PROGRAM

放送作品情報

天井桟敷の人々

LES ENFANTS DU PARADIS 1945年 フランス / 190分 ラブロマンス

巨匠マルセル・カルネが描く、19世紀パリの歓楽街に集う様々な男女の波乱万丈の人生と恋愛ドラマ
放送日時
2019年04月09日(火) 06:00 - 09:30
2019年04月18日(木) 深夜 02:30 - 06:00
解説

映画ランキングでは上位に顔を出すフランス映画の金字塔。ナチス・ドイツ占領下、数年の製作日数を費やし完成した執念の超大作。エスプリの利いた台詞と名優達の華麗な演技合戦と共に二部構成で物語が紡がれていく。

ストーリー

第一部:19世紀のパリ、タンブル通りは、芝居小屋が立ち並ぶ歓楽街。別名「犯罪大通り」とも呼ばれていた。その街のパントマイム役者バチストは、街中でスリの濡れ衣を着せられた妖艶な美女ガランスを、得意のパントマイムで無実の罪を証明し救う。それをきっかけに二人は恋心を抱くようになる。第二部:5年の時が経ち、バチストもガランスも別の相手と結婚していた。しかし、お互いが忘れられずに密かに再会を待ち望んでいた。

出演

アルレッティ
ジャン=ルイ・バロー
マリア・カザレス
マルセル・エラン
ほか

字幕/吹替
字幕
掲載制限
なし
カラー/白黒
白黒
画面サイズ
スタンダード
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日

    詩のような美しい台詞とともに

    全ての台詞が詩のように美しく、全てのシーンが心を打つフランス映画の最高峰。バチスト役のジャン・ルイ・バローの身体表現の美しさだけでなく、表情全て含めた表現力の豊かさに驚いた。中でもガランスに恋した時の鮮烈な表情が忘れられない。それぞれにガランスに想いを寄せる男たちの個性も際立っており、フレデリックを演じたピエール・ブラッスールの存在感が大きかった。初めて出会ったガランスに対する口説き文句の軽快さ、そして名役者としての舞台での縦横無尽ぶり、シェイクスピアのオセローを堂々演じる姿は画面に映える。怪しげな男ラスネール役のマルセル・エランの役割も完璧で、物語が進む程に味が出てくるいい役者だと思った。そして、男を夢中にさせる罪作りなアルレッティ演じるガランス。「恋なんて簡単よ」と主張する彼女だが、実は本当の恋は手に入れられない悲しい星の下に生まれた女なんだと感じた。そんな彼女に夢中になってしまい何もかも捨てようとするバチストの心の苦しみ。一番悲しいのはそんなバチストに夢中なナタリーかもしれないが。第一部と第二部に分かれているが、前半の方が画面に生きる人々の活力がみなぎっていて引き込まれた。後半はそれぞれ登場人物の成功した後の心の寂しさや葛藤が描かれており、やや暗いトーンだったが、ラストに向けて物語が凝縮していく感は凄かった。一度だけでなく、何度でも観たくなる名作だと思う。

  • 鑑賞日 2010/5/26

    「生」を背中に「愛」を語る

    午前十時の映画祭 私が『天井桟敷の人々』を知ったのは1980年にキネマ旬報で企画された外国映画史上ベストテンで第1位に選ばれたときのこと。 浪人時代にアホみたいに映画館に通い詰め、それでも滑り込んだ大学に入ってからも、旺盛な知識欲とともに相変わらず映画にのめり込んでいた私にとって、『天井桟敷の人々』の登場は随分と突飛だった印象がある。その当時の絶対的な巨人といえばチャールズ・チャップリン、ジョン・フォード、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、イングマール・ベルイマンであり、ハリウッドの名作といえば『駅馬車』『ウエスト・サイド物語』『市民ケーン』だった。マルセル・カルネという戦中のフランス人監督の名前などまったく知識の網にかかっていなかったのだ。  それから一年待たずしてリバイバル公開が決定した。 新宿の映画館で観た二十歳のときは、長丁場を持て余したまま3時間10分を過ごしてきたように思う。あれから三十年、この映画のすべてを掌握したわけではないが、『天井桟敷の人々』が映画史に刻み続けた意味はわかったような気がした。間違いなく名作中の名作なのだと思う。 内容はパリの大通りの一角で、群衆の眼前で怪しげなショーを披露する女芸人をめぐり、三人の男たちが奔走する単なる恋愛ドラマに思える。それはある意味でそれ以上でも以下でもなく、劇中でガラントがルーメトルにいう「愛し合う者にはパリは狭いわ」というセリフに象徴されるように、『天井桟敷の人々』はリュミエール兄弟以来の脈々と続くフランス映像文化の中で存在感を示し続けてきた恋愛映画の、巨大な集大成であるともいえるのだろう。そういえばビリー・ワイルダーが『昼下りの情事』のオープニングでパリ人の旺盛な恋愛模様を面白おかしく皮肉っていたことを思い出す。    「女は誰のものでもない以上、嫉妬はすべて男のものだ」  「人生は美しい、君も人生のように美しい」  「誰も愛さない絶対の孤独。誰からも愛されない絶対の自由」  よく『天井桟敷の人々』を評して「詩的リアリズムの極致」といわれている。 耳元で囁くようなフランス語の音感を聴き、日本語字幕を追いかけながら、確かにこの映画が発する言葉の格調の高さを感受するには二十歳の私では少々心許なかったに違いない。  私は「それ以上でも以下でもない単なる恋愛ドラマ」と書いた。それを翻すつもりはまったくないのだが、そんな恋愛模様を彩る「時代」の描き方が、『天井桟敷の人々』を名作たらしめたのではないかとも思っている。 これは通俗的な「時代に翻弄された愛」などではなく、「愛の背後にある時代」というべきかもしれない。 ここで描かれる時代とは歴史のことではなく、あくまでもパリの大通りにごった返す群衆のうねりであり、天井桟敷の観客たちの熱狂をいう。時代は人々の生によって作られるのではないか。その「生」を背中にしてこの映画は「愛」を語る。そしてヒロインのガランスは愛されることで自己の「生」を自立させていくようにも思う。  バチストには類稀なるパントマイムの芸がある。ルーメトルにはシェイクスピアへの情熱がある。悪党でもラスネールには言葉があり、モントレー伯爵には巨大な富がある。ところがガランスには、入浴ショーで手鏡を見ることと、動かない女神像しか与えられていない。にもかかわらず愛されることで輝きを放ち、悲運であっても「生」を謳歌する。  映画は『第一部・犯罪大通り』と『第二部・白い男』のふた幕で構成され、恋愛模様の行間を「時代」が埋めたことで、3時間10分のボリュームとなったともいえる。 しかしそれ以上に特筆されるべきは、この映画が第二次大戦中の最中にナチ占領下にありながら3年がかりで撮影され、16億もの巨費を投じられて製作されたという、映画の存在自体が「時代」の奇跡であるという事実だろう。 オープニングとラストの一大モブシーンの壮大さ、撮影、脚本の格調の高さ、ジャン=ルイ・バローのパントマイムをはじめとするとする至芸の数々。思わず普段はあまり好んで使わない「芸術」という言葉が出てしまう。  そしてマルセル・カルネがそんな時代の激動の中で起した奇跡のすべてが「恋愛映画」であることに帰着するのだから、もはや出てくるのはため息しかないような気がする。 この時期、国策映画に邁進し、やがてそれすらままならなくなったどこかの国とは映像文化に対する圧倒的な気構えの差異に打ちのめされる思いだ。  原題は、Les enfants du Paradis。直訳すると「楽園の子供たち」となるらしい。「楽園」と邦題である「天井桟敷」とではまったく真逆のようでいて、実は天井桟敷にこそ楽園があり愛があるのだという意味合いが込められており、映像文化の違いに圧倒された中でも、最高の仕事をした日本人もいたということを最後に書き加えておきたい。

  • 鑑賞日 2019/1/23

    真理だなぁ

    3時間越えの大作ではあるが、正直前半は掴みどころがない、アイドリング状態の様な感じ。 ただ、ラスト30分は21世紀の現在でも通用する恋愛群像劇になっている。 語り継がれる名作というのはこういう事なのか。 幾つも出てくる劇中劇をしっかり描いている所も素晴らしいし、 それこそ主要登場人物ではない「天井桟敷の人々」、つまち市井の人々の描き方が面白く、よく出てきている。 やはりドラマは細部に宿るとはこの事かな、と。

  • 鑑賞日 2018/9/12

    俳優たちの恋物語。

    マルセル・カルネ監督による、パントマイム・ラブロマンス。 国語辞典に載っているほどの有名映画作品。 下町の芝居小屋、フュナンビュル座のパントマイム芸人(役者)バティスト(ジャン=ルイ・バロー)と、 見世物小屋芸人ガランス(アルレッティ)との恋物語。 この二人に嫉妬する、悪党フランソワ、役者のフレデリック、女優のナンシー、 モントレー伯爵たちがラブストーリーに絡んでくる・・・。 (物語は、1部と2部に分かれており、合わせると188分とかなり長編) (天井桟敷は、料金が最も安くひしめきあっているが、その人々は、活気に満ちている。)

  • 鑑賞日 1981/5/15

    素晴らしい、まったく素晴らしい。登場人物の運命的な愛と憎しみを壮大なスケールでしかも木目細かく気品すら漂わせて描ききっている。ひとつひとつの台詞の見事なまでに美しいこと、まさに酔わされてしまった。そしてなんといってもジャン・ルイ・バローのパントマイムの素晴らしさ、背筋がしびれたよ。何年か前テレビで見た時にはそれ程感じなかったのに、やっとこういう作品がわかるように精神的に成長したってことかな。素晴らしいという以外に言葉がみつからないが、さらにこの作品がナチ占領下で作られたというのはまったくの驚きだ。映画のほんとうの面白さを十分に味わわせてもらった。

  • 鑑賞日

    どこが

    そんなに良いのか

  • 鑑賞日

    ジャン・ルイ・バローの登場シーンで

    パントマイム演技の至芸を見せてから後、一気に作品世界に引き込まれた。長大作にも関わらず、緊張感が持続して飽きない。 文芸作は苦手だが、ここまでの傑作だと見入ってしまうものですね。

  • 鑑賞日 2017/3/5

    傑作メロドラマ

    あらすじは以下の通り。 第1部「犯罪大通り」1800年代のパリ。タンプル大通り、通称犯罪大通りで裸を売りものにしている女芸人ガランスはパントマイム役者バティストと知り合いになった。パティストは彼女を恋するようになった。無頼漢ラスネールや俳優ルメートルもガランスを恋していた。パティストの出ている芝居小屋「フュナンピュール」座の座長の娘ナタリーはバティストを恋していた。ガランスにいい寄るにしてはバティストの愛はあまりに純粋であった。ラスネールといざこざを起したガランスは「フュナンビュール」に出演するようになった。ガランスの美貌にモントレ-伯が熱をあげた。 第2部「白い男」5年後、バティストはナタリーと結婚、一子をもうけていた。ガランスは伯爵と結婚していた。人気俳優になったルメートルのはからいでバティストはガランスに劇場のバルコニーで会うことが出来た。一方、劇場で伯爵に侮辱されたラスネールは風呂屋に伯爵を襲って殺した。バティストはガランスと一夜を過ごした。翌朝、バティストの前に現れたナタリーと子供の姿を見たガランスは、別れる決心をした。カーニバルで雑踏する街を去るガランスを追ってバティストは彼女の名を呼び続けた。 カーニバルで出逢い、カーニバルで別れるという構成からして素晴らしい。 第2部はバチストとガランスの二人に焦点を絞っているけど、第1部はルメートルやラスネールなどとの複数の人間模様を見ることができて190分という長尺なのに全く飽きない。 男というのはやはり手に入りにくく人生経験豊富な悪女に弱いのかもしれない。 劇中の無言劇も最高の出来栄えで文句なしの傑作メロドラマ。

  • 鑑賞日 1981/11/22

    十代の頃に観た感想

    あっという間の3時間の人間模様。 特に第1部「犯罪大通り」は秀逸。 犯罪大通りを通りすぎる通行人たちにすぎない人々、彼らの人生を絡み合いながら通り過ぎる人々が走馬燈のように駆け抜けて行く。 その第1部に比べて第2部「白い男」はバチストとギャランスにやや焦点が絞られてくる。 が、それでも人生の絡み合いは素晴らしい。 ラストのカーニバル、これは人生の象徴であろう。 カーニバルで別れ、出逢う。人生はカーニバル。 それにしても、バローのパントマイムは素晴らしい。 バチストが初めて登場したときの、あの澄んだ遠い目は忘れられないほどの衝撃だった。 -十代の頃に観た感想-

  • 鑑賞日 2017/1/21

    長い尺だけど、飽きさせない。 面白かった。

  • 鑑賞日 1978/8/13

    第2部は少しかったるい

    「オセロ」の劇場でみんなが顔をあわせるクライマックスがいい。 当時のメモ 8/13 第1部 8/20 第2部

  • 鑑賞日 2016/5/29

    舞台ロマンスの秀作

    「恋は簡単なもの」ではあるが、愛は厳しいものなのだろう。マイム役者バチストとガランス巡る舞台ロマンスの秀作。 余談だかマイケル・ジャクソンのムーンウォークの元祖はバチストの演技の中にあった。また、フュナンビュル座の呼び込みセリフは、幼い頃見た、田舎の夏祭りの蛇女ショーの呼び込みと全く一緒だった。

  • 鑑賞日 2006/1/8

    映画における別れの原風景

    私の中の、映画における別れの原風景(運命によって別れ行く二人はカーニバルの群集に押し流される)は、この映画だったことを改めて認識。

  • 鑑賞日 2012/10/19

    彼らの感情に心を打たれる

    古い映画大好き。古ければ古いほどなんだか嬉しい! 第二次大戦中に3年3カ月、16億円もかけて作られて、終戦の年に公開されたそうです。 冒頭からレトロで、描き眉の美女、小人のサーカスや盲目を装った物乞い・・・ゾクゾク、ワクワクが続きます。主人公バチストのパントマイムは本当におかしく素晴らしく、当時の劇場に詰めかけて、息をのんで舞台を見ていた人たちのように引き込まれていきます。 しかし190分って長すぎませんか・・・3時間10分だもんね。と最初は思ったけど、長時間ドラマ上下2回分という感じで、ちっとも長くも冗長でもありませんでした。 いくら美人でも、これほどの男たちが命がけで追いかけるもんあのか・・・と驚いてしまうけど、多分美醜だけにとどまらない魔力がある人っているんだなぁ。 神経質そうで純粋そうで、繊細な素晴らしい演技をするパントマイムマーのバチスタ。人気俳優、伯爵、さまざまな人が負う美人女優ガランスは、訳あって伯爵の妻になりますが、バチスタのいちずな愛情がずっと忘れられません。見ている者も、彼らの感情に心を打たれます。 楽しくドラマチックで美しい。3時間を飽きさせない名作です。 なんと!下記「嘆きのテレーズ」とカップリングの格安盤DVDで手に入りますぜ。 著作権に期限があってよかった!

  • 鑑賞日

    一度観たかった名作

    名作と言われる匂いのプンプンする作品でした。188分という 長丁場に不安を感じ、観ることを敬遠しておりました。 ガランスとパティストの出会いと別れ、再会を軸に話が進みま す。出会いは彼女を助け出すパティストのパントマイム、別れ はパティストを救うために去った彼女、再会は悲劇的と起伏の あるストーリーで楽しめました。 戦時下に制作された作品であって、強き者に抵抗しようという 国民感情にもマッチしてたりして…。 しかし、やはり尺が長いんですよね。どうしても中だるみ感は あります。そこが残念でした…。

  • 鑑賞日 2014/9/13

    大作

    観るのに疲れた。

  • 鑑賞日 2014/9/5

    恋するのは簡単

    最後の最後、涙がでちゃいそうになります。どうしようもないことなのですが、どうしようもない。ぐちゃぐちゃの雑踏の中、彼女を追いかけるけど、いつまでたっても追いつかない。そんな苦くて、切ないエンディングですが、恋や19世紀中というバックグラウンドからしたらそうなのかもしれません。 ジャン・ルイ・パローのマイムは本当にすごい。あの真っ白な衣装とおしろいで彼が彼になる。間違いなく映画の見所となるし、彼の演じる役そのものがこの映画の結末と悲劇を物語っています。愛する彼女を連れ去られることや社交界には入れない身分的な孤立。そこから脱するために、服を得ようと古着商を殺す役。演じる役は、まさにどこまで行っても孤独の主人公と同様。 愛してくれる人はいても、心で愛する人はどうにも変えられない。お互い愛しても結ばれることはない。そんな悲劇。 ラスト、息子をみもしないで走り去っていくバチスト。恋は簡単とは言っても、それは恋で終わってしまうものなんですね。少し寂しい終わりでしたね。ホント、フランス映画って意地悪です。そこが良いんですけど…

  • 鑑賞日

    戦時中に作られた作品とは思えぬ大作

    とても戦時中に作られた作品とは思えぬ大作。どうしてこういう事が出来たのかエピソードなど知りたい所。 恋物語なのだが、自分にはちょっとテンポが合わなくて点数低め。

  • 鑑賞日 2014/5/28

    歴代映画ランキングで第一位常連作品。3時間を超える内容は、一昔前の少女マンガのネタになりそうな大メロドラマ。

  • 鑑賞日 1978/8/13

    マルセル・カルネの大傑作

    1978年8月13日(日)、8月20日(日)にNHKTVにて。

  • 鑑賞日 1981/5/13

    映画史の大傑作

    1981年5月13日に鑑賞。リバイバル上映。フランス映画社配給。大阪・梅田三番街シネマ3にて。スタンダード・黒白。 正に映画芸術である。マルセル・カルネの最高傑作である。映画ファン必見の大傑作である。

  • 鑑賞日 2013/5/18

    見て良かった。 素晴らしい映画だった。 パントマイムの素晴らしさは言うまでもないけれど、 劇中劇と実際の恋愛がリンクする話の展開とか上手いなあ。 皆、感情と行動が極端に描写されているけど、 それは恋に落ちれば誰もが抱える心情で、理解できてしまう。 本当に切ない。切なすぎるよお・・・。 誰も幸せにはなれないなんて、 人を愛することは本当にままならない。 1部と2部でいきなり数年が経過しているのには驚いた。 ラストもそうだけど、想像するものが多すぎて、気になる。 フランス映画で、ここまで共感できたのは珍しいかも。

  • 鑑賞日 1981/4/12

    稀代の傑作

    1981年4月12日、新宿ビレッジ2の「リバイバル公開」での鑑賞。(前売券、1150円) この映画、現在は容易に鑑賞できるが、80年代この頃は「外国映画ベストテン」などの映画雑誌企画などで必ず上位にランキングされるのだが、映画館で上映されないため観ることができなかった。そうした映画ファンの気持ちが伝わったのか、リバイバル公開されたもの。「ようやく観ることが出来た嬉しい作品」だった。 バティスト(ジャン・ルイ=バロー)、ガランス(アルレッティ)が魅力的で、あっという間の3時間15分だった。 バティストのパントマイム場面は「このまま終わらないでくれ」と思ったほど素晴らしいものだった。 ラストシーン、バティストがガランスの名を呼び続ける場面も感動。 マルセル・カルネ監督が、ドイツ占領下の1943年に撮影を開始して1945年公開された大作映画で、こうした状況下で、これだけの傑作を作った製作者たちの映画を愛する気持ちが感じられる。 セリフも、詩人のジャック・プレヴェールが書いたので、洒落ていた。 稀代の傑作である。

  • 鑑賞日 2013/5/2

    映画は芸術

    第一幕の最後まで見てその面白さに背中がぞくぞくしてしまった。バティストのパントマイムに魅了された。その舞台を見るだけでこの映画をみる価値がある。それ以外にもいろいろ、映画の面白さ満載ということ。

  • 鑑賞日 2012/12/16

    戦時中にこれだけの物を創るとは!

     何度も見てるので、前半少し辛いが、後半のバイタリティはさすがだ。  ラスト、ジャン・ルイ・バローがアルレッティの名を呼びながら、去られてしまう所、恋の切なさが永遠に残る。

  • 鑑賞日 2012/1/1

    この映画を色々な意味で史上最高傑作とするべきではないか?(2011/12/31、再見)年をとって見ると味わいが変わります。

    天井桟敷という設定と、犯罪大通りというイマジネーション、そして数ある名セリフ。これらは常に普遍的に時代を超越して我々に降りかかってきます。フランス語はさっぱりわかりませんが、これだけ濃密で決して疲れないオペラはなかなか現代に至るまで見あたりません。映画、芸術、舞台演劇、オペラ・・・とてつもない普遍性を感じます。 2011/12/31 みゆき座 いや驚きました。 「午前十時の映画祭」に初めて参加して、大晦日の朝っぱらからこの映画を再び見たくて見たくて、早起きして行ってしまいました。 凄い凄い凄い。 何年前でしょうね。まだ十代だった頃でしょうか?この映画を見たときは、まだまだ若くて。この映画のガランスさんの良さがわからなかった。 おばさんでしょ。 なんでこんなおばさんにみんな惚れてしまうの??? むしろナタリーさんの方が健気で美しくて、どちらかというと私はナタリーさんの方が好き。 今もそれは変わらないんですが、でもやっぱり十代で見たガランスさんと、今見るガランスさんでは違います。 自分も年をとって、同世代の少し年配の女性の良さ美しさ魅力を実感できるようになったことで、この映画に対する思い入れが大きく変わりました。 ガランスさんのセリフひとつひとつが、とても人生の教訓めいていて、しかもこだわりがなく、あくまでも愛を貫く可愛らしさ。 男性の前で大胆に服を脱ごうとするシーンも素敵です。そしてシーツをまとってインド風にしてみたり。 要するに男性を俯瞰で見ている女性なんですよね。 だから男性は彼女に対して嘘をつけない。本当に惚れてしまうんでしょうね。 ああ、なんと美しいフランス映画なんでしょう。 マルセル・カルネはよくこの映画を撮れましたね。 戦時中の混乱の中で。 この時代は「決闘」制度がまだ残っていた時代です。 だから特に男性は強くなければならない。 女性に弱いところを見せることができない。 でもガランスさんの前ではみんなトローーーンとなってしまうんですよね。 魅力的な女性像が浮き彫りになる素晴らしい映画でした。

  • 鑑賞日 2009/11/3

     名画とは聞いていたが、今回初見。初めてジャン・ルイ・バローとはどういう人だったのかがわかる。パントマイムで一代をなした人とは知っていたのだが、個性的な俳優でもあった。  貴族のいる時代の人々の生きる様を一人の舞台俳優と高貴な女性との恋愛を軸に描く。

  • 鑑賞日 2012/3/9

    アラフィー男 ショーンと一緒に映画入門

    1945年3月にフランスで公開された映画、と言うことは完全に第二次世界大戦下であり、1945年5月8日がドイツ降伏だから本当に戦時下の映画。そんな中製作日数3年3か月、制作費用16億円と言うとんでもない映画。 内容は他愛もないと言えば他愛もない恋愛物語。ただ、バチストが映画の中で演じるパントマイムは凄いと思う。一方で、ヒロインを演じるガランスは私から見ると普通のおばさん。それよりもバチストを愛してその後はバチストの奥さんになるナタリーの方が可愛いと思うのは私だけだろうか? 最後は哀しい物語になってしまうが、何故かもう一度見たいと思う映画。

  • 鑑賞日 1971/10/26

    ガキにはわからん

    学生時代に観たときは、本作の良さが理解できていなかった。社会人になって、人間観察の面白さに魅かれた。

  • 鑑賞日 2012/2/7

    恋愛とはかくも不変普遍なものか。

    この映画は映画の歴史でも傑作に数えられる一本ではあるが、最後に鳥肌もののカタルシスが待っているわけではない。 思うに、奥ゆかしさのあまりにタイミングを逸してしまったバチストと、優しさゆえに並み居る男たちのアプローチを断れなかったガランスのすれ違いが生んだ悲劇であることは疑いようがない。第二部で6年の時間を超えて愛を貫いた二人には驚嘆だが、もしもあのまま結ばれてしまったらナタリーと小バチストの存在はこの映画をカタルシスから遠ざけたろう。だから必然的に導かれたラスト、「強く惹かれ合いながらも結ばれることのなかった二人」の悲劇が観客の心に刻み込まれたのだろう。 個人的には無頼漢ピエールの洒脱な物言いに強く惹かれた。本当に脚本を書いているのか、それが現実になぞらえた話なのか、煙に巻かれてしまった。世間のルールからは外れながらも、最後まで自分のルールには忠実であった彼に漢気を見た。 現在から見ても破格の時間と金を遣った本作の、近代パリの再現性には目を見張るものがある。また、劇中の無言劇をはじめとした各演目もこの映画の魅力の一つであることを付け加えておく。

  • 鑑賞日 2010/11/21

    「天井桟敷の人々」から「仁義なき戦い」へ、あるいはロメールへ

    「午前十時の映画祭」で「天井桟敷の人々」を見る。これで 3度目の鑑賞。 映画史上のベストワンに選ばれるような作品であり、映画史 に残るこの名作である。 これは、なんとも不思議な映画である。とりたててスペクタ クルシーンがあるわけではなく、視覚的に強烈な印象に残る シーンがあるわけではない。 しかし、ぐいぐいと惹きこまれていく。その大きな要因は 「恋する者にはパリは狭い」とか「恋なんて簡単なものよ」 などという名セリフをちりばめた脚本にあるようだ。 セリフの力で進めていく映画といえば、セリフのみに依存し ているようで、説明過剰と思われがちであるが、決してそう ではない。見事に「省略の技法」が活きている。 そして作品としては、群像ドラマの魅力なのである。 このような映画をどこかで見たことがあると思ったら、これ は「仁義なき戦い」に踏襲されている。 「仁義なき戦い」の冒頭の闇市シーンは、「天井桟敷の人々」 の冒頭の犯罪通りの雑踏・群集シーンの再現である。 そして「天井桟敷の人々」の劇作手法はエリック・ロメール に受け継がれているのではなかろうか。

  • 鑑賞日 2011/9/28

    天井桟敷の人々

    無言劇中に震えながら声を上げるナタリーが至高!!「バチスト!」このセリフが全て。