「トビー・フーパーは撮影現場にはいたが、演出の実権を握っていたのはスピルバーグだ。(中略)映画には多くの人の協力が必要だが、彼は人の仕事にも手を出したがるんだよ」
クレイグ・リアドン ー『ポルターガイスト』スペシャル・メイクアップ担当(米「Cinefantastique」誌より)
◆『E.T.』と血を分けたサバービア怨霊ホラー
ゴーストホラーの偉大なクラシックとして『ポルターガイスト』(1982)は映画史にその名を刻みつけた。郊外のサバービア(新興住宅地)に引っ越してきた、幸福なフリーリング一家に降りかかる心霊現象の数々。やがてそれは猛威を増し、彼らを窮地へと引きずり込んでいく。
映画はそんな一家の恐るべき体験と、怨霊とゴーストハンターたちとの壮絶な戦いを描き、作品は全米興行収入約7000万ドルのヒットを記録した。そして同作はシリーズ化されて2本の続編を生み、2015年にはリメイク版も製作されている。『アクアマン』(2018〜)や『死霊館』(2013〜)シリーズでその名をとどろかす映画監督ジェームズ・ワンも「心霊スリラーの偉大なる傑作」と同作を称え、その影響のもとに彼の数あるホラーフランチャイズは存在する。
だがワンが『ポルターガイスト』に心酔する背景には、自身の敬愛するスティーブン・スピルバーグの作品であるという意識がはたらいているともいえる。もちろん、その考え方に間違いはない。本作を製作したのはスピルバーグであり、氏はこの映画で脚本も兼任している。しかし『ポルターガイスト』には、トビー・フーパというれっきとした監督が存在する。アメリカンホラーの歴史に燦然と輝く『悪魔のいけにえ』(1974)の生みの親であり、フィアメーカー(恐怖の創造者)としてジャンルのトップに立つ偉大なマエストロだ。そんな人物を差し置いて『ポルターガイスト』を、スピルバーグの作品として認識している人は少なくない。
まずは本作が生まれるに至った経緯を記しておきたい。
『ポルターガイスト』の創造は、知的生命体とのコンタクトを描いた『未知との遭遇』(1977)の続編として、スピルバーグがコロンビア・ピクチャーズに監督を約束していた企画『ナイト・スカイズ』を起点とする。この企画を実現させるために、スピルバーグはまず脚本家と監督の選出をした。前者は『セコーカス・セブン』(1980)の監督や『ピラニア』(1978)『ハウリング』(1981)の脚本家として知られるジョン・セイルズ、そして後者がトビー・フーパーである。だが平和的ではない、異星人との侵略的な遭遇を描いたはずの『ナイト・スカイズ』の草稿は『E.T.』(1982)へと枝分かれし、こちらはユニバーサルで映画化が決まったのだ。そしてもう片方の枝をMGMに持っていき、こちらが『ポルターガイスト』として映画化が決定したのである。『E.T.』とのバッティングを懸念したスピルバーグは、異星人を悪霊に変えることでどちらも企画を通したのだ。この流れから、両作がサバービアを舞台とする共通の設定に合点がいくだろう。
ただ『E.T.』を監督する関係上、スピルバーグは『ポルターガイスト』では製作に専念し、同作はフーパーの監督作品としてプロジェクトが進行する。しかしユニバーサルで『ファンハウス/惨劇の館』(1981)を監督中だったフーパーと往復書簡で固めたストーリーをもとに、マイケル・グレースとマイク・ピーターが執筆した脚本をスピルバーグは気に入らず、製作のフランク・マーシャルやキャスリーン・ケネディの尽力を経て大幅に改変。ここから彼の作品に対する支配欲が萌芽する。
さらに『E.T.』との差異を強化するため、自身の監督作の座組とは異なるキャストやスタッフを『ポルターガイスト』に配した。だがそれもスピルバーグの意思が細かく絡んだことで、より企画へののめり込みに拍車がかかったのだ。加えて自分が初めてホラージャンルに関わることに対する高揚感が、演出への介入を強く後押ししたともされている。
そして事態をややこしくしたのは、撮影現場における両者の立ち回りだ。スピルバーグは毎日セット入りし、ストーリーボードもほとんどを自身で手がけ、フーパーの指揮権をときに無自覚に、そして無意識のもとに剥奪している。それは特殊効果においても同様で、スピルバーグは多くのアイディアを自分で提案し、そして改善を求め、ただでさえ困難を極めたリチャード・エドランド(視覚効果スーパーバイザー)のVFX/SpFX作業をより煩雑にしたのである。
◆近年において混沌と化すスピルバーグ説
こうした越権行為はやがて表面化し、スピルバーグとフーパーは互いの領分に関してマスコミを通じて正当性を主張。演出家組合はフーパーの権利を重んじ、スピルバーグに罰金の支払いと、自身が演出しているかのように思わせるプロモーション映像を取り下げるよう指示した。さらに和解策の一つとしてスピルバーグは米「バラエティ」誌の全一面に詫び状を掲載。『ポルターガイスト』の監督はフーパーであることを、よそよそしく触れ回ったのである。
しかし結果として、完成した『ポルターガイスト』は演出やレイアウトや構図の特徴、ならびにキャメラムーブの規則性などが完全にスピルバーグのそれと各シーンで一致したものとなっていた。エディターにマイケル・カーンを起用したことによって、編集の呼吸とタイミングもスピルバーグのメソッドを踏襲しており、『ポルターガイスト』は完全に彼の他の監督作と同期していたのだ。また公開時、顔を掻きむしって皮膚がボロボロと欠落していくグロテスクな描写などをフーパー由来とする指摘もあったが、2024年現在までのフィルモグラフィを俯瞰した場合、その残酷性もスピルバーグに依拠するものと認識されている。
しかし、ここまで大胆に介入していながら、なぜスピルバーグは自身を監督としてクレジットしなかったのか? それは同時に2本以上の監督作を公開することを禁じる全米映画監督協会の取り決めや、ストライキを懸念した急務対応で監督変更の手続きを踏めなかったことなどが起因としてある。
『ポルターガイスト』の公開から42年を経た現在、こうした「監督=スピルバーグ」は、新たな証言によってより混沌としたものとなっているようだ。2017年、『アナベル 死霊館の人形』(2014)の監督として知られるジョン・R・レオネッティは、ブラムハウスのポッドキャスト「Shockwave」に出演したさい、「撮影現場を指揮していたのはスピルバーグ」だと証言(※1)。彼は当時、アシスタントカメラマンとして同作に参加し、撮影監督の兄マシュー・レオネッティを現場でサポートしており、発言にはそれなりの信憑性がある。
だがレオネッティは言葉を付け加え、「それでもトビー・フーパーが偉大な存在であることは疑いようがない」と強調している。
また2022年、米「Vanity Fair」に主演のグレイグ・T・ネルソンとジョベス・ウィリアムズへの最新インタビューがアップされ(※2)、それによると『ポルターガイスト』はスピルバーグの現場介入はあったとしながら、あくまで同作は「フーパーとのコラボレーションの産物」なのだという見解を示している。
◆それでもトビー・フーパーの名声は揺るぎない
こうしたフーパー擁護の動きは世界的に波及し、後年『ポルターガイスト』をフーパーの監督作としてみなす主張も散見されている。たとえば我が国においては『CURE』(1997)『スパイの妻〈劇場版〉』(2020)の名匠・黒沢清が、同作からフーパーの演出の形跡を見い出して検証し、『悪魔のいけにえ』の偉大な監督の名誉回復に努めている。黒沢自身もキャリア初期の自作ホラー『スウィートホーム』(1989)をめぐり、プロデューサーだった伊丹十三と揉めた経緯があり、フーパーの受難をとても他人事とは思えないのだろう。
トビー・フーパーは後年、『ポルターガイスト』における悶着に関して積極的な主張や抗弁を避け、そして2017年8月26日、惜しまれつつこの世を去っている。言明はしていないものの、劇中のゴーストさながらに自らを責め苛んだスピルバーグの存在を、苦衷に感じていたことは想像に難くない。
そもそも、フーパーが『ナイト・スカイズ』から継続して『ポルターガイスト』の監督に起用されたのはなぜか? それはスピルバーグが『エイリアン』(1979)に心酔しており、同作に匹敵するようなホラー映画を撮りたがっていたこと。そして『エイリアン』の監督であるリドリー・スコットが、この映画のリファレンスとして『悪魔のいけにえ』を参考にしたことが、フーパー起用の流れやベースとして指摘できる。
スピルバーグも彼なりにフーパーの存在と、彼が手がけた『悪魔のいけにえ』の重要性を認識していたのだ。■
『ポルターガイスト』© Turner Entertainment Co.
(※1)https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/news/poltergeist-steven-spielberg-director-conspiracy-theory-confirmed-tobe-hooper-a7846651.html
(※2)https://www.vanityfair.com/hollywood/2022/09/poltergeist-at-40?utm_source=nl&utm_brand=vf&utm_mailing=VF_HWD_092222&utm_medium=email&bxid=5bd66dcf2ddf9c61943828dc&cndid=16589592&hasha=3ca14bfe2471e504eb115db7a2ff9a91&hashb=96d9312f53605901937a354eea3b47c76deaeeab&hashc=0abd56a6ab006be60ae79d00fb9e9dfb304b62a672a172fab699c03633832c4d&esrc=manage-page&mbid=mbid%3DCRMVYF012019&source=EDT_VYF_NEWSLETTER_0_HWD_ZZ&utm_campaign=VF_HWD_092222&utm_term=VYF_HWD