なかざわ:さて、そろそろ本題に戻りましょうか(笑)。

飯森:はい(笑)。吹き替え版の魅力としてもう一つ挙げておきたいのが、純粋に懐かしいってこと。これは映画を見る上で大きいと思います。まだ見ぬ映画を楽しみに待つというのもアリですが、これは懐かしいなっていうのも映画を見る醍醐味だったりしますからね。で、もしかすると僕だけの感覚なのかもしれませんが、字幕版だと懐かしいと全然感じないんです。子供の頃にテレビで見た思い出が甦るなあ、っていう感覚が全くない。

なかざわ:結局、耳に入ってくるというのは直接的な感性に訴えますからね。音楽が古い記憶と結びつきやすいことと同じだと思います。

飯森:そうすると、案外僕だけの特殊な感覚ではないのかもしれないですね。

なかざわ:言われてみるとそうだね、って感じですかね。

飯森:それと、先ほどから申し上げているようにVHSバブルの時代に“字幕原理主義”の文化大革命が起きて、古き良き吹き替え文化が破壊されてしまった。それによる一番大きな損失は、みんなが洋画そのものを見なくなっちゃったことじゃないでしょうか。吹き替えだけでなく字幕もひっくるめて。

なかざわ:と言いますと?

飯森:要するに、“文革”の影響で、洋画の吹き替え版を放送するテレビの映画枠が減り、洋画自体を見る人が少なくなってしまった。’97年というのが分岐点だったと思うんですが。水野晴郎(注45)さんが金曜ロードショーから引退されて、テレビの映画番組が目に見えて減っていく始まりの年ですね。その翌年には淀川長治(注46)さんが亡くなられて。あれから20年近く経ちましたが、洋画を見ない人が多くなりましたよね。

なかざわ:結局、かつて多くあった映画枠が一般の人たちに洋画の面白さを啓蒙する役割があったわけなんですよね。

飯森:僕なんかはまさにそうで、小学生の頃、なんとなくテレビを見ているうちに洋画の面白さに目覚めて。そこからはアニメは卒業、バラエティーも見なくなり、ひたすら洋画ばかり見てきた。そういう、テレビで洋画を見るという最初の入口がなくなると、僕のようにテレビがきっかけで洋画好きになる映画ファンが育たなくなるんです。’06年頃からでしたっけ、洋画と邦画の興行収入が逆転したのは。そこには、テレビの映画枠が少なくなってしまったことの影響もあると思うんですよ。

なかざわ:それはその通りかもしれませんね。


ザ・シネマ編成部 飯森盛良


飯森:さらに、これはおそらく業界で言っているのは僕だけの、異端の珍説だと思うのですが、今の日本を包んでいる政治的な雰囲気はその結果で、洋画を見なくなったことが影響していると思ってるんです。TV洋画劇場が減って国の空気が変わったと(注47)。アメリカ映画を見ない、ヨーロッパ映画を見ない、海外のコンテンツを見ない。そういう人たちが、なにか物事を判断しようとするとき、もしくは政治的なスタンスを決めようとするとき、そのための判断材料が限定されますよね。日本国内ならこういう考えでもいいけど、海外だったらまた別の見方をされるんだよとか。洋画を見ていないと、そういう思考になれないと思うんです。これまで見てきた外国映画から得た知識と感性の蓄積によって、日本とは違う世界の様々な価値観や物の見方を学べるというのも洋画の利点の一つだと思うんですが、それがなくなったせいで海外からどう見られるのかも考えず、一方的に自分の言いたいことだけを言うような風潮が広がってきたのかなと。

なかざわ:その割には、外国から日本がどう評価されているのかって気にする人が多いみたいですけれどね。

飯森世界に賞賛される日本!みたいな(笑)。


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