飯森:ティモシー・ダルトン(注26)以降は新作が出るたんびにリアルタイムで追いかけてもきましたが、実は僕がちゃんと積極的に「007」シリーズを見るようになったのは、恥ずかしながらだいぶ遅れて’90年代の半ばなんです。確か’94年だったと思うんですが、「STUDIO VOICE」(注27)という雑誌で’60年代のお洒落でキュートな女の子を回顧する特集が組まれまして、その中の見開きページで往年のボンドガールたちが紹介されていたんです。ショーン・コネリー時代の。要は、昔のボンドガール(注28)はレトロなキューティーの見本であると。そこで初めて「007」シリーズに積極的・肯定的に興味を持ったんです。アクションとしてではなくボンドガールのダサ可愛さが入口だったわけです。なので、邪道ですよね。王道のファンからは怒られてしまうかもしれません。

なかざわ:いや、それは全然アリですよ。僕だって「007」シリーズを好きな理由ってボンドガールですから(笑)。そして、ダニエル・クレイグ版「007」シリーズで一番物足りなさを感じるのもボンドガールなんです。「慰めの報酬」のオルガ・キュリレンコ(注29)とか大好きですけれど、全体的に見渡すと地味じゃないですか。特に「スペクター」のレア・セドゥ(注30)は見終わっても顔が思い出せないくらいでしたし。かえって出番が10分そこらのモニカ・ベルッチ(注31)の方が目立っていた。

飯森:その発言はレア・セドゥ崇拝者の僕としては聞き捨てなりませんねえ(笑)。まぁ、女の趣味論争ほど勝者なき不毛な議論もないからやめとくとして、いや、確かに仰ることは分かりますよ。エヴァ・グリーン(注32)がボンドの運命の人だと言われてもピンと来ない。そんなに深く心が結びついてるように描かれてたっけ?ずいぶんと唐突ですな!と。オルガ・キュリレンコだってあまりボンドと絡まないでしょ?っていうか絡み、つまりセックスが一回も無い。ボンド映画が清く正しい男女交際って、なんだそれ?と。お前はランボーと違ってヤリチンが売りだろ、とかね。この2人は女優として普段は大好物なだけに、もうちょっと扱いを印象的にしてあげてほしかったですよね。

ただ、「スカイフォール」はボンドガールがジュディ・デンチ(注33)でしょ?あれにはやられました!これはもう反則としか言いようがない!女の趣味論争に決して発展しようがない。誰しも認めざるをえない。こんな裏技的なボンドガールの解釈があっていいものかと。歴代最高(齢)のボンドガールですよ(笑)。

なかざわ:ロッテ・レーニャ(注34)という人もいましたが(笑)、ジュディ・デンチはなんたってM(注35)ですからね。

飯森:そういう面でも「スカイフォール」は凄い!まあ、賛否両論あるみたいですけれどね。あんなの「007」じゃないという声もありますし。かえって「スペクター」が最高だという意見もあります。でも、やっぱり僕にとっては「スカイフォール」なんですよ。まさかボンドガールで泣かされるとは思いませんでしたし。まあ、途中で殺されちゃう方の、普通に若いきれいどころのボンドガールは全然目立ってなくて気の毒でしたけどね。ああいうポジションの人ってよくいますよね。出てきてすぐに金粉塗ったくられて殺されちゃうとか(笑)。

なかざわ:「007/ゴールドフィンガー」(注36)のシャーリー・イートン(注37)ですね。ボンドガールにもメインとサブがいますから。だいたいサブは殺されるか悪役か。悪役ボンドガールといえば、キャロライン・マンロー(注38)とかファムケ・ヤンセン(注39)とか大好きです。

飯森:どちらも人を殺してると感じて濡れてくるという。漫画チックですよね。

なかざわ:それはそうですね。その究極が、番外編だけれど「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン」(注40)のバーバラ・カレラ(注41)。あれは最高だった!

飯森:シンドバッドみたいな衣装で出てきて。

なかざわ:しかも最後は爆死ですから(笑)。

飯森:そういう意味では、地に足のついているダニエル・クレイグ版ボンドガールというのは、確かに地味といえば地味ですよね。リアルな女性の延長線上にいるキャラクターですから。

なかざわ:まあ、それがダニエル・クレイグ版「007」シリーズのカラーですよね。

飯森:この、地に足がいている、というのは一事が万事に言えることで、悪の組織がお洒落なラウンジ系インテリアの秘密基地にいて派手な揃いのユニフォーム着てたりとか、Q(注42)の秘密兵器めかしたものも出てこないじゃないですか。

なかざわ:確かに発明品は出てくるけれど、みんなが連想する「007」シリーズのガジェットではない。現実的なんですよね。

飯森:そうなんですよ。僕はロジャー・ムーア時代なんかの荒唐無稽な秘密兵器に萎えを感じていたので、こういう姿勢もとても心地よかったです。

なかざわ:なるほど。逆に僕は荒唐無稽な秘密兵器が大好きなんですけれどね(笑)。

飯森:あとはスーツですよ。「007」というと新作が公開されるたびに男性ファッション誌で特集が組まれますよね。何十万円もする高級スーツ着た公務員スパイなんて現実にはいないだろと思いますが、ボンドのスーツスタイルはメンズファッション的に昔からサラリーマンのお手本だった。でも、例えばピアース・ブロスナン(注43)のクラシコイタリア(注44)のコンサバすぎるスーツなんて、ギャグすれすれじゃないですか。それこそ「キングスマン」ですよ。あっちはサヴィル・ロウ(注45)の方でしたが。どっちにしても今の時代だとコスプレ感が出ちゃう。その点、トム・フォード(注46)のモード系スーツをスタイリッシュに着こなすダニエル・クレイグは、まさしく今のスパイ。そういう点でも新しかったと思いますね。

なかざわ:それまでのボンド・ファッションは前時代的過ぎるというか、一種のファンタジーですね。

飯森:そういうところも僕はクレイグ・ボンドが大好きで、中でも「スカイフォール」は最高だと思っています。カジノ・ロワイヤル」も「慰めの報酬」も、言ってみれば「スカイフォール」でイクための前戯です。この作品で真の「007」になるわけじゃないですか。「カジノ・ロワイヤル」では当初「007」ですらなかったですから。

なかざわ:ここで一旦、シリーズがリセットされていますからね。

飯森:なのでファッション的にも最初はアロハ着たド汚いチンピラみたいな姿で出てくるんですよね。ガンバレル・シークェンス(注47)でのスーツ姿は、タイトなトム・フォードのシルエットとは真逆の、オーバーサイズで見苦しいダボダボ・ヨレヨレ汚スーツ姿。しかも場所が薄汚い便所なんですよ、ションベンが足元に跳ねてるような。もう、見るからに三下の鉄砲玉なんです。「カジノ・ロワイヤル」のラストでようやくスーツの似合う男にはなれた。でも、このラストシーンではピアース・ブロスナンと同じブランド、イタリアのブリオーニ(注48)の物を着てるんですよね。スリーピースのまぁ大時代な代物を。だから今見ると若干クレイグ・ボンドらしからぬ違和感がある。タイトなトム・フォード スタイルになるのは次の「慰めの報酬」からで、そこからさらに紆余曲折を経て、「スカイフォール」のラストで真の「007」の新たな始まりが描かれるわけです。それまでは過去のお馴染みのストーリーを脱構築するような試みがなされていましたけれど、そのプロセスが完全にここで完了して、いつもの「007」が始まりますよ、というのが「スカイフォール」のエピローグでした。なので、「スペクター」は驚くぐらい昔の「007」っぽくなっていましたよね。

なかざわ:まあ、確かにそうかもしれません。

飯森:なかざわさんが仰るように、決して明るくはない。でも秘密兵器はバンバン出てきますし。

なかざわ:列車での格闘シーンなどはまさに「ロシアより愛をこめて」(注49)へのオマージュでしたね。

飯森:そしてついにスペクターを出してきましたからね。とんでもない悪事を働いて金儲けをする多国籍企業という荒唐無稽な敵の登場です。悪の組織のユニフォームもオシャレ秘密基地もちゃんと出てくる。それまでのリアリズムから一気に突き抜けました。でも、これが本来の「007」シリーズの持ち味であって、それまでの3本が例外的なポジションにあった。そう考えると、僕の好きなクレイグ・ボンドというのが特別な存在だったんだなと思います。そして、「スペクター」では元の路線へ戻ろうとしているわけですね。

なかざわ:そこが僕にはちょっと中途半端に思えたのかもしれません。冒頭のメキシコでのアクションは文句なしに素晴らしかったですけれど。

飯森:でもファッションも今回は特に良かったと思いますよ。砂漠で車を待っているシーンのダニエル・クレイグとレア・セドゥの服装がまた実にオーセンティックなリゾート・スタイルでカッコいいのなんの! ボンドの着ているベージュのコットン・サマー・スーツといい、レア・セドゥの白いバギー・パンツといい。

なかざわ:レトロなスタイリッシュさですね。

飯森:「カサブランカ」(注50)みたい。でも、ちゃんと2015年仕様にアップデートされている。今回あのハイウエストのバギー・パンツはいてる時のレア・セドゥのケツときたら、おおおー!という。

それまでのダニエル・クレイグ版ボンドガールって、みんな華奢で線が細かったじゃないですか、ジュディ・デンチは別として(笑)。エヴァ・グリーンもオルガ・キュリレンコもよく脱いでる女優さんだから、実は美巨乳だって知ってますけど、少なくとも服を着た状態の印象としてはスレンダー。そこへくると「スペクター」はレア・セドゥもモニカ・ベルッチも豊満でグラマラス。これぞまさにオレ好み!もともとボンドガールってそういうもんじゃないですか。ウルスラ・アンドレス(注51)も、オナー・ブラックマン(注52)も、クロディーヌ・オージェ(注53)も、そして我らが浜美枝(注54)も。グラビアアイドル的な肉体の持ち主が多いですよね。男性客を意識するわけですから、女性に受けるような細身の人よりは、男好きのする肉感的な体つきの人の方がボンドガールには相応しい。今回の2人はまさにドンピシャですよ!

なかざわ:モニカ・ベルッチなんてエロの塊ですもんね。フェロモンがダダ漏れというか。まさにエロスの化身。

飯森:僕は熟女趣味は無いんで「マレーナ」の頃ならともかく今だとやっぱりレア・セドゥなんだよな。それまでの映画でもバンバン脱いでいるし、かなり際どいヌード写真まで平気で撮らせている人で、名門の超お嬢様だからか我々平民に施しを惜しまないところが最大級の感謝と尊敬に値する。まぁモニカ・ベルッチも出し惜しみなんてしたためしがない人ですが(笑)。

そんなわけで、ダニエル・クレイグ版「007」シリーズは超最高!というのが結論です。さあ、これでノルマは達成したぞ!で、せっかくなので、あちらの話もしましょうか?


注26:1946年生まれ。イギリスの俳優。1987年の『007/リビング・デイライツ』と1989年の『007/消されたライセンス』で4代目ジェームズ・ボンドを務めた。
注27:日本の高級カルチャー雑誌。1976年に創刊され、ハイセンスな誌面作りと知的な特集記事で人気を集めたが、2009年に休刊。2015年に復活している。
注28:「007」シリーズに登場するヒロインたちの呼称。
注29:1979年生まれ。ウクライナ出身の女優。「007/慰めの報酬」(’08)でブレイクし、以降も「オブリビオン」(’12)や「スパイ・レジェンド」(’14)などで活躍。
注30:1985年生まれ。フランスの女優。ハリウッド進出作「イングロリアス・バスターズ」(’09)で脚光を浴び、「アデル、ブルーは熱い色」(’13)の演技で高い評価を得た。
注31:1964年生まれ、イタリアの女優。世界的なトップ・モデルから女優へ転身。「ドーベルマン」(’97)や「マレーナ」(’00)で絶賛され、「マトリックス・リローデッド」(’03)などハリウッド映画への出演も多い。
注32:1980年生まれ。フランスの女優。母親は往年の名女優マルレーヌ・ジョベール。「キングダム・オブ・ヘブン」(’05)で注目される。そのほか、「ダーク・シャドウ」(’12)や「シン・シティ 復讐の女神」(’14)などに出演。
注33:1934年生まれ。イギリスの女優。若い頃は主に舞台の大物女優として活躍。’80年代から映画にも本格進出し、「Queen Victoria 至上の恋」(’97)で初めてアカデミー主演女優賞にノミネート。「恋におちたシェイクスピア」(’99)で同助演女優賞を獲得し、以降もたびたびオスカー候補となっている。
注34:1898年生まれ、オーストリア出身の歌手。若かりし頃、第一次大戦後のナチス独裁前まで、ドイツが民主的で華やかだったワイマール時代に活躍し、“名花”と呼ばれた。65歳の時「007/ロシアより愛をこめて」(’63)に悪役として出演。
注35:ジェームズ・ボンドの上司でMI6の局長。もともとは男性の設定だったが、「007/ゴールデンアイ」(’95)以降、7作に渡って女優ジュディ・デンチが演じた。
注36:1964年制作。イギリス・アメリカ映画。大富豪ゴールドフィンガーの陰謀にジェームズ・ボンドが立ち向かう。ショーン・コネリー主演、ガイ・ハミルトン監督。
注37:1936年生まれ。イギリスの女優。「007/ゴールドフィンガー」で脚光を浴び、以降は「姿なき殺人者」(’65)や「女奴隷の復讐」(’68)などB級映画で活躍。
注38:1950年生まれ。イギリスの女優。「ドラキュラ’72」(’72)や「地底王国」(’76)などB級娯楽映画のセクシー女優として熱狂的なファンを獲得し、「007/私を愛したスパイ」(’77)の悪役ボンドガールを務めた。以降も「スタークラッシュ」(’78)や「マニアック」(’80)などのカルト映画で人気に。
注39:1964年生まれ。オランダ出身の女優。アメリカへ留学して女優に。「007/ゴールデンアイ」の悪役ボンドガールでブレイクし、「X-メン」(’00)シリーズや「96時間」(’08)シリーズなどで活躍している。
注40:1983年制作。アメリカ映画。初代ボンド俳優ショーン・コネリーを主演に、本家「007」シリーズとは別の制作会社が作った番外編的な「007」映画。アーヴィン・カーシュナー監督。
注41:1951年生まれ。アメリカの女優。「ドクター・モローの島」(’77)の豹女役で注目され、「ネバー・セイ・ネバー・アゲイン」の悪女ファティマ役でゴールデン・グローブ賞候補に。エキゾチックな顔立ちのセクシー女優として根強い人気を持つ。
注42:MI6内でスパイ用秘密兵器の開発を指揮している“発明オジサン”。数々の珍発明を生み、長年デスモンド・リュウェリンが演じてきたが、「スカイフォール」でベン・ウィショーが起用され、ダニエル・クレイグとの絡みが一部の熱心な女性ファンたちを喜ばせた。
注43:1953年生まれ。アイルランドの俳優。「007/ゴールデンアイ」(’95)で5代目ジェームズ・ボンドに起用され、「007/ダイ・アナザー・デイ」(’02)まで4作品にわたって務めた。
注44:クラッシックなイタリアン・スーツ・スタイルのこと。英国のトラディショナルなスタイルにイタリアならではの軽さと華やかさが加わる。
注45:ロンドン中心部にある有名なファッション・ストリート。英国トラディショナル・スタイルの高級仕立服店が数多く並び、日本の「背広」の語源だという説もある。
注46:1961年生まれ。イギリスのファッション・デザイナー。ビヨンセやウィル・スミス、ヒュー・ジャックマン、ジェニファー・ロペスなどハリウッド・セレブにもファンが多い。映画監督としても知られる。
注47:「007」 シリーズの冒頭に必ず出てくる、銃口からタキシード姿のボンドを覗き、狙いを定めたところで逆にボンドに撃たれ、銃口からの視点が血に染まりヨロヨロと揺れながら倒れていく、という表現のシーン。
注48:1945年にローマで創業したクリシコ・イタリアの代表的ブランド。仕立てより“世界最高の既製服”としての名声が高い。
注49:1963年制作。イギリス・アメリカ映画。ジェームズ・ボンドが秘密組織スペクターに命を狙われる。ショーン・コネリー主演、テレンス・ヤング監督。
注50:1942年制作。アメリカ映画。モロッコのカサブランカを舞台に、運命に翻弄される男女の切ない愛を描く。古典的なお洒落映画としても有名。ハンフリー・ボガード主演、マイケル・カーティス監督。
注51:1936年生まれ。スイス出身の女優。「007/ドクター・ノオ」(’62)で初代ボンドガールに起用され、そのグラマラスな肉体で大ブレイク。「炎の女」(’65)や「カトマンズの男」(’65)、「レッド・サン」(’71)など、世界各国の映画で活躍した。
注52:1925年生まれ。イギリスの女優。テレビドラマ「おしゃれ(秘)探偵」(‘62~’64)の黒いレザースーツに身を包んだ女探偵キャシー役で人気を博し、「007/ゴールドフィンガー」のボンドガールとしてブレイク。近年も「ブリジット・ジョーンズの日記」(’01)や「ロンドンゾンビ紀行」(’12)などで元気な姿を見せている。
注53:1942年生まれ。フランスの女優。「007/サンダーボール作戦」(’65)のボンドガールで世界的な注目を集め、以降も「トリプルクロス」(’66)や「エスカレーション」(’68)、「フリック・ストーリー」(’75)などヨーロッパの人気女優として活躍。
注54:1943年生まれ。日本の女優。東宝映画の活発な若手女優としてクレイジー・キャッツなどの映画でヒロイン役を務め、「007は二度死ぬ」(’07)のボンドガールに起用された。テレビの司会者としても人気に。


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