今回紹介する『ドッグ・ソルジャー』(78年)は、人狼兵士が出てくる2002年のイギリス映画のほうじゃないですよ。ニック・ノルティ扮するレイ・ヒックスというベトナム戦争からの帰還兵が主人公です。

 アメリカに帰ってきたレイは、ベトナムにいた親友から送られた大量のヘロインを金に換える仕事を頼まれます。それを嗅ぎつけた麻薬取締局の捜査員たちは腐敗していて、金のためにヘロインを横取りしようと企む。だから彼らに捕まれば、殺されてしまう。なので親友の奥さんを守りながらメキシコへ逃げます。愛用のM16ライフルで追っ手と戦いながら。

 こう聞くと、すごくワクワクするアクション映画になりそうですが、ちょっと違うんですね。というのも、原作はロバート・ストーンという人が書いた純文学なんです。

 ロバート・ストーンは、もともと“ビート・ジェネレーション”、ビートニクスという運動から出てきた人です。ビート・ジェネレーションというのは、1950年代に始まった若者たちの文学活動。それまでアメリカの保守的な宗教やモラルから解放されて、自由を謳歌する運動で、後のベトナム反戦運動や、ヒッピー・ムーブメント、カウンター・カルチャーの源泉になりました。

 だからレイはベトナム帰還兵といっても、『タクシードライバー』(76年)のトラヴィスのような病んだ男ではないんです。原作では、“禅”の研究家で、侍に憧れていたり、ニーチェの哲学を信奉していたり、合気道とか中国拳法の達人として描かれています。

 というのも、レイはニール・キャサディというヒッピーのヒーローをモデルにしているからです。キャサディはビート文学の金字塔である、ジャック・ケルアックの小説『オン・ザ・ロード(路上)』で、ケルアックの分身であるサルを引っ張り回して全米を放浪する悪友ディーン・モリアーティのモデルです。

 キャサディはその後の1964年、『カッコーの巣の上で』の原作者ケン・キージーと共にサイケデリックにペイントしたバスに乗って全米各地でLSDを配ったことでも有名です。それはアレックス・ギブニー監督の『マジック・トリップ』(11年・未)というドキュメンタリー映画にもなっています。キージーとキャサディは60年代、メリー・プランクスターというヒッピー集団と一緒にコミューンに住んでいました。

 この『ドッグ・ソルジャー』はヒッピーが滅んだ数年後の話なので、コミューンは廃墟になっています。そこを砦にして、主人公レイは、襲い来る敵軍団をたった1人で迎え撃ちます。

 監督のカレル・ライスはユダヤ系チェコ人で、ナチから逃れてイギリスに渡った人です。第二次世界大戦後、彼は“怒れる若者たち”の小説を映画化していきます。「怒れる若者たち」とは、貴族や地主ら支配階級に、労働者階級の若者たちが怒りを爆発させた文学運動です。そこでビート・ジェネレーションとつながってきます。

 レイが守るヒロインはチューズデイ・ウェルド。1950年代のティーンアイドルで、10代から酒や麻薬に溺れた人なので、ヘロインを注射するシーンはリアルです。

 主題歌はCCRの「フール・ストップ・ザ・レイン」。ベトナム戦争中のヒット曲で、「誰が雨を止めてくれるのか」という歌詞の「雨」はベトナムへの空爆だと言われています。

 以上のように深い深い背景のある異色のアクション、『ドッグ・ソルジャー』、ぜひ、ご覧ください!■

(談/町山智浩)

MORE★INFO.
●原作はロバート・ストーンがベトナム戦争終結直前の74年に出版した『DOG SOLDIERS』(日本では未訳)。翌75年度の全米推薦図書賞に輝いた。
●当初、主役のレイ・ヒックス役にはクリス・クリストファーソンを製作者側は希望していたが、出演料が高くて断念。監督のライスが偶然見た『リッチマン・プアマン』(76年TV)のノルティのアクションに感心して本作に推薦した。
●ノルティは海兵隊員らしい姿勢を維持するため、撮影の間ずっと背中に固定器を着けていた。
●主演ノルティとチューズデイ・ウェルドはあまり相性がよくなかったらしい。彼女は撮影後、契約条項に入っていた「スター扱い」されなかったことでユナイテッド・アーティスツを2500万ドルで訴えた。

 

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