世界の注目を集めた「タムルアン洞窟の遭難事故」とは?

2018年の夏、東南アジアのタイで起きた「タムルアン洞窟の遭難事故」。現地の少年サッカー・チームのメンバー12人とコーチ1人が、全長10キロメートル以上もあるタムルアン洞窟へ遠足に出かけたところ、折からの大雨で水位が上昇したため外へ出られなくなってしまったのだ。救出にはタイ王国海軍の特殊部隊のほか、世界各国からプロダイバーや各種専門家、ボランティアがおよそ1万人も集結。文字通り世界中のメディアが固唾を飲んで見守る中、ダイバー1人が命を落とすという悲劇に見舞われながらも、13名全員を無事に救出という奇跡の生還が成し遂げられた。あまりにもドラマチックな出来事だったこともあり、これまでに数多くのドキュメンタリー映画や劇映画、ドラマ・シリーズの題材として取り上げられてきたが、9月のザ・シネマではその中から地元タイで制作された『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』(’19)と、ハリウッドの巨匠ロン・ハワードが監督した『13人の命』(’22)の2本を放送。どちらも同じ事件を基にした劇映画ではあるが、しかし題材へのアプローチは大きく異なっている。そこで今回は、それぞれの映画の見どころを比較解説してみたい。

まずは遭難事故の顛末を駆け足で振り返ってみよう。そもそもの発端は2018年6月23日、タイ北部のチェンライ県にて地元の少年サッカー・チーム「ムーバ(野生のイノシシ)」に所属する11歳~17歳のメンバー12人と、25歳のアシスタント・コーチが近隣のタムルアン洞窟を訪れ、探索するために内部へと進入。ところが折からの大雨によって洞窟内の水かさが増したため、全員が外へ出られなくなってしまったのだ。子供たちの帰りが遅いことを心配した親からの問い合わせで、チームのヘッド・コーチが行方を捜したところ、遠足に誘われたものの参加しなかったメンバーの少年から事情を知らされたという。そして、洞窟の近くに子供たちの自転車が置き去りにされたままであることを確認したヘッド・コーチは、すぐさま事態を察知して当局に通報したのである。

『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』

 

すぐさまタイ海軍の特殊部隊が現地へ向かったほか、地元在住の英国人洞窟ダイバー、ヴァーン・アンスワースの助言でタイ当局は英国洞窟救助会議(CBRC)に救援を要請。さらに、沖縄駐留の米軍やオーストラリア、中国、ベルギー、フランスなど各国のダイバーや専門家などが駆け付けたほか、近隣住民たちもボランティアとして水抜き作業や炊き出しなどに参加する。遭難から10日目の7月2日、英国人ダイバーたちが行方不明の13人全員の生存を確認。チェンライ県知事とタイ海軍を中心とした救助本部は当初、洞窟内の水が引くか子供たちが潜水技術を習得するまで、時間をかけて救助するつもりだったそうだが、しかし雨季が訪れると洞窟内は水没してしまうし、すでに洞窟内の酸素低下も進行している。もはや一刻の猶予もなかった。

問題は少年たちのいる場所から洞窟の入り口まで5~6時間かかること。しかも洞窟内は極端に狭い上に、水中を潜って移動せねばならない。大人でも洞窟ダイビングの経験がなければパニックに陥ってしまう。そこで、英国人ダイバーたちの助言もあって極めて特殊な救出方法が採用される。それは、酸素マスクとボンベ、ダイビングスーツを装着させた少年らやコーチに相当量の鎮静剤を投与し、眠らせた状態にしてダイバーたちが運ぶというもの。洞窟内へ酸素ボンベを運ぶ際に、元タイ海軍特殊部隊のボランティア、サマーン・クナンが命を落とすという悲劇に見舞われるも、遭難発生から16日目の7月8日に救出作戦を決行。3日間に渡って慎重に作戦を遂行した結果、13人全員を無事に救い出すことができたのである。当時、この奇跡的な生還劇は日本でも大きく報道されたので、記憶にあるという人も少なくないだろう。

『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』

 

同じ題材でも着眼点によって大きく異なる作品に

かように、世界中の人々に大きなインパクトを与えた「タムルアン洞窟の遭難事故」。発生の直後から各国のテレビで特集が組まれ、ドキュメンタリー番組も作られたようだが、しかし最初に劇映画化したのは地元タイで制作された『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』である。演出と脚本を担当したのはアイルランド人を父親に持ち、イギリスやハリウッドでも活躍するタイの映画監督トム・ウォーラー。バンコクを拠点にする彼の制作会社がプロデュースを手掛けた。やはり地元制作の強みなのだろうか、実際に事故の現場となったタムルアン洞窟での撮影許可を得て現地ロケを敢行。ただし、必要に応じて別の洞窟やスタジオ・セットでの撮影も行われたという。しかし、本作において最も特徴的なのは、アイルランド在住のベルギー人ダイバーのジム・ウォーニーや中国人ダイバーのタン・シャオロン、ポンプ製造会社社長など、実際の救出作戦に携わった人々が本人役で出演していることであろう。そのほかのキャストも、主にアマチュア俳優を起用している。ウォーラー監督の演出は徹底してリアル。カメラが被写体からあえて距離を置くことで、疑似ドキュメンタリー的な説得力を備えているのだ。

一方、事故から4年後に作られたのが『13人の命』。『アポロ13』(’95)や『ラッシュ/プライドと友情』(’13)など実録物映画にも定評のある巨匠ロン・ハワードが演出を手掛け、ハリウッドのメジャー・スタジオ。MGMがプロデュースを担当した。コリン・ファレルやヴィゴ・モーテンセン、ジョエル・エドガートンなどハリウッドの大物スターたちがダイバー役で出演。地元タイからも数々の有名スターが起用されている。タイ当局による脚本の検閲を避けるためもあって、主なロケ地はオーストラリアのクイーンズランド州。一部でタイ・ロケも行っているようだが、しかし本編の大部分はゴールド・コーストの各地をタイに見立てて撮影されている。洞窟内のシーンはスタジオに建設された巨大セット。救助に携わった英国人ダイバーのリック・スタントンとジョン・ヴォランセンが監修を務めた。『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』がドキュメンタリー映画風に仕立てられていたのに対し、本作はまさに王道的なハリウッド流の実録ディザスター映画。同じ遭難事故を描いているはずなのに、両者を見比べると全く違う印象を受けるのが興味深いと言えよう。

『13人の命』

 

恐らく最大の違いは両者の視点である。『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』が事故発生から救出作戦までの全容を客観的に俯瞰し、その経過を現場に携わった人々それぞれの視点から多角的に捉えることで、なんとしてでも少年たちを救いたい!という熱い想いで心を一つにしていく関係者たちの人間模様をエモーショナルに描いていく。本人役を演じるジム・ウォーニーに焦点を当てたシーンもあるにはあるが、しかし基本的には全員が主人公だ。それに対して、『13人の命』は英国人ダイバーたちを明確な主人公として設定。慣れない異国の地で官僚主義的な現地当局の対応に悩まされつつ、前例のない救出作戦に挑んでいく勇敢な男たちの英雄的な活躍をスリルとサスペンスとアクションたっぷりに描く。前者が作戦決行へ向けて奔走する人々の群像劇をメインにする一方、後者は困難を極めた救出作戦の克明な描写に重点を置いているのも印象的。作り手がどこに着眼点を置くかによって、同じ題材でもこれだけ異なった作品に仕上がるという好例だ。

ちなみに、どちらの作品も洞窟内に閉じ込められたコーチと少年たちが、どのようにしてサバイブしたのかという詳細が全く描かれていないのだが、これにはちょっとした「大人の事情」が絡んでいる。というのも、サッカー・チーム「ムーバ」の物語だけは先にNetflixが著作権を押さえていたため、『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』でも『13人の命』でも劇中で描くことが許されなかったのだ。結局、『13人の命』が劇場公開およびウェブ配信された直後の’22年9月に、Netflixはサッカー・チーム「ムーバ」の少年たちを主人公にしたドラマ・シリーズ『ケイブ・レスキュー: タイ洞窟必死の救出』を配信している。■

『13人の命』

 

『13人の命』 © 2025 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

『THE CAVE サッカー少年救出までの18日間』© Copyright 2019 E Stars Films / De Warrenne Pictures Co.Ltd. All Rights Reserved.