恐らく50代以上の日本人にとって、チャールズ・ブロンソンといえば「マンダム」。’70年に放送の始まった男性用化粧品「マンダム」のテレビCMは、アラン・ドロンと共演したフランス映画『さらば友よ』(’68)で日本の映画ファンを魅了したブロンソンをモデルとして起用し、一躍社会現象になるほどの大反響を巻き起こした。CM中でブロンソンの呟く「う~ん、マンダム」のセリフは子供の間でも流行語に。ちょうどこの時期、ヨーロッパでもブロンソン人気が過熱し、フランスやイタリアの映画界で引っ張りだこの大スターとなる。それらの主演作は、日本でも次々と輸入されてヒットした。そんなチャールズ・ブロンソン・ブームの全盛期に公開された映画のひとつが、この『夜の訪問者』(’70)である。

舞台は避暑地として有名なフランスのコートダジュール。観光客向けにボートをレンタルしているアメリカ人の船乗りジョー(チャールズ・ブロンソン)は、聡明で美しい妻ファビアン(リヴ・ウルマン)と可愛い娘ミシェル(ヤニック・ドリュール)に恵まれ、平凡だが満ち足りた生活を送っている。時おり夜中に悪夢でうなされることもあったが、それは朝鮮戦争に従軍した時の悲惨な経験が原因だとファビアンは思っていた。ある一本の電話がかかってくるまでは…。

それはいつものように、ジョーが船乗り仲間と酒や博打を楽しんで帰宅した晩のこと。娘ミシェルは学校のキャンプで外泊中だった。ファビアンの小言をジョーが苦笑いしながら聞いていると、そこへ一本の「お前を殺す」という不気味な電話がかかってくる。顔色を変えて受話器を置いたジョーは、すぐに実家へ帰るようにと妻へ指示。しかし、家の中で不気味な物音が響く。2階の寝室で隠れているように言われたファビアンだったが、ジョーが誰かと激しく揉み合っているような音を聞き、心配になって恐る恐る1階のキッチンへと降りてくる。すると、気を失って倒れている夫の横に、拳銃を手にした見知らぬ男が立っていた。

男の名前はホワイティ(ミシェル・コンスタンタン)。どうやらジョーとは旧知の仲のようだ。意識を取り戻したジョーは、隙を見てホワイティに襲いかかり、首の骨をへし折って殺してしまう。状況がまるで呑み込めず、夫に問いただすファビアン。そんな彼女にジョーは、長年隠してきた過去の秘密を打ち明ける。

軍隊時代に上官を殴った罪で投獄された彼は、刑務所でロス大尉(ジェームズ・メイソン)とその子分であるホワイティ、ファウスト(ルイジ・ピスティッリ)、カタンガ(ジャン・トパール)と知り合う。彼らは賄賂や密売の罪で逮捕された汚職軍人たちだった。運転の腕前をロス大尉に見込まれたジョーは、彼らの脱獄計画に力を貸すことに。しかし、たまたま鉢合わせた見回りの警官をカタンガが殺害したことから、これに強く憤ったジョーは自分だけ独りで逃走し、残されたロス大尉たちは捕まってしまった。刑期を終えて釈放された彼らが、いつか自分を見つけ出して復讐に来るかもしれない。ジョーが悪夢にうなされていた本当の原因はそれだったのである。

ファビアンの協力でホワイティの死体を海へ棄てたジョー。しかし、自宅へ戻るとロス大尉とファウスト、カタンガの3人が待ち受けていた。彼らの狙いはジョーへの復讐ではなく、当時の借りを返してもらうこと。つまり、自分たちの新たな犯罪計画に協力させることだった。妻と娘を人質に取られたことから、ロス大尉の要求を呑まざるを得なくなるジョー。だが、黙って命令に従うような男じゃない。ずば抜けた知性と俊敏な戦闘能力を駆使し、巧妙に敵の隙を突いて空港へ向かったジョーは、仲間と合流するため到着したロス大尉の愛人モイラ(ジル・アイアランド)を拉致し、妻や娘との人質交換を申し出るのだが、思いがけない事態が起きて窮地に追い込まれてしまう…。

実はテレビドラマ化もされていた!

 ずばり、これはチャールズ・ブロンソン版『96時間』。一見したところ普通のお父さんだけど実は最強の元兵士という主人公ジョーのキャラは、『96時間』シリーズでリーアム・ニーソンの演じたブライアン・ミルズのルーツみたいなものだろう。まあ、ブロンソンの場合はTシャツの半袖から覗く筋骨隆々な腕を見ただけで、こりゃタダモノじゃないぞとバレてしまうのだが(笑)。それにしても撮影当時のブロンソンは49歳。無駄な贅肉を削ぎ落とした見事な筋肉美は、さすが子供の頃から炭鉱労働で鍛えまくっただけのことはある。しかも、本人だって実際に第二次世界大戦で従軍した元兵士。臨戦態勢に入った時の顔つきからして違う。しかも、渋くて枯れた大人の男の色気がダダ洩れ。これこそがブロンソンの魅力であり醍醐味だ。

原作はリチャード・マシスンが’59年に出版した中編小説『夜の訪問者』。実はこの作品、著者であるマシスンの脚色によって、約1時間のテレビドラマとして映像化されたことがある。それが、’62年に放送された『ヒッチコック・サスペンス』(『ヒッチコック劇場』のリニューアル版)シーズン1の第11話「Ride the Nightmare」(邦題未確認)である。そのストーリーを簡単にご紹介しよう。

物語の舞台は原作と同じアメリカのカリフォルニア。郊外の住宅地に暮らす中流階級の夫婦クリス(ヒュー・オブライアン)とヘレン(ジーナ・ローランズ)のもとに、ある晩一本の電話がかかってくる。「お前を殺す」という相手の言葉に戦慄し、家中の電気を消して窓のブラインドも下ろし、じっと息を潜める2人。すると、キッチンの窓から一人の男が乱入する。フレッド(ジェイ・レイニン)という侵入者は、クリスのことを知っている様子だった。やがてクリスとフレッドは揉みあいになり、相手の拳銃を奪ったクリスはフレッドを射殺する。

困惑するヘレンに今まで隠していた暗い秘密を打ち明けるクリス。今から15年前、当時19歳だったクリスは父親との不仲で非行に走り、悪い仲間たちとつるんでいた。ある時、仲間たちの宝石店強盗に加わったクリスは、店の外で車に乗って待機していたところ、防犯アラームが鳴って警官が現場へ駆け付ける。怖くなったクリスはそのまま一人で逃走。後になって仲間たちが店主を殺して逮捕されたことを知り、自らも指名手配されていることから、名前を変えてカリフォルニアへ逃げてきたのである。

新聞記事によると、かつての仲間アダム(ジョン・アンダーソン)とスティーヴ(リチャード・シャノン)、そしてフレッドの3人は刑務所を脱獄したらしい。正当防衛とはいえフレッドを殺したクリスは、警察に自首しようとするものの、そこでヘレンが反対する。そうなれば15年前の罪で逮捕されることは免れないからだ。深夜にフレッドの死体を処分した2人。すると、その翌日アダムとスティーヴがクリスの前に現れ、ヘレンを人質にして4万ドルの逃走資金を要求する。約束の時間までに現金を用意せねば妻は殺されてしまう。すぐに銀行へ向かうクリスだったが、しかしお節介な隣人や規則にうるさい銀行員などに邪魔されてしまい、刻一刻と制限時間が迫りくるのだった…。

原作をコンパクトにまとめたというドラマ版は、言うなれば過去の封印された罪と向き合わねばならなくなった男の因果応報な物語。大雑把な筋書きは『夜の訪問者』とほぼ一緒だが、ストーリーの趣旨はだいぶ異なる。ブロンソン版の脚色にはジャック・ベッケル監督の傑作ギャング映画『現金(げんなま)に手を出すな』(’54)の原作・脚本で有名な、フランスの犯罪小説家アルベール・シモナンが参加しており、やはりギャング映画的な側面が強調されていると言えよう。

演出を手掛けたのは初期007シリーズの監督としても知られるテレンス・ヤング。前半では『暗くなるまで待って』(’67)にも通じる閉鎖空間での心理サスペンス的な語り口でスリルを盛り上げつつ、後半はダイナミックなアクションでスケールを広げていく。中でも、終盤のカーチェイス・シーンは見もの。カースタントをロジャー・ムーア版007シリーズで有名なスタントマン、レミー・ジュリアンが担当しているのも興味深い。本作がブロンソンとの初タッグだったヤングは、その後も『レッド・サン』(’71)や『バラキ』(’72)でブロンソンとコンビを組むことになる。

ちなみに、冒頭で述べた通り、日本やヨーロッパにおけるブロンソン・ブームの真っただ中で公開された本作だが、その一方でアメリカでは『狼よさらば』が大ヒットする’74年までお蔵入りになっていた。そもそも、ヨーロッパでのブロンソン主演作の大半が、アメリカで公開されたのは1~2年遅れ。国外でのブームがアメリカ本国へと逆輸入されるまで、それなりにタイムラグがあったのである。ブロンソンのハリウッド凱旋復帰作は『チャトズ・ランド』(’72)。以降、『メカニック』(’72)や『シンジケート』(’73)などで着実にヒットを重ね、『狼よさらば』の大成功によって、ようやくアメリカでもブロンソン・ブームが巻き起こったというわけだ。■

『雨の訪問者』© 1970 STUDIOCANAL - Medusa Distribuzione S.r.l.