今日お勧めするのは1968年の『軍曹』です。これは当時画期的だった、同性愛を扱ったハリウッド映画です。

 舞台はフランス、駐留米軍の基地に主人公のカラン軍曹(ロッド・スタイガー)がやって来ます。時代は朝鮮戦争の後、ベトナム戦争の前という設定で、戦争がないので規律がゆるんでいるのを見た軍曹は、引き締めなきゃならないと思って、兵士たちを厳しくしごきます。その兵士のなかに、スワンソン一等兵という美青年がいます。ジョン・フィリップ・ローという、ギリシャ彫刻のような俳優が演じています。軍曹は「君は今どき珍しい立派な若者だ、そして立派な兵士だ」と言ってスワンソンに目をかけるんですが、だんだん変なことになってきます。

 つまり、この軍曹は自覚のないゲイで、自分で気づかないままスワンソンに恋してしまうんです。  

 ハリウッド映画では長い間、同性愛が描かれることがありませんでした。「ヘイズ・コード」という自主規制によって禁じられていたんです。しかし、『軍曹』公開の直前にこれが撤廃されて、ようやく描かれるようになったんです。

『軍曹』に主演のロッド・スタイガーはシドニー・ルメット監督の『質屋』(64年)で高く評価された俳優ですが、『質屋』は劇場で公開されるアメリカ映画で初めて女性の乳房をスクリーンに映し出した映画でもあります。

 スタイガーは『軍曹』の前に『夜の大捜査線』(67年)でアカデミー主演男優賞を獲りました。人種差別的な警察官役ですが、最後は黒人刑事シドニー・ポワチエと友情を結ぶ儲け役でした。

『軍曹』の監督はジョン・フリン。この後に作った『組織』(73年)は、リチャード・スタークの「悪党パーカー」シリーズが原作の傑作ハードボイル ド・アクションでした。『ローリング・ サンダー』(77年)もよかった。ポー ル・シュレイダー脚本で、ギャングに手首を潰されたベトナム帰還兵が手に鉤爪をつけて復讐します。

 ジョン・フリンは実はジャーナリスト出身で、名匠ロバート・ワイズ 監督から、戦場カメラマンのロバー ト・キャパの伝記映画のための取材を依頼されて、映画界に入ります。 ワイズの『ウエスト・サイド物語』(61 年)でもニューヨークのギャングの調査を担当しています。

 この『軍曹』、当時はまったく話題 にならず、その後も、ゲイである軍曹を否定的に描いている、と批判されましたが、今、見直すと、現在アメリカ の軍隊内で問題になっている、男性による男性へのセクハラを何十年も早く告発する内容になっています。

 また、軍曹の抱えたトラウマが、 最近の映画『トム・オブ・フィンラ ンド』(17年)で、ゲイのイラストレ イター、トム・オブ・フィンランドが戦争中に抱えたトラウマと同じなんですね。

 たしかに地味ではありますが、タブ ーに挑戦した問題作です!

(談/町山智浩)

MORE★INFO.
●1966年、ロバート・ワイズが自らの製作会社を立ち上げ、その第1作としてデニス・マーフィ原作『軍曹』の映画化権を取得した。
●監督には、ワイズ監督作品のほか、『大脱走』『太陽の帝王』(共に63年)などの助監督として評価の高かったジョン・フリンを抜擢し、監督デビュー作となった。
●当初は名バイプレイヤー、サイモン・オー クランドに主役のオファーがされたが、彼 は映画のために減量するのを嫌がり、ロッ ド・スタイガーに交代した。
●撮影中にスタイガーの母親が心臓発作で死去している。

 

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