PROGRAM

放送作品情報

ドクトル・ジバゴ

DOCTOR ZHIVAGO 1965年 アメリカ イタリア / 196分 ドラマ ラブロマンス

[PG12相当]激動のロシアを生き抜いた1人の男の物語を、大作監督デヴィッド・リーンが壮大に描く
放送日時
2019年12月05日(木) 08:30 - 12:00
2019年12月09日(月) 09:00 - 12:30
2019年12月09日(月) 深夜 02:30 - 06:00
2019年12月17日(火) 09:00 - 12:30
解説

大作史劇を得意とするデビッド・リーン監督屈指の巨編。昨今、経済成長著しく、再び超大国の座に返り咲こうとしているロシア。その国に百年前に吹き荒れた激動の歴史を、ある医師の波乱の半生を通じて描く。

ストーリー

19世紀末の帝政ロシア。そこにはまだ上流階級の社会があった。詩作と医学を学ぶジバゴは、養父の娘トーニャを愛していた。一方、幸薄い女性ラーラは、母の愛人にオモチャにされた恨みから、その男を上流階級のパーティー会場にて銃撃。そこにジバゴとトーニャが居合わせた。かくして3人は出会う。その後、第一次世界大戦が勃発。続くロシア革命で上流社会は打倒され、3人の運命は歴史に翻弄されて複雑に交錯する。

出演

オマー・シャリフ
ジュリー・クリスティ
ジェラルディン・チャップリン
ロッド・スタイガー
ほか

字幕/吹替
字幕
掲載制限
PG12相当
カラー/白黒
カラー
画面サイズ
ワイド画面
HD
※【ザ・シネマHD】にご加入の方は、
HD画質でご覧頂けます。

オススメキーワード

  • 鑑賞日 2019/9/26

    早回しで失礼しました

    余裕のある時、じっくり見直します。

  • 鑑賞日 2019/9/19

    今まで見たリーンの映画で一番よかった。カメラも凝ってる。

  • 鑑賞日 2019/7/31

    この作品の制作された1965年といえば冷戦の真っ盛り。 ベトナム北爆が始まり、中国では文化大革命が始まった年。 反共産主義の側面もありそう。

  • 鑑賞日

    ロマン溢れる大作

    良く出来てる映画。昔の人はこんな映画をアベックで観に行ってたんだろうと思いながら観てしまった。帰りに食事して話題にしたりとかねー笑 なんか大した内容ではないんだろうけど風格がある大作よねー。知らんけど。

  • 鑑賞日 1981/10/4

    リリカル

    197分という長尺も飽きることはないし、決して凡作駄作とも思わない。ただ、個人的にメロドラマチックな物語が苦手な上に、ロシア人にはあまり見えない配役や、完成度の低いセット撮影があいまって、イマイチ飽き足りない思いが募る。 バラライカの郷愁を帯びた音色が印象的なラーラのテーマを背景に、ロシアの大平原を画面いっぱいに映し出す巨匠D・リーンのスケールの大きな情景描写が心に残るリリカルな文芸大作。 あと、同じリーン作品の「戦場にかける橋」や「アラビアのロレンス」という傑作名作を観た直後に本作を観たせいで、観賞前のハードルがついつい上がりすぎた反動もある。

  • 鑑賞日

    壮大なスケールの不倫ドラマ

    ロシア革命が背景にあるが、テーマは壮大な不倫のドラマだ。前半、感情移入してしまったドクトルジバゴの性格から、後半の不倫は似つかわしくなく、しかもラーラは天使のような妻がいるのに不倫をしてしまうほど魅力的な女性とも思えないし、個人的には好きになれない展開だった。ただ、さすがデビッドリーンだけあって、冬の過酷さと花が咲き乱れる夏の対比の素晴らしさに圧倒される映像美は驚嘆に値する。それを倍増させる音楽も素晴らしかった。 ただ、長いこともあり、人間関係が複雑で、追いていくのに疲れた。また、その後どうなったのか気になる人物の説明がないのは不親切だ。例えば、ジバゴの妻(ジェラルディン・チャップリン)と妻の父と子供二人、ラーラとともに極東に逃げたコマロフスキー(騒乱時にラーラとジバゴの間にできた娘の手を離して、娘は迷子になってしまった。彼女は最初と最後に出てくる)、ラーラの元夫(革命家)との間にできた子供・・・等。あと、最後の方で、なぜジバゴはラーラとコマロフスキーと一緒に列車に乗って逃げなかったのか?コマロフスキーには助けてもらいたくなかったためか?それとも、ラーラと一緒に逃げると言う事は、逃亡先でラーラと一緒に暮らすことになり、妻を裏切ることになるので、できなかったのか? また、ジバゴが列車に乗り込んでこないと分かった時点で、ラーラは列車が発車する直前に降りるのが、話の流れからいって自然ではなかったのか?(そもそも、ラーラはジバコが一緒じゃないと列車に乗って逃げないということになっていたはず) それにしても、ジバゴは、ラーラとの間にできた子供とは1度も会えず、ラーラもその子とは子供の頃に離れてしまいそれ以来会えず、最後はジバゴはラーラを見かけ、追いかけたが結局追いつけず心臓発作で死んでしまう、何とも切ない3人ではないか。 余談だが、この年、アカデミー賞の作品賞にノミネートされたが、「サウンドオブミュージック」に持っていかれた。不倫映画より、ナチスの侵攻に苦しむオーストリアを背景に、家族愛を描いたミュージカルのほうに共感を得た人が多かったと言うことだろうか。 ラーラを演じたジュリークリスティーより、ジバゴの妻を演じたジェラルディンチャップリンのほうに魅力を感じたのは私だけか?

  • 鑑賞日 2019/3/16

    ジバコもダメ人間(普通の人間)

    デヴィッド・リーン監督による、ロシア革命・内戦・不倫・詩人・ドクター・ 雪景色酷寒ドラマ。 ロシア革命を背景に、その変革に翻弄された、医師ジバコと家族、 そしてジバコがひそかに心をよせる人妻ラーラとの愛を描く・・・。 (理想だけでは、失敗する共産主義、帝政打倒をはたすが、国民の幸福化には失敗す。) (愛という名の本能、ジバコの理性もそれに負ける。)

  • 鑑賞日 2019/2/26

    また観た

    60年代の大作のひとつ。歴史のなかで翻弄されていく人々を描いている。たまにはこんなずっしりとした映画もいい。これはテーマ曲が印象的。しかし雪に寒さが感じられないシーンはセットか。

  • 鑑賞日 2011/6/5

    人は愛によってのみ生きるのか

    午前十時の映画祭 今回の映画祭ではデヴィッド・リーンの超大作の現場を捌く骨太の演出力に圧倒された。同じ戦争を背景にした三作の中でもこの『ドクトル・ジバゴ』がもっとも人間臭い大河ドラマなのではないか。モーリス・ジャールの勇壮な音楽がスケール感を盛り上げる中で、静かなラストの余韻が心地良い。やはり人は愛のみによって生きるのか。

  • 鑑賞日 2018/12/5

    奇妙な映画

    同じ年のアカデミー作品賞を『サウンド・オブ・ミュージック』が受賞したことは皮肉だ。あちらはナチ、こちらはボルシェビキを描いており、いずれも戦争と革命が大きく作用している。 敢えてこの『ドクトル・ジバゴ』は、こうした政治的な意味を極限まで排除し、映画の中心をユーリ・ジバゴとラーラの恋愛ドラマにしている。 しかしそれにしても奇妙な映画だ。 この二人の愛情劇、しかもお互いは別に家族がおり、それぞれの独立した家族がありながら惹かれてゆくいわば不倫の映画である。しかもこれだけの大恋愛でありながら、3時間半の大半はこの二人が接触していない。ラーラの少女時代とユーリが診療医になる過程ですれ違うのはラーラの母親が自殺したとき、地下室で心を痛めているラーラと、母親の愛人であるロッド・スタイガー演じるコマロフスキーが抱擁するところをたまたまユーリが目撃してしまうシーンだけだ。 その後二人は革命のさなかに医師と看護師の関係で戦時下の負傷者を治療する過程で愛情が生まれるのだが、すでにこのシーンに至る頃には映画の半分が経過しており、ここでもまだ二人が深い愛情関係になってはいない。ただし、この二人の愛情が深くなる瞬間の演出は見事だ。アイロンがけをしているラーラに思いを寄せるユーリの目だけがぎらぎらと光、彼の心が一気にラーラに寄せられてゆくシーン。この演出は見事。 全く同じ年、黒澤明監督がモノクロで撮った最後の『赤ひげ』という大作でも、虐げられた少女(おとよ)が病に陥っている状態を表現するのに目線に強いライトを当てるシーンがあるが、偶然にもこの少女もドストエフスキーの原作にヒントを得ている。 ユーリとラーラが図書館で再会するシーンにも同様の演出がある。ボルシェビキの弾圧で苦しい生活をつづけながら、片田舎に逃げ延びて春が訪れたとき、その田舎の風景の美しい黄色い花々がラーラの美しいブロンドの髪に重なり、彼女の目線に光が当てられる。そしてラーラに気づいたユーリの目線にも強いライトが当てられる。この二人の目の表情が素晴らしい。お互いの目からあふれようとする涙の美しさを画面に大写しする大胆な演出に圧倒されるのである。 ここで初めて二人の愛は結ばれる。 しかしこの時映画はもう終ろうとしており、冒頭のシーンで語り部となるユーリの兄(アレック・ギネス)がラーラの娘を尋問するシーンに飛躍し、二人のその後を示して終わるのだ。 なんとも奇妙だ。 この接触のないすれ違いを長く長く見せて、しかし冒頭のシーンで二人が結ばれない愛に生きたことを兄のアレック・ギネスが示し、このシーンをアンカーにして映画は進むのだが、とにかくすれ違いの長いシーンが続く。それはまるでデビッド・リーンが『旅情』で示した”かなわぬ恋”を示唆し、届きそうで届かない本当の愛をこの映画でも表現したものなのかもしれない。 ユーリがモスクワの街で最後にラーラを見つけ、路面電車から降りて追いかけようとするとき心臓発作で道路に倒れるラスト。路面電車はこの二人が初めてすれ違った場所であり、最後にユーリが手を伸ばしてもラーラに届かないで死んでゆくのは『旅情』のイメージである。 こうした恋愛物語を、大きな時代の潮目を背景として描くのはとても勇気がいる行為だ。まさにデビッド・リーンでしかできない映画と言える。ロシア革命から始まり、まだこの映画が製作された頃存在していたソビエト連邦のことを辛辣に描きながら政治映画にしない勇気こそ、デビッド・リーンの本質であるとも言える。 昨今の騒々しいハリウッド映画に慣れた目でこの映画を見ると、きっと物足りないし奇妙な演出に映るだろうが、モーリス・ジャールが放つ名曲や、映像美と撮影の巧妙さなどを想像するに、この大作の意味を深く受け止めることができる。 とにかく群衆シーンや列車のシーンなど、ありとあらゆるシーンの美しさと迫力に圧倒される映画である。

  • 鑑賞日 2018/4/5

    主人公が背景に負けている

    ロシア革命前後、戦争と革命に翻弄される詩人で医師のユーリ・ジバゴと愛人ラーラとの物語。 主人公ユーリと妻と、愛人ラーラの三角関係の物語を、ロシア革命の世相を背景に描いたもの。そこに、ラーラの夫である革命家と、ラーラの母の愛人でありラーラをも弄んだ成り上がり実業家コマロフスキーが、絡む。 名作「アラビアのロレンス」の次の作品であり、デヴィッド・リーン監督の絶頂期の作品のひとつ。 ロシアの広大な大地は、アラビアの砂漠に匹敵する映像的な魅力がある。とくに、荒涼とした冬の光景は圧巻。終盤に登場するジバゴの実家の冬景色は、室内までとんでもなく雪まみれで、雪女が出てきそうな代物だ。これは、やり過ぎとしても、ユーリの赤軍からの逃避行での、雪以外に何もない荒野は見る者を圧倒する。 だが、この映像による感銘は、「ロレンス」にはるかに及ばない。なぜか。 ユーリは、許婚から妻となったターニャと幸せに暮らすのだが、医師であるが故に家族と離れる度にラーラと再会し、恋に落ちてゆく。 複数の女性を好きになるのは、古今東西、年百年中、止まるところが無く、無数の映画の題材となる。この致し方ない男女の物語は、詩人という主人公の感性でどう彩られるか。革命という大変動がどんなスパイスを付け足すのか。そこにかかっている。 だが、主人公の詩は雪まみえれの室内という極館の場面で語られるのみ。ユーリの妻は物語中盤でフェイドアウトし、二人の恋の障害となるのは時代変動という作劇となる。 モーリス・ジャールの音楽は、革命により消えた二人の恋を朗々と歌いあげ、気分は良い。だが、この分かり易いテーマ故に、広大な風景や群集を背景としても、この映像の広がりが乏しく感じられる。 主人公が分かり易くて(悪く言えば、陳腐)、背景に負けているため。「アラビアのロレンス」のような「多面的で奥の深い」主人公像は、奇跡だったのかもしれないと思えてきた。

  • 鑑賞日 2018/7/18

    壮大な愛の物語

    ロシア革命の前後の混乱期に、運命を翻弄された男女の愛の物語。 ユーリ・ジバゴ(オマー・シャリフ)は幼少期から一緒にいたトーニャ(ジェラルディン・チャップリン)と幸せな家庭を築いていたはずだった。またラーラ(ジュリー・クリスティ)も革命を志す恋人パーシャ(トム・コートネイ)と結婚。しかしロシア革命の混乱でそれぞれの人生が狂ってくる。 前線に徴発された医師ユーリはそこで看護婦として働くラーラと知り合い、互いに心引かれる。しかし戦争が縮小しそれぞれが家族の元に帰る。 モスクワでの迫害を恐れたユーリ達は昔の別荘のある土地に移住することにした。そして近くの町の図書館で夫パーシャを探すラーラとめぐり逢い、愛の生活を送るようになる。しかしまたもやパルチザンに徴発されて戦線に。戦線を逃げ出したユーリはラーラのもとで平和に暮らそうとするが再び別れを余儀なくされる。 ラーラとユーリの娘を探すユーリの弟(アレック・ギネス)と、その娘の記憶をたどるところから始まるこの物語は広大なロシアの自然を背景に雄大に語られる。 大いなる不倫の話だが、この不安定な時代の生き方としてはやむを得ないかもしれない。「ひまわり」に通じる戦争の悲劇でもある。 モーリス・ジャールのララのテーマが効果的。高校時代に観たと思うが、音楽が先行してストーリーそのものはあまり理解していなかったように思える。

  • 鑑賞日

    ドクトル

    あー、この音楽聞いたことがあるよ。で、バラライカの音色が印象的。避難するときはいつも持ち歩いてた。とても大事な楽器。映画内ではその名手だった母親の演奏はないが、だれに教わったわけでもなく娘もやはり名手だという。ロシアの国民的楽器ですからね、こういった終わらせ方、余韻が聞こえるようでいいですね。 直接、映画には関係ないのだけど『ドクトル・ジバゴ』原題は Doctor Zhivago この題をそのまま受け取れば「ドクター・ジバゴ」になるはずなのに、ロシアではRまで発音するのだろうか? 英語は同じ表記でも地域によって発音が違うので、特にRは中東や南アジアなどでははっきりと読む。オマー・シャリフがオマル・シャリフになるわけだ。どちらでも良い話だね。

  • 鑑賞日 2018/4/21

    面白いんだけど

    中盤までは、さすがデビッド・リーン。飽きさせない。でも、良く考えたら不倫物語なんだよね、終盤は感情移入出来ずに終わってしまった。

  • 鑑賞日 2018/4/6

    ロシア要素の少ない映画

    厚いコート、毛皮の帽子、全体的に黒が強い画面。言われなくてもロシアが舞台だとわかります。 アンナ・カレーニナみたいな感じ。でもロシア人が出てない。みんな英語を喋ってる。ということから、革命ばんざい、ではない映画だと予想できます。 それにしても主役のロシア人を演じてるのがオマー・シャリフというエジプト人だというのは、割と強烈な事実です。クイーンという名のブリティッシュ・ロック・バンドのボーカルがフレディ・マーキュリーというのと同じくらいのインパクト。(英国のこういう、意外とこだわらないところが好き) デイヴィッド・リーンはアラビアに行ったりロシアに行ったりインドに行ったりと、大航海時代の世界征服者のように映画を作っていきました。今のハリウッドの「アフリカ系の役はアフリカ系、アジア人の役はアジア人が演じるべき」という風潮に照らすと、今なら共産革命をロシア人を使わずに映画化することはないのかもしれません。(※そもそもハリウッドで映画化する時点でオリジナルと全く別物だから、問題はそこじゃなーい。猫が主人公のキャッツを人間が演じるのはNGとでも言うのかよー)それより私としては、これが偉大なロシア映画をたくさん作ってきたモスフィルムの作品じゃないことが残念。 で内容については、冷静に考えると、ラーラは言い寄ってきた男に次々に惚れる女で、ユーリは優しい妻を放り出して不倫にふける男で、何も共感のしようがない映画です。原作がロシア人なら、オリジナルにはもっと(カラマーゾフの兄弟とかアンナ・カレーニナのように)燃え上がる情念の炎とか、ほとばしる自我の嵐とか、共感できないまでも「す、すごいなぁこの人たちの業の深さは」と思わせる凄みがあったんじゃないかと想像しますが、デイヴィッド・リーンが映画化した時点で、自己中な男の愛の人生を描いた一代記として、当時のアカデミー賞受けする感動をもたらす映画に転化してしまっていたのかもしれません。 詩人という設定の彼の詩はちっとも出てこないし。ロシア文学なら、これでもか、これでもか、と独白が続くはずだし・・・(すごい偏見)・・・

  • 鑑賞日

    19世紀末のロシアの歴史を、一般人の医者の恋愛物語を絡めて描いた大河ドラマ。壮大なモーリス・ジャールの音楽に圧倒される。

  • 鑑賞日

    美貌だけで何を考えているのかわからないラーラ

     原題"Doctor Zhivago"。ボリス・パステルナークの同名ノーベル文学賞受賞作が原作。  序曲・間奏曲のある3時間余りの大作で、カナダ・スペイン・メキシコ・フィンランドでロケされ、モスクワの街並みをオープンセットでつくるなど、制作費の掛け方が半端ではない。  物語はロシア革命前夜から始まり、医学生で詩人の青年ジバゴ(オマー・シャリフ)が主人公となる。第一次世界大戦でロシア軍の軍医を務め、革命後も赤軍兵士の治療に貢献するが、妻(ジェラルディン・チャップリン)のいるモスクワに帰ると屋敷は召上げられ、ボルシェビキの兄(アレック・ギネス)の勧めに従ってウラル地方の別荘に転居。  隣町に軍医時代に恋仲となった人妻ラーラ(ジュリー・クリスティ)がいて、不倫してしまう。このラーラの夫が赤軍将校で、赤軍内の対立による死によってラーラに危険が及び、極東へ逃すことで二人は離れ離れとなるが、ラーラがジバゴの子を宿していて、後に成人した娘をボルシェビキの兄が探すというのがプロローグとエンディングになっているが、物語上は不要。  本作の主題は、ブルジョア家庭に育ったジバゴの革命による人生の変転の中で、彼の書く詩が個人的で共産主義の理念に反すると排撃され、それでもジバゴは個人の自由と尊厳、愛の尊さの主張を捨てないというところにあって、そのテーマはきちんと描かれている。  もっとも不倫の自由までが正当化されるかという点は、ジバゴの高潔さやラーラの健気さ、ジバゴの妻の寛容さといったオブラートに上手に包まれてしまって、一瞬頭を過るだけというデヴィッド・リーンの演出に誤魔化されてしまう。  この肝心要のラーラを演じるジュリー・クリスティが、美人なだけで演技力がないため、冒頭でロッド・スタイガー演じる母の愛人コマロフスキーになぜ誘惑されてしまったのか、夫の赤軍兵士を本当に愛していたのか、ジバゴの愛人に何故なってしまったのか等々、何を考えているのかよくわからない女になってしまっている。  美貌でデヴィッド・リーンは騙せても、ラーラのキャラクターのあやふやさは残ったままで、アカデミー作曲賞を受賞したララのテーマの甘美なメロディで、ま、いっかと思うしかない。(キネ旬9位)

  • 鑑賞日 2017/10/22

    映画の教科書みたいな映画らしい映画。原作は未読だが壮大な自然とうごめく人間関係。あがないきれない時代の流れなどなど。これだけの話を丁寧な描写、しかも無駄のない演出。見るものを自然と物語の中に引き込むテクニックによってしまう。ただ主人公がどこまでも受身で流されていく姿が切ない印象ばかりで残念。ラストのバラライカの下りで何とか心が晴れるのだが・・・。

  • 鑑賞日 2017/4/9

    その迫力に圧倒される

     最後の最後に、ジバゴとラーラの娘がジバゴから伝わったバラライカを弾ける事が分かり、そして、ダムから流れ出る美しい放水と虹が出て、やっとほっとする。  それまではロシアの激動の時代に翻弄され続けたジバゴ(オマー・シャリフ)、ラーラ(ジュリ―・クリスティ)、トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)の3人を巡る辛い話が続いていく。  ラーラのジュリ―・クリスティが本当に美しい。しかし、ラーラもジバゴもお互い結婚しているのに愛し合うダブル不倫で、別れなければならないという、悲劇的な哀愁のある結末になっていく。  あまりに広大な大地と戦争と、そして、敢えて強調されたヒマワリの黄色い色の美しさに圧倒される。  また、何度も流れるラーラのテーマ(モーリスジャール)も哀愁を感じるし、音楽の力も大きいだろう。  デヴィッド・リーンの超大作、さすがだと思う。

  • 鑑賞日 2016/11/29

    ロシア革命に翻弄される男と女。貞節な妻がありながらも自分をこうしきれずにいるジバゴ。男をひきつける女ララ。彼女に魅了されていく4人の男達の生き様。美しくも厳しいロシアの大地。時代のうねりとその狭間に燃える恋。映画を見たという充実感。モーリス・ジャールによるララのテーマが印象的。

  • 鑑賞日 2016/7/19

    超大作の圧倒感!

     いきなり約5分ほど?画面が切り替わらず  Overture序曲が流れる。この思い切った演出!  その後に挿入されるOPクレジットが素晴らしくて、  映画始まってないのに、鳥肌立ちました。  クレジットとともに少しずつ移り変わる画面、  そこに流れるモーリス・ジャールの音楽。  素晴らしいOPクレジット!  ドクトル・ジバゴのメインテーマ大好き。  非常に画面が美しい。  それは町山智浩さんによると  徹底的にカラーコーディネイトされた映画で、  建物も町の人の服も黒い中に、白い雪が降っている画面。  そんな画面に革命の血が流れる。  病院のひまわり、  雪の結晶がお花畑に変わるシーンの美しさ!  主人公の心情を映像で語っている。  長い超大作映画のエンドロールは、  ダムの放水の映像にあわせてエンドロールが流れる。  歴史に翻弄され続けた主人公の長い映画が終わる  その開放感を感じました。  そのダムの放水には虹がかかっている。  閉塞された世界からの解放というか。  OPクレジットとともに  素晴らしいエンドロールでした。  個人ではどうすることも出来ない  世界の巨大な歴史に翻弄される男の映画でありながら、  許されない恋に傾いていく映画でもある。  デヴィッド・リーンの旅情もそんな恋の映画でしたね。  モーリス・ジャールのドクトル・ジバゴの音楽、  今年ベストになりそうです。  モーリス・ジャールは今を生きるでも音楽を担当している。  今を生きるのサントラ持ってますよ!!  デヴィッド・リーンの超大作を映画館で観れる!  ということで喜び勇んで映画館へ行ったのですが、  僕たぶん幼い頃に観たことあると思います。  ララのテーマ聞いたことある!  有名だからどこかで聞いたのかな?  と思っていたのですが、クラウス・キンスキーが登場する  電車のシーンを観ているうちに  なんとなく幼少期に観た記憶が蘇ってきました。  映像とモーリス・ジャールの音楽を聞くうちに、  記憶が蘇ってきたような気がします。  そう思うと不思議で、印象的な病院でのひまわりも  昔観た覚えがある。  おそらく母が割と映画好きなので、  よく分からないなりに隣で観ていたのだと思います。  自分で観ようとも思っていないし、  難しい映画なのになんとなく子供ながらに覚えている。  やっぱりこの映画凄いですよ!  あんまり言葉で、ここがこうだから良い!  という説明が出来ないような、  またそんな説明もしたくもない凄い映画でした。  ちなみに世界の映画興行収入ランキングで8位!  ドクトル・ジバゴを観た直後より、  本作の感想を書いたり調べたりしている今また  映画が自分の中で大きなものになっている。  町山智浩さんがwowow映画塾で詳しく解説しているので、  町山智浩さんのドクトル・ジバゴ解説がオススメ!  町山智浩さんはやっぱり凄い!  また伊集院光のTSUTAYAに行ってこれ借りようで、  ブラザートムさんがドクトル・ジバゴを紹介していて、  こちらもオススメ!  子供だからって、  子供が見る映画に親がついて行くじゃなくて、  親が観る難しい映画に  子供を連れてったって良いじゃないか!  と思いましたよ。  それはブラザートムさんの話もそうだし、  まさに自分も幼い時にドクトル・ジバゴを観ていて、  強烈な印象が残っていたから。  物語が分からなくたって良いんですよ!  理解より体感!  モーリス・ジャールの音楽が本当に素晴らしい、  感傷的な時にドクトル・ジバゴの音楽聞いてたら泣く。 コピー  史上空前の大ロマン!  革命と動乱の嵐に翻弄される  人間像を描いて貴方の胸を打つ傑作!

  • 鑑賞日 2001/3/28

    すみません。

     すみませんがこの作品も15年前に鑑賞していますが、あまり覚えていません。ということはやはり面白くなかったのかなぁ、と思いますが、まぁハラハラドキドキ物でないからかなぁとも思います。ドラマですからねぇ。

  • 鑑賞日 2016/8/17

    ЛАРА

    濃密な3時間数十分だが、今回はちょっとかったるく感じたのも事実。トーニャには感情移入できるがユーリやラーラにはできない。身重の妻がいて不倫。理性では統べることのできない人間の性ということか。 モスクワからユリアティンに疎開するのに駅で汽車を待ってる間、バラライカで「夕べの鐘」を弾いてる人がいる。

  • 鑑賞日 2016/7/17

    スケールの大きさが魅力

     巨匠デイヴィッド・リーンらしいスケールの大きい大作だ。スクリーンが暗いまま、いきなり序曲が始まる。インターミッションもあり、上映再開までに間奏曲が入るというミュージカルの趣もある。  そして、ロシアの大雪原。カメラを通じて極寒の厳しさが伝わって来る。しかし、製作当時は東西冷戦下。ソ連が撮影に協力したとは思えなかったが、フィンランドやカナダで撮影されている。  ロシア革命を背景に、運命にもてあそばれたジバゴとラーラの数奇な人生を描いているが、二人を演じたオマー・シャリフとジュリー・クリスティが素晴らしい。特に、ジュリー・クリスティは青く澄んだ瞳とブロンドが美しい。17歳の清純な娘が母親の愛人と関係を持つという魔性の女でもあるのだが、見た目の清純さと秘めた魔性のギャップをうまく表している。愛人の前に真っ赤なドレスで現れた時に、その豊満な姿を直接見せずに、姿見に映すというシーンがエロティックでもある。  ジバゴとラーラは落ちるべくして恋に落ちる。誠実なジバゴは妻を愛しながらも、ラーラの魅力には勝てない。軍を脱走したジバゴが一人、吹雪の中、大雪原をさまよっている時に、一瞬、薄い太陽が光を差す。その瞬間、「ラーラのテーマ」が流れる。ジバゴが希望を見い出す瞬間でもある。  モーリス・ジャールの壮大な音楽も効果的に使われていて、作品を引き立てている。

  • 鑑賞日 2016/7/16

    嵐の中の一枚の葉っぱ

    デビット・リーン監督の戦場にかける橋、アラビアのロレンス、ライアンの娘と並ぶ超大作大河ドラマ。ロシア革命に翻弄される上流階級の悲惨なまでの流転がテーマ。 確か高校あたりの歴史で習った農奴制度の激しかった帝政ロシア。レーニンが台頭し共産主義の革命が吹き荒れる中、農奴制度の反動で栄華を誇った上流階級はピープルズパワーの圧倒的な力の前になすすべもなく財産を没収され、没落していく。「平等」という名のものとの革命とはこういうことが行われるのだということは起こってみないとわからないもの。それは、本人たちが予想だにしない社会の変化、時代の潮目でこういう過程で一気に変わるものだという恐ろしさをまざまざと見せつけられる。そして、共産圏ならではの暗く統制されたシステムの訪れ。しみじみこの時代のこの国に生まれなくてよかったと実感する。 雪原を転々とし、移動するたびに束の間の安らぎを得られるものの、次第に家族と離れ、ついにはモスクワでクリスティを見かけながら倒れるジバゴ。彼が残したのは詩と家族。その家族のたどった運命は不明だ。一方、革命の成果でもあるのか?統制されたシステムの下、ロシアの大自然に人間の手が加えられ、巨大なダムが建設されるシーンは個人の運命と対象的に感じられ印象深い。 この映画の持つ深いテーマやシーンに、ややそぐわないと思えるラーラのテーマが、妙に、その違和感ゆえ心に引っかかっている。そして、その主人公であるラーラとして登場するクリスティの美しさは格別。チャップリンの娘もかなりいい味を出していて良妻賢母なのだが、ジバゴの気持ちもよくわかる。

  • 鑑賞日 2016/7/20

    記憶に残っていたシーン

    ◎ 初見だと思って勇んで劇場に駆けつけたら、冒頭で労働者たちがトンネルのようなところからぞろぞろ出てくるシーンに見覚えがある。家に帰って調べてみたら、10年前にテレビ放映されたのを観た記録があった。何とも覚束ない記憶力だ。それにしても記憶に残っていたのが壮大なロシアの雪原でも切ない別れのシーンでもなく、ダムの建設現場だというのもおかしい。その建設現場で働いている若い娘が呼び出され、両親はジバゴとラーラではないかと問いただされる。娘には母の記憶がわずかにあっても、父の記憶は全くない。果たしてどういう状況で彼女は生まれ、父と母はどうなったのか。ミステリー仕立てで物語が始まる。単純に時間の順に語るのではないこの構成がうまい。 ◎ 繰り返し流れるラーラのテーマが耳から離れなくなる。クリスティが魅力的だ。対抗するチャップリンも思った以上にいい。ロシア型良妻賢母を好演している。ジバゴはモスクワの街角で倒れるが、他の女たち、子どもたちはどこへ行ってしまったのだろう。ダムで働く若い男と歩き出す娘の前途に光が見えるのがうれしい。

  • 鑑賞日 2016/7/17

    『ドクトル・ジバゴ』。立体音響、DCP上映。今では珍しい序曲つき。ロシア革命に翻弄される不倫物語。文字はロシア語なのに英語を喋っているのがとても気になる。スコップの柄の先はT字型。はく息が白くならないカットが多々ある。路面電車が走る町はどこでロケしたのだろうか。十字架は独特の形。

  • 鑑賞日 2016/7/16

    男は何を追い求めるか

    戦時下、男たち女たちがそれぞれ自らの信念に従い、究極の選択を行う。その緊迫感が凄まじい。 ジバゴは独立心、パーシャは革命政権、女たちは結局は子供を選ぶ。時代に流されない生き方が素晴らしい。 ジバゴは詩と子供たちを後に残せて本望だろう。 ラーラは美しく男たちが翻弄されて当然。 トーニャは献身的だけでなくとても賢い。

  • 鑑賞日 2016/7/13

    逢いびき、旅情、ドクトル・ジバゴ、ライアンの娘 制約があるから燃えるのか?

    【アラビアのロレンス】の方がはるかに素晴らしいと思ってたがそんなことはない。こっちの方が好きだ!大メロドラマだから。で、これって最愛のデヴィッド・リーン作品の【ライアンの娘】と対になってるんじゃないか?同じ激動の時代下の不倫。これでは結局、不倫男女の結末は死によって隔てられ生き延びたラーラも行方知れずとなってしまう。あちらでは不倫相手の男は死ぬが女はその恋愛と村人から受けたリンチにより、夫の深い愛情を知り希望のある結末となった。これでもユーリとラーラの娘トーニャによって未来、希望を見出すことは出来るのだが。 序曲は真っ暗な劇場の中で音楽だけが聞こえてくる。(ブルーレイでは黄をバックにした白樺林が映るが) 序曲の最初に「神よ皇帝を守りたまえ」昔のロシア国歌のメロディーが流れ、それに抵抗するような感じで男性合唱が歌詞なしで歌われ「ラーラのテーマ」は何か荒々しい物に翻弄される感じで提示される。5分程度のこの序曲で200分になんなんとする長大なロマン「ドクトル・ジバゴ』が非常にうまく要約されている。 《帝政露西亞vs革命勢力、その闘いに翻弄される愛》 序曲の後にタイトルバック。 ここでたっぷりラーラのテーマが流れる。 1stシーンはイエフグラフ・ジバゴのフルショット。夜で巨大施設からたくさんの若者が出てくる。だが暗いシーンなのでその施設が何かわからない。ただ施設の正面に巨大な赤い星。それだけで革命後のソビエトだとわからせる。そしてその施設がラストでは明るい光の下で巨大なダムだとわかり、そのダムからは大量の水が放流されるシーンで終わる。 イェフグラフのナレーションで物語は進む。子供のユーリの母との別れ。埋葬のシーンでの風、空、風に舞い飛ぶ葉の素晴らしさ。 成人したユーリは路面電車でラーラと乗り合わせる。電線に飛ぶ火花=恋愛感情の象徴。終盤、ユーリの行き倒れシーンも路面電車からだった。 ★権力の横暴(白も赤も) パーシャに先導されるデモ 赤のプラカード「自由 平等 パン」女の子も老人もいるが警官隊に無残にも蹴散らされ虐殺される。ユーリは自宅のベランダから見ている。常に彼は見ている。彼の見開かれた目で何が行われているかを語る。実際の暴行場面は描かれない。赤vs白の麦畑?での白軍虐殺も、突撃場面と遠景で白い服の人間がバタバタ倒れるのを描き、その後、麦畑の中を革命側赤軍パルチザンが検証していくと殺されたのはみんな少年だったことがわかる。 ★共産主義の非人間性 兄の助言に寄って汽車でベリキノへと逃げるジバゴ一家。 途中で惨殺された人や馬が焼け焦げて累々と横たわる村の悲惨な情景が。それが冷酷無比なストレイニコフの仕業だと聞かされる。あのピュアで理想主義者だったパーシャはストレイニコフとして赤い装甲列車に乗って再登場する。アップの強烈な印象!ストレイニコフに尋問されるユーリ。「以前は貴方の詩が好きだったが、革命には貴方の詩はいらない!」社会主義共産主義には人間性なんていらないのか?レーニンは《アンナ・カレーニナ》を擦り切れるほど熟読したというのに! モスクワの屋敷は一般住民に分割されてるが、住宅管理委員のおばちゃんの嫌らしさ。体制がどんなに変わっても人間の本質は変わらない。権力によって迫害されてた人間はいったん権力を握ったら逆に迫害する側になる。相手がかつて上流階級であれば尚更。 レーニンからスターリンに変わったポスター。 ★『ドクトル・ジバゴ』の未来 ラーラはなぜユーリとの子供にトーニャと名付けたのか? トーニャがラーラを素晴らしい人だと認めたように、ラーラもまたトーニャの美質を認めたのだ。 パリにいるユーリとトーニャの子供、サーシャ、アンナは全く触れられないが、バラライカの名手だったユーリの母親の血はイェフグラフの姪トーニャに受け継がれたように サーシャもアンナも新しい時代を築いていくのだ。 ダムから放出される大量の水とそこにかかる虹が未来を表している。 ☆コマロフスキーが人間としては一番面白いよな。階段から突き落とされても、ベリキノまで助けに行く。ラリーサだけでなくジバゴに対しても親愛の情を感じてたのでは? これからも何度も見たい。

  • 鑑賞日 2016/7/10

    戦争に翻弄された一人の男の伝記

    オマル・シャリーフ(ユリ・ジバゴ)33歳、ジュリー・クリスティ(ララ)25歳、ジェラルディン・チャップリン(トーニャ)21歳、デヴィッド・リーン監督57歳の作品。 医師ドクトル.ユーリ・ジバゴが戦禍に見舞われたロシアでの生き様を男女の愛の狭間と時代に翻弄された伝記。 ユーリは幼少で両親を亡くし財産を弁護士に搾取されながらも、勤勉な男性に成長し、医師として働くのであった。当時、彼の後見人だった科学者の娘トーニャとは将来を共にする間だった。そんな二人の婚約発表の席に前出の弁護士に恨みを持った女性ラーラが銃を発砲して弁護士に大怪我をさせるのだが、その弁護士の大怪我をユーリが処置をするのだった。こうして、大恋愛の発端となるユーリとラーラの出逢いとなった。ユーリとトーニャの結婚生活は幸せのひと時で、後にユーリは従軍医師として戦場に赴くのだった。その戦場にはラーラも従軍看護婦として働き、ある日二人は、偶然出逢うのだった。しかし、この時はまだユーリには、自制心が残っていた為、深い関係には落ちていかなかった。戦争が激しくなり戦場から家庭に戻れば、トーニャは餓え状態で困窮していた。ある日、ユーリの義兄と出会い、子供の時分に過ごした田舎暮らしを勧められ、移動するのであった。その田舎は、何年も無人で荒果てていたが、トーニャと苦労して手入れし、幸せのひと時が二人に再度訪れたのだった。ユーリは町まで買い出しに出た折、またまた偶然ラーラと出会い、昔の恋い焦がれた炎に火が付き、不倫関係を持つ様になった。ある日、ラーラに通う道中にパルチザンにスパイと間違えられて捕らわれ、トーニャへの元に戻れなくなった。ユーリは何とか脱走し、まずはユーリの家に着いたのだが、トーニャは探し回ってラーラ宅に行き、その後パリに亡命した事を聞かされた。そんなユーリは、ラーラとの新生活を決断し子供を授かるのだった。ところが、あの忌まわしい弁護士が革命軍に扮して突然現れ、二人の仲を裂き、二度と出逢わないようにしたのだった。それから8年後に、モスクワでユーリはラーラを見かけたが、発作で急死し、声も届かず再会はかなわなかった。授かった子供は娘で、成人して工事現場で働いている処をユーリの義兄が見つけ、ユーリの人柄を聞かせ、彼の著作した詩集をプレゼントするのであった。 197分が左程長く感じなかったのは、この作品が壮大でダイナミックなロマンスだからでしょうネ!この辺りは、デヴィッド・リーン監督らしい作風で心の琴線に触れる感じがたまらない仕上げ。 ところで、これはラブロマンス作品でしょうが、同時にいかに戦争が悲惨なのかを訴求したかったのでしょうネ!

  • 鑑賞日 2016/7/11

    不倫と労働歌

     封切時の鑑賞日は、「1966年8月7日」と16歳の日記に書いてある。50年ぶりの再見である。驚いたことに、はっきり覚えていたのは、耳から離れないあの「ララのテーマ」と、雪氷に閉じ込められた屋敷、それに、ジバゴとララの娘を演じるリタ・トゥシンハムの変な顔と名前だけだった。  ロシア革命に翻弄された男の生涯を描く大河歴史ロマンと思っていたものが、実は甘くて長大な不倫ロマンだったとは…。16歳の男子校生徒にはわからなかったのだろうなぁ。  ジュリー・クリスティは、アカデミー主演女優賞受賞直後で、さすがの貫禄の演技。脇を固めるロッド・スタイガー、アレック・ギネス、トム・コートネイは、存在感十分で、画面やストーリーの壮大なスケールに全然負けていない。リタ・トゥシンハムは、すでに「蜜の味」「ナック」でブレークしていたが、この超大作でも、冒頭とラストの重要なシーンで、忘れられない印象を残すことに成功している。  彼らに比べて残念なのは、オマー・シャリフとジェラルディン・チャップリンの二人。心の動きが何だかよくわからないまま、画面から消えてしまう。夕日を見つめたり空を見上げたりしてララを想うジバゴが何度も出てくるが、ステージで大袈裟な芝居をする下手な役者みたいだ。小林正樹監督の名作「人間の條件」で、同じような格好で雪原を彷徨っていた主演俳優の、どんな映画に出ても彼になってしまう演技を思い出してしまい、興ざめだった。  ロシア革命前夜のモスクワ労働者のデモのシーンがある。そこで、二つの労働歌が歌われているが、どちらも日本語の歌詞で今でも歌えることに驚いた。この映画が作られたのは、ロシア革命から50年足らずの時。日本でも、労働運動や学生運動が盛んなころだった。それから50年経ち、あんな労働歌を歌うことなんか、もう二度とないんだろうなと思うと、この甘い大河ドラマの不思議な味を、もっと噛みしめていたくなった。

  • 鑑賞日 2016/7/10

    ソニー・デジタル・シネマ4Kのすばらしい映像

    2016年7月10日に鑑賞。「午前十時の映画祭 7」にて。MGM映画。デジタル上映。ソニー・デジタル・シネマ4K。パナヴィジョン。メトロカラー。3時間17分。序曲[約4分]、インタ-ミッション[7分]、間奏曲[2分]あり。 ソニー・デジタル・シネマ4Kの素晴らしい解像度の映像である。特に屋外の風景が素晴らしく美しい。赤軍パルチザン部隊の騎馬が凍った河を進撃するシーンなどに「アラビアのロレンス」の片鱗が伺える。 室内のシーンでは「鏡」に映った人物が多用されている。またガラス超しの映像も多い。ラーラに母親の容態を伝えるために階下に降りたジバゴが、ガラス超しに眠るラーラを見る。そこへ入ってきたコマロフスキーとラーラが抱き合う様を見る。このシーンの照明・撮影はすばらしい。 また、ラーラがコマロフスキーを拳銃で撃った後、ラーラの隣りで彼女が書いた手紙を読むパーシャの姿を屋外の窓カラス越しに撮り、カメラが反転すると[屋内の]窓ガラスにロウソクの灯りが映りガラスを通して街路を進む馬車橇のジバゴとトーニャが映される。この撮影がこの映画の白眉であろう。 惜しむらくは、大傑作「アラビアのロレンス」のように傑作と言えないことだ。大長編の原作(日本版単行本[上下]2冊で926ページ)を上手くダイジェストにしたと言うことであろう。後半からは2人の登場人物[ジバゴの義兄イエブラフと党によって入隊したボルシェヴィキ]のモノローグで説明が何か所かに入る。説明的台詞・描写が多い(ストーリーを追うのには必要なのだろうが)のもマイナス要因である。 オーヴァーラップによる時間経過やフェイドイン、フェイドアウトがテンポを遅くしている。大河小説の時間の経過を表すために上記の手法を多用せざるを得なかったのだろう。 大河メロドラマである。これを不倫と言ってしまうと身も蓋もない。一番引っかかるのは、17歳のラーラがパーシャ[26歳]という恋人がいながら、母親の愛人の中年男コマロフスキーに篭絡され(酒を飲まされキスされ)、その後何回も密会し、2人の仲を疑った母親が服毒自殺未遂をし、最後には中年男に肉体を奪われる。しかも画面では強姦ではなく、ラーラは男の背中に手を回している。恋人がいるのに何故?この部分が観客がラーラへ感情移入を出来難くしている原因である。恋多き女ということか。 ラーラとジバゴの娘は沿海州で当時の父親(だと成人した娘が言う)コマロフスキーが手を放したために生き別れとなり、娘はモンゴルで発見され、今はダムの建設現場で働いている。そこへジバゴの義兄のイエブラフ・ジバゴ将軍がジバゴとラーラの娘ではないかと探しに来ている。ジバゴのラーラに捧げる詩集を見せて過去へ遡る。 ジバゴの娘とはぐれたラーラがモスクワにいるのも解せない。はぐれたジバゴの娘を全力で探すはずだ。孤児院へ義兄と行く場面があるが、モスクワではないのか。ラーラの長女カーチャはどうなったのだろう。トーニャと2人の子供はパリへ亡命したと説明される。 赤軍の手を逃れるためにコマロフスキーとラーラ(お腹にジバゴの娘がいる)と娘カーチャは汽車で沿海州へ向かった。後で会おうと言ったジバゴはモスクワへ帰還し義兄イエブラフに会う。ジバゴは赤軍パルチザンから脱走兵として追われているのじゃないのか。身に危険が迫っていたはずだ。この部分も分からない。 役者で一番印象深いのは、トム・コートネイでしょう。前半の理想に燃える青年が、後半では革命の負の部分を担う冷血漢ストルリニコフに変わる。ウラル山脈へ向かう貨車の中で強制労働に連行される徴用労働者「インテリ野郎」役のクラウス・キンスキーが、この場面だけの出演だが異様な雰囲気で印象を残す。 原作では、ジバゴはもう一度結婚し二女をもうけている。

  • 鑑賞日 2015/7/26

    娘曰く「でも結局、不倫だよね」

    65 inch surround 10代の少年には理解出来ようはずもなかった。今見るとラスト、ユーリがラーラを追って行き倒れるシーンからラストまで号泣だった。不倫だよ、確かに。でもだからどうした?

  • 鑑賞日 2016/2/20

    文芸大作が苦手で

    今の今まで、観る機会がなかったんですが、観始めてみるとさすがの名作で、退屈せずに見終えました。ロシア革命の激動期、歴史書を読むだけでは知りえない細部の真実が描かれています。 物語はいわゆるメロドラマだが、時代の流れに押され漂っていく運命が切なく胸を打ちます。 映像は雄大、描写は繊細。ケレン味なしの堂々の正攻法。文句の付けようがないなあ。

  • 鑑賞日 2016/3/20

    ジバゴ先生一代記を見ました

    名作中の名作・・・だけど知っていたのは名前だけ。 あらすじも知らずに見ました。 ドクトルジバゴ。 名前の響きだけでスパイが暗躍する戦争モノのような サスペンスチックな映画だと勝手に思い込んでいました。 一言で言うと、「ジバゴ先生の波乱の人生」ですね。 長いは長い。 でも名匠デビッド・リーンの手によるテーラーメイドの 良質の仕立てになっているから波乱万丈の人生ドラマに ただ身をゆだねていれば良いです。 映画の締めくくりの着地が心地よく、後味に幸せ感が漂っていて 良い映画と出会えたなと思えました。 ジバゴ夫人はチャップリンの娘さん。 まぁチャップリンにそっくりだこと。 語り継がれる名作は見て損はないなとつくづく。 今もラーラのテーマが耳から離れません。

  • 鑑賞日 2011/4/23

    ジュリー・クリスティ!

    デヴィッド・リーンにとって、ジュリー・クリスティをキャスティングできたことは僥倖だ。ララの抱える美と退廃を表現できる女優は彼女しかおるまい。

  • 鑑賞日 1969/11/16

    新宿武蔵野館 70mmと宣伝してたがただのスコープサイズでの上映。 中学生には楽しめなかったようだが、その後何十年も経って娘とBlu-ray 65インチで見たらラストは号泣した。 娘は「でも結局、不倫だよね」の一言。

  • 鑑賞日 2016/1/24

    メロドラマ

    ロシア革命当時を背景にした壮大なメロドラマ。ラーラのテーマが繰り返し流れ、印象的。学生時代に劇場で見たが、まったく忘れていた。

  • 鑑賞日 2015/12/31

    ララ役のジュリー・クリスティの美しさが印象的だ。テレビで観たせいもあるがこの長尺は集中力がキープできない。同監督で言えば「アラビアのロレンス」ほど面白いとは思えず、「戦場にかける橋」、「ライアンの娘」のほうが好みか。劇場で観ればまた違うんだろう。

  • 鑑賞日

    なんて見事な「すれ違い」

    ロシア革命を背景とした壮大なドラマ。 おそらく主人公たちを困らせる材料が星の数ほどあるであろう大混乱のロシア革命の時代。数奇な運命を辿る主人公たち。あまり好まないこのお手のお話。しかも長い。194分の間なぜ退屈しないのか? やはり畳み掛けてくる物語の展開と、J・クリスティの魅力だろうなあ、と思う。クリスティは「どう?熱演でしょ、私」って感じがしないのが良いね。

  • 鑑賞日 2015/9/8

    乱世という感じ。国民も狂っていて反乱運動や革命の(私にとっては)不可解な規則や概念は観てるだけでムカつきを覚えた。

  • 鑑賞日 2015/5/24

    血筋

    ラスト、バラライカを背負って歩くジバコの娘のシーンに なんともいえない余韻を感じた。 内容には関係ないが A・B面があるDVDははじめて見た。

  • 鑑賞日 2012/11/23

    ロシアは広い

    ロシア革命から第1次世界大戦にかけての激動期のロシア。医学生ジバゴとパーティ席上発砲事件を起こしたラーラとのいわば三角関係に由来したかのようなラヴストーリーで、二人の間に生まれた娘のトーニャにジバゴの兄の将軍が回合するまでを、歴史の大波の中では埋没しても不思議では無いような出来事を情感あふれるテーマ曲と共に描いたデヴィッド・リーンの大作。 広大なロシアの大地の感覚は、島国日本では味わえないが、スクリーンを通して伝わってくる広大ではあるが寂寥感あふれる環境が、忍従する心の中に熱く燃えたぎるものを醸成していることがわかってくる。

  • 鑑賞日 2015/3/1

    彷徨うバラライカ

     昔、映画音楽にはまっていた時期があって、このモーリス・ジャールの「ララのテーマ」もお気に入りのひとつだったことを思い出す。曲の方を先に知っていてそのイメージから映画の内容を勝手に想像していた口だ。その音楽の基調ともいうべき音色を与えるバラライカの存在がこの運命に翻弄される主人公を象徴していて感慨も新たになる。こういう壮大なスケールを持った叙事詩的なストーリーを得意とするデヴィッド・リーン監督がこのジバゴの激動の生涯を詩情豊かに描いている。  三時間を越す長尺ものだけどこれがハリウッドの大作映画だという充実感がすばらしい。パステルナークの原作はあくまでソヴィエト共産党を批判的に描いたものなので、ハリウッドも映画化しやすかったのだろう。詩人でもあるジバゴ(オマー・シャリフ)の書いた詩が個人的すぎるとして批判されるシーンに冷徹かつ無機質な思想としてのコミュニズムが強調される。ジバゴをはさんで妻のトーニャ(G・チャップリン)と恋人ラーラ(ジュリー・クリスティ)との愛が中心に据えられ、背後に革命の嵐を描いていて様々な立場の人間が入り乱れる。中でもロッド・スタイガー演ずるコマルフスキーが卑劣な人間でありながらもジバゴとラーラ二人の運命の分かれ道に立ち会うことになっていてその存在を主張している。  長い話を語り終えたユーリの兄(アレック・ギネス)が弟の娘を見送るダムのシーンに大きな歴史のうねりに飲み込まれた人間のドラマが立ち上がり、ダムから放出される瀑布に感慨の迸りが重ねられ感動的な結末だった。

  • 鑑賞日 2015/1/10

    長い

    久し振りに長い映画を観た。

  • 鑑賞日 2014/12/13

    「人民」の名のもとにユーリたちの屋敷を収奪しようとする人々には腹が立つけれども、ユーリたちが上流階級の暮らしをしている一方で、主人公が経験することになるような苦しい生活を民衆がずっと送っていたことを思うと複雑な気持ちになる。視点がユーリに寄りすぎているせいで、ストレルニコフやコマロフスキとのドラマが薄くなっているのが残念。せめてストレルニコフが自殺するシーンくらいは見せてくれないと物足りない。回想が終わったあとのラスト・シークエンスの演出はよかった。

  • 鑑賞日 2006/12/2

    テアトル東京で見た時は疲れたが・・・。

     自宅でじっくり鑑賞するのに向いてるのか、見るたびに感動が増し、面白く見れる。「ロレンス」みたいな圧倒さはないが、美しい映画だ。やはり、リーンの骨頂は女性映画にあるのか。

  • 鑑賞日 1976/11/28

    映画音楽の一つの到達点

    70ミリ、シネラマ方式による再公開。本作におけるモーリス・ジャールの音楽は、映画音楽の技法の、ひとつの到達点であると思う。

  • 鑑賞日 1968/3/17

    ジャール音楽の完成度

    モーリス・ジャールの音楽は、映画音楽として最高レベルの完成度である。音楽が入るタイミング、止めの呼吸が実に心地よい。音楽が目立つが、なぜか邪魔にならないのも、その辺が行き届いているからだろうか。

  • 鑑賞日 1968/3/12

    豪華なパンフだが

    有楽座の館名入りパンフレットは、写真ばかりで情報量は少なかった。プロダクションノートの入手が間に合わなかったらしい。

  • 鑑賞日 2014/5/3

    鉄のカーテンの西側で製作されたロシア革命、吹雪は届かない。

    ロシア革命を背景にした一大叙事詩。いわゆる大作映画のカテゴリー。いまではなかなかお目にかかれない。 大群衆のモブシーンというものは、大作映画の見所で、監督の号令の下、 デヴィッド・リーン監督の画面隅々にまで神経の行き届いたモブシーンはなおさら感動的だ。それこそ映画の醍醐味。 今では投資する製作費とそのリターンを秤にかけ、文芸大作は見送られる傾向だ。しかしこの完成度、永久保存版。 前作「アラビアのロレンス」からつながるオマー・シャリフとアレック・ギネスが異母兄弟となり、ロシア革命が二人を分かつ。 加えて名優のロッド・スタイガーが堂々たる敵役。二種類の顔を使い分けたトム・コートネイの好演も光る。 さらに本作ではジュリー・クリスティとジェラルディン・チャップリンの女優の競演が花を添える。 色彩も素晴らしい。ロシアの雪景色の白を基調に夜のモスクワの青、花の鮮やかに黄、そしてボルシェビキの赤。 忘れられないのが、ジュリー・クリスティの青い瞳。映画を熟知した巨匠の技は底知れない。 ヴィクトルがラーラと馬車で帰宅するシーン、カメラはさっと右に移り、帝政側の騎馬隊を撮し、突撃準備の号令がかかる。 そして帝政側の騎馬隊に蹴散らされるデモ隊の悲劇につながる。映画的な魅力に満ちた演出で、眼が離せない。 ヴィクトルの妻が服毒するシーン、ガラス越しのショットでスライド移動しながら長回しで圧巻のカメラワークとなる。 映画的な映像表現の宝庫でもある。巨匠としてのあがめられる理由がすべて詰まっている。 基本は不倫愛を描いていいるのも事実。現代の観客には、ただの優柔不断男に見られるかもしれない。 モーリス・ジャールの「ラーラのテーマ」は美しい。セリフ以上に雄弁にロシアとラーラを語る。

  • 鑑賞日

    イギリス生まれのロシア映画

    デヴィッド・リーンの大作は、いずれも驚異的なリアリズムと、圧倒的なスタンダードで組み立てられている。映画の王道とも言えるかもしれない。この映画も、ロシア帝政時代の話しでありながさ、そこに繰り広げられるテーストはイギリス映画だ。イギリスの映画には、特徴がない。大航海時代を制圧した国としてのプライドか、それとも覇権を奪いすぎた慢心かわからないが、唯一デヴィッド・リーンの映画だけが放つイギリスらしさの伝わる映画である。 デヴィッド・リーンはしかし、国外の物語を司ることによって、そのイギリスらしさから常に離脱し、客観的に祖国を見ている。この映画も、戦争というツールを使いながら、イギリスという国を客観視している映画と言えるかもしれない。

  • 鑑賞日 2016/2/2

    圧倒的な映像と無惨さの対比

    リーンの作品は壮大でかつリアルにある時代を描いていくものが多いですが本作は長いタイムスパンを描いていて別格の重みを感じます。 革命前の優雅なモスクワ上流階級の生活からウラルの雪と氷に包まれた別宅まで。ひまわりの咲くウクライナから凍えるツンドラの森林まで。ロケの映像とセットの美術と、投入されたエキストラの物量までどこまでも圧倒されます。 美しい映像で語られるのは生きてゆく人間強さと弱さ。革命の尻馬に乗って主人公たちを苦しめる人たちもまたかの国の歴史の中では生きるための割り切りや切望からああいう姿を晒したと思うと、考えさせられます。 革命によって確立した詩人としての矜持奪われていくユーリを支えるにはラーラとトニア2人必要だった、と。ジュリー・クリスティの清濁併せ呑む美貌と地味だけれど葛藤する内面を見せず尽くし続けるジェラルディン・チャップリンそれぞれに強い印象が残りました。

  • 鑑賞日 1976/12/11

    テアトル東京、1976年のリバイバル。

     初回鑑賞は、とにかく疲れた。長い。 「ロレンス」「ライアン」よりてんでダメだった。しかし、回を重ねて見るたびに、これほど評価が上がって行った映画は、他にない。  今では、シャリフとクリスティが登場するだけで、目頭が熱くなってくる。

  • 鑑賞日 2013/9/20

    「アラビアのロレンス」の姉妹作

    パステルナークの原作をロバート・ボルト脚本、デヴィッド・リーン監督で映画化した1965年作品。「アラビアのロレンス」でアラブの族長を演じたオマー・シャリフがジバゴを演じロシア革命という歴史の大きな流れに翻弄される人間の運命を描く

  • 鑑賞日 1987/11/8

    デヴィッド・リーン監督作品

    1987年11月8日、新宿文化2で鑑賞。(前売券1200円) ロシア文学というのは、読んでみようとすると、大概が大作で分厚い本が多かったり、登場人物の名前が片仮名ばかりだったりして、読みづらいもの。 しかし、このデヴィッド・リーン監督作品は、そうしたロシアの物語を描いた文芸大作。 映画なので、登場人物が分かりやすくて、確かに大作なのであるが、ある男ジバゴの数奇な人生を紡いではいるものの、娘の物語がその分希薄な感じがした。 確かに長尺の作品ではあるものの、もう少し分厚い物語を期待していたのは、欲張りだろうか。。。 力作ではあるが、物語面でやや物足りない感が残った。

  • 鑑賞日 1977/10/19

    デイヴィッド・リーン

    1977年10月19日と10月26日に「水曜ロードショー」にて(前・後編)。 ジュリー・クリスティいいです。

  • 鑑賞日 2012/11/18

    壮大なストーリー

    歴史の変革期を背景としたドラマは興味深い。 ・アメリカ:南北戦争 ・ロシア:ロシア革命 ・フランス:フランス革命 ・日本:明治維新 などなど。

  • 鑑賞日 2013/4/6

    ジュリークリスティーが美しい

     素晴らしかった。  何とか生きていこうとする、そして、観ているうちに自分自身もそうしようとしていると思えてくる。  ロシアの自然と運命や宿命に翻弄されながらも生きていく、ラーラ(ジュリー・クリスティ)とユーリ(オマー・シャリフ)。  その迫力に圧倒された。

  • 鑑賞日 2011/3/20

    ロシア革命を離れて

    主人公とラーラの関係を端的に言えば不倫だというのは否定できません。ましてトーニャのような良妻賢母を裏切って他の女に走るのですから嫌悪する人がいておかしくありません。それでもこの作品が今日でも評価されるのは、いかなる時代背景、政治体制であっても御しきれない情熱が時には人を強くし、時には生きている事そのものを至福と感じられるからなのでしょう。ドラマチックな展開、美しい風景、音楽、素晴らしい役者陣、1級の作品と思いまいます。Dリーンの作品で不倫を扱う作品としてライアンの娘があり、その関係当事者の複雑な心理描写に関してはそちらが優れていると思いますが、ブルジョア階級であるジバゴがロシア革命という時代の荒波に翻弄されながら、自らの思いを捨てない男として共鳴してしまうのは年のせいかな。

  • 鑑賞日 2013/2/16

    少し長い

     ロシア映画は概して少し長いが、このデビッド・リーン監督版はロシア映画でもないのに、少し長い。ヘプバーンの「戦争と平和」ほどとまでにはいかなくても、もう少し、カットすべき点があったのではないか。  主役のオマー・シャリフは、良い役者なのだが、この作品には少しふさわしくないと感じる。  ロシア革命の描写が上手い、革命なんてあんなものだ、という作者(作家)の言い分がよく判る。画面から寒さが伝わってくる。にせの雪だって、撮りようが上手ければ雪にみえる。時に、CGよりも雪らしくみえる。  ジュリー・クリスティの美しさが輝いている。監督が彼女に惚れているのがわかる。ジェラルデン・チャップリンはなぜ起用されたのかよくわからない。別のキャスティングの方が、切なさが伝わってきたとおもう。  最初と最後のリンクは、「戦場にかける橋」、「アラビアのロレンス」と同様、効果的だ。リーンの十八番芸といえよう。  本作が長すぎることは、DVDでは二枚組になってしまうことからもわかる。もう少し短ければ、傑作になった作品だ。

  • 鑑賞日 2013/1/7

    ロシア革命の悲劇入門

    高校1年生の時にロシア革命について習ったが、いまいちピンとこなくて単語だけ暗記するだけとなってしまった。 しかし、この作品を観るとロシア革命の構造がよく分かる。ドイツとロシアの戦争は所詮上流階級たちの遊びで下級層にはどのみち貧しさしかないという語りから始まり、ロシア革命成功後共産主義になり個人の財産の再分配が始まる。ドクトル・ジバゴの家は豪邸だったが、13世帯、やがて50世帯の貧民たちの家となりはて家財は奪われる始末。 しかも共産主義化した世の中では、人々の関心は「平等」であり元上流階級を憎むこと、あるいは自分より多くの利益を得ている人を潰すことに明け暮れる。資本主義でも社会主義でも人々は野蛮になり、協調よりも蹴落としを好む悲しい民族だなと思った。3時間超えの超大作だが飽きることなく楽しめた。

  • 鑑賞日 2011/7/22

    オマー・シャリフが素敵。 人が人を愛することのどうしようもなさが、 その喜びと切なさと辛さが迫ってくる。 人が生きるとは、人を愛することなのだということを描きあげた、 壮大な物語、大作とはこういうものだ。

  • 鑑賞日 2012/8/15

    オマーシャリフは正直格好悪い・・・

    午前十時の映画祭 久しぶりの再見。 オマーシャリフの似合わないかつらが相変わらず気になる。 この映画でのオマーシャリフは正直格好悪く、モテる男の設定に合わない。 奥さんのトーニャはかわいそう。 とは言っても、デビットリーンの演出とモーリスジャールの音楽にまたしても引き込まれてしまった!!

  • 鑑賞日 1966/6/22

    70ミリでこそ

    有楽座での公開は全席指定制だった。デヴィッド・リーン作品としては、評価はそれほど高くないが、繰り返し観てしまう。70ミリ大画面ならばこその大雪原や巨大なダム。そしてモーリス・ジャールの勇壮な音楽。

  • 鑑賞日 2012/2/17

    愛の長編

    セットとか凄いし、時代に翻弄される人間の大変さもわかるけど、ユーリがかなりフラフラした奴なんでどうも話に入れんかった。トーニャ達はどうなったんや?彼女との子供もバラライカの才能があるかもしれんな。う〜ん、愛を捨てられた方も大変だ。

  • 鑑賞日 2012/2/17

    愛の長編

    セットとか凄いし、時代に翻弄される人間の大変さもわかるけど、ユーリがかなりフラフラした奴なんでどうも話に入れんかった。トーニャ達はどうなったんや?彼女との子供もバラライカの才能があるかもしれんな。う〜ん、愛を捨てられた方も大変だ。

  • 鑑賞日 2011/11/20

    人は愛に生きる

    この映画を見終わったときに感じるのは「長い旅をした」 という感慨である。 この感慨こそが大河ドラマの醍醐味であろう。 ジバゴは、アラビア独立に身を投じたロレンスとは違った タイプの人物である。最初の方で、ジバゴが、デモの民衆 と軍隊との衝突を自宅のバルコニーから眺めるシーンがあ るが、この図式こそ、ジバゴの立ち位置を示している。 ロシア革命の時代、ジバゴは革命にも、帝政側にも積極的 に与することなく生きている、ごく普通の民衆の一人とし て描いている。彼の心を捉えているのは、ララへの愛であ り、その意味ではアラビアへの愛に生き、それに裏切られ たロレンスと大きな差はないのかもしれない。 ジバゴとララの遺児とジバゴの兄との会見で始まり、そし て終わるが、その中に電車で始まり電車で終わるジバゴの 物語が展開されるという入れ子の構造である。 考えてみれば、「アラビアのロレンス」もそれに近い構成 であった。 その物語全体を、いかなる時代にも人は愛によって生きる ことを、ここではバラライカで通して描くという見事な大 河ドラマの構成である。