『バニー・レークは行方不明』って奇妙な題名でしょ? “バニー・レーク”は、幼稚園くらいの女の子の名前です。舞台はロンドンで、そこにやってきたアメリカ人女性(キャロル・リンレー)が「娘がいなくなった」と、警察に届けます。ところが、幼稚園では「そんな子は預かってない」と言われます。他でも「そんな子は見たことない」と言われます。目撃者はどこにもいないんですよ。だから刑事が「娘さんの持ち物とか何か証拠になるものはありませんか?」と言うんですが、何もない。バニー・レークという娘が実在した証拠がいっさい出て来ない。それでだんだん観客も、バニー・レークというのは、このヒロインの妄想じゃないか? と疑いはじめるんです。

 これは有名な“消える旅行者”という都市伝説ですね。映画でも人間消失ものはたくさんあります。最も古いのはヒッチコックの『バルカン超特急』(38年)。大陸横断鉄道に乗ったヒロインがある老婦人と話をしていたんですけど、その老婦人が、走る列車の中から忽然と消えてしまう。僕の世代にとって印象深いのは『恐怖のレストラン』(73年)というTVムービー。砂漠にあるドライブインに夫婦が入りまして、奥さんがトイレから席に戻ると、旦那がいなくなっている。で、店にいた人たちに「うちの連れは?」と尋ねると「あなたは一人で入ってきましたよ」と言われる。ジョディ・フォスターの『フライトプラン』(05年)もそうでした。飛行機に乗ってる間に娘が消えちゃう。それと、『フォーガットン』(04年)。ジュリアン・ムーア扮するお母さんが「息子が消えた!」と。このように山ほどある人間消失映画のなかでも最高傑作が、この『バニー・レークは行方不明』です。

 監督はオットー・プレミンジャー。『黄金の腕』(55年)とか『或る殺人』(59年)を手がけた巨匠です。プレミンジャーの映画は、オープニングタイトルが素晴らしいことでも有名です。これを作ったのは、ソール・バスというグラフィック・デザイナーです。『バニー・レーク〜』でも抜群のタイトルデザインをしてます。黒い紙をびりびりと破るアニメーションで、非常に怖い。バスの最も有名な仕事は、ヒッチコック監督と組んだ『サイコ』(60年)ですね。

 プレミンジャー監督は、ハリウッドで当時ものすごく厳しく自主規制があった時代に、それに反する映画を作り続けてきた人です。性的な会話とか、変態性欲とか、同性愛とか、タブーとされていたことを描いてきたチャレンジャーでした。

 そのいっぽうで鬼監督とも呼ばれていて、俳優を徹底的に追い詰めるものだから、『第十七捕虜収容所』(53年)では、ナチの収容所長役に抜擢されました。ビリー・ワイルダー監督からは「いつも演出してるようにやってくれ」って言われたという(笑)。プレミンジャーはユダヤ系なのにナチの将校みたいに冷酷だと。『バニー・レークは行方不明』でも、主演のキャロル・リンレーを徹底的に追い詰めました。彼女の精神崩壊寸前の表情は演技を越えたリアルです。

 人間消失映画は沢山ありますが、その種明かしはどれも凡庸です。ヒッチコックですら成功していません。そのなかで『バニー・レークは行方不明』だけは、唯一の成功作です。とにかくアッと驚く結末に注目です!

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原作は邦訳もあるイヴリン・パイパーの同名小説(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)。しかし、原作の舞台であるニューヨークを映画はロンドンに書き換えていて、結末も違う。脚本の初期段階では“赤狩り”のブラック・リストに載っているドルトン・トランボが参加していたが、クレジットはされていない。当初製作会社のコロムビアは、監督のオットー・プレミンジャーに主役のアン・レーク役にジェーン・フォンダを使えと求めたが、プレミンジャーはキャロル・リンレーにこだわって会社を押し切った。クレジット・トップのニューハウス本部長役も初めはジョージ・C・スコットにオファーされた。本作のケア・デュリアの演技を見て、スタンリー・キューブリック監督は『2001年宇宙の旅』(68年)のボウマン船長役に彼をキャスティングした。近年はリース・ウィザースプーンでリメイクの企画が動いていたが、最終的に棚上げされたそうだ

BUNNY LAKE IS MISSING/65年米/製・監:オットー・プレミンジャー/原:イヴリン・パイパー/脚:ジョン&ペネロープ・モーティマー/出:ローレンス・オリヴィエ、キャロル・リンレー、ケア・デュリア/108分/©1965, renewed 1993 Otto Preminger Films, Ltd. All Rights Reserved.