グレタ・ガーウィグは、1983年カリフォルニア州北部のサクラメントに生まれた。
物心ついた頃から、ずっと何かを書いていたという彼女は、10代の頃“演劇少女”に。高校を卒業すると、サクラメントを出て、大都市ニューヨークのバーナード大学へと進んだ。
戯曲家を目指していた彼女だったが、大学を出た後、当時の彼氏からジョー・スワンバーグを紹介されたことが、ターニング・ポイントとなる。スワンバーグは仲間たちと、低予算のインディーズ映画を撮っており、ガーウィグも、それに関わるようになったのである。
この一派は、“マンブルコア派”と呼ばれ、その作品群が、映画祭などで話題を集めるようになっていた。ガーウィグは、スワンバーグの『ハンナだけど、生きていく!』(07)のヒロインなどを演じ、注目の的に。アメリカのインディーズ映画の偉大なる先達、ジョン・カサヴェテス作品のミューズに因んで、「マンブルコア派のジーナ・ローランズ」などと評された。
しかしガーウィグ自身は、実は“マンブルコア派”の特徴だった、即興による作劇や手持ちカメラのラフな映像が苦手だった。きちんとした脚本によるストーリーテリングこそが、彼女の好みだったのである。
メジャー映画から声が掛かるにようになった彼女は、そこで運命的な出会いを果す。『ベン・スティーラー 人生は最悪だ!』(10/日本では劇場未公開)で、主人公の相手役を務めた際に、この作品の監督だった才人、ノア・バームバックと恋に落ちたのである。
2人は、公私共にパートナーとなった。そそしてガーウィグは、監督のバームバックと共に脚本を書いた『フランシス・ハ』(12)で、こじらせ気味のアラサー女性フランシスを演じ、絶賛を集めた。
本作『レディ・バード』(17)の脚本を書き始めたのは、その翌年=2013年のこと。母と娘の話を核にすることだけ決めて、後は直感的に書き進めていったという。ガーウィグ曰く、「母親と娘の間の愛こそが一番深い」。作品の初期タイトルは、「母親たちと娘たち」だった。

ティーンエイジャーの女の子を主人公にするに当たって、ガーウィグが目指したのは、フランソワ・トリュフォー監督によるヌーヴェルヴァーグの傑作『大人は判ってくれない』(1959)の女性版。この年頃の女の子を主人公にした多くの青春映画では、白馬の王子様のような男の子が現れることで、「人生の悩み全てが解決してしまう」。しかし現実は、「そんなに簡単じゃない」のである。
またこの作品には、故郷サクラメントに対する「ラブレターを書きたい」という、ガーウィグの想いも籠められている。
ガーウィグは、そうした盛り沢山の要素を、まず大量に書き込んだ。そこからエッセンスを絞り込むのが、彼女の執筆スタイル。結局完成までには、1年掛かってしまった。
執筆中は、自分で監督することを、考えていたわけではなかった。しかし、いざ脚本を書き終えると、「これは自分で監督しなきゃ」と思った。そして、「ずっとそのつもりだった」ことに気付いたという。
こうしてガーウィグは、本作『レディ・バード』で、長編監督デビューを果すこととなる。
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2002年、カリフォルニア州のサクラメント。カソリック系ハイスクールの最終学年を迎えた “レディ・バード”の目下最大の悩みは、大学進学について。
ニューヨークの大学に進みたい彼女に対し、看護師の母は、州内の大学へ自宅から通うことを求める。そのため母娘の間には、このところ口論が絶えなかった。
一方、親友のジュリーと共に、校内ミュージカルのオーディションに参加したレディバードは、そこで出会った、ダニーという同学年の男子に惹かれる。舞台の練習を重ねる内に、レディバードとダニーの仲は、接近していく。
しかしダニーは、実はゲイだった。レディバードの恋は終わりを告げるが、やがて新たに、カイルという男の子が気になるように…。
将来への夢と希望を抱きながら、親友や彼氏、家族との関係などに悩みも抱えた、17歳。レディ・バードの先行きに、待ち受けるものは?
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ヒロインの本名は、クリスティン。しかし彼女は、自ら付けた名である“レディ・バード”と自称し、周囲にもそう呼ばせている。
ガーウィグ曰く、これはカトリックの伝統で信仰告白時に聖人の名を付けたり、ロックスターが、デイヴィッド・ボウイやマドンナと名乗るようなイメージ。自信の表れと同時に、自分が不十分だと感じている、「10代特有の二重性」を表しているという。
因みに“レディ・バード”は、突然思いついた名前だった。恐らくは、かの「マザー・グース」の歌詞の一節が、ガーウィグの脳内に焼きついており、それが浮かび上がったものだったらしい。
サクラメントで生まれ育ち、ニューヨークへと向かう“レディ・バード”と、ガーウィグ本人は、どうしても重なる。確かに、故郷・幼少期・巣立ちに対する思いに繋がる部分は、「実話」である。しかし本作内の出来事に、「実話は一つもない」のだという。

そんな“レディ・バード”のキャラに、命を吹き込むことになったのは、シアーシャ・ローナン。1994年生まれの彼女は、13歳の時の『つぐない』(07)で、いきなりアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされ、『ブルックリン』(15)では、主演女優賞の候補にもなった、若手の実力派だった。
ガーウィグとシアーシャの出会いは、2015年の「トロント映画祭」。プロデューサーのスコット・ルーディンの紹介によるものだった。
ガーウィグは、シアーシャが泊まるホテルを訪れ、一緒に脚本を読み上げた。シアーシャのセリフを聞いた瞬間、「彼女がレディ・バードだ」と、ガーウィグの心は固まった。「私の想像と全く異なり、それを遥かに超えていた。強情でひょうきんで、ワクワクさせられたの。また普遍性と独自性も持ち合わせていた」
因みに、シアーシャはかねてよりガーウィグのファンで、特に『フランシス・ハ』(12)は大のお気に入りだった。そして“レディ・バード”役には、「すぐ恋に落ちた」という。
実はこの時シアーシャは、ブロードウェイの舞台出演を控えていた。そのため彼女を主役にすると、製作スケジュールが半年後ろ倒しになってしまう。しかしガーウィグには、シアーシャ以外がレディ・バードを演じることなど、もう考えられなかった。
ガーウィグは、ブロードウェイ出演中のシアーシャに、本作のキーとなる、小説・詩・曲・写真など、少しずつ提供。撮影前にリハーサルを重ねるに当たっては、2人は、何時間も話し合ったり、一緒に時間を過ごすようになった。ガーウィグは、レディ・バードの歩き方や話し方、座り方や衣装など、何でもシアーシャに相談しながら取り決めていったという。
ブロードウェイの仕事を終えたシアーシャの顔には、長期にわたるメイクと照明の影響で、ニキビができていた。こういった場合通常は、メイクや照明などで隠すことが多い。しかし本作のシアーシャは、“青春のシンボル”を隠さずに、「見せる」ことを決めた。
シアーシャは、ガーウィグについて、「彼女は私を素晴らしい手腕で導いてくれて、なおかつ、私が自分の力で役柄について見つけ出す余地を与えてくれた」「彼女は母親のようだった」などと語っている。

“レディ・バード”の母役のローリー・メトカーフは、トニー賞やゴールデン・グローブ賞のウィナー。ガーウィグは、メトカーフと舞台で共演したことのあるイーサン・ホークから、「運良くローリー・メトカーフが映画に出演してくれるなら、本物のアーティストが何かを見られるよ。他の人は彼女がこなすことを真似ているだけさ」と、太鼓判を押されたという。そしてそれは、間違いではなかった。
父役のトレイシー・レッツは、劇作家・脚本家・俳優として長年活躍。彼はガーウィグが大好きな、脚本家の一人だった。
“レディ・バード”の最初の彼氏となるダニー役には、ルーカス・ヘッジス。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたが、ガーウィグはその演技を見て涙が止まらず、頭から離れなかったという。彼に脚本を送って、「好きな役を選んでいい」と伝えると、ダニー役を選んできた。

カイル役のティモシー・シャラメ、親友ジュリー役のビーニー・フェルドスタインは、オーディションで決められた。この2人のその後の活躍は、ご存じの通り。
映画学校に通ったことのないガーウィグにとって、それまでの10年間に出演した25本以上の作品での現場経験が、その代わりになったという。そうした作品で彼女は、自分の出番が終わった後も現場に残り、照明やセットなど、テクニカルなディディールをノートに取った。そして、あらゆるスタッフに話を聴いては、アドバイスを求め、指導者になってくれるよう頼んだ。
『レディ・バード』の撮影を担当したのは、サム・レヴィ。ガーウィグは、レヴィが手掛けた3本に出演し、彼に全幅の信頼を置いていた。
そんな彼から教えられて、彼女が監督をするに当たってモットーとしていたのは、「自分より頭のいい人を雇え」だったという。
『レディ・バード』は、2017年9月公開。観る者誰もが、己の“青春期”を重ねられるこの作品は、興行的にも批評的にも、大成功を収めた。
アカデミー賞では、作品賞や監督賞など5部門でノミネート。シアーシャは、主演女優賞の候補で、オスカーに3度目のノミネートとなった。
監督としての次作『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』(2019)でも、ガーウィグは、主演にシアーシャを起用。再び大好評を得ている。
ガーウィグは、その後の“レディ・バード”の物語を、クロニクルにしたいなどと発言している。もちろん主役は、シアーシャであろう。是非とも心待ちにしたい企画である。■

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