『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズや『ホビット』シリーズの製作チームが再集結したスチームパンク系のファンタジー・アドベンチャーである。原作はイギリスのSF作家&イラストレーターのフィリップ・リーヴが発表した小説「移動都市」4部作の第1弾『移動都市』。荒野を移動する巨大都市が小さな都市を捕食し、さらに巨大化していくという独創的なコンセプトのもと、争いに明け暮れる弱肉強食の世界で自由と共存を求める反逆者たちの物語を描く。
人物関係や設定が複雑に入り組んだ作品ゆえ、本稿ではなるべく全体像が掴みやすくなるよう、背景を含めたストーリーをかみ砕きながら説明していこう。なお、一部ネタバレが含まれているため、なるべく本編鑑賞後にお読み頂きたい。
巨大移動都市が荒野を駆け巡る西方捕食時代の物語
舞台は遠い未来のこと。高度に発達した人類の文明は、2118年に起きた「60分戦争」によって滅亡。生き残った人々の多くはノマド(放浪民)となり、エンジンと車輪を用いた都市を形成して移動するようになる。これが「偉大なる西方捕食時代」の幕開け。人類の文明はハイテクからアナログへと後退し、人々は限りある食料やエネルギーを奪い合い、弱者は狩られて強者は勢力を拡大していった。
それからおよそ1600年後、かつてヨーロッパだった広大な荒野を支配し、小さな都市を次々と捕食していくのは巨大移動都市ロンドン。彼らは捕食した都市の資源を再利用し、そこに暮らしていた人々を奴隷化することで、さらに大きく成長し続けていた。ロンドンの内部は7つの層で構成されており、階層を上がるごとに住民の生活も豊かになっていく。いわば未来の新階級制度だ。最上層では特権階級の人々が暮らし、セント・ポール大聖堂などの歴史的建造物がそびえ立ち、失われたハイテク文明(通称オールドテク)の遺物を展示する博物館も存在する。その博物館で働く歴史家見習いの青年が、最下層出身者のトム・ナッツワーシー(ロバート・シーアン)だ。
そんなある日、逃げ遅れた小さな採掘都市がロンドンに捕食される。そこに紛れ込んでいたのが、ロンドンの史学ギルド長ヴァレンタイン(ヒューゴ・ウィーヴィング)に復讐を誓う少女ヘスター・ショウ(ヘラ・ヒルマー)だ。ロンドンの人々から尊敬される博識な歴史学者で、今やロンドン市長(パトリック・マラハイド)に次ぐナンバー2の権力を持つヴァレンタインだったが、実は他人に知られてはならない裏の顔と暗い過去があった。
かつて同じ考古学者仲間のパンドラ・ショウ(カレン・ピストリアス)と深く愛し合い、小さな島で一緒に暮らしていたヴァレンタインだったが、ある時パンドラが発見した「あるもの」を巡って激しい口論となる。いずれ捕食する都市がなくなれば西方捕食時代も終わりを告げるだろう。来るべき新たな時代を切り拓くため、ヴァレンタインはその「あるもの」を必要としたのだが、しかしパンドラは彼の考え方を危険視する。激しく抵抗するパンドラを躊躇せず殺害し、「あるもの」を強引に奪い取ったヴァレンタイン。その光景を目撃したのが、当時まだ8歳だったパンドラの娘へスターだったのである。
ロンドンの最下層へ降りてきたヴァレンタインを発見したヘスターは、迷うことなく宿敵である彼に襲いかかる。ところが、たまたまその場に居合わせたトムが、尊敬するヴァレンタインを守ろうとヘスターを制止し、逃走する彼女の後を追いかける。何も事情を知らないトムに「ヴァレンタインは私の母親を殺した」と告げ、外の世界へと逃げ去るヘスター。すると、トムに秘密を知られたことに気付いたヴァレンタインは、命の恩人である若者を無情にもロンドンの外へと突き落とす。
広大な荒野に2人だけ残されたヘスターとトム。厳しい世界を生き抜いてきたヘスターは、世間知らずでお人好しなトムを最初は足手まといに感じるが、しかし実直で正義感の強い彼の人柄に心を開いていく。なにより、トムもまた幼い頃に親を失っていた。やがて、人身売買組織に捕らえられて競売にかけられる2人。そこへ救出に現れたのが、反移動都市同盟のリーダー、アナ・ファン(ジヘ)だった。
反移動都市同盟とは、「60分戦争」の後でノマドの生活を選ばなかった人々の末裔。「楯の壁」と呼ばれる巨大な防壁を守り、その向こうに広がる自然豊かな静止都市シャングオを拠点とする彼らは、自由と共存と平和の理念を掲げており、それゆえ弱肉強食と争いの象徴である巨大移動都市ロンドンに抵抗していたのだ。真っ赤な飛行船ジェニー・ハニヴァー号に乗って大空を駆け巡るリーダーのアナ・ファンは、実はヘスターの母親パンドラの古い友人だった。卓越した戦闘能力を駆使して、ヘスターとトムを救い出すアナ。すると、今度はヘスターを執拗に追いかけるストーカー(復活者)のシュライク(スティーブン・ラング)が出現する。
ストーカー(復活者)とは、何百年も前に人類が開発した人間と機械のハイブリッド。人間だった頃の記憶も感情も心臓も持たない彼らは、人間を狩り殺すことを目的に作られた。その最後の生き残りがシュライクなのだが、実は母親を殺されて行き倒れになった幼い頃のヘスターを発見し、まるで拾った人形を愛でるようにして育ったのが彼だったのだ。この世に絶望した少女時代のヘスターは、自分も手術を受けてシュライクのように記憶や感情を持たぬ機械人間になることを約束。ところが、ロンドンがすぐ近くに接近したことを知った彼女は、ヴァレンタインに復讐を果たすためシュライクとの約束を破ったのだ。これに激怒した彼は、裏切り者を抹殺するべくヘスターを追いかけてきたのである。
その頃、トムと親しかったヴァレンタインの娘キャサリン(レイラ・ジョージ)は、父親が何かを隠していることに気付き始めていた。トムの親友ベヴィス(ロナン・ラフテリー)から、父親がトムを外へ突き落したことを聞いて大きなショックを受けるキャサリン。ヴァレンタインが一部の部下たちを抱き込み、セント・ポール大聖堂の中で極秘プロジェクトを進めていることを知った彼女は、ベヴィスと共に事実を確かめるべく内部へ潜入する。そこで彼らが見たのは、かつてパンドラが発見した「あるもの」を利用して作られた巨大装置。実は、「あるもの」とはコンピューターの心臓部で、ヴァレンタインが作り上げた巨大装置の正体は、かつて人類を「60分戦争」で破滅へ追いやった量子エネルギー兵器メドゥーサだったのだ。
人類は「戦争」という過ちを再び繰り返さぬよう、ハイテク技術を捨て去ったはずだった。しかし、資源の枯渇で西方捕食時代が終わりを迎えることを予見したヴァレンタインは、「楯の壁」を破壊して静止都市シャングオを侵略するべく、メデューサを用いて戦争を仕掛けようと画策していたのだ。その頃、ヴァレンタインの計略に気付いて「楯の壁」の防御を固める反移動都市同盟とヘスター、トムたち。果たして、彼らは迫りくる戦争の危機を阻止することが出来るのか…?
VFX工房WETAデジタルの底力を感じさせる圧巻のビジュアル
歴史学者が過去の歴史から学ぶことを放棄し、いわば「自国ファースト」の大義名分のもと、限りある資源を略奪するために愚かな戦争へ突き進んでいく。原作小説が出版されたのは’01年のことだが、しかし’18年製作の映画版自体は明らかにトランプ時代以降の、各地で全体主義と民族主義が台頭する世界情勢を念頭に置いているように思われる。かつてドイツのナチズムや日本の軍国主義がどんな結果を招いたのかを忘れ、世界は再び同じような過ちを繰り返そうとしているのではないか。いつの時代にも通用する戦争への警鐘を含みつつ、そうした現代社会へ対する危機感が作品の根底に流れているように感じられる。
もともと映画版の企画がスタートしたのは’05年頃のこと。しかし陣頭指揮を執るピーター・ジャクソン監督が『ホビット』三部作の制作に取り掛かったため、『移動都市』の映画化企画はいったん中断することとなってしまう。再開したのは’14年に最終章『ホビット 決戦のゆくえ』が劇場公開されてから。長年のパートナーであるフラン・ウォルシュやフィリッパ・ボウエンと脚本の執筆に着手したジャクソンは、自身の長編処女作『バッド・テイスト』(’87)からの付き合いである特殊効果マン、クリスチャン・リヴァーズに演出を任せることにする。
ジャクソン監督の『キング・コング』(’05)でアカデミー賞の視覚効果賞を獲得したリヴァーズは、その傍らで『ホビット』シリーズでは助監督を、『ピートと秘密の友達』(’16)では第2班監督を務めており、映画監督としての素地は既に出来上がっていた。そんな彼に以前から監督として独り立ちするチャンスを与えようと考えていたというジャクソンだが、しかし最大の理由は「クリスチャンが監督してくれれば、僕は観客として楽しむことが出来るから」だったそうだ(笑)。
ロケ地は多くのピーター・ジャクソン監督作品と同じく母国ニュージーランド。原作本と同じくヴィクトリア朝時代のスチームパンクをコンセプトとした美術デザインは素晴らしく、デジタルの3Dモデルとフィジカルな実物大&縮小セットを駆使して作り上げられた巨大移動都市ロンドンや空中都市エアヘイヴンなどのビジュアルも壮観!ジャクソンが設立したVFX工房WETAデジタルの底力がひしひしと感じられる。残念ながら劇場公開時は興行的に奮わなかったものの、恐らくそれは先述したような人物関係や設定の複雑さが原因だったように思う。是非とも2度、3度と繰り返しての鑑賞をお勧めする。きっとストーリー以外にも様々な発見があるはずだ。■
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