■POV&ファウンドフッテージの様式を用いた革新性

 2007年、ネットで流布されたあるビデオ映像が、全世界を震撼させた。それは若者たちが友人のために送別パーティーを開催する様子を写したものだ。しかし次の瞬間、マンハッタン方面で大規模な爆発が起こり、自由の女神の頭部が彼らのエリアに向かって落下してくるという、この衝撃的なフッテージにネットユーザーたちは騒然となったのである。

 マット・リーヴス監督が手がけた2008年製作の映画『クローバーフィールド/HAKAISHA』(以下:『クローバーフィールド』)は、テレビ業界を出自とするJ・J・エイブラムス(製作)らしい、ハッタリに満ちた上述の予告でインパクトを与えた。筆者(尾崎)は、この異様な作品の全貌をいち早く探ろうと、2008年1月18日の全米公開時、香港のAMCシアターズで観た(日本での公開は同年4月5日)。そしてもたらされたのは、作品の全容や正体が明かされたことへの驚きではなく、本作が「映画史上もっとも緊迫したモンスタームービー」であることに衝撃を禁じ得なかった。

 謎に満ちた『クローバーフィールド』の正体は、怪獣映画だった。軍によって押収され、機密扱いとなったハンディカム(ビデオ)の録画テープが外部流出したという体裁をとっている。テープに撮影されていたものは日本に赴任する若者の送別パーティの模様で、その途中からカメラは突如起こった巨大怪獣のマンハッタン襲撃と、会場にいた彼らが避難を余儀なくされていくプロセスの一部始終を捉えている。その様式はPOV(一人称視点)で捉えたファウンドフッテージ(未公開映像)という形で主旨一貫され、おそらく現実に怪獣が現れたら、我々はこういう風景を見るのだろうという迫真を帯びた映像がそこに展開されるのである。

 このPOV&ファウンドフッテージ自体は商業映画において真新しいものではなく、1999年に公開された『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』に端を発する。森にまつわる魔女の伝説を追い、森の中でこつ然と消えた映画学科の大学生たち。その行方不明から1年後に発見された撮影テープには、彼らが遭遇した恐怖の一部始終が写っていたーー。それらはまるでドキュメンタリーでも観ているかのような迫真性と、未公開映像の中に写り込んでいる、正体の全く分からない怪奇現象の数々をもって、今もトラウマを抱えている者は多い。
 その後、スペイン産ホラー『REC/レック [●REC]』(07)でこのスタイルは再生され、ゾンビ映画のマスター、ジョージ ロメロのウェルメイドな新作ゾンビホラー『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』や、定点観測カメラを用いたゴーストホラー『パラノーマル・アクティビティ』など、『クローバーフィールド』が公開される前年には世界で同時多発的に送り出されており、この革新的な怪獣映画の登場を正当化させるものといっていい。

■参考にされた9.11 アメリカ同時多発テロ事件のハンディカム映像

『クローバーフィールド』の企画は、監督作『M:i:III』(06)のプロモーションで来日したJ・J・エイブラムスが、ゴジラの人形を見かけたことに端を発する。

「日本にはゴジラを筆頭に、伝統的なモンスター映画の歴史がある。ひるがえってアメリカにはキング・コングしか見当たらない。我々で新たな怪獣映画の開発ができないものだろうか?」(*1)

 そこで、かつて共に映画を撮っていたマット・リーヴスに打診し、リアリティという方向に独自性を求めた怪獣映画を、ハンディカムによって撮ることを目指したのだ。作品の革新性に加え、なにより2001年に起こった9.11アメリカ同時多発テロでの、貿易センタービルの崩落をさまざまな視点から捉えたハンディカムによる映像の数々が大きなヒントとなっており、いわゆる「グラウンドゼロ」のメタファーとしても機能する、象徴的な怪獣映画である。

 しかし、この手法を『クローバーフィールド』のようなジャンルに適合させるのは難しい。なぜなら大掛かりで数の多い合成ショットを作らねばならず、加えて手持ちカメラのような規則性のない映像で合成をする場合、マッチムーブが困難を極めるのである。ちなみにマッチムーブとは、動きを含むプレートどうしを一致させて合成させるさいのプロダクション処理で、巨大な怪獣映画を描くジャンルにおいて、極めて手間のかかるものだったのだ。

 そこで合成素材を扱うために元データのクオリティを維持する役割もあり、ベースとなる映像はHD24pの映画用デジタルカメラで撮影が行われている(パーティなどのショットでは俳優が実際にハンディカムを操作しているが)。懸念されたマッチムーブの問題も、30人近くのマッチムーブ・アーティストを配してプロジェクトに取り組み、難しいレベルでのPOVショットの作成が本作において成しえられている。

 またモンスターの造形はティペット・スタジオが担当。特徴的な逆関節型の複数の手脚は、人間型のフォルムを回避するためのもので、着ぐるみを用いて撮影されたゴジラへのアンチテーゼである。


■監督マット・リーヴスが筆者に語った『クローバーフィールド』のこと

 さて、以下は筆者(尾崎)が監督のマット・リーヴスに取材したときの『クローバーフィールド』に関するやりとりを再録する。再録といっても、このインタビューはポスト吸血鬼映画『モールス』(10)のプロモーションで彼に電話取材をしたときのもので、同作以外の部分は意識的に取り除いた未公開のテキストであることをお断りしておきたい。

——『クローバーフィールド』に関して、リーヴス監督の口から続編について話せる部分だけでもお聞きしたいんですけども。

マット・リーヴス監督(以下:リーヴス) 『クローバーフィールド』の次は本作を離れ、『透明人間』の映画をやるつもりだったんだ。でも話がダークすぎて、製作会社が難色を示していてね。それでもうひとつ、企画を追いかけていた『モールス』に着手したんだ。だから僕もJ・Jもお互いの作品で忙しかったから、まだどういうふうにやるか決めてないんだ。若干面白いアイディアは二人とも持ってるんだけどね。彼と製作会社バッドロボットの仕事のやり方というのは徹底した秘密主義が第一原則、もしここで一言でもここでばらしてしまうと、僕は消されてしまうので(笑)。

――ちなみに『クローバーフィールド』の劇中にアンダースコアは用いられませんが、唯一ラストに流れる印象的な曲は、やぱり日本のゴジラにオマージュを捧げたんですか?

リーヴス:まさにそのとおりで、作曲にマイケル・ジアッキーノを起用したんだけど、もともと彼とのやりとりの歴史は長く、J・Jとテレビの『フェリシティの青春』(98〜02)から『エイリアス』(01〜06)までいろいろやっていて、その後にクローバーフィールドが決まったさい「僕にやらせてくれ。だってゴジラが大好きだから、これ以上の適任者はいないと思うんだ」と言ってくれたんだ。けど「ごめん、ハンディカムを使ってかなりリアルに録るんで、音楽は使わないように考えてるんだ」って答えたら「ええ~!」ってものすごく落胆してね(笑)。結局、もしトラディショナルな形でこの映画を作ったのならば、こういうふうに作曲したんだろうというトラックをエンディングに使おうということで、ジアッキーノのあの曲になったんだ。でも話によるとあの曲は、予算がないのでインターネット上で録音してたって言ってたよ。・『クローバーフィールド/HAKAISHA』撮影中のマット・リーヴス監督(右)

 映画の最後、勇壮にかかるテーマは多くのファンたちから『ゴジラ』のテーマなのではないかという指摘を受けたが、それを見事に裏付ける監督の発言を本稿の締めとしたい。ゴジラへのカウンターとして起案したはずのものが、そこにはしっかりとゴジラのDNAが息づいているのだ。

 ちなみに『クローバーフィールド』続編の企画は『10 クローバーフィールド・レーン』(16)そして『クローバーフィールド・パラドックス』(18)へと成就し、立派なフランチャイズとして育てられていったが、個人的には独自性と拡張に溢れたこれらの続編も、一作目のインパクトと革新さを超えるものではなかったと実感している。
 
 そしてなにより『クローバーフィールド』の興行的成功と技術性は、ハリウッドにおける怪獣映画の興隆に少なからず影響をもたらした。今やこのジャンルは枚挙にいとまがなく、今年はエイブラムスの言及したゴジラとキング・コングが戦う『ゴジラVSコング』(21)までもが製作されている。中国市場の拡大など副次的な要素はあるが、こうした動向ははたして『クローバーフィールド』なくして実現したかどうか定かではない。■

(*1) 『クローバーフィールド/HAKAISHA』Blu-ray(発売元/パラマウント・ジャパン)映像特典「視覚効果」より抜粋

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