もともとはDVDとVODのみでリリースされる予定で、実際に小売店向けのサンプルDVDまで配布されていたものの、配給会社が直前になって劇場公開へ踏み切ることを決定。その結果、超低予算のインディーズ作品であるにも関わらず、全米興行収入6230万ドルのスマッシュヒットを記録することになった人喰いザメ映画である。

 旅行先のメキシコでケージ・ダイビングに挑戦したアメリカ人姉妹が、血に飢えたサメのウヨウヨする海の底に取り残されてしまうという恐怖。低予算の人喰いザメ映画が毎年のように大量生産されている昨今だが、しかしその多くがDVDストレートやテレビ映画であることを考えると、この『海底47m』が映画館で真っ当に受け入れられたことは、それなりに画期的だったとも言えよう。

人喰いザメ映画の変遷を振り返る

 それにしても、人喰いザメ映画の根強い人気には少なからず驚かされるものがある。ご存知の通り、そもそもの原点はスティーブン・スピルバーグ監督の出世作である『ジョーズ』(’75)。海水浴客で賑わう避暑地の海岸に凶暴で巨大なホオジロザメが現れ、次々と人間を食い殺して人々を恐怖のどん底へと突き落とす。若きスピルバーグ監督のツボを心得たショック演出、作曲家ジョン・ウィリアムズによるスリリングな音楽スコアなどのおかげもあり、興行収入において当時の史上最高記録を樹立するほどの社会現象となった。

 これを機に、ピラニアやクマや犬、さらには蜂やミミズやタコなど、ありとあらゆる生物が人間に襲いかかる動物パニック映画のブームが訪れ、本家『ジョーズ』もシリーズ化されて合計4本が製作された。しかし意外なことに、その『ジョーズ』シリーズに続く本格的な人喰いザメ映画は、リアルタイムではほとんど作られなかったのである。

 メキシコの有名なB級映画監督ルネ・カルドナ・ジュニアは、『タイガーシャーク』(’77)と『大竜巻/サメの海へ突っ込んだ旅客機』(’78)を相次いで発表するが、蓋を開けてみるとどちらもメインは恋愛ドラマやら自然災害パニックで、人喰いザメなど刺身のツマも同然の扱いだった。フロリダを基盤に’60年代からZ級クズ映画を撮り続けたウィリアム・グルフェも、『地獄のジョーズ/’87最後の復讐』(’76)なる映画を作っているが、当時はほとんど見向きもされなかった。

 一方、世界に冠たるパクリ映画大国イタリアでは、人喰いザメ映画と思ったら実は海洋版『未知との遭遇』だった!という『人食いシャーク・バミューダ魔の三角地帯の謎』(’78)という怪作が存在するが、やはりマカロニ版人喰いザメ映画といえば、イタリアン・アクションの巨匠エンツォ・G・カステラーリが撮った『ジョーズ・リターンズ』(’81)であろう。ストーリーはほぼ『ジョーズ』のリメイクだが、機械仕掛けの巨大なサメを出し惜しみせず大暴れさせるサービス精神は立派だった。これがアメリカ市場でもメジャー・ヒットを飛ばしたことから、以降もランベルト・バーヴァ監督の『死神ジョーズ・戦慄の血しぶき』(’84)、トリート・ウィリアムズ主演の『死海からの脱出』(’87)など、イタリアでは正統派(?)の人喰いザメ映画が何本か作られている。

 このように、必ずしも大きなうねりとはならなかった人喰いザメ映画だが、しかし’90年代末になって状況が一変することとなる。レニー・ハーリン監督作『ディープ・ブルー』(’99)のメガヒットだ。テレビ向けに制作された『シャークアタック』(’99)もシリーズ化されるほど評判となり、徐々に人喰いザメ映画が量産されるようになっていく。その背景には、CG技術の発達や撮影機材のコンパクト化のおかげで、昔ほど手間暇をかけずとも、それなりに見栄えのいいサメ襲撃パニックを描けるようになったことが挙げられるだろう。

 そして、製作本数がうなぎ上りに増加していくに従って、奇想天外なギミックによって観客受けを狙った悪ノリ映画も増えていく。その走りが、人喰いザメ映画というより巨大モンスター映画と呼ぶべきビデオ映画『メガ・シャークVSジャイアント・オクトパス』(’09)。竜巻に乗って人喰いザメが空から降ってくるテレビ映画『シャークネード』(’13)は、米ケーブル局SyFyの看板シリーズになるほどの大評判で、現在までに通算6本が製作されているほか、スピンオフ作品やコミック版、ビデオゲーム版まで誕生した。

 ほかにも、人喰いザメが陸上の砂浜を暴れまわる『ビーチ・シャーク』(’11)、民家に棲みついた人喰いザメが住人を襲う『ハウス・シャーク』(’17)、恨みを持って死んだ人喰いザメが幽霊になる『ゴースト・シャーク』(’13)、雪山のスキー場に人喰いザメが出現する『アイス・ジョーズ』(’14)などなど、もはや文字通り何でもありの滅茶苦茶な状態。そのうち、人喰いザメが宇宙で大暴れするようになるのも時間の問題であろう。いや、既にそんな映画あったりして(笑)。

 ただ、先述したように、これらの人喰いザメ映画の大半は、DVD市場およびテレビ向けに作られた低予算のB級作品。映画館でちゃんと上映されたのは、中国資本が入ったメジャー大作『MEGザ・モンスター』(’18)と、オーストラリアとフィリピンの合作『パニック・マーケット3D』(’12)くらいのものだ。とはいえ、この手の人喰いザメ映画が世界中で根強いファンを獲得し、安定的なマーケットを成立させていることは注目に値するだろう。

本当に恐ろしいのは人喰いザメよりも不気味な深海世界!

 その一方で、奇をてらうことなくリアルなスリルと恐怖を追求した、正統派の人喰いザメ映画も、数こそ少ないもののコンスタントに作られている。恐らくその代表格は、サメのうろつく海のど真ん中で置き去りにされたダイバー夫婦のサバイバルを、緊張感たっぷりに描いてサプライズヒットとなった『オープン・ウォーター』(’04)であろう。また、海岸から離れた岩場に取り残された女性サーファーが、巨大な人喰いザメと対峙することになるブレイク・ライヴリー主演の『ロスト・バケーション』(’16)も、地味な低予算映画でありながら高く評価され、興行的にもまずまずの成功を収めた。実際、当初DVDスルーされるはずだった『海底47m』が劇場公開されるに至ったのも、『ロスト・バケーション』のヒットにあやかろうという配給会社の思惑があったとされている。

 主人公はメキシコを旅行中のアメリカ人姉妹リサ(マンディ・ムーア)とケイト(クレア・ホルト)。好奇心旺盛で活発な妹ケイトに対し、姉のリサは淑やかで控えめな女性だ。その慎重すぎる性格のせいで、婚約者から「退屈だ」と言われて振られてしまったリサを励ますべく、姉を夜遊びへと連れ出すケイト。そこで地元のイケメン男子コンビ、ルイス(ヤニ・ゲルマン)にベンジャミン(サンティアゴ・セグーラ)と知り合った姉妹は、巨大なサメを間近で見ることの出来るケージ・ダイビングに誘われる。

 退屈な女の汚名を返上しようと、怖がるリサを説得するケイト。開放感あふれる南国の海と太陽と青空にも後押しされ、イケメン男子たちと待ち合わせてケージ・ダイビングに参加する姉妹。しかし、アメリカ人らしい船長テイラー(マシュー・モディン)は見るからに怪しげだし、船や機材も古くて錆びついている。いや、これって絶対に無許可の違法営業でしょ、本当に信用しても大丈夫なのかなーと思いつつ、ダイビングスーツに酸素ボンベを装着してケージの中に入るリサとケイト。ところが、運の悪いことに不安は的中。ケージを吊るしているクレーンが壊れてしまい、姉妹はケージの中に閉じ込められたまま海底47メートルまで真っ逆さまに落下してしまう。

 落下のショックから意識を取り戻したリサとケイト。気が付くと酸素ボンベは残り僅かだし、無線も圏外で船と連絡を取ることが出来ない。そのうえ、真っ暗な海底には巨大な人喰いザメがウヨウヨしているため、うかつにケージの外へ出るのは危険。違法業者であるテイラー船長たちが助けてくれるかも分からない。かといって、自力で脱出しようにも潜水病が心配だし、なによりサメに襲われる確率が高い。そんな極度の緊張と不安の中、姉妹はどのようにして絶体絶命の危機を乗り越えていくのか…!?というわけだ。

 まさしく『オープン・ウォーター』や『ロスト・バケーション』の系譜に属する、リアリズム志向の強いワン・シチュエーションな海洋サスペンス・ホラー。注目すべきは、物語の大半が海底で展開すること。過去の人喰いザメ映画を振り返ってみても、深海を主な舞台にした作品はほとんど例がない。この着眼点こそ、本作が成功した最大の理由だろう。

 なにしろ、海の底はどこまでも果てしなく真っ暗。その深い闇に何が潜んでいるのか分からない。しかも、酸素ボンベがなければ息も出来ないし、そもそも海底40メートルを超えると身体的なリスクも高くなる。そう考えると、本作において真に恐るべきは人喰いザメではなく、不気味に広がる海底世界そのものだと言えるだろう。水泳の苦手なカナヅチの筆者にとっては、それこそ眩暈がするほどの恐怖である。中でも、姉妹を助けに来た船員ハビエル(クリス・J・ジョンソン)が遠くへ消えてしまい、彼を探しに向かったリサがハッと気付くと、真っ暗な空洞のごとき海底の崖が眼下に広がっているシーンなどは、まさしく背筋が凍るような恐ろしさ!この臨場感を存分に味わうためにも、出来れば映画館で見て欲しい作品だ。

 監督は『ゴーストキャッチャー』(’04)や『ストレージ24』(’12)などで知られるイギリス出身のホラー映画作家ヨハネス・ロバーツ。実は彼自身が経験豊富なダイバーだという。なるほど、素人が見ても細部の描写までリアリティが感じられるのはそのためか。主演は’00年代初頭に一世を風靡した元人気ポップシンガーのマンディ・ムーアと、ドラマ『ヴァンパイア・ダイアリーズ』(‘11~’13)および『オリジナルズ』(‘13~’18)のヴァンパイア、ミカエラ役で有名なクレア・ホルト。2人ともダイビングは全くの未経験で、直前にトレーニングを受けて撮影に臨んだのだそうだ。怪しげなテイラー船長を演じるのは、懐かしの’80年代青春スター、マシュー・モディン。近ごろはスクリーンで見かけることも少なくなった。

 なお、来る’19年8月16日には、待望の続編『47 Meters Down: Uncaged』が全米公開される。再びヨハネス・ロバーツ監督がメガホンを取っているものの、ストーリーそのものは直接的な関連性がない。今回は4人のティーン女子がダイビングで海底遺跡の探索に出かけたところ、暗い洞窟に潜む人喰いザメたちに襲われるというお話。日本公開を期して待ちたい。■

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