なかざわ:「キングスマン」と「コードネームU.N.C.L.E.」ですね。どちらも最高に面白かった。なので、「コードネームU.N.C.L.E.」がアメリカでは客が入らなかったというのは理解できない。

飯森:えっ、そうなんですか!?

なかざわ:世界興行収入で製作費はペイできたけれど、アメリカ国内だけに限ると完全に不入りだったそうです。去年の暮れにロサンゼルスで、オリジナル版でイリヤ・クリアキン(注55)役をやっていたデヴィッド・マッカラム(注56)にインタビューしたんですけれど、彼は今回のリメイクについて、テレビで予告編を見るまで知らなかったらしいです。

飯森:えー!そんなこと仁義的にあっていいんですか!?

なかざわ:そもそも、リメイクの話はかなり以前からあったそうで、一時期はタランティーノ(注57)がリメイク権を持っていたそうなんですけど、その頃は彼の耳にも話は入っていたそうです。まあ、それでも事前に試写で本編を見せてもらって、彼としては昔のテレビ版とはだいぶ違うけれど、これはこれでガイ・リッチー(注58)監督らしさが出ていて良かったとは言っていました。ただ、アメリカでは客が入らなかったので、当初計画されていた続編の話も、恐らく無理だろうねとは言っていましたね。

飯森:はぁ!? 全然アリでしたよね。是非とも続編をお願いしたい。

なかざわ:一番感動したのは「ガラスの部屋」(注59)の主題歌を使ったシーンですよ。今の日本だと恐らく“ヒロシのテーマ曲”(注60)と言ったほうが分かりやすいと思いますけれど。

飯森:あそこ超面白かった!

なかざわ:あの「ヒロシです…」の大仰なくらいに甘いカンツォーネ(注61)のバラードをバックに、ハードなアクションが繰り広げられるというセンスの素晴らしさ。鳥肌もんです。

飯森:ハードなんだけどコミカルなシーンでね、笑いがこらえきれませんでしたよ。

なかざわ:そもそもサントラの選曲が凄い。エンニオ・モリコーネ(注62)にステルヴィオ・チプリアーニ(注63)まで使っている。でもって、「ガラスの部屋」の主題歌でしょ?

飯森:もしかしてあの曲って別の映画の主題歌だったんですか?

なかざわ:そうです。レイモンド・ラブロック(注64)っていう、‘70年代初頭の日本でルノー・ヴェルレー(注65)やレナード・ホワイティング(注66)なんかと並んで、ティーン女子から熱狂的に愛されたイタリアのイケメン俳優が主演した恋愛映画で、当然ながら日本では大ヒットしました。ペッピーノ・ガリアルディ(注67)が歌った主題歌も、本編ではちょっとしか使われていないものの、こちらも日本では流行しましたね。

飯森:それは知らなかった!でも、ヒロシのテーマとして再浮上して日本なら全員知ってる状態になっていて良かったですよね。おかげで、あれがあのシーンで流れると日本人は爆笑できますから。

なかざわ:確かに(笑)。でもね、日本では当時映画も主題歌もヒットした。イタリアではどうだったか分からないけれど、現地でDVDソフト化されているので無名映画ではないはず。ただし、ペッピーノ・ガリアルディのベスト盤CDには、残念ながらこの曲は入っていない。ということは、彼の代表作とは認められていない。そういう、アメリカやイギリスなどではほぼ知られていないマニアックな名曲を、モリコーネやチプリアーニのイタリア映画音楽と一緒に使っている。それも堂々とフルコーラスで。その着眼点には脱帽します。

飯森:作品としてはアクション・コメディーですよね。

なかざわ:これは完全に’60年代のユーロ・スパイ・アクション、「007」の本流ではなく、当時イタリアやフランスや西ドイツなどで大量生産された亜流映画の路線を継承した作品だと思います。

飯森:でも、そこから換骨奪胎して、決して見た目までチープなB級パチ映画にはならないよう塩梅されていますね。

なかざわ:特に、僕が大好きなイタリア産スパイ映画のディック・マロイ・シリーズ(注68)を彷彿とさせる要素が強かったのはポイント高いですね。やはりイタリアはファッションやアートの国なので、あのシリーズはその辺を全く手抜きしていなくて、すごくお洒落でスタイリッシュだったんですよ。まあ、そういう意味で言うと、アメリカで作られた「007」亜流映画のマット・ヘルム・シリーズ(注69)とか、イギリスのヒュー・ドラモンド・シリーズ(注70)にも通じるものはあるかもしれない。ファッショナブルなアクション・コメディーという点はマット・ヘルム・シリーズも同様ですしね。僕はそういう「007」の二番煎じ的なスパイ映画が昔から大好きなんです。


雑食系映画ライター なかざわひでゆき


飯森:僕も、そこまでじゃないにしても、やはり’90年代の頃に’60年代のレトロおしゃれ映画が再評価されるブームに直撃されてますから、やはり憧れはあります。電撃フリント・シリーズ(注71)や「イタンブール」(注72)、「唇からナイフ」(注73)なんて当時は随分と持て囃されましたが、まぁ僕もその頃に人並み程度には憧れましたね。第1回で対談した「黄金の眼」なんて、この歳になって初見で見ちゃっても二十歳ごろの興奮が蘇ってきます。オシャレな文物に飢えていた若い頃のあの興奮が。

なかざわ:なので、「コードネームU.N.C.L.E.」は本当に嬉しかったですね。’60年代スパイ映画のビジュアルを忠実に再現しつつ、ちゃんと今現在のテクノロジーやスタイルを用いている。ファッションやインテリアも当時に限りなく近い。

飯森:レトロ趣味がたまらなく良いんだけど、服のサイジングなんかはアップデートしていますよね。それこそ、当時の洋服をそのまま今の俳優に着せたらコスプレ感が漂ってしまいますから。きちんと再構築することで、レトロ感が出過ぎないようバランスが考えられています。

僕は「キングスマン」もレトロ趣味は薄めながら、「007」パロディ路線という点では一緒の快作だと思うんですよね。あっちも100点満点なほど大好きなんですが、中でも特に、アメリカの田舎のキリスト教原理主義(注74)教会での長回し大乱闘シーンですよ!あそこは数年に一度あるかないかの痛快さだったなぁ!お説教というかヘイトスピーチを差別用語たっぷり使いながら牧師レイシストがぶっていて、「ユダヤ人も黒人もゲイも中絶した女もみんな地獄に堕ちろ!」などとガナりたてている。当然我々アジア人もってことでしょ?信者どもも興奮して「そうだそうだ、ハレルヤー!」とヤンヤヤンヤやってるところに、ブリティッシュ・スーツとレジメンタル・タイでビシっと決めた英国スパイの文明人コリン・ファースが一人紛れ込んでいて、そんな連中を見て汚トイレのはみ出し下痢便か終電のフレッシュ・ゲロでも見るような顔をしながら、「聞くにたえんな!」という感じでやおら席を立つ。隣の席をどこうとしない狂信者のババアに「私はカソリックで、近頃はユダヤ系黒人の同性の恋人とのセックスを楽しんでいるのだよ。ちなみに彼は中絶医でもあってね。それではマダム、失礼しますよ。グッドアフタヌーン!」とか上品なイギリス英語で最高の捨て台詞を吐いて立ち去ろうとする。ババアが「この悪魔教徒め〜!」と詰め寄ってからは、コリン・ファースが狂信者どもをバッタバッタと殺して殺して殺しまくる!まぁ、見ていて大爆笑かつ胸のすく痛快さでね、「おっしゃ〜!こいつらみんなブチ殺せ!!」って溜飲下がりまくり!

なかざわ:すごくシニカルなコメディーとして楽しめますよね。

飯森:ほとんどブラックですよ。下衆なユーモア・センスはさすがマシュー・ヴォーン監督(注75)だなと思いました。

なかざわ:やはり基本は「キック・アス」シリーズ(注76)と同じですよね。

飯森:この2作品が相次いで同時期に登場した理由は、もはやかつての「007」のような正統派スパイ映画はパロディーの対象になるような時代だということだと思うんです。そのような状況下で、本家本元としてはどうすべきなのか。その問に対する100点満点の真摯な解答が「スカイフォール」なんだろうと思います。そして、「キングスマン」や「コードネームU.N.C.L.E.」に続いて公開された「スペクター」が、今度はそれらと同じことに本気で取り組んでいる。つまり、パロディーではなく真面目に荒唐無稽をやっている。その辺が興味深いと思いますね。

なかざわ:でも振り返ってみると、「ドクター・ノオ」(注77)に始まる初期「007」が作り出した’60年代スパイ映画ブームの最中に、アメリカでも先ほど述べたマット・ヘルム・シリーズや電撃フリント・シリーズのような柳の下のドジョウが続々と作られたわけですが、それらの作品も結局は「007」のパロディーなんですよね。要は、「007」の荒唐無稽な部分を思い切りデフォルメしてカリカチュアして、徹底的にエンターテインメント方向に振り切っている。そう考えると、「007」以外で「007」のようなことをやろうとすると、パロディーにするしかないのかもしれません。パロディー的な要素を排して大真面目にスパイを描こうとすると、それこそジョン・ル・カレ(注78)みたいにならざるを得ない。なので、「007」シリーズというのは、なかなか真似のできない唯一無二の存在と言えるかもしれません。

飯森:いずれにしても、こうしたスパイ映画が立て続けに量産される時代というのは、’60年代以降久しくなかったように思います。まだまだ今後も出てきそうですし、楽しみですよね。

なかざわ:スパイ映画ファンとしては素直に嬉しいです。


注55:オリジナルのテレビ版「0011 ナポレオン・ソロ」および映画「コードネームU.N.C.L.E.」に出てくるソ連スパイ。
注56:1933年生まれ。イギリスの俳優。映画「大脱走」(’63)などで注目され、ドラマ「0011 ナポレオン・ソロ」(‘64~’68)で大ブレイク。毎週大型トラック1台分のファンレターが届いたと言われる。現在は人気ドラマ「NCIS~ネイビー犯罪捜査班」(‘03~)に出演中。
注57:クエンティン・タランティーノ。1963年生まれ。アメリカの映画監督。
注58:1968年生まれ。イギリスの映画監督。「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」(’98)や「スナッチ」(’00)で注目され、「シャーロック・ホームズ」(’09)シリーズを大ヒットさせた。マドンナの元夫としても知られる。
注59:1969年制作。イタリア映画。孤独な美青年と大学生カップルの三角関係を描く。セルジオ・カポーニャ監督。
注60:お笑い芸人ヒロシが自身のネタのBGMに使用して有名になった。
注61:イタリアの流行歌の呼称
注62:1928年生まれ。イタリアの映画音楽作曲家。「荒野の用心棒」(’64)を皮切りにマカロニ・ウエスタンの音楽で有名になり、ハリウッドをはじめ世界各国の映画に音楽スコアを提供。’07年にアカデミー名誉賞を、「ヘイトフル・エイト」(’16)でアカデミー作曲賞を獲得。
注63:1937年生まれ。イタリアの映画音楽作曲家。マカロニ・ウエスタンからホラー、アクション、ラブロマンスまで幅広いジャンルの映画を手がけ、’60~’70年代に引っ張りだこだった。代表作「ベニスの愛」(’70)は日本を含む世界中のアーティストにカバーされている。
注64:1950年生まれ。イタリアの俳優。主演作「ガラスの部屋」が日本で大ヒットし、アイドル俳優として熱狂的なファンを獲得した。父親がイギリスであるため英語にも堪能で、「屋根の上のバイオリン弾き」(’71)にも出演。
注65:1945年生まれ。フランスの俳優。「個人教授」(’68)で年上の女性と恋に落ちる美少年を演じ、特に日本で大ブレイク。「愛ふたたび」(’71)などの日本映画にも主演した。
注66:1950年生まれ。イギリスの俳優。「ロミオとジュリエット」(’68)のロミオ役で注目され、中でも日本では若い女性から圧倒的な支持を得た。
注67:1940年生まれ。イタリアの歌手。’60年代からイタリア国内で数多くのヒット曲をリリース。日本では「ガラスの部屋」がオリコン・チャートで上位に入るヒットとなった。
注68:コードネーム077のCIAスパイ、ディック・マロイ(リチャード・ハリソン)を主人公にしたイタリア産スパイ映画シリーズ。「077/地獄のカクテル」(’65)、「077/連続危機」(’65)、「077/地獄の挑戦状」(’66)の3本が作られている。
注69:表向きは女たらしのファッション・フォトグラファーの凄腕スパイ、マット・ヘルム(ディーン・マーティン)の活躍を描く。「サイレンサー/沈黙部隊」(’66)、「サイレンサー第2弾/殺人部隊」(’66)など通算4本が作られた。
注70:ダンディな保険調査員ヒュー・ドラモンド(リチャード・ジョンソン)が国際的犯罪者の陰謀を阻止する。「キッスは殺しのサイン」(’66)と「電撃!スパイ作戦」(’69)の2本が作られた。
注71:女好きの遊び人スパイ、デレク・フリント(ジェームズ・コバーン)が国際犯罪組織を相手に戦う。「電撃フリントGO!GO作戦」(’66)と「電撃フリント・アタック作戦」(’67)の2本が作られた。
注72:1966年制作。アメリカ映画。シルヴァ・コシナ、ホルスト・ブッフホルツ主演。トルコのチンピラがCIA美人エージェントとコンビを凸凹組んで行方不明の原子物理学者の行方を探す。アントニオ・イサシ監督。
注73:1966年制作。イギリス映画。ミケランジェロ・アントニオーニのミューズであったモニカ・ヴィッティが、アントニオーニ映画とは正反対のお軽い「007」二番煎じスパイ映画で、謎の淑女スパイ、モデスティ・ブレイズ役をお洒落かつキュートに好演。ジョセフ・ロージー監督。
注74:聖書に記されている内容を真実として絶対視し、進化論や中絶などを一切認めないキリスト教徒のこと。
注75:1971年生まれ。イギリスの映画監督。「キック・アス」(’10)の大成功で脚光を浴び、「X-MEN: ファースト・ジェネレーション」(’11)などをヒットさせている。
注76:ひ弱なオタク少年が覆面スーパーヒーローとして活躍する。「キック・アス」と「キック・アス/ジャスティス・フォーエバー」(’13)の2本が作られている。
注77:1962年制作。イギリス・アメリカ映画。「007」シリーズの記念すべき1作目。テレンス・ヤング監督。
注78:1931年生まれ。イギリスの作家。スパイ小説の大家として知られ、「寒い国から帰ってきたスパイ」、「ロシア・ハウス」、「ナイロビの蜂」などの代表作はいずれも映画化されている。


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