今回紹介するのは『ウィリーとフィル/危険な関係』(80年)。これは日本では劇場公開されず、TVで1度放送されただけで、その後VHSもDVDも出ていません。ものすごく珍しい映画のひとつです。この映画は1970年から1980年の10年間を描いた物語で、マーゴット・キダーがヒロインを演じています。この女優さんはこのあいだ亡くなってしまいました。その追悼放送の意味も込めています。

 マーゴット・キダーの周りにいる2人の男が、ウィリーとフィル。この3人の関係を描いているのですが、彼女をめぐって男2人が争ったりせず、男たちは彼女がどちらを愛していても幸せなんです。しかも男同士、ものすごく仲がよくて、愛し合っている。そんな三角関係なんですね。この映画の最初、名画座でのある映画の上映シーンから始まるんですけど、それはフランス映画で、フランソワ・トリュフォー監督が1962年に作った“JULES AND JIM” という映画。日本では非常に変で『突然炎のごとく』というタイトルなんですが(笑)、そのジュールとジムを、ウィリーとフィルが観ているところからこの映画は始まります。

 この『突然炎のごとく』という映画がいかに世界中の映画に影響を与えたかを知らないと、なぜ『ウィリーとフィル』という映画が作られたのかわからないと思います。『突然炎のごとく』は、これまでの結婚制度であるとか男尊女卑とかを破壊するような、革命的な映画として衝撃を与えて、62年にこれが公開された後、60年代のカウンターカルチャーという、世界的な文化革命が起こるんですね。その起爆剤となった映画なんです。

 そしてこの『ウィリーとフィル』は、ニューヨークに住んでいるイタリア系とユダヤ系の男同士。ウィリーのほうは高校の先生でユダヤ系、非常にまじめな男です。フィルは写真家でイタリア系の女ったらし。この一見まったく合わないような2人が『突然炎のごとく』を観に行って、意気投合します。イタリア系のフィルを演じているのはレイ・シャーキーという俳優さんで、この人は若くして亡くなったので代表作がそんなにないんですが、ユダヤ系のウィリーを演じているマイケル・オントキーンという人は、『ツイン・ピークス』(90 ~ 91年)の保安官のハリー・トルーマンを演じた人として、日本では非常に有名ですね。この2人が一妻多夫の映画である『突然炎のごとく』を観たあとに、ある女性と出会います。それが、マーゴット・キダーです。彼女を2人とも愛して、10年間ずっと、くっついたり離れたりしながら暮らしている。ちなみに『突然炎のごとく』はこの映画だけじゃなくて、まずアメリカでものすごいブームを呼んだときに、影響を受けたのが『俺たちに明日はない』(67年)なんですね。さらに『明日に向って撃て!』(69年)もそうでした。

 この『ウィリーとフィル』は、監督であるポール・マザースキーの自伝的なものでもあります。この人は実際に主人公たちと同様にNYから出てきた人で、TVの仕事をして、その後ハリウッドに行き映画監督になったので、フィルのたどる道は、マザースキー監督自身がたどった道でもあるんですね。こういった感じで事実がすごく反映されているんですけど、中でもマーゴット・キダー扮するヒロインの非常に自由な、結婚をしても結婚というものに縛られず、2人の男を同時に愛するシングルマザーとなるんですが、この彼女のキャラクターには、キダー自身のすごく自由な性格も投影されていますね。この映画は、一見何の映画なのかわからない、時代性を映しすぎているからという問題があるんですけど、知れば知るほど非常に深い映画です。■

(談/町山智浩)

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当初はウディ・アレンとアル・パチーノの主演で企画されていた。撮影はウィリー役にジョン・ハードを配して始まったが、最初の週でクビになった。ナタリー・ウッドが自身の役でカメオ出演している。フランス映画好きのマザースキー監督、本作の後にも『素晴らしき放浪者』(32年)をリメイクした『ビバリーヒルズ・バム』(85年)を撮っている。