動物パニック映画ブームから派生したエコ・ホラーとは?

‘70年代のハリウッド映画で流行したエコロジカル・ホラー(通称エコ・ホラー)。その基本的なコンセプトは、「地球環境を破壊する人類に対して自然界(主に動物や昆虫)が牙をむく」というもの。これはスティーブン・スピルバーグ監督の『ジョーズ』(’75)を頂点とする’70年代動物パニック映画ブームにあって、そのサブジャンルとして派生したものと考えられる。

なにしろ、当時のアメリカ映画ではサメだのネズミだのアリだのクモだのと、ありとあらゆる生物が人間に襲いかかってきた。その要因のひとつとして、「環境破壊」という設定は非常に使い勝手が良かったのだろう。しかも、’70年に国家環境政策法が制定され、同じ年に環境保護庁が誕生したアメリカでは、環境破壊に対する危機感や懸念が国民の間で徐々に共有されるようになっていた。光化学スモッグに悩まされた日本をはじめ、当時は世界中の先進国が同様の問題に直面していたと言えよう。つまり、時代的にエコ・ホラーの受ける条件が整っていたのである。

ただ、エコ・ホラーというジャンル自体のルーツは、恐らく『キング・コング』(’33)にまで遡ることが出来るだろう。南海孤島の秘境で発見された巨大なゴリラ、キング・コングが大都会ニューヨークで大暴れするという物語は、まさしく「傲慢な人類」に対する自然界の逆襲に他ならなかった。また、核実験の影響で巨大化したアリとの死闘を描くSFパニック『放射能X』(’54)は、当時懸念されつつあった放射能汚染による環境破壊の問題が背景としてあり、そういう意味で’70年代に興隆するエコ・ホラーの直接的な原点とも言える。

『吸血の群れ』(’72)では環境汚染によって小さな島の爬虫類たちが人間への報復を開始、『フェイズIV 戦慄!昆虫パニック』(’74)では天体の異変によって高度な知性を持ったアリが人間を襲撃し、『アニマル大戦争』(’77)ではオゾン層破壊の影響で狂暴化した動物たちが自然公園のハイキング客たちを殺しまくる。さらに、オーストラリア映画『ロング・ウィークエンド』(’74)では「自然環境」そのものが意志を持って人間を狂気へと追い詰め、日本映画『ゴジラ対ヘドラ』(’71)では海洋汚染の生んだ怪獣ヘドラがゴジラと対決した。かように、’70年代は世界中のホラー映画やモンスター映画で大自然が罪深き人類に対して牙をむいたのである。水質汚染によってミュータント化したクマが、広大な森林で人間を次々と襲う『プロフェシー/恐怖の予言』(’79)もそのひとつだ。

自然豊かなメイン州の森林地帯を恐怖に陥れる巨大モンスター

主人公は大都会で恵まれない貧しい人々のために奔走するロバート・ヴァーン医師(ロバート・フォックスワース)。どれだけ行政に訴えても貧困層の住環境や健康問題が改善されないことに無力感を覚えているロバートは、ある日環境保護庁から自然環境調査の仕事を依頼される。メイン州の広大な森林地帯を地元の製紙会社が森林伐採のため購入したものの、その一帯に暮らす先住民たちが土地の所有権を訴えて裁判を起こし、両者ともに一歩も譲らない状態なのだという。そこで当局の導き出した解決策が、森林地帯の環境汚染状況を把握すること。もし環境汚染が立証されれば先住民側の有利になるし、汚染が確認されなければ製紙会社側の言い分が通る。どちらに転んでも、訴訟問題解決の糸口になると当局は考えたのだ。畑違いの依頼に躊躇するロバートだったが、しかしこれで当局に恩を売れば自身の仕事にも有利になると説得され引き受けることにする。

その頃、メイン州の森林地帯では不可解な出来事が起きていた。森の中で伐採作業中だった作業員たちが行方不明となり、その捜索に駆り出されたレスキュー隊も消息を絶ってしまったのだ。ロバートと妻マギー(タリア・シャイア)を出迎えた製紙会社の現場監督アイズリー氏(リチャード・ダイサート)は、先住民たちによる嫌がらせに違いないと疑っているが、しかし先住民たちは伝説の怪物カターディンが森を守っているのだと主張しているという。両者の対立はまさに一触即発。あくまでも中立を守る立場のロバートとマギーだが、先住民たちへの偏見や差別意識を隠さない製紙会社側の強硬姿勢に眉をひそめるのだった。

やがて調査を開始したロバートは、森林地帯で深刻な環境汚染が進行しているのではないかと疑いを持つ。というのも、川に棲息している鮭やオタマジャクシが異常な大きさへ成長し、性格の大人しいはずのアライグマが狂暴化して人間に襲いかかって来るのだ。しかも、先住民グループのリーダー、ホークス(アーマンド・アサンテ)とその妻ラモナ(ヴィクトリア・ラシモ)によると、森に住む先住民たちの間では健康被害が広がり、妊婦が奇形児を死産するケースも多いという。しかし、いくら当局に訴えても、川の水質検査では異常がないため聞き入れては貰えなかったのだ。

一方、製紙工場側のアイズリー氏は汚染物質の流出を完全に否定するが、しかしロバートは泥濘に溜まった銀色の物質を見逃さなかった。工場から流出する排水の中にメチル水銀が含まれており、それが森林一体の生態系に深刻な影響を及ぼしていたのだ。しかしメチル水銀は重いので川底に沈んでしまう。水質検査で異常がなかったのはそのためだった。事実を知った妻マギーは大きな衝撃を受ける。実は彼女は子供を妊娠しており、知らずに川で獲れた鮭を食べていたからだ。

その頃、森の中でキャンプを楽しんでいたネルソン一家が、醜悪な姿をした巨大モンスターに襲われ皆殺しにされる。それはメチル水銀に汚染された魚を食べてミュータント化したクマだった。しかし、地元の保安官やアイズリー氏は先住民グループの犯行と考え、ホークスらの逮捕に動き出す。事実を確認すべく惨劇の現場へと向かったロバートたち。折からの悪天候で森の中で足止めを食らった彼らに、狂暴な怪物クマが襲いかかる…。

ストーリーのヒントは『ローズマリーの赤ちゃん』!?

本作で最も注目すべきは、あのジョン・フランケンハイマー監督が演出を手掛けている点にあるだろう。『影なき狙撃者』(’64)や『大列車強盗』(’65)、『グラン・プリ』(’66)に『フレンチ・コネクション2』(’75)、『ブラック・サンデー』(’77)などなど、骨太な社会派エンターテインメント映画で一時代を築いた巨匠が、なぜ今さら出尽くした感のあるモンスター映画を!?と当時の映画ファンを大いに戸惑わせた本作。しかも、興行面でも批評面でも全く振るわず、これを機にフランケンハイマー監督のキャリアは下り坂となっていく。ただ、劇場公開から40年以上を経た今、改めて見直すと、決して出来の悪い映画ではないことがよく分かるだろう。

■撮影中のジョン・フランケンハイマー監督(左)

環境問題や公害問題、先住民問題など、’70年代当時の社会問題を巧みに絡めたストーリー展開は、なるほど“社会派エンターテインメント映画の巨匠”の異名に恥じぬメッセージ性の高さ。むしろ、ミュータント化した巨大クマが巻き起こす阿鼻叫喚の恐怖パニックよりも、そうした社会派的なテーマの方に監督の強い思い入れが込められているように感じられる。醜悪なモンスターの全貌や血生臭い残酷描写をなるべくスクリーンでは見せず、観客の想像力に委ねることで緊張感を煽っていく演出も手馴れたものだし、スコープサイズの超ワイド画面のスケール感を生かしたカメラワークも堂に入っている。さすがは巨匠の映画らしい風格だ。ただ、それゆえ肝心のホラー要素がなおざりにされている印象も拭えない。恐らく、このモンスター映画らしからぬ“生真面目さ”が当時は仇となったのだろう。要するに、観客や批評家が求めるものとのギャップが大きかったのだ。

脚本を担当したのは『オーメン』(’76)で知られるデヴィッド・セルツァー。『オーメン』が劇場公開されて社会現象を巻き起こした直後、フランケンハイマー監督から「ホラー映画の脚本を書いてくれないか」と直々にオファーを受けたというセルツァーは、自身が多大な影響を受けたロマン・ポランスキー監督の『ローズマリーの赤ちゃん』(’68)をヒントにしたのだそうだ。さらに、当時メイン州の郊外に暮らしていた彼は環境問題や先住民問題にも関心があり、日本の水俣病についても勉強していた。当初は「メイン州の大自然を満喫していたキャンプ中の夫婦が、知らず知らずのうちメチル水銀に汚染された魚を食べてしまい、妊娠中の妻が奇形児を生んでしまう」という『悪魔の赤ちゃん』(’74)的なストーリーだったらしいが、脚本会議を重ねていくうちに巨大クマのアイディアが加わったようだ。

ただし、ロケ地となったのはメイン州ではなく、カナダはバンクーバー郊外の森林地帯。今では“ノース・ハリウッド”と呼ばれるカナダ映画産業のメッカで、ハリウッドの映画やテレビドラマが数多く撮影されているバンクーバーだが、本作はその最初期に作られたハリウッド映画と言われている。そういう意味でも興味深い作品と言えよう。目玉となる巨大クマのモンスタースーツは、ミニチュア撮影用とロケ現場用の2種類が製作され、『プレデター』(’87)のスーツアクターとして有名な身長2m20cmのケヴィン・ピーター・ホールと、後に『13日の金曜日 PART6 ジェイソンは生きていた!』(’86)や『ブロス/やつらはときどき帰ってくる』(’91)の監督となるトム・マクローリンが交互に演じている。実はマクローリン、もともとフランスでマルセル・マルソーに師事したパントマイム芸人だったらしい。

なお、モンスタースーツの製作は当初リック・ベイカーに依頼されたが短い納期を理由に断られ、次に声をかけたスタン・ウィンストンとはギャラの金額が折り合わず、最終的にトム・バーマンが引き受けることとなった。このグログロな巨大クマ、チーズの溶けたピザに似ていることから、撮影現場では「ピザ・ベアー」と呼ばれていたそうだ(笑)。■

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