120余年に及ぶ映画の歴史の中で、偉大なる発明と言えるものは、数多ある。そんな中でも、現在日々世に送り出される映画やドラマ、TVゲーム他の創作物に、多大な影響を与えているひとつが、“ゾンビ”であろう。
 連日連夜、世界のありとあらゆる所で、スクリーンやモニターを、“ゾンビ”が徘徊している。そして、そんな“ゾンビ”の発明者こそ、本作『サバイバル・オブ・ザ・デッド』(2009)の監督、ジョージ・A・ロメロ(1940~2017)であることに、異議を唱える者はまず居まい。
 ロメロは弱冠28歳の時に発表した、モノクロ低予算の長編作品『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)で、“リビングデッド≒ゾンビ”を初登場させた。この作品で彼が現出させたのは、理由が不明のまま死者たちが甦り、生きている人間を襲っては喰い殺す、生き地獄のような世界。噛みつかれた者は確実に、死に至る。そして蘇っては、生者を喰らうようになる…。
『ナイト・オブ…』は、続く『ゾンビ』(78)『死霊のえじき』(85)と合わせて、「リビングデッド・トリロジー」と言われる。この3作品でロメロは、“ゾンビもの”というジャンルを映画の世界に創り出し、確立したのである。

 ロメロ作品以前にも、“ゾンビ”という名のモンスターは、存在した。そしてスクリーンにも登場していた。
 それは西インド諸島のハイチに伝わる民間伝承を元にしたもので、ブードゥー教の司祭によって蘇らされた、歩く死体を指す。こちらの元祖“ゾンビ”は、生者の奴隷として働かされ、人肉を喰らうことなどない。1960年代中盤生まれの筆者の世代が、幼少時に“世界のモンスター図鑑”のような書籍で目の当たりにした“ゾンビ”は、こちらの方である。
 付記しておけば、ロメロが自ら創造した“リビングデッド”に、“ゾンビ”と言う名を冠した事実はない。それは他者によるネーミングであるが、“トリロジー”の第2作、原題『DAWN OF THE DEAD=死者たちの夜明け』が、ヨーロッパや日本で公開される際に、『ゾンビ』というタイトルが付けられたことで、決定的になったものと思われる。
 いずれにしろ人を喰う“ゾンビ”が登場する作品で、ロメロの影響を受けていないものは、ジャンルを問わず、皆無と言っても良い。ロメロが居なければ、「バイオハザード」も、「ウォーキング・デッド」も、「アイアムアヒーロー」も、『カメラを止めるな!』(17)も存在しなかったのである。

 それにしても、架空のモンスターに過ぎない“ゾンビ”が、なぜここまで市民権を得て、持て囃されるようになったのか?その一因として、社会のリアルな現実や世相を創作物に投影するのに、実に都合が良い存在であることが挙げられる。
 元々オリジナルの『ナイト・オブ…』のモチーフは、“ベトナム戦争”である。続く『ゾンビ』では、死して尚巨大なショッピングモールに集まってくる“ゾンビ”たちが、消費社会でコマーシャリズムに踊らされる現代人へのアイロニーであることは、あまりにも有名だ。
 ロメロに続く“ゾンビもの”の中で、例えば韓国製の『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)で起こるゾンビ禍には、“朝鮮戦争”が重ねられている。また多くの作品で、死者が“ゾンビ”化する原因に、生物兵器の流出や疫病によるパンデミックを紐づけるのは、市井の者が抱くリアルな不安が、反映された結果であろう。

 さて、そんなすべての“祖”であるロメロだが、“トリロジー”最終作の『死霊のえじき』以降は、暫し“ゾンビもの”から離れる。その時点で、このジャンルでやれることは「やりつくした」のは事実だった。またクリエイターとして、“ゾンビもの”だけで終わりたくないという思いも、あったのだろう。
 しかしロメロは、それまでの“ゾンビもの”とは勝手が違う、例えば『ダーク・ハーフ』(93)のような、製作費が高額でスターを起用したメジャー作品では、観客や批評家の支持を得ることが、出来なかった。また常に幾つかの企画を抱えながらも、クランクイン直前で頓挫というケースも、続いたのである。
 しからば改めてということか、“ゾンビもの”を監督する企画が浮上したこともあった。こちらも結局は、製作サイドやスポンサーと折り合いがつかず、実現することはなかった。
 結局『死霊のえじき』で“トリロジー”にピリオドを打った85年以降の20年間は、長編の監督作品は3本しかなかった、ロメロ。猛然とスパートを掛けたのは、2000年代後半のことだった。
『ランド・オブ・ザ・デッド』(05)『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(07)『サバイバル・オブ・ザ・デッド』(09)…。“ゾンビもの”を連発したのである。

 この“新三部作”の口火を切った『ランド・オブ…』では、“ゾンビ”の侵入をフェンスで阻む街に於いて、人間界が富裕層と貧困層に大別されている。バリバリ社会批判を盛り込んだこの物語は、時系列的には、『ナイト・オブ…』にはじまる“リビングデッド・トリロジー”の流れを汲む。“トリロジー”の、いわば外伝的な内容と言える。
 一方、それに続く『ダイアリー・オブ…』は、“トリロジー”から離れた新たなタイムライン、別次元での“ゾンビ”発生からスタートする物語。そしてそのアプローチも、挑戦的且つ大変ユニークなものとなっている。
 卒業製作で作品を撮影中の映画学科の大学生が、“ゾンビ”発生という未知の事態に遭遇し、そのままカメラを回し続ける。即ち『ダイアリー・オブ…』は、主観映像によるフェイクドキュメンタリータッチの作品なのである。
 そしてそれに続く『サバイバル・オブ…』は、時系列的には、『ダイアリー・オブ…』から連なる物語となっている。

 死者がよみがえるようになった世界。アメリカのデラウェア州沖に浮かぶプラム島では、島を二分する、オフリン一族とマルドゥーン一族の対立が、激化していた。
 オフリンは、死んで“ゾンビ”となった者は、頭を撃ち抜いて脳を破壊。永遠の眠りに就かせるべきだと主張し、次々と実行。一方マルドゥーン側は、死者が“ゾンビ”となっても、神の思し召しとして、そのまま生かしておくべきという考えだった。
 一族の長パトリックをリーダーとするオフリン側は、マルドゥーンとの争いに敗れる。そして島外へと、追放されてしまう。
 それから3週間後の、ペンシルベニア州フィラデルフィア。軍から脱走した元州兵のブルーベイカーたちは、強盗を続けて、糊口をしのいでいた。
 そんな時に出会った少年から、ブルーベイカーたちは、ネットで見付けた「安全な島」の情報を知らされる。彼らはその情報を信じ、その島=プラム島へと向かうことを決める。
 成り行きで、島から追放されたパトリック・オフリンも伴うことになった彼らは、半信半疑で島へと渡る。そこで見たものは、鎖につながれて生前の行動をなぞるように繰り返す“ゾンビ”たちだった。そしてそれは、“ゾンビ”を生かしておくべきと考える、マルドゥーンの仕業だった。
 怒りの炎を燃やしたパトリックは、マルドゥーンに対する復讐を企てる。オフリン一族とマルドゥーン一族の戦いは、よそ者である元州兵たちを巻き込んで、再燃するのだった…。

『サバイバル・オブ…』に関しては一見した瞬間、ウィリアム・ワイラーが監督した、『大いなる西部』(58)のリメイク的な内容であることに気付く方が、少なくないであろう。テキサスが舞台の『大いなる西部』では、水源を巡って2つのファミリーが対立しているのだが、それを“ゾンビ”の処し方に置き換えた形だ。
 一体なぜ、こういった内容の作品になったのか?実は前作『ダイアリー・オブ…』が、世界中にセールスされて黒字になったのを受けて、製作サイドからもう1本、何か“ゾンビもの”が撮れないかという提案が急遽あった。しかしロメロには、ちょうど手持ちのアイディアがなかったのである。
 そこで思い付いたのが、ロメロ自身が大好きな西部劇の名作『大いなる西部』を、“ゾンビもの”として、現代に蘇らせるというプロジェクト。これならば、人間の愚かしさや不毛な対立劇という普遍的なテーマに、“ゾンビもの”に不可欠な、ガンアクションも盛り込めるというわけだ。
 製作費は300万㌦で撮影期間は24日間という、前作『ダイアリー・オブ…』を下回る、過酷な撮影条件だったが、これはロメロにとっては、意義のある挑戦だった。成功すれば、“ゾンビもの”という枷さえ受け入れれば、ジャンルを横断した、意欲的な試みを行うことができるという証になる筈だった。
 しかし残念なことに、『サバイバル・オブ…』は、アメリカでまともに劇場公開されることなくソフト化。世界中で製作費の10分の1である30万㌦しか稼ぎ出せず、ロメロの“ゾンビもの”6本の中で、唯一大コケした作品となってしまったのである。

 2000年代後半、年齢的には60代後半に、一気呵成に3本の“ゾンビもの”を撮り上げたロメロ。しかし『サバイバル・オブ…』の興行的失敗が祟ったか、2010年代、70代に突入したその後は、沈黙を守ることとなる。
 もうロメロの新作は、見られないのか?そんなことを人々が思うようになった頃、2017年6月、ロメロの新たな“ゾンビもの”の企画が明らかにされた。
『ロード・オブ・ザ・デッド』!メガフォンは取らないものの、ロメロが共同脚本と製作手掛けるということだった。
 ところがその1か月後の、7月17日。ロメロの訃報が、世界を駆け巡った。そして『ロード・オブ…』は、数多いロメロの幻の企画の中の1本となってしまったのである。
 それから4年、“新型コロナ禍”で、全世界が恐怖と不安に包まれている今だからこそ、心して観よう!「映画史を変えた男」の最後の“ゾンビもの”にして、“遺作”となってしまった、『サバイバル・オブ・ザ・デッド』を!! 偉大なるジョージ・A・ロメロの魂と無念を、大いに感じ取って欲しい。■

『サバイバル・オブ・ザ・デッド』© 2009 BLANK OF THE DEAD PRODUCTIONS INC. ALL RIGHTS RESERVED