今回紹介するのは、本当に激レアな『突然の訪問者』(72年)。監督はあのエリア・カザン、『欲望という名の電車』(51年)や『エデンの東』、『波止場』(共に54年)を撮った巨匠の中の巨匠ですね。そんな名匠の作品にもかかわらず、日本では劇場未公開で、ビデオも発売されていない幻の映画です

 物語は、厳冬の森の中の一軒家が舞台。そこに若いカップルと父親が住んでいます。主人公ビルを演じるのはジェームズ・ウッズで、彼の映画デビュー作です。彼はベトナム戦争の帰還兵で、ビルの子を生んだばかりの彼女マーサ(パトリシア・ジョイス)と、西部劇作家として生計を立ている彼女の父(パトリック・マクヴィ)の家に居候しています。そこへ2人の男がやって来ます。それが“突然の訪問者”なんです。

 2 人はビルのベトナム従軍時代の戦友で、1人はラテン系の若者、もう1人は死んだ目の無表情な軍曹です。彼らは無理やりビルの生活に入り込んできますが、ビルは彼らを追い出そうとうはしない、それはなぜか……というサスペンスです。

 『突然の訪問者』は1972年当時、進行中だったベトナム戦争についての映画です。その頃、ベトナム戦争はアメリカ映画ではほとんど描かれませんでした。タカ派のジョン・ウェイン製作・監督・主演でベトナム戦争を賛美した『グリーン・ベレー』(68年)と、ベトナム帰還兵がアメリカで暴れる『ソルジャー・ボーイ』(71年)くらいでした。ハリウッドが本格的にベトナム戦争を題材に映画作り出すのは『ディア・ハンター』(78年)からで、それまでは政治的なタブーだったのです。

 エリア・カザン監督は昔からユダヤ人差別や労働組合などアメリカのタブーについて積極的に触れてきた映画作家なので、彼としてはベトナム戦争に取り組まないわけにはいかなかったわけですが、誰も資金を出してくれなくて、自主製作することになりました。

 『 突然の訪問者』はエリア・カザンの個人映画です。舞台となる一軒家はコネチカットにあったカザン監督の自宅で、そこからカメラはほとんど出ません。脚本も監督の息子クリスが書いています。登場人物も前述の5人(赤ん坊を入れても6人)。スタッフはカメラマンと照明、録音そして雑用の4人だけ。しかもカメラマンが編集も担当しています。

 実は当時、カザン監督はキャリアのドン底にいました。1940〜50年代に行われた“赤狩り”というハリウッドの共産主義分子を発見して追放する運動で、カザンは過去に共産党に関わっていたので、仲間の名前を明かすよう追求されました。そして彼は映画を作り続けるために仲間を売ってしまいました。しかし、“赤狩り”でハリウッドを追放された人たちは60年代に復権し、逆にカザン監督は裏切り者としてハリウッドでの居場所を失ったのです。

 本作は、1966年にベトナムで米兵が現地の女性を誘拐レイプ殺人した事件を基にしたフィクションです。同じ事件は1989年にブライアン・デ・パルマ監督が『カジュアリティーズ』という映画にしています。あの映画のラストでショーン・ペンがマイケル・J・フォックスを脅しますが、そこから先を膨らませた映画です。

 超低予算なので技術的に様々な問題がありますが、それが逆にドキュメンタリーのような不気味なリアリティを生んでいます。とにかくレアな映画ですので、この機会にぜひ、ご覧ください。■

(談/町山智浩)

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●映画の基になったのは「ニューヨーカー」誌のベトナム戦争に関する記事。それを基にした脚本に監督は興味を示したものの、製作はしなかった。この脚本は、後に『カジュアリティーズ』(89年)の基になったとブライアン・デ・パルマ監督は語っている。

●製作・脚本のクリス・カザンは監督の息子で、当時の義母であるバーバラ・ローデンの初長編監督・主演作『ワンダ』(70年)の影響を強く受けている。

●父親役のパトリック・マクヴィ以外の俳優はこの映画がほとんどデビュー作だった。

●撮影はカザン監督の家で行われた。監督の最後から2番目の映画(遺作は『ラスト・タイクーン』〈76年〉)。

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