北と南の刑事がタッグを組んで悪に立ち向かう!
韓国と北朝鮮の刑事がコンビを組んで凶悪犯罪に立ち向かうという、それまでありそうでなかった斬新な設定が話題を呼び、韓国では’17年度の映画観客動員数で上半期No.1の大ヒットを記録したクライム・アクションである。現地で本作が劇場公開された’17年2月といえば、前年10月に発覚した「崔順実ゲート事件」で朴槿恵大統領が弾劾訴追され、韓国社会にリベラルな市民革命の波が押し寄せていた、いわば大きな転換期の真っ只中。その朴槿恵大統領は就任当初こそ北朝鮮と良好な関係を保っていたが、しかし政権後半になると両者の関係は著しく悪化してしまった。本作が当時の韓国で大成功を収めた背景には、もしかすると来るべき朴大統領退陣後の世界を見据えて、北との関係改善を望む国民感情が少なからず作用していたのかもしれない。
物語の始まりは北朝鮮。ピョンヤン近郊の第215工場では、秘かに米ドル紙幣の偽造が行われていた。工場の外では、人民保安部の特殊捜査隊チームが監視している。彼らは正体不明の犯罪グループを追って第215工場へと辿り着いたのだ。ほどなくして、工場内で銃声が鳴り響く。使命感の強いイム・チョルリョン少佐(ヒョンビン)は、明け方まで外で待機しろという上司チャ・ギソン大佐(キム・ジュヒョク)の指示を無視し、部下たちを引き連れて工場内へと急行。ところが、彼らの前に現れた犯罪グループの黒幕は、他でもない上司ギソンその人だった。武装した犯罪グループは、工場職員も特殊捜査隊もまとめて皆殺しに。チームの一員であるチョルリョンの妻もギソンの銃弾に倒れる。目の前で最愛の人を殺され、自身も銃撃戦で負傷したチョルリョンは、果てしない絶望の中で意識を失っていく。
ギソン率いる犯罪グループの目的は、北朝鮮の最新技術の粋を集めた偽造紙幣印刷用の銅版「明刀銭(ミョンドジョン)」の強奪。これのおかげで北朝鮮は、スーパーノートと呼ばれる100米ドル紙幣の超精巧な偽札を大量生産してきたのだ。その「明刀銭」を奪ったギソン一味は、中国を経由して韓国のソウルへ。恐らく高値で売りさばくつもりなのだろう。もし銅版の存在が世界に知れたら一大事だ。慌てた北朝鮮上層部は一計を案じる。北側からの提案で南北長官級会談を韓国ソウルでセッティングし、その使節団のメンバーとして捜査官を送り込もうというのだ。選ばれたのは九死に一生を得たチョルリョン。当初、ただひとり生き残ったことから逆に共犯を疑われて拷問を受けたチョルリョンだったが、妻を殺したギソンへの激しい復讐心に駆られて危険な任務を引き受ける。
一方その頃、ソウル警察庁の刑事カン・ジンテ(ユ・ヘジン)は、捜査中に娘からの電話に出て容疑者を取り逃がすという大失態を演じ、3ヶ月の停職処分を食らってしまう。人情に厚くて同僚や部下から愛されるジンテだが、しかしお人好しな性格から損な役回りばかり引き受けてしまい、おかげで出世コースとは縁のない万年ヒラ刑事。停職処分などと知れたら気の強い妻ソヨン(チャン・ヨンナム)から大目玉を食らってしまうし、そもそも育ち盛りの娘ヨナ(パク・ミナ)や居候の義妹ミニョン(ユナ)の生活費も稼がねばならない。さて困った…と頭を抱えていると、上司のピョ班長(イ・ヘヨン)から特別任務の相談を受ける。
その特別任務とは「南北共助捜査」。なんでも、脱北した殺人犯を秘密裏に捕らえるため、南北長官級会談に合わせて北の捜査官がソウルへ来るらしい。そこで、韓国側の刑事がパートナーとして合同捜査することになったというのだ。ただし、合同捜査はあくまでも形だけ。ジンテの役目は北の捜査官から犯人の詳しい情報を入手し、捜査に協力するふりをして遠ざけること。犯人逮捕の実務は韓国の国家情報院が行う。なぜなら、わざわざ北側が韓国まで追いかけて来るほど重要な犯罪者が、単なる殺人犯とは考えにくいから。それならば自分たちの手で捕え、犯人の正体と北側が躍起になる理由を突き止めようというわけだ。
詳細を聞いて一瞬ためらうジンテ。正直なところ、ピョ班長から厄介事を押し付けられたような形だが、しかし任務に成功すれば早期の復職が叶うばかりか出世も期待できる。そう考えて引き受けることにしたジンテだったが、想像以上にやり手だったチョルリョンの大胆で命知らずな捜査に次々と振り回されていく…。
見どころは超絶スタントばかりじゃない!
韓国映画お得意のハードなアクションとバイオレンスが満載。登場人物たちと一緒になって縦横無尽に駆け回るカメラワークの圧倒的な没入感を含め、それこそ「ジェイソン・ボーン」シリーズも顔負けの派手なスタントは、もはやハリウッド映画以外では韓国映画の独壇場と言えよう。見ていて思わず笑みがこぼれてしまうほどの迫力。日本人にもお馴染みのお洒落な繁華街・梨泰院(イテウォン)をはじめ、実際のストリートへ飛び出してのカーチェイスやら銃撃戦やらの危険なアクションは、そもそも日本では撮影許可自体が下りないはずだ。なおかつ、最大限CGに頼らないリアルなスタントを目指した本作では、その表情までもカメラに捉えるため役者自身が多くのスタントに挑戦しており、中でも主演のヒョンビンは全体の90%をスタントダブルなしで本人が演じているという。しかも、接近戦の肉弾バトル・シーンではロシア軍特殊部隊から生まれた格闘術「システマ」を採用。それこそ『イコライザー』シリーズのデンゼル・ワシントンの如く、身近にある日用品までも武器に変えてしまう驚異の格闘アクションを披露する。
ただし、本作の最大の魅力はそうした映像的に派手な見せ場の数々よりも、泥臭くて人間味のある登場人物たちのキャラクターと、サスペンスやユーモアの中に朝鮮半島の平和と南北統一への願いを込めた脚本の奥深さにあると言えよう。犯人逮捕のためなら手段を選ばない命知らずの若手エリート刑事チョルリョンと、グウタラなダメ人間だけど部下想いで家族を大事にする人情家のベテラン刑事ジンテの顔合わせは、さながら『リーサル・ウェポン』シリーズのリッグスとマータフの如し。気が強くて口も悪いけど誰よりも夫を愛するジンテの妻ソヨン、我がままだけど無邪気で愛くるしい娘ヨナ、美人だけどジンテ以上にグウタラなダメ人間の義妹ミニョンと、かなりクセ強めなジンテの家族も親しみやすくて魅力的だ。
もちろん、クールでストイックでハンサムなチョルリョンを演じる韓国のトップ俳優ヒョンビン、見るからに風采の上がらないオジサンだけどお人好しで憎めないジンテを演じる名脇役ユ・ヘジンと、実に好対照な主演コンビのキャスティングも強力な武器であろう。美女と野獣ならぬ美男と野獣(笑)。加えて、筋骨隆々の精悍な悪党ギソン役のキム・ジュヒョクがまたカッコいいのなんのって!韓流ノワール『毒戦BELIEVER』(’18)で演じた中国人麻薬商人も強烈だったが、それだけに45歳の若さで交通事故死してしまったことは本当に惜しまれる。なお、義妹ミニョン役を演じるユナは、K-POP第二世代を代表するガールズグループ、少女時代のメンバーだ。
殺された妻の復讐を果たすため、そして独裁国家へ絶対的な忠誠を誓った捜査官としての職責を全うするため、是が非でも宿敵ギソンを捕らえねばならないチョルリョン。一方のジンテはなるべく面倒なトラブルを避け、何事もなく穏便にミッションを終えて職場復帰したいのだが、しかし危険を顧みないチョルリョンの大胆不敵な行動力と、現場の刑事を便利な駒としか考えない国家情報院の理不尽な要求に振り回される。そんな2人の凸凹コンビぶりがスリルと笑いを生んでいくわけだが、同時に国家権力によって都合良く使い捨てにされる者の悲哀までもが滲み出る。だからこそ、互いに反発しつつも次第に共鳴し、やがて固い友情で結ばれていくことになるのだ。そういえば、妻を収容所で失ったことから共和国に恨みを持つようになったギソンも、よくよく考えると北朝鮮の全体主義が生み出したモンスターであり、国家権力の哀れな犠牲者とも言えますな。
そのうえで本作は、たとえ国は違ってもそこに住むのは同じ血の通った人間、しかも韓国と北朝鮮の場合は言語や文化を共有する同じ民族であることを再認識させ、両国民がお互いを理解して歩み寄ることの大切さ、朝鮮半島の平和と南北統一の実現へかける期待、そして権力者の思惑に踊らされて民衆同士が対立や分断を深めることの無益を訴える。同じようなことはロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナにも言えるだろう。表向きは超絶アクション満載の痛快・爽快なエンターテインメント映画でありながら、しかしその根底には万国共通の普遍的なヒューマニズムの精神が流れている。それこそが本作の圧倒的な強みだと言えよう。
なお、本作の韓国公開から約3ヶ月後に文在寅政権が誕生。翌’18年2月の平昌オリンピック開会式では韓国と北朝鮮の選手が統一旗を掲げで合同で入場し、4月には板門店での南北首脳会談が実現するなど、一時的にせよ南北の融和ムードが一気に高まることとなった。■
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