楠木雪野のマイルームシネマ vol.12「シンパシーとワンダー」

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楠木雪野のマイルームシネマ vol.12「シンパシーとワンダー」
 おおお……これはすごい。ものすごい映画だ。わけがわからない。でもめちゃくちゃおもしろい、かっこいい。「ホーリー・モーターズ」を初めて観たときの率直な感想はこうだった。それまで過去に観ていたレオス・カラックスの「ボーイ・ミーツ・ガール」「汚れた血」「ポンヌフの恋人」をなんとなくイメージしながら観始めたら、予想と全然違ってぶっ飛んだ。

 とにかくインパクトがすごい。清々しいほどわけがわからない。そしてわけわからんということを、こんなに気持ちよく堂々と言える映画もめずらしいかもしれない、と思った。

 もともと、よくわからない映画が好きだ。なんだこれはとかどういう意味だとか思わせてくれて、あとで一生懸命考えてみてもよくわからなくて、観た時のザワザワと毛が逆立つような衝撃的な感覚だけがいつまでも手触りのように記憶に残るような、よくわからない映画が。それでいうとこの「ホーリー・モーターズ」は“なんだこれは”を遥かに超えて“なんじゃこりゃああああ”という映画だった。

 初めから、どういう話なのかがよく見えない。寝ていた男の人の指は鍵に変形するし(これがレオス・カラックス監督本人だと後から知った)、カラックス映画でおなじみの主演をつとめるドニ・ラヴァンが出てきてからも「?」「?」とはてなマークが次々浮かぶし、筋が掴めない。

 少ししてからようやく、どうやらドニ・ラヴァン演じる主人公の「オスカー」は、“いろんな人を演じるのが仕事な人”らしいとわかる。物乞いの老婆、次はモーションキャプチャーを装着して動く人、そして次は、衝撃的な緑の怪人「メルド」。

 自ら特殊メイクを施し、様々な人を演じていくオスカー。しかしそこは撮影現場や舞台ではなく、どうやらただの現実世界なのだ。なので「演じる」よりも「なりきる」と言うほうが正しいかもしれない。オスカーが何のためにそれをしているか、その仕事が何をもたらすのかが説明されることはない。

 その次に演じた(なった)のは、娘を車で迎えに行く父親だった。それまでに比べるとかなり普通っぽい、地味な役だ。初めてのパーティーを楽しむことができず嘘をついた娘を、父親は厳しく叱る。「私は罰を受ける?」と聞く娘に言った、「そうだ」「お前の罰は、お前がお前として生きることだ」というセリフ。では他人になりきり、次から次へと他人を生きているように見えるオスカーとは…?とはたと気付き私は考えようとするが、十分に考える暇を与える間もなくオスカーは次の役を演じていく。この次の「インターミッション(=映画館での途中休憩)」と銘打たれた一幕も、ものすごくかっこいいのでぜひ観てもらいたい。

 その後もオスカーは幾人かを演じ(なりきり)、長かった1日の仕事を終える。が、やはり終始「?!」の連続で、なるほどそういうことだったのね!と気持ちよく納得して映画を観終えられるということはない。

 だけど私は、難しい映画やわけのわからない映画は好きじゃないという人にこそ、この「ホーリー・モーターズ」を観てみてほしいと思う。冒頭でも書いたが、よくあるわけわからん映画とはひと味違い、そのわけのわからなさが清々しいと思うのだ。恥じることなく堂々とわけわからんと言えて、それでいておもしろいと思える映画だと思うのだ。

 難解な映画を観て、まさかこのまま終わるのかと思ったらそのまま終わり、まっ先に思ったことは「…で?」であり、余韻もそこそこにスマホを取り出し、映画アプリを開いて他人のレビューを読んだり、映画評論家の解説を読んでこの映画は何を意味していたのかを手っ取り早く知ろうとしたことはないだろうか。私はある。今はそうする前に自分の頭で考えてみようと努めてはいるが、それでもわからないものはわからない。

 もちろん、他人の感想や専門家の解説を読むのはいいことだ。自分では辿り着かない深い読み解きにふれて感心したり、知らなかった元ネタや関連映画の存在を知れたりして、より映画を理解し楽しむことができる。ただそればかり続くと、自分の感度や理解度の低さにちょっと情けなくなり、難しい映画に苦手意識を感じてしまうということもあるといえばある。しかし「ホーリー・モーターズ」は、わけのわからない映画であるにも関わらずそんなことも忘れてさせてくれる、そして他人の解説を読む前にこの衝撃とわからなさにできるだけ長く浸っていたくなるような、「わけわかんねー!」と素直に言って気持ちが良いような、そんな映画だと思った。
 何かに感動する時、「シンパシーとワンダー」という二つの軸がある。単純に訳すと共感と驚きということになるが、私は映画でも小説でも音楽でも、シンパシーよりもワンダーなものが観たいし読みたいし聴きたいと思う。ワンダーが含むニュアンスは、オスカーがリムジンの中で語る、“行為の美しさ”に通じるものがあるかもしれない。意味がわからなかったとしても、むしろそんなに簡単にわかってたまるか。映画や小説には、意味のわからない凄いところに連れて行ってほしい。そして「ホーリー・モーターズ」は間違いなく、最高級にワンダーな、まさに映画という映画である。

ちなみに、オスカーが演じた中で最もインパクトの強かった怪人メルドは「ホーリー・モーターズ」よりも前の「TOKYO!」というオムニバス作品ですでに登場していたキャラクターだと知り、その衝撃があまりにも凄かったのでこちらもレンタルして観てみた。このオムニバス映画はレオス・カラックス、「エターナル・サンシャイン」のミシェル・ゴンドリー、「パラサイト」のポン・ジュノという3人の監督が東京をテーマに撮った短編集なのだが、これがまた3作品どれもおもしろいので、「ホーリー・モーターズ」のメルドが気に入った、またはトラウマになったという方には、ぜひぜひおすすめします。

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この記事のライター

楠木雪野
楠木雪野
楠木雪野 くすききよの
イラストレーター。1983年京都生まれ、京都在住。会社勤めを経てパレットクラブスクールにてイラストレーションを学び、その後フリーランスに。エリック・ロメールの『満月の夜』が大好きで2015年に開催した個展の題材にも選ぶ。その他の映画をモチーフにしたイラストも多数描いている。猫、ビールも好き。

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