PROGRAM

放送作品情報

大砂塵

JOHNNY GUITAR 1954年 アメリカ / 111分 西部劇

女性同士の決闘!大女優ジョーン・クロフォードの男勝りな勇姿が力強く映える異色西部劇
放送日時
2019年06月16日(日) 10:00 - 12:15
2019年06月19日(水) 11:00 - 13:00
解説

『理由なき反抗』のニコラス・レイ監督が、当時では珍しい女性同士の戦いを描いた異色西部劇。賭博酒場の女主人に扮するジョーン・クロフォードの風格は圧巻。ペギー・リーが歌う「ジャニー・ギター」も染みる。

ストーリー

1890年代のアリゾナ。ギターを担いだ流れ者のジョニーは、鉄道敷設工事が行われている山間の賭博酒場で女主人ヴィエンナと5年ぶりに再会する。かつて恋人同士だった2人が再会を噛みしめる間もなく、キッド一味による駅馬車襲撃事件で兄を亡くしたエマが押しかけ、犯人たちをかくまっていると言いがかりをつける。賭博酒場の閉鎖と町からの退去を言い渡されたヴィエンナは、さらにキッド一味の共犯として追われる身となる。

出演

スターリング・ヘイドン
ジョーン・クロフォード
スコット・ブラディ
デニス・ホッパー
ほか

字幕/吹替
字幕
掲載制限
なし
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
スタンダード
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日 2019/6/17

    西部劇の中の大恋愛劇

    ジョーン・クロフォードの存在感の凄さに脱帽。スターリング・ヘイストン以下の男性俳優たちもタジタジ。ガンさばきや決闘シーンよりも恋愛そのもので、ストーリーをグイグイと引っ張って行ってしまう。見ごたえはあり。

  • 鑑賞日 2016/9/10

    メロドラマチック

    この映画で最も印象に残ったのは、何と言ってもヴィエンナの店をエマが焼き払うシーン。燃え盛る真っ赤な炎にエマの黒い影を映し出した一瞬のショットに、猜疑と嫉妬と欲に凝り固まり、自らの意のままに男どもを動かす女エマの尋常ならざる毒々しさが見事に凝集されていた。 そんな役にはまったM・マッケンブリッジの予想を超えた悪女ぶりが効いたのか、あるいは、イマイチ自分好みでないN・レイ作品ということで期待しなかったのが幸いしたのか、はたまた、主人公の鬱屈した心情を見事に体現したS・ヘイドンの好演に目を奪われたのか、さらには、カラフルな衣装を身にまとうJ・クロフォードのスター女優たる存在感に惹かれたのか、もしくは、物語を哀感タップリに彩るV・ヤング&P・リー の名曲「ジョニーギター」が良かったのか、109分それなりに楽しめて何よりのメロドラマチックなエンタメ西部劇だった。 あと、クライマックスのガンファイトがもうもう少し盛り上がっていれば、より楽しめたと思うと何だか残念。

  • 鑑賞日 2019/3/9

    音楽が主役のウェスタン

     主題歌のジャニー・ギターがとても懐かしい。初見はモノクロ時代のテレビ放映だったと思うが、今回おそらくそれ以来の鑑賞となる。  細部は忘れているけどクライマックスが女同士の決闘シーンという意表をつく設定だったことや、「ジャニー・ギター」という原題名を頂くスターリング・ヘイドンの存在感の薄さなどが思い出された。  名曲王、ヴィクター・ヤングによる主題歌(歌はペギー・リー)は、当時の映画音楽名曲集といった類のアルバムには大抵入っていた。それぐらいのヒット曲。映画自体はB級ウェスタン風な作りなのだけど、主題歌のおかげで記憶に残るウェスタンとなったと言って良い。  モノクロの記憶しかなかったので今回のカラー映像は新鮮だった。全編暗いイメージだったストーリーに多少華やかさが加わった感じ。  男勝りな女主人クロフォードに対して男絡みでの嫉妬を抱くエマというヒステリックな女も記憶に残っていた。演じたのはマーセデス・マッケンブリッジという人。きつめな目つきが実に憎々しく、容貌の怪異さでは引けをとらないジョン・クロフォードが可愛く見えてしまう。いやクロフォードが引き立つような演出に映画全体がなっている。  そういう演出も映画製作の裏話を知ると何となく腑に落ちる。  ジョニー役のS・ヘイドンは正義のヒーローよりも悪役の方でインパクトを残した人。この後の「博士の異常な愛情」などもそうだけど、自分にとっては「ゴッドファーザー」での悪徳署長役が一番印象に残っている。

  • 鑑賞日 2019/2/6

    左ききのヤツとは握手しない

    ニコラス・レイ監督作品であるが、この監督、ノワール・フィルムを次々と撮ったかと思えば、この『大砂塵』のような西部劇風ロマンティック&アクション映画も撮る幅広さを感じさせる。 主演は、ジョーン・クロフォード、スターリング・ヘイドンであるが、カラー映画なので彼らの着色映像が堪能できる。特にスターリング・ヘイドンは、この作品の翌年にスタンリー・キューブリック監督作品『現金に体を張れ』ではモノクロ映像だったのが、この映画では若々しい姿がカラーで映っている。ジョーン・クロフォードも赤い服などを着て、かなり目立つ感じが良い。 さて、物語は、女同士の対立を軸として、それを発展させたようなドラマだった。 ギターを肩から下げて馬に乗ってやってきた男“ジョニー・ギター”(この映画の原題)。彼を演じるのがスターリング・ヘイドン。 ある酒場にやって来た彼は、ヴィエンナ(ジョーン・クロフォード)と再会する。 ヴィエンナが休業中の銀行からお金を払い出そうとしていた矢先、彼女に続いて銀行強盗に襲われる銀行。強盗一味は逃げてしまうが、ヴィエンナは捕えられてしまう。このあたりから、駅馬車襲撃で殺された男の娘エマとヴィエンナの確執が浮き彫りにされる。上手い演出。 全編にわたって見所がある映画。 スターリング・ヘイドンがある男から握手を求められて「左ききのヤツとは(右手で)握手しない」と断るあたりは、「なるほどね~、右手で握手している間に撃たれちゃうかも知れないかも…」と思う。利口になった気がする(笑) なかなか面白い映画であった。

  • 鑑賞日 2019/1/27

    流れ者のジョニー・ギター(スターリング・ヘイドン)がたどり着いたのは、かつての恋人ヴィエンナ(ジョーン・クロフォード)の営む酒場だった。野心家で男まさりのヴィエンナには敵が多く、特に近くの町の娘エマ(マーセデス・マッケンブリッジ)からは目の敵にされていた。ヴィエンナの店に出入りするダンシング・キッドとその仲間たちは、銀山の採掘師ということにはなっているが、実際には鉱山は掘りつくしてしまい、悪事に手を染めている状態。町の人間から見ると、彼らもヴィエンナも一蓮托生であり、いなくなってほしい者たちだった。キッドたちが町の銀行を襲ったことを契機にヴィエンナに対する風当たりも強くなり、店を立ち退かないと危険な状態になってしまう。さらに傷ついたキッドの仲間を匿ったことにより、ヴィエンナも同罪とみなされ、絞首刑が宣告される。ジョニーの機転により、辛くも刑の執行から逃れるヴィエンナ。2人が向かったキッドの隠れ家を舞台に、最後の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。 原題は"Johnny Guitar"。ジョニーが主役のはずなのだが、彼がまともに格好良いところを見せるシーンは皆無、と言って良いほどクロフォードとマッケンブリッジのキャラが立っていた。1904年生まれのクロフォード。本作の撮影時には50歳直前ということになるのだが、そんな雰囲気は微塵も感じさせない強い女店主役は、まさに彼女自身の仕事に対する執念とかぶっていたのかもしれない。聞くところによると、ラストが女の対決になるよう、脚本を書き直させたのもクロフォードだと言う。傍目を気にせずに突き進む姿は、まさにヴィエンナのそれである。一方のマッケンブリッジ。古風な顔立ちにもかかわらず、男達を煽動する女丈夫をこちらも好演していた。 実は、『気狂いピエロ』の中でジャン=ポール・ベルモンドが、本作をして"とても勉強になる"と語っていたのが視聴のきっかけ。ゴダールをはじめとするヌーベル・バーグの旗士たちは、本作監督のニコラス・レイを大変評価していたらしい。 確かにスーパーヒーローがいない設定や、女優たちをクローズアップしたストーリーは、従来の西部劇にはない"新しい波"と言えるのかもしれない。 キッドの手下役で、久しぶりにその顔を見たアーネスト・ボーグナイン。個性的な顔立ちは年齢を超えて変わらない。

  • 鑑賞日

    アクションでは杖が必要になる年齢も異色な女西部劇

     原題"Johnny Guitar"で、主人公の名。ロイ・チャンスラーの同名小説が原作。  小林旭の『ギターを持った渡り鳥』よろしく、大男のジョニー・ギター(スターリング・ヘイドン)がギターを背中に背負って馬に跨り登場するが、本家はこちら。  ギター渡り鳥は仮の姿、実は腕利きのガンマンという設定で、この時点で本作がリアリティよりもスタイリッシュな西部劇を目指していることがわかるが、今となればどうしてもアナクロに見えてしまう。  昔の女ヴィエンナ(ジョーン・クロフォード)に呼ばれて酒場にやってくるが、用心棒なのか酒場の音楽担当なのか単に復縁なのかは説明されないが、ストーリー上は用心棒と復縁の役回り。  ここからは芝居がかった台詞の応酬で思わず吹き出しそうになるが、これもアナクロとして楽しむのが筋。ヴィエンナには今彼キッド(スコット・ブレイディ)がいて、キッドとジョニーがヴィエンナを巡って鞘当てをする展開になるが、大女優とはいえクロフォード50歳。ババアの上に厚化粧、しかも男勝りのバーのマダムとなれば、相手に押し付けて逃げるのが筋。もちろん、そうはならないので、これも無理矢理なお約束と諦めて見る。  以下、鉄道推進派の新興ヴィエンナが守旧派に土地を追われる展開となり、行き掛けの駄賃に銀行を襲ったキッド一味と、巻き込まれたヴィエンナとジョニーがアジトに立て籠もって守旧派を迎え撃つ。  クライマックスは強硬派のエマ(マーセデス・マッケンブリッジ)とヴィエンナとの女同士の決闘になるが、女の喧嘩はあまりカッコ良くない。ヴィエンナが勝って、ジョニーと二人が生き残り、守旧派も引き揚げてエンド。  存在感のあるクロフォードがジョニーを凌ぐ女丈夫を演じるが、アクションシーンに移った途端に杖が必要になるので何とも締まらない異色の女西部劇。  ペギー・リー歌う主題歌がヒットした。

  • 鑑賞日 2018/7/17

    正義はどこに

    女の嫉妬から引き起こされた事件。 ギター弾きのジョニーと酒場の店主ビエナは昔恋仲だった。ビエナに恋する男ダンシング・キッドとキッドを恋するエマが繰り広げる壮絶な痴話げんかの話と思えばよい。 特にエマは恋仇を倒すためならば手段を選ばず、あることないことすべて罪をなすりつけるきちがいの様な女。町の男達もエマの口車でいくつもの過ちを起こす。一人保安官だけが正義をかざして法を執行しようとするが、暴徒と化した町の人間は従わない。 ちょうど西部の開拓時代を終わらせるような鉄道敷設を絡ませた物語。いみじくも町の有力者が言った「女同士の戦い」の結末は・・・。 見応えのあるドラマである。ギター弾きのジョニーは実は凄腕のガンマンだったらしく、それが元でビエナと分かれたようなものだから、撃ちあいは最小限にとどめているが、何かというとリンチが横行し、すぐに縛り首にする無法時代を良く現している。 残念なのは最初の馬車襲撃の犯人について言及していないのと、最後に濡れ衣をきちんと晴らす場面がなかったこと。

  • 鑑賞日 2018/4/12

    小さな町にこんな女が2人もいては

    ◎ 女対女の戦いで、男たちは添え物という異色の西部劇。女と女の決着がつくと、男たちはまあ、こんなところで収めておきましょうと解散する。女がいなくなった町は、きっと平和になるでしょう。主演のジョーン・クロフォード以上に敵役のマーセデス・マッケンブリッジの目力がすごい。その憎々しさに乾杯。 ◎ 「ジョニー・ギター」という魅力満杯の原題を無視して、なぜに『大砂塵』になったのだろう。そもそもどこが『大砂塵』か。まさか金の掘削のためのダイナマイトによる砂煙を指しているのか。

  • 鑑賞日 2018/4/27

    強い女と優しげな敏腕狙撃手のちょっと過激なロマンス

    テーマ曲の「ジャニー・ギター」が原題。(Johnnyを「ジャニー」って書くのって、ジャニー・ギターとジャニーズ事務所だけだよね。音の通りに表記する習慣があまりないのかな) 冒頭から、どこかで見た感じのアメリカのゴツゴツした砂漠。アリゾナ州に違いない!(←たまたま去年旅行したからって、知ったような口を) 出演者たちの風貌も骨太でいいですね。西部の荒くれ者の街で、銃も持たずなぜかギターを弾く男・・・これが「ギターを持った渡り鳥」になるのか・・・。 そしてこの映画、セリフがいちいち名セリフっぽい。不思議な味だなぁ。やけに濃い登場人物たちが、宝塚みたいに濃い芝居をするし。だいいち、ヒロインが「麗しのサブリナ」みたいな短髪(ライバルの女もだ)で「男まさり」。ジャニーギターくんの方がなんとなく優しげです。この時ジョーン・クロフォード50歳、スターリング・ヘイドンはまだ38歳!日本で言えば吉永小百合級です。(かなり女性が年上の「年の差婚」だけど、ことさらそれに触れずにストーリーが進行する映画) 西部劇ってとにかくドンパチドンパチと続く映画が多くて苦手だけど、この映画は多分監督がそれほどドンパチが好きじゃなくて(むしろ最低限に留めてる)、「強い女と優しげな敏腕狙撃手のちょっと過激なロマンス」を描きたかったのかな、と思います。うん、この映画なら私も大丈夫。

  • 鑑賞日 2018/4/23

    ペギー・リーの気だるげなヴォーカルは絶品。

    砂嵐の冒頭から、普通の西部劇ではない雰囲気がある。まずはヴィエンナ (J・クロフォード)の賭博場に主要な登場人物が勢揃いする。ここでも定石を はずし、丸腰でギターを背にしたジョニー・ギター(S・ヘイドン)が旧知のヴィエンナ に逢いに店に入る。ここに駅馬車襲撃事件で父親を殺されたエマが保安官を はじめ町の住民を引き連れ、犯人と疑われるダンシング・キッド逮捕に協力を 要請をする。しかしヴィエンナは前から町の住民の敵意を浴びているので、完全 無視。さらにはダンシング・キッド一味もこの場に現れる。ここでエマ一派を 嘲弄するようにジョニーのギター演奏でキッドとヴィエンナがダンスをする。 登場人物をすべて集めて、人間関係を様式美に満ちた形で紹介した。 ここにエマとヴィエンナの並々ならぬ敵意と、町の住人とキッド一味の対立軸が はっきりと示される。 異色の西部劇となったゆえんは、ジョニー・ギターが狂言回しになり、二人の 主演女優の対決がドラマの肝になったこと。いわゆるヒロイン役よりも、エマの 強烈悪役ぶりが印象深い。ヴィエンナの店を焼く、キッド一味を裁判なしで首吊り にする。正統派西部劇を冷笑する気配がある。

  • 鑑賞日 2018/4/21

    面白い異色西部劇

    女どうしの戦い

  • 鑑賞日 2018/4/14

    『ミルドレッド・ピアース』から約10年後のジョーン・クロフォード主演作。開拓時代を舞台に鉄道開通絡みの実業家という設定で、実力派の男優陣がクロフォードの脇を固める傑作である。 ちなみに邦題から砂漠の中の町の話というイメージだが序盤だけで、中盤からは砂一つない森の中が舞台。 西部劇史上他に無いであろう女性同士の対決物語で、クライマックスではタイマン勝負で撃ち合いまでしている。恋愛あり、活劇ありとエンタメ要素も充実した名作となった。 最後の唖然とした表情が見事な町の実力者役ワード・ボンドに、定番の暴れ者キャラのアーネスト・ボーグナインも素晴らしいが、「これで俺も皆に特別な目で見られる」という名セリフで殉職(?)するジョン・キャラダインの名演が特に心に残った。やはり映画は役者が作るものである。

  • 鑑賞日 2018/4/12

    うーん

    ストーリーはありきたり。ライバル関係にある二人の女性のどちらにも魅力が感じられない。アーネスト・ボーグナインが若い。

  • 鑑賞日 2018/4/12

    不気味!

    昆虫の闘いみたい。ヴィエンナ(ウィーンである!居間にはベートーヴェンの胸像がある)ジョーン・クロフォードがまず虫じみている。でかい目玉、真っ赤な唇。肌のうるおいは失われ女らしさなど全くない。まるでカマキリである。敵対する女、エマ、メルセデス・マッケンブリッジが輪をかけた気持ち悪さ。今ならフランシス・マクドーマンドあたりが演じるタイプだろうか?しかしこの女の人物造形がひどすぎないか?彼女がなぜそこまでヴィエンナを憎むのか、まったくわからない。嫉妬ということもにおわされてはいるが、嫉妬だけでここまでするか?エマはカマキリに本能的に歯向かう兵隊蟻である。周りの男どもは兵隊に従う奴隷蟻でワード・ボンドなんかいいところまるでなし。 衣装の色彩設計がすごい。ヴィエンナははじめ黒いドレスに緑のリボン、真っ赤な口紅。夜中には真紅のガウン、さらに真っ白なドレス、真っ黄色のシャツと目まぐるしく変態していく。 法の裁き無しに人が撃ち殺され(保安官まで!)、縛り首にされ、店が燃やされていくことに対して映画は一切評価しない。カマキリ女とデクノボーのギター弾きが抱き合って終わる。気持ち悪い。 ただ《ミルドレッド・ピアース》に続いて見たのでジョーン・クロフォードの存在感はすごいと思う。

  • 鑑賞日 2018/4/12

    女の戦い

     前半に砂嵐のシーンがあるので「大砂塵」という邦題が付けられたのだろう。「砂塵」という西部劇もあるので紛らわしい。ヴィクー・ヤング作曲の主題歌「ジョニー・ギター(日本では「ジャニー・ギター」と呼ばれていたように記憶している)」がスタンダードナンバーになった。1人の男を巡って女2人が対立する話だが、ジョーン・クロフォードのごり押しによってラストが女同士の撃ち合いに変えられたという。結果としてタイトルロールのジョニー・ギター(スターリング・ヘイドン)の影が薄くなってしまった。

  • 鑑賞日

    異色西部劇

    なにせ主人公も敵役も女です。男どもはギター弾いたりして、うろうろ。 物語はなんてことない。西部劇全盛期には異色作として注目されたかも知れない。今観る意味ありますかねえ。小林明/ギター抱えた渡り鳥の原型を愉しむぐらいかなあ。

  • 鑑賞日 2006/8/9

    癖のある変形ウエスタン。

     主題曲が有名。 凡庸なウエスタンでなく、フランスでカルト化された理由の一端は掴める。  VHS鑑賞だったのだが、スターチャンネルで放映された。再見したい。    2016.10.18現在、未DVD化。     双葉十三郎氏、50点の低評価。     蓮實重彦氏、ウエスタン50選、選出。

  • 鑑賞日

    ニコラス・レイ

    1969年~1973年にTVにて。TV「土曜映画劇場」にて。1時間30分枠なのでカットされていたであろう。