飯森:とりあえず第1週は『誘惑』を放送するのですが、これも海外ではDVDで出ているということですね。
なかざわ:はい、ただ、実は劇場公開バージョンとソフト版バージョンと2種類あって、最初にVHS化されてから以降、全てのソフト版は劇場公開版と中身が違うんです。
飯森:なんと!うちで放送するものはどっちなんだろう?
なかざわ:確認してみたところ、残念ながらカットされたソフト版でした。
飯森:あれま!すると、劇場公開版がノーカットなんですね?
なかざわ:そうなんです。端的に何が違うかというとHシーンです。Hシーンがソフト版では短くなっているんですよ。
飯森:そういえばエロさの点では喰い足りなかった。
なかざわ:さすがにノーカット版は30年以上も前に映画館で見たっきりなのでうろ覚えですけれど、確かセックス・シーンがもっと長かったと思います。とはいえ、トータルで1~2分程度なのでストーリーへの影響はないんですけれどね。
飯森:ま、そんなにヌードを拝ませてもらいたい女優さんでもないし、大勢に影響は無しと。これって、トレンディ・ドラマ(注2)みたいな話でしたね。
注2:80年代後半にTBSが生み出しフジテレビが完成させたTVドラマの一形態。オシャレなマンションでオシャレな雑貨に囲まれて暮らすオシャレなブランド服を着たオシャレな“カタカナ職業”(インテリアデザイナー、ファッションフォトグラファー等)の男女の主人公たちが、オシャレな街角で恋のから騒ぎを演じる、といったフォーマットにのっとった、主としてラブストーリー。都会的オシャレ感を味わうことを目的としたコンテンツ。
なかざわ:はい。そのクサいところが好きなんですけれど(笑)。
飯森:スティーヴン・バウアー(注3)演じる主人公がプロの泥棒なんですよね。赤毛の相棒と組んで、金持ちの家から盗んだ宝石とか絵画とかを売りさばいて豪勢に暮らしている。あるとき盗みに入った豪邸で、その家の奥さんの日記と写真を持ち帰る。
注3:1956年ハバナ出身のアメリカの俳優でキューバ移民。『スカーフェイス』(1983)のトニー・モンタナの忠実な舎弟マニー役で知られる。トニーに絶対の信頼を置かれていたが、トニーの溺愛する妹とサプライズ結婚してしまったがために…。バウアーは現在も名バイプレイヤーとして活躍中。
なかざわ:部屋に飾ってある奥さんのポートレートに一目惚れしたんですよね。
飯森:その奥さんというのが旦那との夫婦関係が倦怠期で、欲求不満なところがあった。
なかざわ:それで人に言えないような性的妄想を日記に赤裸々に書き連ねていたもんだから、それを読んだスティーヴン・バウアーが、そしらぬ顔で彼女に接触し、日記に出てくる理想の男を演じるわけです。
飯森:「私、こんなことされたらメロメロになっちゃう!」みたいなことが全部日記に綴られているわけですからね。その期待通りに演じればいい。案の定、奥さんはまさかこの男が空き巣に入った泥棒だとは思わないから、私の心が読めるソウルメイトについに遭っちゃった!みたいになるわけです。
なかざわ:スティーヴン・バウアーのアプローチも上手いんだ。
飯森:そう、彼女はインテリア・デザイナーの仕事をしていて、旦那の経済力に頼らず一本立ちしたいと頑張っているわけだけれど、今ひとつ売れていない。そこへ現れた王子様スティーヴン・バウアーがデザインの仕事も発注してくれるもんだから、奥さんとしては自分の好みも分かっているし仕事でも認めてくれる完璧な男性だと勘違いしちゃう。
なかざわ:それで万事が上手くいって、彼女をものにできるかと思いきや…。
飯森:旦那が奥さんの浮気に勘付きはじめ、奥さんの方もスティーヴン・バウアーの素性を怪しむようになる。さて、泥棒だということがバレるかバレないか…というサスペンスへと展開するわけですね。しかも、赤毛の相棒がどこまでいってもヤンキー体質で、スティーヴン・バウアーは惚れた女もできたんで足洗おうとしてるのに、「もっとド派手に稼ごうぜ!」、「せめて最後に一ヤマ踏もうぜ!」ってなノリでどんどんリスキーな盗みに手を出すようになり、主人公にとってだんだん重荷になっていくんですよね。
なかざわ:この赤毛の相棒を演じているのが、『CSI:マイアミ』のホレイショ・ケインことデヴィッド・カルーソ。これが初の大役だったみたいですけれど、むっちゃ若くて細い!
飯森:この作品で印象的だったのは、80年代そのもののオシャレなインテリア・デザインですよ。とにかく素晴らしい。ポストモダン(注4)というか、モンドリアンみたいというか(注5)。
注4:建築やインテリアの文脈における「ポストモダン」とは、無駄や虚飾を排し徹底的にシンプルさを追求した20世紀の「モダニズム」デザイン(コルビジェから最後には昭和の団地に至る)に対抗して、再び装飾性に回帰しよう、無駄でもいいからとことんデコラティヴにいこう、という80年代に流行ったデザイン潮流をさす。いま我々が「80年代風のナウくて派手なデザイン」と感じるものは主にこれ。インテリアでは、原色やパステルのポップなカラーが焼き付け塗装されたスチール使いやプラスチック使いが特徴。実用性や耐久性を犠牲にしたような奇抜さが目を引くものも少なくない。
注5:抽象絵画の父ピエト・モンドリアンの描いた、赤青黄白の原色ガンダムカラーでベタ塗りされた大小の四角形と、そのそれぞれを囲う黒い枠とで構成されるポップな抽象絵画「コンポジション」。これをもとにしたデザイン。60年代にはこの幾何学柄を全面にプリントしたAラインワンピをイヴ・サン=ローランが発表し「モンドリアン・ルック」と呼ばれ時代を代表するファッションとなった。
なかざわ:そのインテリア・デザインを含めたビジュアル・コンサルタントを担当しているのが、フェルディナンド・スカルフィオッティというイタリア人なんですけれど、彼は『暗殺の森』とか『ベニスに死す』とか『ラスト・エンペラー』などの美術デザインを手掛けた人なんですよ。
飯森:そうなんですか!だいぶオーセンティックな仕事をしている人が、またえらくポップなことをやりましたね。
なかざわ:それがね、彼はアメリカで仕事をすると『アメリカン・ジゴロ』とか『スカーフェイス』とか『キャット・ピープル』とか、ポップでモダンなセンスを発揮するんです。
飯森:そう言われると『スカーフェイス』にも似たような雰囲気がありますね。
なかざわ:スティーヴン・バウアーも『スカーフェイス』に出ていましたし。
飯森:音楽もジョルジオ・モロダー(注6)で一緒ですよね?
注6:イタリアのミュージシャン、シンセシスト。ディスコ系やテクノ系の超有名曲をあまた手がけ、70年代以降の著名なアーティストに代表曲となるような楽曲を数々提供。映画においては、『フラッシュダンス』(1983)の「ホワット・ア・フィーリング」と『トップガン』(1986)の「愛は吐息のように」で2度のアカデミー歌曲賞に輝く。リマール「ネバーエンディング・ストーリーのテーマ」(1984)の作曲も。
なかざわ:いえ、『スカーフェイス』の音楽は全てジョルジオ・モロダーでしたが、『誘惑』ではメリッサ・マンチェスターの歌った主題歌のみがモロダーの作曲で、それ以外の挿入歌やスコアは全て門下生ハロルド・ファルタ―マイヤー(注7)の仕事です。彼はこの映画の次に『ビバリーヒルズ・コップ』を手掛けていますけれど、製作は『誘惑』と同じドン・シンプソンとジェリー・ブラッカイマーの黄金コンビ(注8)。当時のヒット作とあちこちで繋がっているんですよ。
注7:ミュンヘン出身の映画音楽家。ジョルジオ・モロダーに師事し、やはりシンセサイザーを用いた楽曲で知られる。代表曲は『ビバリーヒルズ・コップ』の主人公アクセル・フォーリー刑事のテーマ曲「Axel F」(1984)や、『トップガン』のオープニングの「トップガン・アンセム」(デンジャー・ゾーンがかかる前に流れるインスト曲。1986)。
注8:80年代前半、2人がパラマウント社で出会う。ブラッカイマーは『アメリカン・ジゴロ』(1980)にて音楽にジョルジオ・モロダーをすでに起用済みで、この3人が揃った『フラッシュダンス』 (1983) で、音楽の疾走感と映像の編集テンポを融合させて快楽中枢を直接刺激する、MTV時代の新感覚映画を発明した。同じ方法論で『ビバリーヒルズ・コップ』(1984)、『トップガン』(1986)、『ビバリーヒルズ・コップ2』(1987)と立て続けにヒットを連発。一時代を築いた。
飯森:それにしては、錚々たるタイトルの中でこれだけが…。
なかざわ:谷間なんですよね(笑)。そもそも、あの当時のシンプソン&ブラッカイマーの作品って、『フラッシュダンス』以降は出す映画ことごとく大ヒットだったじゃないですか。その中で、これだけが埋もれちゃったんですよ。
飯森:やっていることは同じなんですけれどね。分っかりやすいお話をポップにナウく描き、そこにMTVセンスがガーンと盛り込まれてゴッキゲン!って感じはまるっきし同じなのに、どうしてこれだけが谷間になっちゃったのか。そもそもこのヒロイン、貴様何者だ!って感じなんですけど。
なかざわ:バーバラ・ウィリアムスですね。彼女はこれが唯一の代表作と言っても過言ではないんですよ。カナダの出身らしいので、もしかするとカナダでは他にも主演級映画があるのかもしれませんが、少なくともハリウッドでは他に目立った仕事はない。
飯森:やっぱり敗因はそのキャスティングにあるな。スティーヴン・バウアーはともかくとして、もう少し有名どころの女優を出して、きっちり脱がせておけば良かったのに。
なかざわ:ただ、パラマウントの意向としては、この映画を第2の『アメリカン・ジゴロ』にしたかったらしいんですよ。要するに、スティーヴン・バウアーをリチャード・ギアの後継者に育てようと。『アメリカン・ジゴロ』って、確かにローレン・ハットンみたいな有名女優を使っているけれど、基本はリチャード・ギア推しじゃないですか。
飯森:すると、これはスティーヴン・バウアー推しなのかな。
なかざわ:そうなんです。当時の宣伝ポスターもスティーヴン・バウアーのピンですから。『アメリカン・ジゴロ』のポスターと同じ基本コンセプトです。これは彼をセックス・シンボルに仕立てるための映画だったわけです。
飯森:ただ、そこまではまるっきし行かなかったですよね、彼は。
なかざわ:はい、こう言っちゃ気の毒だけれど、残念ながらガラが悪かった。
飯森:チンピラ感ハンパないですもんね。フロリダあたりにいるキューバ移民のギャングにしか見えない。
なかざわ:だからほら、『ブレイキング・バッド』でメキシカン・マフィアのボスをやってたじゃないですか(注9)。そういうところに落ち着いちゃったことからも分かる通り、さすがにギア様の後釜という器ではなかった。男前でカッコいいし、良い役者だとは思うんですけれどね。
注9:シーズン4にジャージに金鎖にサンダル姿で登場したコカイン王、ドン・エラディオ役。砂漠の真ん中に建てたプール付き大豪邸にチリ人フライドチキン屋のガスを招き、その味を大絶賛しながらもガスの仲間を目の前で惨殺して恫喝。やがてガスが名をなし裏社会の大立物となった後、肉を斬らせて骨を断つ捨て身の復讐法で殺される。美食家なのがアダとなった。でっぷり太ったジャージの鬼畜グルメ麻薬王をでっぷり中年太りしたスティーヴン・バウアーは貫禄“でっぷり”に好演している。
飯森:となるとやはり、この映画の主役は、キャストよりも全編にみなぎるスタイリッシュな80’s感ですよね。最高っす!あの当時のファッションや音楽、インテリアって、時代が一巡り二巡りした今、改めて見直すと本当にカッコいい!!
なかざわ:80年代トレンドの総合カタログみたいな映画ですもんね。実をいうと私が『誘惑』を好きなのも同様の理由なんですよ。決して優れた映画だとは思わないけれども、ここに出てくるオシャレでスタイリッシュでアダルトな世界って、当時高校生だった僕が恋焦がれ憧れたアメリカ西海岸そのものなんですよ。それだけで、当時胸がワクワクしたことを思い出します。
飯森:当時は、日本に生まれちゃった絶望ってありましたよね(笑)。すげえ!なにこのインテリア超かっこいい!と映画見てて思っても、絶対に真似できない。実際に自分が住んでいるのは畳の上で、畳の上に椅子や学習机を置いてベッドまで置いて、最悪の場合は襖まであったりしてね。そこで受験勉強したりオナニーしたりしているわけですよ。ダッセえなぁ…という、西海岸は遠いなあ…という、あの絶望。もう、手の届かない圧倒的なオシャレさでしたからね。
なかざわ:確かに、それは分かるかもしれません。
飯森:なかざわさんは帰国子女でいらっしゃるから、もしかするとそういう感覚はお持ちでないかもと思ってたんですけどね。
なかざわ:僕も当時は日本の狭いマンションに住んでいましたから。
飯森:80年代のオシャレなポストモダンのインテリアを見ているだけでウットリな映画というと、僕にとってはまず『スリーメン&ベイビー』とか『殺したい女』なんですけれど、『誘惑』もその系譜に繋がる映画だと思いましたね。今となっては眼福ですよ。
なかざわ:あと、この映画は音楽についても触れておきたい。
飯森:なかざわさんは音楽ライターでもいらっしゃいますからね。
なかざわ:当時のジョルジオ・モロダー一派というと、『フラッシュダンス』から『ネバーエンディング・ストーリー』、『トップガン』と、次々に映画音楽でヒットを飛ばしていました。その上、本作のサントラ盤は当時大流行していたオムニバス形式で、様々なアーティストのオリジナル曲を盛り込んでいたにもかかわらず、主題歌シングルもアルバムもアメリカではあまり売れなかったんです。
その理由は、恐らく音楽のテイスト的にヨーロッパ寄り過ぎたんだろうと思うんですね。いわゆる当時の明朗快活なアメリカン・ポップスではなく、後のユーロビートに繋がる哀愁系ハイエナジー・ディスコ(注10)の要素が非常に強い。主題歌にしても、例えば『フラッシュダンス』や『トップガン』は明るくて元気で前向きですけれど、『誘惑』はメランコリックで暗くて切ない。その点がアメリカ人の趣味に合わなかったのかもしれませんが、私の琴線には触れまくった。当時サントラLPや12インチシングルを買ったくらい大好きです。
注10:ディスコの女王ドナ・サマーのプロデューサーだったジョルジオ・モロダーが’70年代に確立したミュンヘン・サウンドをベースに、エレクトリカルなテクノ・ポップの要素を盛り込むことで’80年代にヨーロッパを中心として一世を風靡したダンス・ミュージック。代表作にアンジー・ゴールドの「素敵なハイエナジー・ボーイ」(荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」の原曲)、ヘイぜル・ディーンの「気分はハイエナジー」、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「リラックス」、デッド・オア・アライブの「ユー・スピン・ミー・ラウンド」など。このジャンルをよりポップに大衆化させたものがユーロビートとなる。
ちなみに、E.G.デイリーが歌った挿入曲「Love in the Shadows」は80年代ダンスクラシックとして有名で、イギリスなどヨーロッパでは大ヒットしました。このE.G.デイリーという人はエリザベス・デイリーの別名で女優もやってて、『ピーウィーの大冒険』でピーウィー・ハーマンのガールフレンド役をやっていたんですよ。『ストリート・オブ・ファイアー』ではダイアン・レインの追っかけパンク娘、最近ではロブ・ゾンビ監督の『31』で殺人女ピエロをやってましたね。当時は大・大・大ファンでした。
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