今回ご紹介する映画『囚われの女』 (68年)は、巨匠アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の作品です。クルーゾー監督といえば、ニトログリセリンを運ぶトラックのハラハラ映画『恐怖の報酬』(53年)や、妻と愛人が共 謀してクソ夫を殺す『悪魔のような女』(55年)という2本のサスペンス 映画が全世界で大ヒットしました。 どちらもハリウッドでリメイクされましたが、オリジナルの面白さには 及びませんでした。

 そのクルーゾーの遺作が『囚われの女』です。1960年代末のパリを舞台に“ポップ・アート”の芸術家ジルベ ール(ヴェルナール・フレッソン)と その妻ジョセ(エリザベート・ウィネル)、それにポップ・アートの画商スタン(ローラン・テルジェフ)の3人の三角関係を描いています。

 画商スタンが売っているアート作品は縞々です。この縞々が目の錯覚でチラチラ動いて見える。これをオップ・アートと呼びました。オプティカル(光 学的)アートの略です。当時、大変な話題になって、縞模様の服も流行し、『ウルトラマン』(66〜67年)に登場した三面怪人ダダの体の縞模様にまで影響を与えました。

 あと、スタンはキネティック・アート=動く彫刻、いわゆる“モビール”も売ってます。これもインテリアとして大流行しました。つまりポップ・アートとは、アートの大衆消費化です。

 また、この映画でポップ・アートに関わる主人公たちは、自分や相手に結婚相手がいようがいまいが、おかまいなしにセックスします。これも1968 年当時流行していた「フリー・ラブ」です。結婚に縛られないで好きな人と 恋愛やセックスをしてもいい、という考え方です。

『囚われの女』は、ポップ・アートとフリー・ラブという当時の流行に、製 作当時61歳だったクルーゾー監督が「それって本当のアート?」「それって 本当の愛?」って因縁をつけてるよう な映画です。

 ところが、最後のほうで、「それはいくらなんでもいきなりすぎる」と言いたくなる展開に転げ落ちて、僕は大爆笑してしまいました。

 もっと驚いたのは、これがもともと、 あのマルセル・プルーストの大長編小説『失われた時を求めて』の映画化として企画された映画だったということですね。

 どこがだよ! と言いたくなる、巨匠の知られざる遺作、お楽しみに!

(談/町山智浩)

MORE★INFO.
・本作は1964年の撮影中に、主演者とアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督自身までもが心臓発作で未完となった『L'enfer(地獄)』を、監督がリトライした作品。
・名優ミシェル・ピコリ、ピエール・リシャー ル 、 さ ら に ジ ョ ア ン ナ ・ シ ム カ ス ら が ノ ン・ クレジットでカメオ出演。
・冒頭場面は『サスペリアPART2』(75年) の手袋をした謎の殺人鬼が人形を触る場面 に影響を与えている。
・クルーゾー監督の死後、『L'enfer』の脚本 を元に、クロード・シャブロル監督が新たに 演出した『愛の地獄(』94年)が作られた。
・『L'enfer』の残されたフィルムを復元+物語を補足する映像の追加+当事者の証言で 構成された『アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの地獄』が2009年に発表されている。

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