今回紹介する『哀しみの街かど』、たぶんタイトルを見ただけだと、しっとりしたメロドラマかな?って思う人もいると思うんですが、全然違いま す。原題は『THE PANIC IN NEEDLE PARK』。「注射針公園のパニック」という意味で、注射針公園というのは、ニューヨークのマンハッタンに実在す るシャーマンズ・スクエアという小さな公園のことです。1970年頃、そこにヘロイン中毒患者が集まって、ヘロインを買ったり売ったりしていたんで、使用後の注射針もたくさん散らばっていたので、そう呼ばれるようになったわけです。「パニック」というのは、売人によるヘロインの供給が断たれて、中毒患者たちが禁断症状に襲われることを意味します。どこが「哀しみの街かど」 やねん!(笑)。

 僕はこの映画を中学生の ときにTVで観ました。今では地上波で放送できないですよ。今回も、CSチャンネルのザ・シネマだから可能なんだと思います※。というのも、ヘロインの注射をこと細かく撮影していますから。実際にその俳優が注射を打ってます。ヘロインじゃなくてブドウ糖ですけど。とにかく徹底したドキュメンタリー・タッチで、音楽すら入っていない殺伐さです。

※これを鑑み、今回ザ・シネマでは独自にR15相当として本作を放送します。15歳以上の方のみご鑑賞ください。保護者の方はご配慮をお願いします。

 主演はアル・パチーノ。彼の主演第1作です。この演技で全米、全世界を驚かせて、翌年『ゴッドファーザー』(72年)の主役に抜擢されて、世界的なスターになりますね。パチーノの役は、気は優しいんだけど、ヘロインのためだったら何でもする中毒患者。ヒロインを演じるのはキティ・ウィンという女優さんで、田舎から出てきた純朴な少女だったのに、ダメ男パチーノと会ってしまったがために、どんどんヘロイン中毒に堕ちていきます。

 2人は何度も立ち直ろうとするんですが、麻薬のために挫けます。 キティ・ウィンは地道にウェイトレスとして働こうとしても、勘定ができなかったり、注文が覚えられなかったりして、 ヘロインに戻ってきます。それで、ヘロイン欲しさで体を売って、アル・パ チーノは「俺という男がいるのに!」と怒りますが、彼もヘロイン欲しさで彼女に客を取ってくるようになります。そんなドン底で、2人はお互いしか頼るものがいないので、何の希望もない恋愛を続けていきます。

 監督のジェリー・シャッツバーグはニューヨークのファッション雑誌のカメラマンで、いつもはオシャレでゴージャスな世界を撮っていたのに、いきなりヒリヒリするようなリアリズムの映画を撮って世間を驚かせました。

『哀しみの街かど』に衝撃を受けた映画作家は世界中にいます。特にオーバードーズ(麻薬過剰摂取)で死にかけ るシーンはクエンティン・タランティーノの『パルプ・フィクション』(94年) やダニー・ボイルの『トレイン・スポッ ティング』(96年)に多大な影響を与えています。オイラの相棒の柳下毅一郎のトラウマ映画でもあります。あのころはT Vでやたらと放送してたから彼も観たんですよ。ああ、ほんとうにいい時代だった!■

(談/町山智浩)

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原作はジェームズ・ミルズが「ライフ」誌に発表した2部からなる記事。主役のボビー役にはロバート・デ・ニーロも考慮されたが、直前にブロードウェイ舞台「Me, Natalie」でオビー&トニー賞をW受賞したアル・パチーノに監督は決めていた。ヘレン役には当初ミア・ファローの予定だったが、これ がデビューとなる新人のキティ・ウィンになり、彼女はカンヌ映画祭で主演女優賞を獲得した。音楽はピューリッツァー賞音楽部門を受賞したネッド・ロアムが担当していたが、製作側の意向で自然音や背景音だけにしたため、ファイナル・カットからは除かれた。フランシス・フォード・コッポラは『ゴッドファーザー』のマイケル・コルレオーネ役にアル・パチーノを起用させるためパラマウントの経営陣に本作を見せて説得した。

 

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