今回ご紹介する映画は『最後の脱出』(70年)です。

 原題は「No Blade Of Grass(もう草はない)」。近未来、謎のウィルスによって全世界の植物が死に、その草を食べた家畜まで死に、食糧危機で世界の終末が迫るS Fです。

 冒頭、世界各地の環境破壊のドキュメント映像で始まります。それを見ながら、この映画の舞台であるロンドンの金持ちたちは、ものすごいご馳走を食べています。「いやー、アフリカ人やアジア人たちは、食べ物がないことに慣れてるからな!」とバカにしていますが、食糧危機はすぐにイギリスにも迫っていきます。

 主人公ジョン・カスタンス(ナイジェル・ダヴェンポート)は英国政府関係の仕事で、飢餓問題について研究しているので、誰よりも早く危機の情報を知り、妻や子供を連れて、食料が調達できそうな農村地帯に逃げようとする。彼は危機から人々を救う仕事なのに自分たちのことしか考えていないんです。

 製作・監督はコーネル・ワイルド。俳優出身で、ハリウッドから離れて独立プロデューサーとして映画を作り続けた孤高の映画作家です。『裸のジャングル』(65年)はアフリカの現地民に囚われた白人が人間狩りの標的として追われる映画でしたが、最後は追う者と追われる者の間に尊敬が生まれていくのが感動的でした。続く『ビーチレッド戦記』(67年)では、太平洋の孤島をめぐって殺し合う米兵と日本兵の間に一瞬の友情が芽生えます。殺し合いのなかにヒューマニズムやヒロイズムを描いてきたコーネル・ワイルド監督ですが、この『最後の脱出』では、主人公さえ英雄でも正義でもなく、サバイバルのためのケダモノになります。

 まずカスタンス一家は銃を手に入れようとします。だけど、銃砲店のオヤジが売ろうとしないので、いきなり主人公は人の道を外れてしまいます。

 このへんの展開、ジョージ・A・ロメロの監督の『ゾンビ』(78年)に大きな影響を与えているはずです。カスタンスはどんな理由か不明ですが、アイパッチをしています。『ゾンビ』で、T Vでディスカッションをしている人もなぜかアイパッチをしているんですよ。

 で、文明が崩壊すると、どちらも暴走族が暴れまわるんです。『最後の脱出』は、文明崩壊後の世界で暴走族がヒャッハーする映画の元祖だと思います。『ゾンビ』の後の『マッドマックス』(79年)もそうですね。『マッドマックス』に主演したメル・ギブソンが監督した『アポカリプト』(06年)は、コーネル・ワイルドが監督した『裸のジャングル』(65年)の、なんというかその、丸パクリなんですよ。 

 僕は子どものころ、テレビで『最後の脱出』を観たんですが、トラウマになりましたね。というのも、強烈なレイプシーンがあるんです。アメリカやイギリスではこのシーンはかなりカットされていたそうですが、日本では普通にテレビで放送してました。なぜそのシーンがつらかったかというと、レイプされるのが、主人公の娘で美少女なんです。撮影当時15 ~ 16歳だったリン・フレデリック、いきなりデビュー作でこれですよ。しかも、この映画で父娘を演じたナイジェル・ダヴェンポートとリン・フレデリックは、4年後の『フェイズI V 戦慄!昆虫パニック』(73 年)では、なんとセックスするんですから、観ていた町山少年もいろいろ大変でした。そんなトラウマ映画、覚悟してご覧ください!

(談/町山智浩)

MORE★INFO.

●原作を気に入っていたコーネル・ワイルドは、69年に自らこの企画をMGM持ち込んで製作・監督したいと申し出た。
●ワイルドは脚本家ショーン・フォレスタルを雇うと、仕上げを自らジェファーソン・パスカル名義で担当した。
●ワイルドによると、有名スターを起用しなかったのは、“ハプニング”を期待したからだという。はラストに、少女が不毛な地で一葉の“草の葉”が育っているのを発見する、というシーンが当初の脚本には書いていたそうだが、予算の関係で撮影されなかった。
●本作はMGMが英国に所有していたボアハムウッド・スタジオで最後に撮られた作品。

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