ザ・シネマ 長谷川町蔵
-
COLUMN/コラム2015.11.15
イエスマン “YES”は人生のパスワード
ロサンゼルス。銀行員のカールは何に対しても消極的な性格。呆れた恋人にも出ていかれ、孤独な日々を送っていた。そんなある日、友人に無理矢理誘われて出席したカリスマ教祖テレンスの自己啓発セミナーで暗示をかけられたカールは、何に対しても「イエス」と答える「イエスマン」に変身してしまう。すると仕事もプライベートも良い方向に向かいだし、キュートな女子アリソンとも付き合うようになり・・・。 そんなブッとんだストーリーの『イエスマン“YES”は人生のパスワード』だけど実はこれ、英国人のダニー・ウォレスというライターが「すべてにイエスと答えたらどうなってしまうか?」を試してみた体験談が原作だったりする。つまりこうした行動をダニーは自由意志で行っていたわけだ。 だが脚本化を任されたニコラス・ストーラーはこの物語を「暗示をかけられた男が暴走する話」に改変してしまった。でも人はそんな安直な暗示にかかるものなのだろうか? それにそんな暗示をかけられた男なんて異常なだけで全然笑えないのではないか? 大丈夫、主演俳優は天才コメディアン、ジム・キャリーなのだから! カナダ生まれのキャリーがアメリカでブレイクしたきっかけは『In Living Color』(90〜94)というお笑い番組だった。この番組は他のお笑い番組とは少々毛色が変っていた。ホスト兼ヘッドライターを務めていたのは黒人コメディアンのキーナン=アイヴォリー・ワイアンズで、出演者も彼の弟たちを含めて黒人ばかり。スタジオ観覧席も黒人で埋め尽くされていた。つまり黒人向けコメディ番組だったのだ。キャリーは唯一の白人男性のレギュラー出演者で完全なアウェイ状態。それでも当時の映像を観ると、ガンガン笑いを取っているのだからスゴい。その笑いの源はキャリーの驚異的に変化する顔や身体芸にある。 アメリカは多民族・多文化国家なので”あるあるネタ”が通用しない。白人にとっては爆笑ギャグでも、黒人はクスリともしないということだってある。でも顔や身体芸で笑わせる芸なら環境の壁を超えてしまうことが可能だ。キャリーが『エース・ベンチュラ』(94)で映画界に進出して以降、トップスターの座に君臨し続けているのは、そうした顔&身体芸のレベルの高さゆえなのだ。作品の出来に少々ムラがあるキャリーだけどスキル面では依然、最強のコメディアンであることは間違いない。下積み時代に一緒にコメディ・ツアーを行った経験を持つジャド・アパトーも彼についてこう語っている。「二番目に面白いコメディアンが誰なのか決めるのは難しい。でも一番面白いコメディアンはジム・キャリーで決まりだ!」 そんなキャリーが本作では主人公カールに扮し、冒頭のダメ人間モードから暗示をかけられた躁状態モード、そして真実にたどり着いた姿までを、あらゆる芸を駆使して魅せてくれるのだから面白くないわけがない。本作はキャリーの代表作のひとつだと思う。 対するヒロインのアリソンを演じているのは近年TVコメディ『New Girl / ダサかわ女子と三銃士』(12)で人気のズーイー・デシャネルだ。その番組の主題歌も自分で歌っている彼女だけど、それ以前から『エルフ〜サンタの国からやって来た〜』(03)や『ジェシー・ジェームズの暗殺』(07)といった作品で深みのあるハスキーヴォイスを聴かせているほか、マット・ウォードとのユニット「シー&ヒム」名義で活躍するミュージシャンでもある。 そのズーイーが、LAインディシーンで活動するヴォン・アイヴァと共にガールズ・ロックバンド「ミュンヒハウゼン症候群」名義で劇中のステージに登場、オーガニックなシー&ヒムとはうって変わったエレクトロを披露するシーンが本作のハイライトのひとつだ。特にジミ・ヘンドリックスのウッドストックでの演奏をパロって、ショルダーキーボードで「星条旗よ永遠なれ」を弾くあたりが最高。あまりにハジケすぎて現実味がないように思えるかもしれないアリソンだけど、実はこのキャラは原作版「イエスマン」で主人公が恋に落ちるリジーをモデルにしている。事実は小説より奇なりだ。 こうした二人と並んで本作の隠れた主人公となっているのが、物語の舞台となっているロサンゼルス内のシルバーレイクやエコパークといったエリアだ。映画を観たなら、このエリアが、僕らがLAと言われて思い浮かべるセレブが住むビバリーヒルズや、巨大ショッピングモールが林立するサンフェルナンド・ヴァレーといったエリアとは少々趣が異なっていることに気づくはず。さほど高級そうじゃないし、ビーチからも遠そう。でもユルい空気が漂う、とても住みやすそうなエリアだ。 ハリウッドの東側に位置し、天文台と屋外劇場ハリウッド・ボウルがあるグリフィス公園(アリソンが主宰する「早朝ジョギング兼写真クラス」の練習場はここだ)以外はこれといった名所がないシルバーレイクが、一躍世界中で注目を浴びるようになったのは90年代のこと。当時ロック・シーンを席巻していたオルタナ系ミュージシャンがこぞってこのエリアを本拠地にしていることが明らかになったのだ。思いつくまま名前を挙げてみよう。レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ジェーンズ・アディクション、ニューヨークから移住してきたビースティー・ボーイズ、ヘンリー・ロリンズ、ペイヴメント、故エリオット・スミス、ベック、そして本作のサウンドトラックを手掛けているイールズだ。 イールズは、「E」ことマーク・オリバー・エヴェレットが96年に結成したソロ・ユニットだ。決して大スターとは言い難いミュージシャンだが、ロック・マニアほど凄さが分かる「ミュージシャンズ・ミュージシャン」として熱狂的なファンを獲得し続けている。かつてバンドマンで、劇中にも登場するライブハウス「スペースランド」に出入りしていた本作の監督ペイトン・リードもそのうちの一人。ファースト・アルバムからイールズを愛聴し続けてきたという彼が本作の音楽にイールズを起用したのは、サウンドがシルバーレイクの雰囲気をよく反映していること、またEの書く歌詞が『イエスマン』のテーマ<内にこもっていた主人公が世界と繋がろうと苦闘する>にぴったりだったからという。 「さあ立ち上がる時/僕は君に相応しい男だ」と自らを鼓舞するような「Man Up」だけが書き下ろしで他は全て既存曲だが、どれも映画のために作ったかのよう。「僕は疲れすぎてしまった、一人でいることに」(Bus Stop Boxer)や、「真夜中の空に虹は見えないけど、いつか僕はうまくいく」(Blinking Lights(For Me))など、どのナンバーの歌詞もカールの心情を絶妙に表現している。 出世作『チアーズ!』(00)から最新作『アントマン』(15)まで、既存曲の使い方が天才的に上手いリードの手腕は本作も健在だ。カールとアリソンが夜中に忍び込んだハリウッド・ボウルで初期ビートルズの名曲「キャント・バイ・ミー・ラブ」を歌うシーンはその代表例。というのも、このハリウッド・ボウル、もともとはクラシック専門会場だったのだが、64年にビートルズがライブを行ったことを境にロックのメッカになったコンサート会場なのだ。 もうひとつの技ありは、カールがギター弾き語りでサード・アイ・ブラインド97年の大ヒット曲「ジャンパー」を歌うシーン。これに関してはどういうシチュエーションで彼が歌うかは敢えて書かない。とりあえず「観れば爆笑間違いなしだ!」とだけ書いておこう。 © Warner Bros. Entertainment Inc.
-
COLUMN/コラム2015.10.30
憧れのウェディング・ベル
アメリカ西海岸の都市サンフランシスコ。腕利きシェフのトム(ジェイソン・シーゲル)と心理学者を志すバイオレット(エミリー・ブラント)は、大晦日のパーティでの運命的な出会いからちょうど1年後に婚約した。 だがバイオレットに中西部のミシガン大学から採用通知が来たために結婚式の日程は棚上げに。トムは、バイオレットのキャリアを優先して一緒にミシガンに移り住むものの、実績を積み重ねていく彼女とは対照的にシェフとしてのスキルを活かせる職場が見つからず落ち込んでいく。そしてその格差は、愛しあっていたはずのふたりの関係にも影響を及ぼしてしまうのだった…。 大抵のロマンティック・コメディでは、主人公のふたりが困難を乗り越えて互いの愛情を確かめるとすぐに結婚式のシーンに切り替わって大団円を迎えたりする。でも『憧れのウェディング・ベル』はそんな「お約束」を守らない。ふたりは婚約までしながら、そこから結婚式までなかなか辿り着けないのだから。 このユニークなストーリーを書いたのは、ジェイソン・シーゲルとニコラス・ストーラーの主演俳優・監督コンビだ。実生活でも親友同士であるふたりの盟友関係は今から14年前に遡る。始まりは『Undeclared』(01〜03)というテレビ番組だった。イケてない高校生の青春をリアルに描いて一部で絶賛されながら、視聴率不振で打ち切られた『フリークス学園』(99〜00)のクリエイター、ジャド・アパトーが「今度こそは」と立ち上げたこの大学コメディには、『フリークス学園』で発掘された21歳のシーゲルがジェイ・バルチェルやセス・ローゲンらとともにキャスティングされていた。このプロジェクトに脚本家として参加したのがストーラーだったのだ。 やはりこのドラマも視聴率は振るわずに打ち切られてしまったのだが、ストーリー作りの才能を認められたストーラーは、アパトーと共同でジム・キャリーの主演作『ディック&ジェーン 復讐は最高! 』(05年)の脚本を書いてハリウッド・デビューに成功する。この作品での仕事をキャリーに気に入られたストーラーは、引き続きキャリー主演作『イエスマン “YES”は人生のパスワード』(08年)の脚本を担当。単なるノン・フィクションだった原作をコメディ・ドラマに仕立て直して大ヒットさせるという離れ業をやってのけた。 一方、シーゲルもシットコム『ママと恋に落ちるまで』(05〜14年)のマーシャル役でお茶の間の人気者となっていた。この頃には『40歳の童貞男』(05年)と『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(07年、シーゲルは主演のセス・ローゲンの友人役で出演した)の連続ヒットでハリウッドを代表する売れっ子プロデューサー兼監督となっていたアパトーの強い勧めもあり、シーゲルは映画進出を決意する。この時に彼がパートナーとしてあらためて声をかけたのがストーラーだったというわけだ。 記念すべきコンビ第一作は『寝取られ男のラブバカンス』(08年)。突然ガールフレンドに捨てられたシーゲル扮する主人公が、傷心旅行先のハワイで巻き起こす騒動を描いたこの作品は大ヒットを記録した。 以降もシーゲルとストーラーは、スウィフトの有名な風刺小説をモダンにリメイクしたSFX大作『ガリバー旅行記』(10年、主演はジャック・ブラックだがシーゲルも出演)、『寝取られ男』に登場するロックスター、アンガスをメインキャラに据えたロード・ムービー『伝説のロックスター再生計画!』(10年、シーゲルは原案のみ)、カーミットやミス・ピギーが登場する、マペット・ショーへの愛に溢れたミュージカル『ザ・マペッツ』(11年)、そしてシーゲルとキャメロン・ディアスが、SEXを撮影したビデオが誤ってネット上で拡散されてしまう夫婦に扮したエッチな『SEXテープ』(14年)といったヒット作を生み出し続けている。特筆すべきは、どれも気軽に楽しめるコメディ映画でありながら、似ている作品はひとつとしてないこと。シーゲルとストーラーは妥協を許さないアーティストなのだ。 そんな中でも『憧れのウェディング・ベル』はビターで大人びたタッチの異色作である。ヒロインに『ガリバー旅行記』でシーゲルと既に共演していたエミリー・ブラントを起用したのは、ストーラーとシーゲルが気心のしれたメンツで映画作りに集中したかったからだろう。 本作でふたりが力を注いで描いているのは「アメリカの正式な結婚式」の面倒くささだ。アメリカというとノリがいい国に思えるかもしれないけどトンデモない! 日本の場合、一般的な婚約期間はせいぜい半年程度だけど、アメリカでは1年半くらいはザラだ。その長い間、新婦とメイド・オブ・オナー(花嫁付添人のリーダー、通常は新婦の一番の親友が就任)は工夫を凝らした結婚式のプランを延々と練り上げる。そして遂に訪れた結婚式の前夜には豪華な晩餐会を開き、二次会は新郎側と新婦側に分かれて「独身さよならパーティ」を夜通し開催する。そして翌朝、ヨレヨレになりながら本番へとなだれ込むのだ。 日本でも劇場公開されたクリステン・ウィグの主演作『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(11年、この作品もプロデュースはジャド・アパトーだ)は、社会性が欠如しているにもかかわらず、親友からメイド・オブ・オナーを頼まれてしまった女子の苦闘を描いたものだった。また日本でもヒットした『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09年)や『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』(12年)は、独身さよならパーティではしゃぎすぎて結婚式開催に赤信号を灯してしまう付添人たちを描いたコメディだ。結婚式にトラブルと笑いはつきものなのである。 でも『憧れのウェディング・ベル』の場合、主人公のふたりは晩餐会にすらなかなか辿り着けない。原題(The Five-Year Engagement)通り、婚約期間は五年にも及んでしまう。ひとつのトラブルが何とか収まったと思ったら、別の予期せぬトラブルが起きて結婚自体が仕切り直しになってしまうからだ。その間に結婚式をすっ飛ばして「デキ婚」をしたトムの同僚アレックス(今をときめくクリス・プラット!)とバイオレットの姉のスージー(アリソン・ブリー)のカップルが、どんどんハッピーになっていく姿が並行して描かれることによって、シニカルさはレッドゾーンに突入する。 もちろんロマンティック・コメディなので、主人公のふたりはラストぎりぎりになって最高の結婚式へと超特急で向かっていく。でもそこで語られるのは「結婚する心の準備とは自分の抱える問題を解決することではない。その問題をふたりで分ちあえるほど相手を信頼できているかどうかだ」という、男女の仲について悟りきった者だけが放てるメッセージだ。師匠のジャド・アパトーが45歳のときに撮った苦いファミリー・ドラマ『40歳からの家族ケーカク』(12年、シーゲルはスポーツ・ジムのインストラクター役で出演している)の境地に、シーゲルは弱冠32歳で辿り着いてしまったのかもしれない。 そのシーゲルは、クロエ・セヴィニーやミシェル・トラクテンバーグ、リンジー・ローハン、ミシェル・ウィリアムズといった華麗なガールフレンド歴を経て、現在は写真家のアレクシス・ミクスターと交際中。今度こそゴールイン間近と噂されている。はたして彼がどんな工夫を凝らした結婚式を挙げるのか、それとも式をすっ飛ばすのか、固唾を飲んで見守っていきたい。 Artwork © 2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
-
COLUMN/コラム2015.10.30
ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン
中西部の地方都市に住むアニーは、起業に失敗して貯金もゼロの30代半ばの独身女子。楽しみと言えば幼馴染みのリリアンとバカ話をすることだけだった。そんなある日、リリアンから結婚することを告白された彼女は、ブライズメイズ(新婦介添人)の代表を頼まれて、喜んで引き受ける。でも不器用な彼女は失敗ばかり。加えて新郎の上司のセレブ妻でなんでも器用にやってのけるヘレンの存在が引き金となって、リリアンに先を越された寂しさと焦りが爆発。ブランチ・パーティをぶち壊して、ついにはリリアンと大喧嘩をしてしまう。はたして二人の友情は元通りになるのだろうか…。 結婚式の介添人が大騒動を引き起こすというプロットが、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』を彷彿とさせたため、“女版ハングオーバー!”との前評判の中、2011年に米国で公開されてメガヒットを記録したのが『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』である。でも見終わったあとで「『ハングオーバー! 』とそっくり」と感じる観客はまずいないはず。何て言うか、もっと痛くて切ないのだ。 ティーンの頃に思い描いた未来の可能性は年々閉ざされていく。その一方で同世代の友人たちは結婚して大人へのステップを上っていく。本作はあらゆる角度から追いつめられていくアニーの心理を執拗にほじくり返す。そこに男と女という違いは存在しない。三十代ボンクラというひとりの人間がただそこにいるだけである。バカの一つ覚えのように異性を「スイーツ」呼ばわりする男子も、この映画には魂の片割れを見いだして涙するかもしれない。コメディに冷淡なアカデミー賞で脚本賞にノミネートされたのも納得の完成度だ。 映画の発案者であり、主人公アニーを演じたのは「サタデー・ナイト・ライブ」史上最高の女性キャストとの呼び声高いコメディエンヌ、クリステン・ウィグ。彼女が、古くからの友人アニー・マモロと共同で書いた脚本を持ち込んだ先は、それまでも脇役として顔を出していた『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(07年)や『寝取られ男のラブ♂バカンス』(08年)といった映画の監督/プロデューサーだったジャド・アパトーだった。こうしたヒット作を通じて、男同士の友情をメインにした”ブロマンス映画”というジャンルを確立したアパトーは、その方程式を女子に応用したウィグの脚本を絶賛。テレビドラマ『フリークス学園』以来の盟友ポール・フェイグを監督に指名して映画を現実のものとしたのである。 コメディ映画としての本作の大きな特徴は、ギャグのボケをすべて女優がこなしているところにあるだろう。しかも生半可なギャグではなく、セックス、ゲロ、ウンコ絡みのギャグがふんだんに飛び出す過激なものだ。そんなコメディ映画はそれまでハリウッドには存在しなかった。「女性が悲惨な目に遭っても男のようには笑えない」という認識が世間では一般的だからである。普通の監督なら出演者の一部を男優に差し替えるところだろう。しかしポール・フェイグはウィグとともに「悲惨な目に遭っても笑える」最強の女性キャスト陣を選んだのである。 まずアニーの親友リリアンを演じたのはマヤ・ルドルフ。名曲「ラヴィング・ユー」で知られるミニー・リパートンの娘で、ポール・トーマス・アンダーソン夫人でもある彼女は、実生活ではロサンゼルスのコメディ劇団「グラウンドリングス」時代以来のクリステンの親友。だから映画内の二人の友情はとても真実味が感じられる。 劇中最も難しいキャラであるイヤミなヘレン役に指名されたのは、オーストラリア出身の正統派美女ローズ・バーンだ。それまで『トロイ』(04年)や『28週後…』(07年)といったシリアス映画に出演しながら、いまひとつパッとしなかった彼女は、アパトーのプロデュース作『伝説のロックスター再生計画!』(09年)でイカれたポップスター役を好演。コメディ・センスを全面開花させた本作以降は、『ネイバーズ』(14年)や『ANNIE/アニー』(14年)といった作品で活躍。コメディ界に欠かせない人材になっている。 同じオーストラリア出身でも、アニーのルームメイトの妹を演じたレベル・ウィルソンはこの時点ではアメリカでの知名度はゼロだった。だが強烈な存在感を本作で示した彼女は、『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』(12年)やパワフルな歌声も披露した『ピッチ・パーフェクト』(12年)、『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』(14年)によってスターへの階段を駆け上っていった。年末に日本公開が予定されている『ピッチ・パーフェクト』(15年)は、すでに本国でメガヒットを記録しており、パート3の製作が早々と決定している。 こうした才人揃いの出演者の中でも最も観客の目を引いたのは、一番ヨゴレなメーガンを演じたメリッサ・マッカーシーだろう。それまでも『ギルモア・ガールズ』(00?07年)や『サマンサ Who?』(07?09年)といったテレビ・コメディの脇役として知られていたものの、まさか洗面室のシンクに跨って、苦痛に顔を歪めて便意と戦う!なんてギャグをやってのける人だとは誰も思わなかったはず。本作における爆発的な演技によってアカデミー助演女優賞にノミネートされた彼女は、特別出演したアパトー監督作『40歳からの家族ケーカク』(12年)や『ハングオーバー!!! 最後の反省会』(13年)でもシーンを一気にさらう怪演を披露。また当初は男の設定で脚本が書かれていたにも関わらず「男同士じゃありきたりだ」とのジェイソン・ベイトマンのアイディアによって、急遽彼の相棒役を務めることになったダブル主演作『泥棒は幸せのはじまり』(13年)は大ヒット。彼女が映画館に客を呼べるスターであることを証明した。 こうしたメリッサのスター化に伴って、監督ポール・フェイグとのコンビがレギュラー化した。サンドラ・ブロックと組んだ刑事コメディ『デンジャラス・バディ』(13年)、ジェイソン・ステイサムやジュード・ロウといった大スターを従えて主演を張ったスパイ・コメディ『SPY』(15年)は連続大ヒットを記録。後者ではローズ・バーンとのリユニオンを果たしている。 こうした作品によって一躍コメディ界のヒットメイカーとなったフェイグのもとに『ゴーストバスターズ』リメイク版の監督がオファーされたのは昨年のことだ。ビル・マーレイやダン・エイクロイド、ハロルド・ライミスといった80年代を代表する才能が集結していた傑作コメディを現代に蘇らせるには、一体どんなメンツが必要なのだろうか? 考えた末にポール・フェイグが声をかけた相手はクリステン・ウィグ、メリッサ・マッカーシー、そしてレベル・ウィルソンだった。ちなみに他のキャストは「サタデー・ナイト・ライブ」の現レギュラーであるケイト・マッキノンとレスリー・ジョーンズ、セシリー・ストロングといった面々。そう、全員女性なのだ。 このキャスティングはハリウッド中に大きな話題と物議を呼んだ。しかしフェイグは「面白いコメディアンを集めたら、たまたま女性ばかりだっただけだよ」と全く気にしていないようだ。映画は現在撮影中で来年夏に公開予定である。フェイグは決して奇をてらったわけではなく、このキャスティングに圧倒的な自信を持っているはず。それは、この『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』を観れば明らかだろう。 Artwork © 2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
-
COLUMN/コラム2015.10.30
バチェロレッテ -あの子が結婚するなんて!
ニューヨーク。リッチで美人のレーガンはある日、高校時代の同級生ベッキーから衝撃的な告白を受ける。「あたしプロポーズされたの!」 高校時代は学園の女王として君臨していた自分が、ボーイフレンドから結婚の話が一向に出てこなくてイライラしているというのに、なんでデブでブタ顔の彼女が先に結婚するの? 激しい動揺と傷ついたプライドを隠しながら、ベッキーのブライズメイズ(花嫁介添人)の代表として式の準備を進めるレーガンのもとに、かつての女王グループ仲間であるジェナとケイティが駆けつけた。 過去の栄光とうってかわって今では冴えない毎日を送る彼女たちは、結婚式前夜のバチェロレッテ・パーティー(独身さよならパーティ)で鬱憤が爆発。調子に乗りすぎてベッキーのウェディングドレスをビリビリに破ってしまう。はたしてレーガンたちは朝までにドレスを修理することが出来るのだろうか? 試練と狂乱の一夜が始まった! 『バチェロレッテ -あの子が結婚するなんて!』は女子の、女子による、女子のためのブラック・コメディである。原作である戯曲を書いたのは女性劇作家のレスリー・ヘッドランド。1981年生まれの彼女はティッシュ・スクール(ニューヨーク大学の芸術科)卒業後にワインスタイン・カンパニーの総帥ハーヴェイ・ワインスタインのアシスタントをしながら、キリスト教の「七つの大罪」をモチーフにしたコメディ戯曲を次々とオフ・ブロードウェイで上演。『バチェロレッテ』は「暴食」をモチーフにしたシリーズの一編だったが、コメディ界のスーパースター、ウィル・フェレルと彼の相棒の映画監督アダム・マッケイの目にとまって映画化が決定。ふたりのプロデュースのもと、ヘッドランドはいきなり映画監督兼脚本家としてデビューすることになったのだった。 セックス、ドラッグ何でもありのギャグと、プライドとトラウマが交錯するダイアローグの面白さは、さすがフェレルとマッケイが認めたクオリティ。かつ女子にしか書けない細やかさに満ちている。初演出でありながらカット割りが上手いことにも驚かされる。観客に見せるべきものが何なのかを本能的に掴んでいるのだろう。ヘッドランドは、今夏にやはりフェレルとマッケイのプロデュースで、ジェイソン・セダイキスとアリソン・ブリーが主演した監督第二作『Sleeping with Other People』の公開が決まっており、その活動には今後も要チェックだ。 舞台版では自ら出演もしていたヘッドランドだが、『バチェロレッテ』の映画化に際しては同世代の女優たちに演技を委ねている。そのキャスティングが絶妙だ。 まずメイン・キャラであるレーガンを演じているのはキルスティン・ダンスト。彼女の出演が決まった時点で、本作の成功は約束されたといっていい。というのも、キルスティンは、ティーンムービーに出演していた十代の頃、学園女王役を当たり役にしていたからだ。 ざっと思い出してみるだけでも、ジョー・ダンテのカルト作『スモール・ソルジャーズ』(99)、ウォーターゲート事件の裏側を描いた『キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!』(99)、ソフィア・コッポラの長編デビュー作『ヴァージン・スーサイズ』(99)、そして大ヒットしたチアリーディング・スポ根モノ『チアーズ!』(00)といった作品で彼女は学園女王を演じている。サム・ライミが監督した『スパイダーマン』三部作(02?07)で彼女が主人公のピーターにとって憧れの存在であるメアリー・ジェーンを演じていたのは、すでに学園女王のパブリック・イメージを得ていたからだ。 こうした作品でキルスティンが扮していた学園女王は、オタクやボンクラにも優しい女神のような性格だったけど、『バチェロレッテ』の彼女は正反対。あんなスウィートだった子がアラサーになったら、ささくれだった性格の女子に変貌してしまっているのだから、キルスティンを昔から知る観客はそのギャップに笑うしかない。そして笑うと同時に、時間の残酷な経過を否応なしに確認させられるのだ。こんな役を敢えて受けて立ったキルスティンの度量の大きさには拍手するしかない。 三人の中では一番普通人に近いジェナを演じているのがリジー・キャプランという配役にもうなずいてしまう。ジェームズ・フランコ、セス・ローゲン、ジェイソン・シーゲルといった未来のスター俳優を輩出した伝説的なテレビ学園ドラマ『フリークス学園』(99?00)でデビューを飾った彼女が初めて注目されたのは、やはり学園コメディの『ミーン・ガールズ』(04)だった。 そこでのリジーは、リンジー・ローハン扮する主人公の友人役で登場。アフリカから転校してきた何も知らないリンジーに学園女王軍団(演じているのは当時全く無名だったレイチェル・マクアダムスとアマンダ・セイフライド!)の打倒を吹き込むクセモノを快演していた。 その後、『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08)や『トゥルーブラッド』(08)といった作品に出演した彼女は本作をステップに、実在した性科学のパイオニアたちを描いた実録ドラマ『Masters of Sex』(13?)でブレイク。コメディでありながら国際問題を巻き起こした問題作『The Intereview』(14)ではフランコやローゲンとリユニオンを果たしている。 三人組の中で最もイッちゃっているケイティを演じているのは、オーストラリア出身のアイラ・フィッシャーだ。『ウエディング・クラッシャーズ』(05)での奔放な上院議員令嬢や、『お買いもの中毒な私!』(09)でのショッピング依存症の女子といった特殊なキャラほどイキイキする彼女は、実生活ではサーシャ・バロン=コーエン夫人である。なるほどコメディ・センスがハンパないわけだ。本作後も『華麗なるギャツビー』(13)や『グランド・イリュージョン』(13)などでその特異なセンスを見せつけている。 そんな美女トリオを出し抜いて最初に結婚するベッキーを演じているのが、レベル・ウィルソンであることにも注目したい。フィッシャーと同じくオーストラリア出身の彼女は、コメディエンヌとして母国で人気を獲得したあとにハリウッドに進出。その第一作『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン 』 (11)でクリステン・ウィグ扮する主人公のルームメイト役を好演して注目され、本作への出演となった。 決して美人とはいえず、体格のハンディ(?)を抱えながらも、ポジティブ思考と積極性を武器に、お高く止まった三人よりも男に不自由していないように見える彼女が演じているからこそ、ベティはこれほど血の通ったキャラクターにはなったのだと思う。レベルはこの作品での肉食キャラを本作以降も貫き通して、『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』 (13)や『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』 (14)で活躍。先日、自慢の喉を聴かせた大ヒット作『ピッチ・パーフェクト』(12)がようやく日本公開されたばかりだ。現在アメリカで大ヒット中の続編『Pitch Perfect 2』 (15)も年末には日本公開が予定されており、今後もスクリーンで暴れまくる彼女の姿を楽しめそうだ。 つい最近までは「男優と比べて女優は悲惨な目に遭っても笑えないからコメディには向いていない」なんてことが語られてきた。でもそれが真っ赤な嘘であることが『バチェロレッテ』を観れば分かるはず。紛うことない美女たちがバカをやりまくり、悲惨な一夜を体験する本作は、そういう意味ではコメディの新しい地平を切り開いた作品なのだ。 ©2012 Strategic Motion Ventures LLC
-
COLUMN/コラム2015.08.15
来夏公開! リメイク版『ゴーストバスターズ』の偉大なる前日談〜『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』〜
中西部の地方都市に住むアニーは、起業に失敗して貯金もゼロの30代半ばの独身女子。楽しみと言えば幼馴染みのリリアンとバカ話をすることだけだった。そんなある日、リリアンから結婚することを告白された彼女は、ブライズメイズ(新婦介添人)の代表を頼まれて、喜んで引き受ける。でも不器用な彼女は失敗ばかり。加えて新郎の上司のセレブ妻でなんでも器用にやってのけるヘレンの存在が引き金となって、リリアンに先を越された寂しさと焦りが爆発。ブランチ・パーティをぶち壊して、ついにはリリアンと大喧嘩をしてしまう。はたして二人の友情は元通りになるのだろうか…。 結婚式の介添人が大騒動を引き起こすというプロットが、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』を彷彿とさせたため、“女版ハングオーバー!”との前評判の中、2011年に米国で公開されてメガヒットを記録したのが『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』である。でも見終わったあとで「『ハングオーバー! 』とそっくり」と感じる観客はまずいないはず。何て言うか、もっと痛くて切ないのだ。 ティーンの頃に思い描いた未来の可能性は年々閉ざされていく。その一方で同世代の友人たちは結婚して大人へのステップを上っていく。本作はあらゆる角度から追いつめられていくアニーの心理を執拗にほじくり返す。そこに男と女という違いは存在しない。三十代ボンクラというひとりの人間がただそこにいるだけである。バカの一つ覚えのように異性を「スイーツ」呼ばわりする男子も、この映画には魂の片割れを見いだして涙するかもしれない。コメディに冷淡なアカデミー賞で脚本賞にノミネートされたのも納得の完成度だ。 映画の発案者であり、主人公アニーを演じたのは「サタデー・ナイト・ライブ」史上最高の女性キャストとの呼び声高いコメディエンヌ、クリステン・ウィグ。彼女が、古くからの友人アニー・マモロと共同で書いた脚本を持ち込んだ先は、それまでも脇役として顔を出していた『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(07年)や『寝取られ男のラブ♂バカンス』(08年)といった映画の監督/プロデューサーだったジャド・アパトーだった。こうしたヒット作を通じて、男同士の友情をメインにした”ブロマンス映画”というジャンルを確立したアパトーは、その方程式を女子に応用したウィグの脚本を絶賛。テレビドラマ『フリークス学園』以来の盟友ポール・フェイグを監督に指名して映画を現実のものとしたのである。 コメディ映画としての本作の大きな特徴は、ギャグのボケをすべて女優がこなしているところにあるだろう。しかも生半可なギャグではなく、セックス、ゲロ、ウンコ絡みのギャグがふんだんに飛び出す過激なものだ。そんなコメディ映画はそれまでハリウッドには存在しなかった。「女性が悲惨な目に遭っても男のようには笑えない」という認識が世間では一般的だからである。普通の監督なら出演者の一部を男優に差し替えるところだろう。しかしポール・フェイグはウィグとともに「悲惨な目に遭っても笑える」最強の女性キャスト陣を選んだのである。 まずアニーの親友リリアンを演じたのはマヤ・ルドルフ。名曲「ラヴィング・ユー」で知られるミニー・リパートンの娘で、ポール・トーマス・アンダーソン夫人でもある彼女は、実生活ではロサンゼルスのコメディ劇団「グラウンドリングス」時代以来のクリステンの親友。だから映画内の二人の友情はとても真実味が感じられる。 劇中最も難しいキャラであるイヤミなヘレン役に指名されたのは、オーストラリア出身の正統派美女ローズ・バーンだ。それまで『トロイ』(04年)や『28週後…』(07年)といったシリアス映画に出演しながら、いまひとつパッとしなかった彼女は、アパトーのプロデュース作『伝説のロックスター再生計画!』(09年)でイカれたポップスター役を好演。コメディ・センスを全面開花させた本作以降は、『ネイバーズ』(14年)や『ANNIE/アニー』(14年)といった作品で活躍。コメディ界に欠かせない人材になっている。 同じオーストラリア出身でも、アニーのルームメイトの妹を演じたレベル・ウィルソンはこの時点ではアメリカでの知名度はゼロだった。だが強烈な存在感を本作で示した彼女は、『バチェロレッテ あの子が結婚するなんて!』(12年)やパワフルな歌声も披露した『ピッチ・パーフェクト』(12年)、『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』(14年)によってスターへの階段を駆け上っていった。年末に日本公開が予定されている『ピッチ・パーフェクト』(15年)は、すでに本国でメガヒットを記録しており、パート3の製作が早々と決定している。 こうした才人揃いの出演者の中でも最も観客の目を引いたのは、一番ヨゴレなメーガンを演じたメリッサ・マッカーシーだろう。それまでも『ギルモア・ガールズ』(00〜07年)や『サマンサ Who?』(07〜09年)といったテレビ・コメディの脇役として知られていたものの、まさか洗面室のシンクに跨って、苦痛に顔を歪めて便意と戦う!なんてギャグをやってのける人だとは誰も思わなかったはず。本作における爆発的な演技によってアカデミー助演女優賞にノミネートされた彼女は、特別出演したアパトー監督作『40歳からの家族ケーカク』(12年)や『ハングオーバー!!! 最後の反省会』(13年)でもシーンを一気にさらう怪演を披露。また当初は男の設定で脚本が書かれていたにも関わらず「男同士じゃありきたりだ」とのジェイソン・ベイトマンのアイディアによって、急遽彼の相棒役を務めることになったダブル主演作『泥棒は幸せのはじまり』(13年)は大ヒット。彼女が映画館に客を呼べるスターであることを証明した。 こうしたメリッサのスター化に伴って、監督ポール・フェイグとのコンビがレギュラー化した。サンドラ・ブロックと組んだ刑事コメディ『デンジャラス・バディ』(13年)、ジェイソン・ステイサムやジュード・ロウといった大スターを従えて主演を張ったスパイ・コメディ『SPY』(15年)は連続大ヒットを記録。後者ではローズ・バーンとのリユニオンを果たしている。 こうした作品によって一躍コメディ界のヒットメイカーとなったフェイグのもとに『ゴーストバスターズ』リメイク版の監督がオファーされたのは昨年のことだ。ビル・マーレイやダン・エイクロイド、ハロルド・ライミスといった80年代を代表する才能が集結していた傑作コメディを現代に蘇らせるには、一体どんなメンツが必要なのだろうか? 考えた末にポール・フェイグが声をかけた相手はクリステン・ウィグ、メリッサ・マッカーシー、そしてレベル・ウィルソンだった。ちなみに他のキャストは「サタデー・ナイト・ライブ」の現レギュラーであるケイト・マッキノンとレスリー・ジョーンズ、セシリー・ストロングといった面々。そう、全員女性なのだ。 このキャスティングはハリウッド中に大きな話題と物議を呼んだ。しかしフェイグは「面白いコメディアンを集めたら、たまたま女性ばかりだっただけだよ」と全く気にしていないようだ。映画は現在撮影中で来年夏に公開予定である。フェイグは決して奇をてらったわけではなく、このキャスティングに圧倒的な自信を持っているはず。それは、この『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』を観れば明らかだろう。■ Artwork © 2012 Universal Studios. All Rights Reserved.
-
COLUMN/コラム2015.06.03
女子の、女子による、女子のためのブラック・コメディ『バチェロレッテ -あの子が結婚するなんて!』を巡る女子たち
高校時代は学園の女王として君臨していた自分が、ボーイフレンドから結婚の話が一向に出てこなくてイライラしているというのに、なんでデブでブタ顔の彼女が先に結婚するの? 激しい動揺と傷ついたプライドを隠しながら、ベッキーのブライズメイズ(花嫁介添人)の代表として式の準備を進めるレーガンのもとに、かつての女王グループ仲間であるジェナとケイティが駆けつけた。 過去の栄光とうってかわって今では冴えない毎日を送る彼女たちは、結婚式前夜のバチェロレッテ・パーティー(独身さよならパーティ)で鬱憤が爆発。調子に乗りすぎてベッキーのウェディングドレスをビリビリに破ってしまう。はたしてレーガンたちは朝までにドレスを修理することが出来るのだろうか? 試練と狂乱の一夜が始まった! 『バチェロレッテ -あの子が結婚するなんて!』は女子の、女子による、女子のためのブラック・コメディである。原作である戯曲を書いたのは女性劇作家のレスリー・ヘッドランド。1981年生まれの彼女はティッシュ・スクール(ニューヨーク大学の芸術科)卒業後にワインスタイン・カンパニーの総帥ハーヴェイ・ワインスタインのアシスタントをしながら、キリスト教の「七つの大罪」をモチーフにしたコメディ戯曲を次々とオフ・ブロードウェイで上演。『バチェロレッテ』は「暴食」をモチーフにしたシリーズの一編だったが、コメディ界のスーパースター、ウィル・フェレルと彼の相棒の映画監督アダム・マッケイの目にとまって映画化が決定。ふたりのプロデュースのもと、ヘッドランドはいきなり映画監督兼脚本家としてデビューすることになったのだった。 セックス、ドラッグ何でもありのギャグと、プライドとトラウマが交錯するダイアローグの面白さは、さすがフェレルとマッケイが認めたクオリティ。かつ女子にしか書けない細やかさに満ちている。初演出でありながらカット割りが上手いことにも驚かされる。観客に見せるべきものが何なのかを本能的に掴んでいるのだろう。ヘッドランドは、今夏にやはりフェレルとマッケイのプロデュースで、ジェイソン・セダイキスとアリソン・ブリーが主演した監督第二作『Sleeping with Other People』の公開が決まっており、その活動には今後も要チェックだ。 舞台版では自ら出演もしていたヘッドランドだが、『バチェロレッテ』の映画化に際しては同世代の女優たちに演技を委ねている。そのキャスティングが絶妙だ。 まずメイン・キャラであるレーガンを演じているのはキルスティン・ダンスト。彼女の出演が決まった時点で、本作の成功は約束されたといっていい。というのも、キルスティンは、ティーンムービーに出演していた十代の頃、学園女王役を当たり役にしていたからだ。 ざっと思い出してみるだけでも、ジョー・ダンテのカルト作『スモール・ソルジャーズ』(99)、ウォーターゲート事件の裏側を描いた『キルスティン・ダンストの大統領に気をつけろ!』(99)、ソフィア・コッポラの長編デビュー作『ヴァージン・スーサイズ』(99)、そして大ヒットしたチアリーディング・スポ根モノ『チアーズ!』(00)といった作品で彼女は学園女王を演じている。サム・ライミが監督した『スパイダーマン』三部作(02〜07)で彼女が主人公のピーターにとって憧れの存在であるメアリー・ジェーンを演じていたのは、すでに学園女王のパブリック・イメージを得ていたからだ。 こうした作品でキルスティンが扮していた学園女王は、オタクやボンクラにも優しい女神のような性格だったけど、『バチェロレッテ』の彼女は正反対。あんなスウィートだった子がアラサーになったら、ささくれだった性格の女子に変貌してしまっているのだから、キルスティンを昔から知る観客はそのギャップに笑うしかない。そして笑うと同時に、時間の残酷な経過を否応なしに確認させられるのだ。こんな役を敢えて受けて立ったキルスティンの度量の大きさには拍手するしかない。 三人の中では一番普通人に近いジェナを演じているのがリジー・キャプランという配役にもうなずいてしまう。ジェームズ・フランコ、セス・ローゲン、ジェイソン・シーゲルといった未来のスター俳優を輩出した伝説的なテレビ学園ドラマ『フリークス学園』(99〜00)でデビューを飾った彼女が初めて注目されたのは、やはり学園コメディの『ミーン・ガールズ』(04)だった。 そこでのリジーは、リンジー・ローハン扮する主人公の友人役で登場。アフリカから転校してきた何も知らないリンジーに学園女王軍団(演じているのは当時全く無名だったレイチェル・マクアダムスとアマンダ・セイフライド!)の打倒を吹き込むクセモノを快演していた。 その後、『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08)や『トゥルーブラッド』(08)といった作品に出演した彼女は本作をステップに、実在した性科学のパイオニアたちを描いた実録ドラマ『Masters of Sex』(13〜)でブレイク。コメディでありながら国際問題を巻き起こした問題作『The Intereview』(14)ではフランコやローゲンとリユニオンを果たしている。 三人組の中で最もイッちゃっているケイティを演じているのは、オーストラリア出身のアイラ・フィッシャーだ。『ウエディング・クラッシャーズ』(05)での奔放な上院議員令嬢や、『お買いもの中毒な私!』(09)でのショッピング依存症の女子といった特殊なキャラほどイキイキする彼女は、実生活ではサーシャ・バロン=コーエン夫人である。なるほどコメディ・センスがハンパないわけだ。本作後も『華麗なるギャツビー』(13)や『グランド・イリュージョン』(13)などでその特異なセンスを見せつけている。 そんな美女トリオを出し抜いて最初に結婚するベッキーを演じているのが、レベル・ウィルソンであることにも注目したい。フィッシャーと同じくオーストラリア出身の彼女は、コメディエンヌとして母国で人気を獲得したあとにハリウッドに進出。その第一作『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン 』 (11)でクリステン・ウィグ扮する主人公のルームメイト役を好演して注目され、本作への出演となった。 決して美人とはいえず、体格のハンディ(?)を抱えながらも、ポジティブ思考と積極性を武器に、お高く止まった三人よりも男に不自由していないように見える彼女が演じているからこそ、ベティはこれほど血の通ったキャラクターにはなったのだと思う。レベルはこの作品での肉食キャラを本作以降も貫き通して、『ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金』 (13)や『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』 (14)で活躍。先日、自慢の喉を聴かせた大ヒット作『ピッチ・パーフェクト』(12)がようやく日本公開されたばかりだ。現在アメリカで大ヒット中の続編『Pitch Perfect 2』 (15)も年末には日本公開が予定されており、今後もスクリーンで暴れまくる彼女の姿を楽しめそうだ。 つい最近までは「男優と比べて女優は悲惨な目に遭っても笑えないからコメディには向いていない」なんてことが語られてきた。でもそれが真っ赤な嘘であることが『バチェロレッテ』を観れば分かるはず。紛うことない美女たちがバカをやりまくり、悲惨な一夜を体験する本作は、そういう意味ではコメディの新しい地平を切り開いた作品なのだ。■ ©2012 Strategic Motion Ventures LLC
-
COLUMN/コラム2015.05.05
不謹慎すぎるブラック・コメディを作り続ける男、サシャ・バロン・コーエン論〜『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』
北アフリカのワディヤ共和国。そこに君臨するアラジーン将軍は民主主義無視の暴政を行っていた。つい最近も核兵器開発をブチあげて世界中から非難されたばかりだ。しかし彼は国連出席のために訪れたニューヨークで何者かによって拉致され、トレードマークのヒゲを剃り落とされてしまう。身元不明になったアラジーンは彼を難民と勘違いした女性ゾーイの好意で自然食品スーパーで働くことになるが、彼女から民主主義の素晴らしさを説かれて混乱する。そんなある日、彼は国連会議に自分の替え玉が出席していることを知り驚く。すべては石油利権を狙うアラジーンの叔父タミールの策略だったのだ。果たしてアラジーンは無事(?)独裁者の地位に返り咲くことが出来るのだろうか? 『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』ほど過激なコメディ映画はそうそう無い。その笑いがいかに過激かは、映画冒頭にバーンと出る「金正日に捧ぐ」というクレジットで十分わかるはず。主人公はかつてリビアに君臨したカダフィ大佐を彷彿とさせる人物で、気に入らない者には死刑を言い渡し、ユダヤ人に罵詈雑言を吐きまくる。優しいゾーイに助けられても女性への偏見を捨てることはない。そんな最低の主人公なのに、観客は何故かアラジーンの権力が復活することを応援したくなってしまう。アラジーン役の俳優が不思議なチャームを振りまいているからだ。その男こそがサシャ・バロン・コーエンである。このコーエン、『ディクテーター』の遥か以前から過激なコメディを作り続けてきたのだ。 現在はハリウッドで活動するコーエンだが、1971年に生まれたのは英国のロンドンだった。コーエン家は正統派ユダヤ教徒の家庭であり、コーエン自身も敬虔なユダヤ教徒として育った。人口の約0.5%しかいない超マイノリティで、差別と迫害の歴史を持つユダヤ系に生まれたことは、彼のコメディアンとしてのアイデンティティの中核を成していると思う。マイノリティ差別を行うアラディーンのキャラは、彼自身とは正反対だからこそ滑稽で笑えるのだ。 子どもの頃から演劇に魅せられた彼は、名門ケンブリッジ大学の系列校クライスト・カレッジに進学。大学のアマチュア劇団で活動するようになった。そこでの活躍は大学中に響き渡り、コメディ・サークル「ケンブリッジ・フットライツ」に招かれて部員でもないのに公演に参加するほどだった。じつはこの「ケンブリッジ・フットライツ」こそはモンティ・パイソンの出身母体である。すべてを笑い飛ばす彼らのシニカルな笑いも、コーエンに影響を与えていることは間違いないだろう。 大学を卒業後、長身と個性的なルックスを買われたコーエンはファッション・モデルとして活動するようになった。規律正しい家庭やキャンパスとは180度異なる華やかなファッション業界は、後にあるキャラクターのアイディアをもたらすことになる。オーストリア出身のゲイのファッション・レポーター、ブルーノだ。もちろんコーエンにとってモデル業は仮の姿であり、影ではコメディ・ビデオを作りせっせとテレビ局に送っていた。その中の一本で、カザフスタンの無知なテレビレポーター、ボラットというキャラに扮したビデオが評価され、95年に遂に『Pump TV』という番組でレギュラー入り。98年には若手コメディアンを集めた『The 11 O'Clock Show』のメンバーに抜擢。この番組で彼が演じたユダヤ系英国人なのにアメリカのギャングスターラッパーを気取った勘違い野郎、アリ・Gのキャラが人気爆発。00年には看板番組『Da Ali G Show』がスタートした。この番組でコーエンはドキュメンタリー的な手法を採用。アリ・G、ブルーノとボラットの三役を演じ分けて、彼のことを知らない一般人から思いがけない反応を引き出すことでトップ・コメディアンの座に駆け上がったのだった。02年には映画版『アリ・G』も公開され、ここではひょんなことから下院議員になったアリ・Gが政界で大暴れするというドラマが繰り広げられた。 映画版はヒップホップの本場アメリカでも評判になり、コーエンは米国版『Da Ali G Show』を製作することになった。下積み時代のセス・ローゲンもライターとして参加していたこの番組で、アリ・G以上の人気を獲得したのはボラットだった。というのも、英国人以上にアメリカ人はカザフスタンが何処にあるか知らず、無知を装ったコーエンの演技に騙されて自らのバカっぷりを次々と晒してしまったからだ。この番組の成功を受けて06年に公開されたのが『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』だ。『となりのサインフェルド』のラリー・チャールズが監督、『オースティン・パワーズ』シリーズのジェイ・ローチがプロデュース、のちに『ハングオーバー! 』シリーズを撮るトッド・フィリップスがストーリーを手伝ったこの作品で、ボラットはフェミニスト団体を嘲笑し、全裸で転がりまわり、女優のパメラ・アンダーソンを誘拐しようとする。ハイライトは南部で開催されたロデオ大会の開会式登場だ。ボラットは米国国歌のメロディで、メチャクチャな歌詞を持つ架空のカザフスタン国歌を熱唱。会場に詰めかけた保守的でマッチョな観客たちを激怒させるのだ。命知らずにもほどがあるコーエンの行動力と過激な笑いが評判を呼んで、作品は大ヒット。コーエンはゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門) を受賞している。 09年には同様の手法でブルーノをフィーチャーした『ブルーノ』を製作。イスラエルとパレスチナの活動家を会談させたり、iPodと交換したアフリカ人の赤ちゃんを見せびらかしたり、スワッピングの現場に乱入したりとやりたい放題を繰り広げたのだった。 そんな過激な笑いを追求するコーエンだが、私生活では相変わらず敬虔なユダヤ教徒であり、女優のアイラ・フィッシャーとの夫婦仲も良好な良識ある人物である。コーエンは敢えて自分と正反対のキャラを演じることで逆説的に良識を訴えているのだ。アポ無し撮影を行って”やらせ”であることを知らない一般人の反応をカメラに収めた『ボラット』や『ブルーノ』では彼のこうした姿勢が見えづらいところもあったが、通常の劇映画スタイルに立ち返って作られた『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』ではその良識がダイレクトに打ち出されている。替え玉と再度入れ替わって国連会議の演説でアラジーンは「民主主義は独裁主義と比べて手続きが面倒臭い制度だが、だからこそ価値がある」と力説する。なぜなら民主主義が行われている限り「一部の人間だけが富み栄え、多くの人々が生活に困る社会には絶対ならないから」だと。そのとき観客は、民主主義でありながら現在の社会がいかに不公平なものかを教えられるのである。 このシーンを含めて『ディクテーター』は、コーエンにとって英国人コメディアンの大先輩にあたるチャールズ・チャップリンの『独裁者』から多くの設定を頂いている。チャップリンの代表作であるこの作品では、ヒトラーを思わせる独裁者に弾圧されるユダヤ人の床屋がクライマックスで独裁者と入れ替わり民主主義を擁護する演説を行う。公開当時の1940年、アメリカはドイツとまだ開戦しておらずナチスシンパも多かった。『独裁者』は命がけのコメディ映画だったのだ。 『タラデガ・ナイト オーバルの狼』や『ヒューゴの不思議な発明』のように短い出番で場をさらう飛び道具キャラや、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』や『レ・ミゼラブル』といったミュージカル映画の悪役、そしてキツネザルの声を務めた『マダガスカル』シリーズの声優仕事など脇役としての出演依頼が殺到しているコーエンだけど、彼には今後もプロデュース、製作、主演を兼ねた「自分の映画」を作り続けてほしいと思う。■
-
COLUMN/コラム2015.04.08
なに、この普通人クオリティ!〜『宇宙人ポール』
この作品には今ハリウッドで「普通の人」を演じさせれば天下一品のジェイソン・ベイトマンも出演しているのだけど、二人と比べると彼すらもスターのオーラに満ち満ちているように見えてしまう。なぜ、これほどまでにドン臭く、オーラに欠けた(失礼!)二人が、SFコメディ大作の主演俳優の座に上りつめたのだろうか? 謎を解くにはそこから歴史を10年以上遡らないといけない。 二人が出会ったのは1999年に英国のロンドンで撮影された『SPACED ~俺たちルームシェアリング~』の現場でだった。「友人同士の男女が、カップルだと格安で借りれるアパートに正体を偽って入居したら、そこがオタクの巣窟になってしまった!」というプロットを持つこのシュエーション・コメディ番組は、それまでもいくつかのテレビ番組に出演していた当時29歳のコメディアン、ペッグにとって、企画、脚本、主演の三役を手がけた勝負作だった。 「監督は以前の仕事で知り合って親友になったエドガー・ライトに任せたから大丈夫。問題は自分が演じるSFオタクの主人公ティムの親友でミリタリー・オタクのマイクを誰に演じさせるかだ……」悩めるサイモンの前に現れたのが2才年下のメタボなコメディアン、ニックだったというわけだ。各話に織り込まれた膨大な「オタクあるある」や映画やテレビ番組のパロディがバカウケして、『SPACED』は英国でカルト人気を獲得。固い絆で結ばれたサイモン、ニック、エドガーの三人は映画進出を決意する。 こうして2005年に公開されたのが、サイモン(主演、脚本)ニック(主演)エドガー(監督、脚本)による『ショーン・オブ・ザ・デッド』だった。舞台はサビれた地方都市。サイモン扮する主人公ショーンは、いい齢こいてプレステに夢中なダメ人間だ。だが街中にゾンビが出現したことによって、生きるための戦いに巻き込まれていく。ジョージ・A・ロメロが創始したゾンビ映画にオマージュを捧げながら、米国の都会ではなく英国の田舎が舞台なこと、一般人が銃を所持していないためクリケットのラケットで戦うといったオリジナルとの「落差」によってこの作品は極上のコメディに仕上がっている。 でも落差で笑わせながら、元ネタの精神は守っているところが『ショーン・オブ・ザ・デッド』のスゴいところだ。ロメロの『ゾンビ』(78年)でゾンビの巣窟になるのはショッピング・モールだが、こちらでゾンビが押し寄せてくるのはパブだ。ロメロが『ゾンビ』で米国のモール文化を批判していることに呼応して、ライトは夕方になると必ずパブに行く英国人を皮肉っているのだ。 同じことは演出面にも言える。本作はゾンビ映画として実に真っ当に撮られているのだ。ゆっくりとしか歩けないゾンビたちにヘマを犯した人間が捕まって食べられそうになる際のスリリングさは相当なもの。『ゾンビ』の正式なリメイク作『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『ワールド・ウォーZ』といった近年のハリウッド産ゾンビ映画では、ゾンビは走れる設定に改変されてしまっている。たしかにそっちの方がアクション・シーンは作りやすいのだが、ゾンビ本来の恐ろしさは『ショーン・オブ・ザ・デッド』の方にこそある。 こうした「パロディではあるけれど、ジャンル映画として見ても最高に面白い」いう映画のコンセプトは、トリオ第二作でポリス・アクションのパロディである『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』(07年)でさらに進化を遂げている。サイモン扮する元エリート警察官のニコラスは、左遷で飛ばされた先の田舎町が平和すぎてやる事がない。ニック扮する同僚ダニーから「ロンドンでは銃撃戦をしているのか?」と訊かれて「そんなものはハリウッド映画の中だけだ」と苦い顔で否定してみせる。だが物語はそこから思いがけない方向に転がっていき、銃撃戦はもちろん、カーチェイス、爆発がテンコ盛りの『リーサル・ウェポン』や『バッドボーイズ』も真っ青のド派手なクライマックスへと雪崩れ込んでいくのだ。 この作品はアメリカでも大ヒット。エドガーはハリウッドに招かれ、カルトコミックの実写化作品『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(10年)をマイケル・セラ主演で撮っている。一方でサイモンとニックがアメリカで作った脚本&主演作が、この『宇宙人ポール』だった。 ストーリーは、オタクの祭典「コミコン・インターナショナル」を見にいくためにアメリカにやってきたコミック・オタクのグレアムとクライヴが、墜落したUFOが隠されているという都市伝説で知られるネバダ州の空軍基地「エリア51」付近をドライブ中に、宇宙人のポールと遭遇してしまうことから始まる。つまり今作でネタにされているのは、『未知との遭遇』や『E.T.』といった宇宙人コンタクト物である。 もちろんそうした作品にあるハート・ウォーミングなテイストも今作には満載。特に父から誤った教育を受けてガチガチのキリスト教原理主義者に育てられた女性ルースが、ポールから宇宙の真実を教えられて自立を果たすパートは泣ける。ポールは自分の痛みと引き換えに人間のキズを治療する超能力を持っているのだが、その自己犠牲的救世主的な能力設定には、サイモンとニックによる「イエス・キリスト観」が込められているようにも思える。一見お気楽なように見える『宇宙人ポール』、実は深い作品なのだ。 また監督のグレッグ・モットーラをはじめ、ポールの声優を務めたセス・ローゲン、そしてビル・ヘイダーやクリステン・ウィグといった助演陣は現代アメリカのコメディ・シーンのトップに立つ面々であり、彼らと大西洋を超えて仕事をしたことは、サイモンとニックにとって大きな経験になったはずだ。 この作品の後、ふたりは英国に戻ってエドガーとリユニオン。やはり宇宙人が登場するものの、こちらは侵略SFムービーのパロディである『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』(13年)を作り上げた。『ショーン・オブ・ザ・デッド』以来のパブへの偏愛とセカンド・サマー・ラブへのオマージュに満ちたこの作品は大ヒットを記録したものの、三人はこれで三部作完結を宣言。以降はそれぞれの道を歩みだしている。 サイモンは以前からハリウッドきってのヒットメイカー、J・J・エイブラムスに才能を認められ、彼が監督/プロデュースした『ミッション・インポッシブル』や『スタートレック』といった大作シリーズに出演を続けていたのだが、先日『スタートレック』の次回作で脚本を手がけることが発表された。『スターウォーズ』新シリーズを手がけることになったエイブラムスの代わりに『スタートレック』を任されたのかもしれない。『SPACED』のティムが聞いたら嬉しさのあまり卒倒してしまいそうな出世ぶりである。一方、『パイレーツ・ロック』や『スノーホワイト』でイイ味を出していたフロストも故郷英国でプロデュース、原案、主演の三役を務めた社交ダンス・コメディ『カムバック!』(14年)を発表している。 西海岸とロンドンに遠く離れてしまった二人だが心配無用。『カムバック!』にはしっかりサイモンがゲスト出演していたりする。サイモンとニックはこれからも普通人クオリティの顔を並べて、大スクリーンで暴れてくれるはずだ。■ © 2012 Universal Studios.ALL RIGHTS RESERVED
-
COLUMN/コラム2014.06.09
進め「パロディ映画道」! ジェイソン・フリードバーグ & アーロン・セルツァー
バックグラウンドが異なる人間が集まって住んでいるアメリカでは、以心伝心や阿吽の呼吸といった概念は存在しない。すべての意思疎通は会話で行われるのだ。だから映画においても会話の重要性は高く、ホンモノっぽさが求められる。そこで二人の脚本家が実際に会話するように共同で脚本を書くことが多くなるというわけだ。 もっともそうしたコンビが長続きするケースは少ない。特に個人の感覚に拠るところが大きい”笑い”を扱うコメディ映画の世界ではコンビ解散は日常茶飯事である。長続きしているのは、ジョエルとイーサンのコーエン兄弟やピーターとボビーのファレリー兄弟といった同じDNAを持つ肉親コンビばかりだ。そんな中、赤の他人でありながら20年以上にわたってコンビを組み続けるチームが存在する。ジェイソン・フリードバーグとアーロン・セルツァーである。 二人が出会ったのは90年代初頭、カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)の映画クラスでのことだった。せっかく楽しい映画を作るノウハウを学ぶために入学したのに、高尚な芸術論議ばかり戦わされている……そんなクラスの雰囲気にジェイソンとアーロンはそれぞれ孤独に欲求不満を募らせていたという。「俺が撮りたいのは芸術なんかじゃない。コメディ、それもパロディ映画なんだ!」そんな同好の士が出会うまで時間はかからなかった。二人はすぐに”腹心の友”となり、まんが道ならぬパロディ映画道を歩んでいくことを決心したのだった。 既存のヒット映画の名シーンをパロったギャグを数珠つなぎにしてストーリーを構成する。そんな形式を持ったパロディ映画の歴史は70年代に始まる。創始者はメル・ブルックス。彼は西部劇をパロった『ブレージングサドル』、ホラー映画をパロった『ヤング・フランケンシュタイン』(ともに74年公開。つまり今年はパロディ映画創立40周年なのだ!)の二作で現在に通じる基本パターンを作りあげた。 このジャンルを更に発展させたのがデヴィッドとジェリーのザッカー兄弟とジム・エイブラハムスによるトリオ“ZAZ”だった。ZAZはパニック映画をパロった『フライング・ハイ』(80年)に始まり、刑事パロディ『裸の銃を持つ男』シリーズ(88〜94年)、マッチョ・アクションをパロった『ホット・ショット』シリーズ(91〜93年)などヒット作を連発した。 こうした先輩たちに倣ってジェイソンとアーロンは「007」シリーズに注目してパロディ映画の脚本を書き始めた。ある程度出来上がった段階でジェイソンは、テレビ監督を務める父親リック・フリードバーグに助言を仰いだ。すると思わぬ幸運が転がりこんできた。リックはちょうど『裸の銃を持つ男』の主演俳優レスリー・ニールセンとビデオ作品『Bad Golf My Way』 (94年)の仕事をしていたのだ。脚本はレスリーにも気に入られ、リック監督、レスリー主演、ジェイソンとアーロンが脚本を手がけた『スパイ・ハード』(96年)が作られることになった。映画は興行収入2600万ドルのスマッシュヒットを記録した。 ジェイソンとアーロンは、続いて当時流行していた『スクリーム』(96年)や『ラストサマー』(97年)といったティーン向けホラーのパロディ脚本を書き上げた。これに飛びついてきたのが、他でもない『スクリーム』の製作会社ミラマックスだった。脚本は高額で買い取られ、『ポップ・ガン』(96年)でブラックムービーのパロディ映画に挑戦していた黒人コメディアン、ウェイアンズ兄弟の手で『最終絶叫計画』(00年)として映画化された。製作会社が自らパロディを手がけたことで生じる本物っぽさ、そして主演に抜擢されたアンナ・ファリスのコメディ・センスが炸裂したこの作品は、1億5700万ドルというメガヒットを記録。『最終絶叫計画』シリーズは、翌年にパート2、ウェイアンズ兄弟が降板した後もZAZのデヴィッド・ザッカーの製作&監督でこれまでパート5まで製作されるヒットシリーズとなっている。 だがこうした作品は、ジェイソンとアーロンに納得がいく出来ではなかったようだ。二人の脚本は映画完成までに他のライターによって変更が加えられていたからだ。「自分たちの構想通りのパロディ映画を作りたい!」二人は脚本買い取りのオファーには頑として応じず、製作と監督も自分達に任せてくれるスタジオが現れるのをひたすら待った。 06年、ジェイソンとアーロンの努力は報われ、二人はアリソン・ハニガン主演の『最”愛”絶叫計画』(06年)でプロデューサー兼監督デビューを果たす。『ブリジット・ジョーンズの日記』(01年)や『ベスト・フレンズ・ウェディング』(97年)といったロマンティック・コメディをパロったこの作品は4800万ドルのヒットを記録した。翌年、彼らは『ナルニア国物語』(05年)をベースに『ダ・ヴィンチ・コード』(06年)から『スネークフライト』(06年)のパロディまで盛り込んだ『鉄板英雄伝説』(07年)を発表。インド系俳優カル・ペンが主演し、『アメリカン・パイ』シリーズ(99〜12年)の熟女ジェニファー・クーリッジや『アリス・イン・ワンダーランド』(10年)の”ハートのジャック”で知られるクリスピン・グローバー(『アリス…』で共演したジョニー・デップの代表作『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック船長のパロディ・キャラをやっていることに注目!)らが脇を固めたこの作品は、最近ヒットした映画だったらジャンルは無関係、それどころか時事ネタやゴシップネタまでブチ込むという二人のスタイルが完成した重要作だ。 同作以降も、ジェイソンとアーロンは、『300』(07年)をリアルタイムでパロった『ほぼ300 <スリーハンドレッド>』(08年)やパニック映画をネタにした『ディザスター・ムービー! 最'難'絶叫計画』(08年)を製作&監督。10年には「俺たちがやらなきゃ誰がやる!」的な勢いで『トワイライト』サーガ(08〜12年)をネタにした『ほぼトワイライト』をヒットさせている。近年の作品では珍しくネタを『トワイライト』に絞り込んでいるのが印象的だが、ヒロインを取り合うエドワードとジェイコブそれぞれの少女ファンたちが戦ったり、『ハングオーバー』シリーズ(09〜13年)のケン・チョンが意味なくボケ倒していたりするところはいかにも二人の映画らしい。 笑いを取るためなら下ネタだろうと手段を選ばず、しかもストーリーと無関係にギャグを挟んでいく。そんなジェイソンとアーロンの映画は、評論家から高く評価された試しがない。それどころか”幼稚”、”西洋文明衰退の象徴”、”文化の疫病”とまで批判されている。だがそもそも彼らがパロっているハリウッド映画は文明的で文化的なものなのだろうか? 本来なら子ども向きのスーパーヒーロー映画を何百億円もかけて製作し、時にそれが何百億円の赤字を記録してしまう。そんなハリウッドの現実の方がよっぽどコメディである。”幼稚”なのは当たり前。二人は「王様は裸だ」と囃し立てる子どもなのだから。 そんな彼らの次回作は、来年公開予定の『Super Fast』。タイトルから想像出来る通り『ワイルド・スピード』シリーズ(01年〜)をネタにしたコメディである。そう、二人のパロディ映画道はまだまだ続く。■ © 2007 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved