』(’95)が久々の大ヒットを記録。再びジェームズ・ボンド映画は世界的なドル箱シリーズへと復活を遂げたのだ。『オースティン・パワーズ』がブロスナン版第2弾『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(’97)と同じ年に公開されたのは、もしかすると偶然などではなかったのかもしれない。

現代に蘇った伝説のチャラ男スパイが巻き起こす珍騒動!

物語の始まりは1967年のロンドン。普段は女性にモテモテのトレンディなファッション・フォトグラファー、しかしその素顔は世界を股にかける凄腕の英国諜報員というオースティン・パワーズ(マイク・マイヤーズ)は、相棒のセクシーな女性スパイ、ミセス・ケンジントン(ミミ・ロジャース)と共に、国際的な犯罪組織ヴァーチュコンを率いる宿敵Dr.イーヴル(マイク・マイヤーズ2役)を追いつめるものの、しかしあと一歩のところで取り逃がしてしまう。人気ファミレス・チェーン「ビッグ・ボーイ」のマスコット人形の形をしたロケットで宇宙へ逃亡したDr.イーヴルは、近い将来の復活を予言して自身と愛猫ビグルスワースを冷凍保存。そこで、オースティンも同じく自信を冷凍保存し、来るべきDr.イーヴルの復活に備えるのだった。

それから30年後の1997年。あのビッグ・ボーイ人形が大気圏に突入したことから、米軍より緊急連絡を受けたイギリス国防省は、極秘施設で冷凍睡眠に入っていたオースティン・パワーズを解凍させる。新たな相棒となったのは、ミス・ケンジントンの娘である見習い諜報員ヴァネッサ(エリザベス・ハーリー)。母親から常々聞かされていた伝説の大物スパイとの対面に胸を躍らせるヴァネッサだが、しかし仕事よりも夜遊びやセックスのことで頭がいっぱい、スウィンギング・ロンドンそのままのド派手なファッションで闊歩するお気楽なプレイボーイ、オースティンの破天荒すぎる言動に目を丸くするのだった。

一方、同じく30年ぶりに冷凍から目覚めたDr.イーヴルは、その間にヴァーチュコンを巨大企業へと成長させた腹心Mr.ナンバー・ツー(ロバート・ワグナー)やドイツ人の女性幹部フラウ・ファービッシナ(ミンディ・スターリング)、さらに人工授精で生まれた息子スコット(セス・グリーン)などを招集。物価や国際情勢などの大きな変化に戸惑いつつ、核弾頭を奪って世界の平和を脅かすという昔ならではの手法で、国連に莫大な金を要求することにする。その頃、ヴァーチュコンの幹部が入り浸っているという、ラスヴェガスのカジノへと乗り込んだオースティンとヴァネッサ。そこでMr.ナンバー・ツーの愛人アロッタ・ファジャイナ(ファビアナ・ウーデニオ)とムフフな関係になったオースティンは、Dr.イーヴルが邪悪な計画を企んでいると知る。懐かしの上司バジル(マイケル・ヨーク)の指示のもと、世界を救うためDr.イーヴルの野望を打ち砕こうとするオースティンとヴァネッサだったが…!?

マイク・マイヤーズの好きなものが目いっぱい詰まったおもちゃ箱

オースティン・パワーズの元ネタとなったのは、主演のマイク・マイヤーズがレギュラー番組「サタデー・ナイト・ライヴ」の中で’91年に結成した’60年代英国風ロックバンド、ミン・ティー(本作のエンドロールにも登場)。このバンドには元バングルズのスザンナ・ホフスやマシュー・スウィートなどが参加し、マイヤーズはリードボーカルとギターを担当したのだが、そのキャラクター名がオースティン・パワーズだったのだ。このオースティンを主人公に映画を作ったらどうか?と妻に勧められた彼は、自ら書いた脚本をホフスの旦那であるジェイ・ローチ監督に持ち込んだことから本作が生まれたのである。

映画そのもののベースは、もちろん’60年代のジェームズ・ボンド映画シリーズ。Dr.イーヴルは明らかに『007は二度死ぬ』(’67)でドナルド・プレザンスが演じたブロフェルドをモデルにしているし、A Lotta Vagina(ワギナがたくさん)をもじった悪女アロッタ・ファジャイナの名前は『007 ゴールドフィンガー』(’64)のボンドガール、プッシー・ガロア(プッシーがいっぱい)のパロディだ。黒の眼帯をしたMr.ナンバー・ツーは『007 サンダーボール作戦』(’65)のエミリオ・ラーゴ、強面オバサンのフラウ・ファービッシナは『007 ロシアより愛をこめて』(’63)のローザ・クレッブが元ネタであろう。

ただし、主人公オースティン・パワーズはジェームズ・ボンドよりも、その影響下で作られた’60年代スパイ映画『サイレンサー』シリーズの軽薄なチャラ男スパイ、マット・ヘルム(ディーン・マーティン)に近い。劇中のカラフルでスウィンギンでサイケデリックなファッションや美術セットも、『サイレンサー』シリーズや『黄金の眼』(’68)などの影響が色濃いように思う。また、黒縁メガネをかけたオースティンのルックスは、マイケル・ケインが演じた『国際諜報局』シリーズの主人公ハリー・パーマーをモデルにしたそうだ。

そのほか、’60年代のオースティンの相棒ミセス・ケンジントンは英国ドラマ『おしゃれ(秘)探偵』でダイアナ・リッグが演じた、黒革のジャンプスーツ姿で空手技を操る女スパイ、エマ・ピールが元ネタだし、オースティンが女性ファンから追いかけられるオープニング・クレジットは『ビートルズがやって来る ヤア!ヤア!ヤア!』(’64)へのオマージュだし、エンド・クレジットのフォトセッション・シーンはミケランジェロ・アントニオーニ監督のイギリス映画『欲望』(’66)のパロディ。劇中で随所に差し込まれる、オースティンとバックダンサーたちが決めポーズを取るシーン・ブレイクは、’60年代末に人気を博したお笑い番組『Rowan & Martin’s Laugh-In』のパロディである。また、おっぱいから銃口が飛び出す女性型ロボット軍団「フェムボット」は、『華麗なる殺人』(’65)でブラジャーに拳銃を仕込んだグラマー美女ウルスラ・アンドレス、もしくはヴィンセント・プライス主演の『ビキニマシン』(’65)に登場するビキニ姿のロボット美女軍団をヒントにしたものと思われる。

生まれも育ちもカナダのマイク・マイヤーズだが、両親はリヴァプール出身のイギリス人で、幼少期から英国文化に親しんで育ったという。中でも、’60年代当時の映画や音楽を愛した父親からの影響は大きく、マイヤーズが本作のために設立した自身の製作会社Eric’s Boyは、’91年に亡くなった父親エリックの名前から取られている。恐らく、彼が子供の頃から大好きだったものを目いっぱい詰め込んだ、おもちゃ箱のような映画が『オースティン・パワーズ』だったのであろう。■

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