映画は当たっても2流スター扱いだった当時のシュワルツェネッガー
‘80年代のハリウッドを代表するアクション映画スター、アーノルド・シュワルツェネッガーの人気を決定づけた大ヒット作である。ご存知の通り、世界的なボディビルダーから俳優へと転向したオーストリア出身のシュワルツェネッガー。役者デビューは’70年にまで遡るのだが、しかしその人並外れたマッチョ体型と外国訛りの強い発音、さらには長くて覚えにくい名前がハンデとなってしまい、なかなか良い仕事に恵まれなかった。
大きな転機となったのは有名なファンタジー小説「英雄コナン」シリーズを映画化したヒーロー映画『コナン・ザ・グレート』(’82)。魔法や怪物が存在する太古の昔を舞台にした冒険活劇で、超人的な肉体を持つ英雄コナンはシュワルツェネッガーにしか演じられないハマリ役となる。なにしろ、それまで映画関係者から「気味が悪い」とまで言われたマッチョ体型がここでは存分に活かせるし、そもそも舞台設定が有史以前の世界なので英語のセリフに訛りがあっても不自然ではない。映画自体も世界的な大ヒットを記録し、シュワルツェネッガーは一躍注目の的に。続編『キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2』(’84)や姉妹編的な『レッドソニア』(’85)にも出演した。
その英雄コナン以上の当たり役となったのが、ジェームズ・キャメロン監督の出世作でもあるSFアクション映画『ターミネーター』(’84)で演じた、未来から現代へと送り込まれた無表情・無感情の殺人サイボーグ「ターミネーター」だ。同作は低予算のB級アクション映画ながらブロックバスター級のメガヒットとなり、これまでに5本の続編映画やテレビのスピンオフ・シリーズなどが誕生、シュワルツェネッガーのキャリアにおいて最大の代表作となったわけだが、しかしそれでもなお、当時のハリウッドにおける彼はまだまだぽっと出のB級映画スター、規格外の体型で原始人やロボットを演じるキワモノ俳優というイメージが強く、次から次へと現れては短命で消えていくアクション映画俳優のひとりと見做されていた。
実際、本作のヒロイン役を20名以上の有名女優にオファーしたものの、その全員からことごとく共演を断られてしまったという。要は2流扱いされていたのである。そんなシュワルツェネッガーが初めて等身大の人間臭いヒーローを演じ、大物シルヴェスター・スタローンの向こうを張るアクション映画スターとしての地位を不動のものにしたヒット作が、いかにも’80年代らしい勧善懲悪のバトル・アクション『コマンドー』(’85)である。
心優しき父親にして最強の殺人マシン、ジョン・メイトリックス!
主人公はアメリカ陸軍特殊作戦コマンドーの指揮官だったジョン・メイトリックス(アーノルド・シュワルツェネッガー)。今は陸軍を引退して大自然に囲まれた山荘で暮らし、愛娘ジェニー(アリッサ・ミラノ)と平凡だが満ち足りた幸福な毎日を送っているメイトリックスだが、そんな彼のもとへ陸軍時代の元上司・カービー将軍(ジェームズ・オルソン)が急遽やって来る。実は、メイトリックスの部隊に所属していた元隊員たちが、何者かによって次々と暗殺されているという。敵はメイトリックスの命も狙っているに違いない。そう警告しに来たカービー将軍は、護衛の兵士を置いて去っていくのだが、その直後に謎の武装集団が山荘を襲撃する。万が一のために備えていた武器で応戦するメイトリックス。しかし護衛の兵士たちは殺され、娘ジェニーも人質として連れ去られてしまう。決死の覚悟で敵を追跡するメイトリックスだが、結局は彼自身も捕らわれの身となってしまった。
敵のアジトへと連れて行かれたメイトリックス。そこで待ち受けていた黒幕は、かつて彼の部隊によって失脚させられた南米バルベルデ共和国の独裁者アリアス(ダン・ヘダヤ)だった。しかも、その一味の中には元部下ベネット(ヴァーノン・ウェルズ)も含まれている。メイトリックスに個人的な恨みを抱いているベネットは、アリアスに10万ドルの報酬で雇われ、己の死を偽装して一味の計画に加担していたのだ。その計画とは、バルベルデで英雄視されているメイトリックスを現地へ送り込み、彼を信頼する現職大統領を暗殺させてアリアスが再び権力へ返り咲くというもの。そのための人質として、娘のジェニーを誘拐したのだ。
協力を拒めば娘の命はない。仕方なく任務を引き受けたメイトリックスだが、しかし同行する監視役を殺してバルベルデ行きの飛行機から秘密裏に脱出する。というのも、任務が成功しても失敗しても敵はジェニーを殺すだろう。ならば相手が油断している隙に隠れ家を突き止め、監禁されているジェニーを救い出すべきだと考えたのである。ただし、飛行機がバルベルデへ到着すれば、こちらの動きもバレてしまう。残された猶予は11時間。それまでにジェニーを救出せねばならない。空港へ戻ったメイトリックスは、手がかりを知る敵の仲間サリー(デヴィッド・パトリック・ケリー)を尾行。たまたま居合わせた航空会社の客室乗務員シンディ(レイ・ドーン・チョン)を無理やり巻き込み、スパイも顔負けの秘密工作と諜報活動を駆使して、アリアス一味の隠れ家へ迫らんとするのだが…?
ハードなアクションと軽妙洒脱なユーモアの組み合わせは、さながら古き良きジェームズ・ボンド映画の如し。実際、マーク・L・レスター監督はボンド映画を多分に意識したという。真面目な顔をしてジョークをかますのはシュワルツェネッガーの十八番だが、その原点はまさに本作。後に『ツインズ』(’88)や『キンダーガートン・コップ』(’90)を大成功させたことからも分かるように、コメディのセンスと才能に恵まれているのは、ライバルのシルヴェスター・スタローンにはないシュワルツェネッガーの長所と言えよう。なおかつ、本作では元特殊部隊の屈強な殺人マシンでありながら、心優しい普通の父親の顔も持ち合わせた正義の味方という頼もしいヒーロー像を体現。やがて日本でも「シュワちゃん」と親しみを込めて呼ばれることになる、「気は優しくて力持ち」的なイメージは本作で初めて確立したのではないかと思う。
もともと本作の脚本は、当時まだ無名の新人だったジョセフ・ローブとマシュー・ワイズマンが、ロックバンド「KISS」のジーン・シモンズのために書いたもの。しかし、シモンズ本人から却下されたためにお蔵入りしていたらしい。それを20世紀フォックスの書庫から発掘したのが、『48時間』(’82)シリーズや『リーサル・ウェポン』(’87)シリーズ、『プレデター』(’87)シリーズに『ダイ・ハード』(’88)シリーズなどでお馴染みの大物プロデューサー、ジョエル・シルヴァー。当初からシュワルツェネッガーの主演を念頭に脚本を探していたシルヴァーは、SFでもファンタジーでもない純然たるアクションが良いと考えてチョイスしたそうだが、しかしオリジナル脚本では主人公が元イスラエル兵だったりとシュワルツェネッガーが演じるには無理のある設定が多かったため、『48時間』や『ダイ・ハード』でもシルヴァーと組んだ売れっ子脚本家スティーブン・E・デ・スーザがリライトを任された。
監督に抜擢されたのは、ジョエル・シルヴァーがヒュー・ヘフナーのプレイボーイ・マンションのパーティへ招かれた際、たまたま知り合って親しくなったマーク・L・レスター。『スタントマン殺人事件』(’77)や『処刑教室』(’82)など良質なB級アクションで知られるレスター監督だが、しかし当時は自身初のメジャー大作『炎の少女チャーリー』(’84)が大コケしたばかり。それでもシルヴァーが彼を起用したというのは、恐らくよほどウマが合ったのかもしれない。そのレスター監督とデ・スーザを伴ってシュワルツェネッガーのもとを訪れ。出演交渉を行ったというシルヴァー。まだ脚本の最終版が仕上がっていなかったため、デ・スーザが口頭で内容を説明したのだそうだが、それを聞いたシュワルツェネッガーは「裸で走り回る石器人でもなければサイボーグでもない、普通の人間をようやく演じられる」と喜んだらしい。
とはいえ、切り倒した大木をひょいと肩に乗せて運んだり、公衆電話ボックスを中に人が入ったまま放り投げたり、サリー役デヴィッド・パトリック・ケリーの足を片手で掴んで逆さ吊りにしたり、なんだかんだと常人にはあり得ない怪力ぶりを発揮する主人公メイトリックス。演じるシュワルツェネッガーも現実にはそこまでの超人ではないため、劇中に出てくる大木も公衆電話ボックスも、実は本物より軽い撮影用のニセモノを使用している。もちろん、ボックスに入っている人間もダミー。また、デヴィッド・パトリック・ケリーを片手で逆さ吊りにするシーンでは、カメラに写らないようにしてクレーン車でケリーを吊り上げている。
実はメイトリックスに対するベネットの倒錯したラブストーリーだった!?
ヒロインのシンディ役には、伝説的な音楽デュオにしてお笑いコンビ「チーチ&チョン」のトミー・チョンを父親に持つ黒人女優(厳密には父親が中国系とアイルランド系などのミックス、母親がアフリカ系と先住民チェロキー族のミックス)レイ・ドーン・チョン。彼女もまた父親譲りでコメディの才能に長けている人で、シュワルツェネッガーとの相性も抜群だ。また、メイトリックスの娘ジェニーを演じるアリッサ・ミラノは、当時テレビのシットコム『Who’s the Boss?』(‘84~’92)で大人気だったティーン女優。同番組が未放送だった日本では、本作をきっかけに美少女アイドルとして人気が沸騰し、日本市場向けに歌手デビューしたり、日本のテレビCMにも出演したりと大活躍だった。映画雑誌「スクリーン」や「ロードショー」のグラビアページや付録ポスターにもたびたび登場。50代以上の映画ファンには懐かしいスターと言えよう。
一方、メイトリックスの元部下で最大の宿敵ベネットには、『マッドマックス2』(’81)のモヒカン刈り暴走族ウェズの怪演で注目されたオーストラリア人俳優ヴァーノン・ウェルズ。もともとは別の役者がキャスティングされていたが、しかし撮影現場で演技を見たレスター監督はベネット役に向いていないと判断して初日でクビに。『マッドマックス2』で印象に残っていたウェルズを急きょ起用することになったという。また、南米の独裁者アリアス将軍役も当初は名優ラウル・ジュリアを想定していたが、しかし配給を担当する20世紀フォックスの重役から友人のダン・ヘダヤを使うよう指定されたという。体は小さいが態度はデカい小悪党サリーには、『ウォリアーズ』(’79)や『48時間』などウォルター・ヒル作品でお馴染みのデヴィッド・パトリック・ケリー。彼も本作を機に売れっ子の性格俳優となった。なお、メイトリックスとシンディが乗る水上セスナ機に無線で警告を発する、沿岸警備隊防空部の通信オペレーター役として、無名時代のビル・パクストンが顔を出しているのも要注目だ。
ちなみに、劇中ではいまひとつ曖昧にされているベネットがメイトリックスを恨む理由だが、レスター監督曰く撮影現場でキャストやスタッフに共有していた裏設定があるという。それによると、ある任務でベネットは自分が置き去りにされたと勘違いし、メイトリックスのことを「自分を見殺しにした男」として一方的に恨んでしまった…ということらしい。ただし、ファンの間ではベネットの服装がゲイっぽいことから、実はメイトリックスに片想いしているんじゃないかとの説も根強かったりする。反抗的な態度を取るのもメイトリックスの気を引きたいから。まさしく「可愛さ余って憎さ百倍」。俺のものにならないなら、いっそのこと殺してしまいたい!というわけだ。それを大前提にベネットの一挙一動を追っていくと、クライマックスの一騎打ちもやけに生々しく感じられるだろう。
映画をポップアートだと考えるというレスター監督は、プロデューサーであるジョエル・シルヴァーと相談のうえで、あえて本作のアクションも芝居も徹底して大袈裟に演出したという。そう言われると確かに、『処刑教室』にしろ『クラス・オブ・1999』(’90)にしろ『リトルトーキョー殺人課』(’91)にしろ、レスター監督のアクション映画はマンガ的な誇張が多いと言えよう。そのトゥーマッチ感こそが本作の面白さであり、興行的に成功した理由でもあったはずだ。中盤のハイライトであるショッピング・モールでの大立ち回りにおける、縦横無尽に駆け回るシュワルツェネッガーの大暴走ぶりなどはその好例。ちなみにロケ地となったショッピング・モールは、’80年代の西海岸で最大の若者トレンドの発信地と呼ばれ、『初体験/リッジモントハイ』(’82)や『ヴァレー・ガール』(’83)、『ナイト・オブ・ザ・コメット』(’84)に『キルボット』(’86)などなど、数多くのティーン向け娯楽映画の撮影に使われた「シャーマン・オークス・ガレリア」である。
およそ900万ドルという意外に控えめな予算に対し、世界興収5750万ドルという爆発的なヒットを記録した『コマンドー』。イタリア産アクション『ストライク・コマンドー』(’87)やフレッド・オーレン・レイ監督の『コマンド・スクワッド』(’87)などのパクり映画が世界中で量産されたほか、日本でも『必殺コマンド』(’85)や『コマンドー者』(’88)など勝手に邦題でコマンドー(ないしコマンド)を名乗ったB級C級アクション映画がビデオレンタル店にズラリと並ぶこととなった。なお、今回ザ・シネマで放送されるのは劇場公開版よりも2分ほど長いディレクターズ・カット版。メイトリックスがシングルファーザーになった経緯などの背景を説明するセリフや、アクション・シーンにおける過激な残酷描写カットが増やされており、より見応えのある映画に仕上がっている。■
『コマンドー【ディレクターズカット版】』© 1985 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.