1997年5月12日のこと。日本公開が迫った、『ザ・エージェント』の劇場試写会が、有楽町マリオンの、今はなき「日劇東宝」で開かれた。

当時の私は、映画業界との接点はほとんどなかったので、多分何かのプレゼントで当たったのだろう。妻と共に客席で上映を待っていると、「開映に先立ちまして、今日は素晴らしいゲストにご来場いただいています」とのアナウンスがあった。

事前には何も告知されてなかったので、今流で言えば「サプライズ・ゲスト」といったところか。場内が大きくどよめいた。多分観客のほとんどが、「まさかトム・クルーズが!」と思ったのだろう。しかし続くゲストの紹介アナウンスは、「『ザ・エージェント』で主役のジェリー・マクガイアを支えるドロシー・ボイドを演じた、レニー・ゼルウィガーさんです!」

紹介されて登場した女性は、遠い異国で数百人もの観客に迎えられて、上気しているようだった。しかし場内には、明らかに落胆の色が浮かんだ。

それはそうだ。当代ハリウッドの人気№1スターが現れるかと期待したのに、出てきたのは、当時の日本ではまったく無名の存在だった女優。後に日本語表記が、“レニー”から“レネー”に変わる彼女が、その後オスカーを2度も受賞する大スターに成長するなど、その時の会場に居た誰ひとりとして、想像もつかなかったであろう…。

 日本ではその試写の5日後、97年5月17日の公開だった『ザ・エージェント』は、アメリカではその5カ月前、96年12月に封切り。大ヒットを記録すると共に、作品的にも高く評価され、その年度の賞レースに絡む作品となった。

アカデミー賞では、作品賞、主演男優賞など5部門で候補に。そして、「Show me the money!=金を見せろ!」という、アメリカ映画史に残る名セリフを吐いた、キューバ・グッディング・Jrが、助演男優賞を手にした。

因みにこの年のアカデミー賞は、12部門でノミネートされた、アンソニー・ミンゲラ監督の『イングリッシュ・ペイシェント』が、作品賞、監督賞など9部門を制している。しかしながら四半世紀近く経った今となっては、いまだに人々の思い出に残り、口の端に上る作品としては、『ザ・エージェント』に軍配が上がるだろう。

スポーツ業界最大手のエージェント会社「SMI」に勤め、数多くの有名アスリートを顧客に持つ、ジェリー・マクガイア(演:トム・クルーズ)。選手の所属チームとの交渉で、いかに大金や長期の契約を引き出すか、いかにビッグなCM出演をまとめるか、携帯電話を片手に全米を飛び回る、ハードな日々を送っていた。

しかしある日、担当するアイスホッケー選手が大怪我をして、再起不能となってしまう。その選手の幼い息子から罵声を浴びせられたジェリーは、利益を最優先する会社のやり方に疑問を抱き、初心を取り戻す。そして一夜にして、理想に溢れる提言書を書き上げる。

~人々に夢を与える選手たちの支えとなるべき、この仕事の本当の在り方とは、より少数のクライアントに、金ではなく、心を配ることである~

 提言書は、職場の仲間たちから、賞賛を以て迎えられたかに見えた。しかしその1週間後、ジェリーは会社から突然解雇される。それは企業の方針に盾突いた、報いだった。

 ジェリーを頼っていた筈の顧客のアスリートたちとの契約も、彼にクビを言い渡した同僚に、ごっそりと攫われてしまう。たった1人残ったのは、落ち目のアメフト選手ロッド(演:キューバ・グッディング・Jr)。そして「SMI」の社員でジェリーについていったのは、提言書に感銘を受けた、シングルマザーのドロシー(演:レネー・ゼルウィガー)だけだった。

 職を失ったジェリーは婚約者にも去られ、失意のどん底に落ちる。しかしドロシーに支えられて新たな会社を興し、周囲の予想を裏切る活躍を見せるロッドと友情を育てていく中で、本当に大切なことは何かを、知っていくことになる…。

 簡単にまとめれば、理想を掲げた者が一敗地に塗れながらも、愛や友情を支えに再び立ち上がり、勝利に向かう物語である。ハリウッド映画としてかなりクラシカルな展開だが、“スポーツ・エージェント”という、それまで大々的には取り上げられていなかった世界を舞台にしたことが新味となって、本作を成功に導いた。

折しも日本では、95年に近鉄バファローズの野茂英雄投手が、アメリカのメジャーリーグ挑戦に当たって、“エージェント”が介在したことが大きな注目を集めた。そしてその存在が、一般化し始めた頃の公開であった。

 『ザ・エージェント』の監督・脚本を担当したのは、キャメロン・クロウ。「リサーチの鬼」と言われる彼は、数多くのスポーツ・エージェントやアスリートたちに取材を敢行。多くのフットボールの試合を観戦し、チームと一緒に旅もした。

 金儲けだけを追求しているかのように見える、スポーツ・エージェントの世界で、「誠実であるとはどういうことなのか?」「選手が炭酸飲料みたいに売り買いされる世界で、本当のヒーローとは何なのだろう?」などと考えながら、3年もの歳月を掛けて、脚本を完成させた。本作の中でジェリーがエージェントの初心に戻って記す、27頁にも渡る提言書は、その内容が映画のプログラムなどにも採録されているが、キャメロン・クロウが実際に、一晩掛けて書き上げたものだという。

 この脚本を読んだトム・クルーズは、すぐに主役のジェリーに同化。自ら進んで本読みを志願するなど、「…これこそ本当にやりたい役…」と、出演を熱望したという。そしてクロウが吃驚するほどの情熱を持って、本作に臨んだ。

 その成果として本作は、1962年生まれのトムにとっては、30代のピークと言うべき作品となった。アカデミー賞主演男優賞のオスカー像こそ、オーストラリア映画『シャイン』のジェフリー・ラッシュに譲り、ノミネート止まりだったが、現在に至るキャリアの中でも『ザ・エージェント』は、代表作の1本に挙げられるだろう。

以前本コラムで『レインマン』(88)を取り上げた時にも触れたことだが、トムは、『タップス』(81)『アウトサイダー』(83)など、青春映画の脇役で注目された後に、初めて主演した『卒業白書』(83)が大ヒット。更には世界的なメガヒットとなった『トップガン』(86)で、当時の20代若手スターのトップに躍り出た。

その後『ハスラー2』(86)でポール・ニューマン、『レインマン』でダスティン・ホフマンという、“ハリウッド・レジェンド”たちと共演。尊敬する彼らと固い絆を結び、演技者としての薫陶を受けた。この両作は、ニューマンとホフマンにオスカーをもたらしたが、共演したトムの演技が、そのアシストになったことも見逃せない。

続いて出演した、オリバー・ストーン監督の反戦映画『7月4日に生まれて』(89)では、ベトナム戦争の戦傷で車椅子生活を余儀なくされる、実在の帰還兵ロン・コーヴィックを熱演。この役で初めて、アカデミー賞主演男優賞の候補となる。

そして迎えた30代前半は、まさにトムの黄金期。『ア・フュー・グッドメン』(92)『ザ・ファーム 法律事務所』(93)『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(94)、初めてプロデューサーも兼ねた『ミッション:インポッシブル』(96)、そして『ザ・エージェント』と、史上初めて、主演作が5作続けて全米興行収入1億ドルを突破するという、快挙を成し遂げたのである。

本作はそんな、輝きがマックスの頃のトム・クルーズを観るだけでも、価値がある作品になっている。しかし、現時点で振り返る際に忘れてはいけないのは、レネー・ゼルウィガーを世に出した作品であるということだ。■

レネーは1969年4月25日生まれということだから、「日劇東宝」で挨拶に立った時は、まだ28歳だったか。彼女が女優を志したのは、テキサス大学在学中に、選択科目で「演劇」を受講したのがきっかけだったという。

 まずは地元で活動し、CMやインディペンデント映画に出演。ロスアンゼルスに移り、メジャー作品で初めて大役を得たのが、本作だった。彼女は尊敬するトムとスクリーン・テストを受けた際は、「これって現実?私、本当にここにいるの?」と自問せずにいられなかったという。

 一方でトムはその時のことを、「彼女が出ていった後、キャメロンとブルックス(プロデューサーを務めた、ジェームズ・L・ブルックスのこと)と僕は思わずお互い目を合わせて、ドロシーが見つかったな、と確信したんだ」と語っている。彼女の「善良さと飾り気のなさ」が、ドロシー役にぴったりと、見初めたのである。

グウィネス・パルトロウやミラ・ソルヴィーノなど、その当時活躍中の若手女優たちも、ドロシー役の候補に挙がっていたという。そんな中で、当時ほとんど無名だったレネーが、大抜擢となった。

その後レネーは、『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ(2001~2016)などで人気が爆発。『コールド マウンテン』(03)でアカデミー賞助演女優賞を、『ジュディ 虹の彼方に』(19)で主演女優賞を受賞したのは、ご存知の通り。

レネーは『ジュディ…』で「SAG=映画俳優組合」の主演女優賞を受賞した際、スピーチでトムに謝辞を述べている。

「トム・クルーズ、あなたが撮影現場でのプロ意識と最高を目指す姿勢のお手本になってくれたこと、親切と無条件の優しさに感謝します」

トムのプロデューサーとしての慧眼、ここに極まれりである。

その一方で俳優としてのトムが、アカデミー賞主演男優賞の候補になったのは、実は本作『ザ・エージェント』が最後。助演男優賞の候補になった『マグノリア』(99)からも、もう20年以上の時が経ってしまっている。

近年は『ミッション:インポッシブル』シリーズを軸に、すっかり“アクション俳優”のイメージが強くなってしまっているトム・クルーズ。それももちろん悪くはないのだが、いま60代に手が届かんとする彼が、自分が発掘したレネーと四半世紀ぶりに再共演を果たして、オスカー戦線を騒がすような主演作も、また観たい気がする。■

 

『ザ・エージェント』© 1996 TriStar Pictures, Inc. All Rights Reserved.